バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

196 / 333
治療

 

 あれからすぐに風見さんに連絡を取って治療したい旨を伝えれば、風見さんは感極まったように涙ぐんだようだった。

 

『ようやくその気になってくれたんですね!!』

「あーいえ、その。まぁ、諸事情がありまして」

『良かった。降谷さんもこれで少しでも負担が軽くなれば…!』

 

 真摯かつ本気でこちらを心配している声だったというのに、その時の降