バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

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石川五エ門の神下し

 

 さて。

 今回の仕事はロシアのモスクワに拠点を構えるマフィアからの現金盗難である。

 

 ルパンから仕事の連絡を受けた私は、指定のアジトに時間通りに到着していた。

 午前2時ぴったり。月夜に静まり返る田舎町は風情があって素敵だ。

 

 そうして気を抜いたまま扉を開いた瞬間、目の前を鋭い切先が目にも留まらぬ速さで通り抜けていた。

 ぱらり、と斬られた髪の毛が数本落ちていく。

 斬鉄剣が開け放たれたままの扉から差し込む月の光を反射し悍ましいほどに煌めいている。

 

 五エ門師匠が刀を構えて、重々しく口を開いた。

 

「剣を抜け」

「何故に!?!?」

 

 私は絶叫して後ずさった。

 いやいやいや、展開が急すぎる!何がどうしてそうなったっていうんだ!?

 五エ門師匠の視線は鋭く、殺気はそれだけで身を切り裂きそうな鋭利さを持つ。

 

 私はごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「無辜の民を傷つけるやり方へのけじめでもあるが……お主に起きている異変を見極めるにはこれが一番手っ取り早い」

「嘘ぉ本気の剣捌きッ、ぉあああ!?」

 

 全力での踏み込み、そして右肩を掠める太刀筋の美しさよ。

 返す刀で胴をひと薙ぎ。

 並の使い手なら上半身と下半身がお別れするような剣戟を、死に物狂いでバックステップすることでギリギリかわす。

 

 こうも短いやりとりだというのに、冷や汗がポタポタと顎を伝って床にシミを作る。

 

 一歩でも、ただの一手でも間違えれば死ぬ。

 そんな極限まで引き絞られた生死の境が引かれている。

 

 五エ門師匠が刀を構えたまま一歩引いた。

 

「触手は出さんのか」

「物理無効の触手ですよ?師匠相手とはいえ流石に反則というか、好ましくないかと思い……」

「そう余裕でいられるのも今のうちだけだ」

 

 踏み込みすら見えない一撃が迫る。

 狭い室内ということで有利なのはリーチの短い私の斬鉄爪の方のはずなのに、まるでそんなことを感じさせない変幻自在さだ。

 

 右に上体を逸らした瞬間、チッと頬を浅く斬られた。

 

 無理だ。

 本気の師匠は時が経つにつれてどんどん加速していく。

 今はまだギリギリ捌いていられるが、そんなものは時間の問題。

 遠くないうちに私に限界が来るのは確実である。

 

 音速にも届こうかという刃が、また首近くを通って浅く切り裂かれる。

 私は家具を使って大きく後退した。

 

 そしてゾロリと腰から九つの触手を出す。

 

「ぐっ、……悪く思わないでくださいよ!」

 

 触手は瞬時に変形し、不可視の刃となって五エ門師匠へと襲いかかった。

 これの切れ味は概念的なそれに近い。つまり私の認識において切れるから切れるのであり、限りなく斬鉄剣に近い切れ味を誇るのだ。

 同時に霊的な存在であり、相手からの攻撃を受け付けない。

 

 攻防一体の反則技。

 それが触手の一撃である。

 

 瞬間、五エ門師匠が目を見開いた。

 

 「キェェエエエ!」と鋭い気合の入った叫びでもって刀を返す。

 一時の沈黙。

 空白の一拍。

 

 次に瞬いた時には、すでに五エ門師匠は刀を鞘に納め終わった後だった。

 

 無音の空間にてボトボトと切れ落ちた触手が床を跳ねる音がこだまする。

 触手は数秒ほどビチビチと蠢き、するりと宙に溶けて消えていった。

 

 私はあんぐりと口を開けて、呆然と呟いた。

 

「嘘でしょう……!?非実体の物ですよ?何をどうやって切るっていうんですか!?」

「日々修行のみ。斬鉄剣にきれぬものはない」

「精神論で神の肢体を切るのはやめてください!!」

 

 チートかよ。いや公式チートだったわ。

 私は憤慨して叫びかかったが、五エ門師匠は軽くいなして満足そうに頷くだけだった。

 いや可笑しいでしょ。幽霊斬るみたいなものだぞ!?

 

 刀を納めたままの五エ門師匠がこちらをまっすぐに見て問いかけてくる。

 

「どうする、安室よ。降参するか」

「──……」

 

 実際問題、もう打つ手がないのは確かだ。

 虎の子の触手も斬られてしまったし、純粋な剣術が敵わないのは言わずもがな。

 完全敗北。もう諦めてひとまず全力で命乞いをするべし。

 

 理性がそう結論を出したのに。

 心の底で、魂の袂で、神格がぬたりと首をもたげるのだ。

 

「……人類種風情が、調子に乗ルな」

「!」

 

 次に瞬いた時、洪水の如き触手の滝が私の足元から噴き出していた。

 その触手全てが首を切り落とさんと鋭い刃となり、神罰たる呪詛が滲んで黒く染まっている。

 

 それらは轟音を立てて壁を破壊し、呪詛で腐食させて物質を塵へと貶めて五エ門師匠へと迫りゆく。

 とった、と私は確信した。

 

 なのに。

 

 恐ろしいほどに早い太刀筋がその触手の滝を押し留めている。

 

 いや、これは押し返している、と言った方がいいだろう。

 あちこちに呪毒を浴びて黒く爛れた体で、それでも曇らぬ剣技でもって呪詛の濁流を越えていく。

 

「そんな……」

「一度お主は正気に戻れ。人に負けるようなものが神であるはずがなかろう」

 

 もはや彼我の距離はゼロ。

 お互いに手の届くほどの距離しかない中、やぶれかぶれに斬鉄爪を振るう。

 それもするりと断ち切られ、接合部を切り落とされた斬鉄爪が私に敗北を知らしめる。

 

 そして首に一撃。

 あっけないほど簡単に手刀を入れられ、私の意識は闇に沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 そうして、ルパン一味に囲まれて反省タイムなのである。

 

「あーあ、アジトが一つ潰れちゃってまぁ。俺たちの大事な逃走道具が全部パァだ」

「ルパン一味のメンツがボロボロだぜ。まったくこの落とし前どう付けてくれんだ、安室サンよぉ。アァ?」

「……反省してます、はい。神とか宣って全く滑稽な天狗でしたです、はい」

 

 畳の上で正座して、小さく小さく縮こまって私はか細い声で呻いた。

 

 恫喝されても当然のことを私はしたのだ。

 

 まったくもって、先ほどの私は正気ではなかった。

 罪のない人間に手をかけるなんて最低だし、それどころか師匠をガチで殺そうとしてたし。

 まさに大暴走状態。穴があったら入りたい。これが墓穴というやつか。

 

 誰にも見られないようそっと隠れて拳を握りしめる。

 ……本当に、私の行いは許されない。

 

 ルパンがはぁ、とわざとらしく大きくため息をついて椅子にどかっと腰を下ろして足を組んだ。

 

「ったく。感謝しろよ?お前が寝てるのを見計らって降谷ちゃんが連絡してきてくれたんだ。相棒が可笑しいから協力してくれって」

「っ!ゼロが!?」

「実際見てみたら何だこりゃ。前々から段々深刻化してるとは思ってたけどもよ、ひでーモンだったぜ」

 

 どうも、ルパンは私がこのアジトに来る前に私を見張っていたらしい。

 私には気配察知があるというのにまったく気付かなかった。

 流石、気配を消せば誰にも見つからない大泥棒、ルパン三世と言わざるを得ない。

 

───頭は冷えたか、安室

───本当に助かりました。もうこうなったら定期的に五エ門師匠にぶちのめされるしかないですね

───構わないが、なるべく体は大事にしてくれよ

 

 降谷さんが深層心理から話しかけてくる。

 私も感覚的な説明になってしまうのだが……あの一戦はどうも「神を人へと失墜させる」みたいな効果があったようだ。

 

 その効果はてきめん。

 正気に戻っていかに私がイカれていたのか、降谷さんを思い悩ませていたのかがわかって頭が痛いばかりである。

 

 ルパンが椅子をくるくると回転させて壁に向かってダーツを投げる。

 それはぴたりとロシア、モスクワを射抜いて止まった。

 

「今回の罰として俺らの仕事を無償で手伝うこと。グルジア・マフィアの件な。分け前ゼロ。奉仕活動。オーケー?」

「もちろんですルパン三世。僕にできることがあれば全力で務めさせていただきます」

 

 真摯に腰を折って礼をすれば、次元さんもルパンも大きく頷いたようだった。

 

「おー。そーしろ。マリアナ海溝より深く反省するよーに!」

「テメーはほっとくとすぐアレだな。ルパンと別系統で世話が焼けるやつだな」

「面目次第もない……」

 

 私はまたしおしおと小さくなったのだった。

 




・五エ門師匠
神を斬った男。
実はマモーの件以降、裏で猛特訓していた。目指せ斬触手。
あのあと呪詛はバボ主が責任持って四苦八苦しながら解除した。
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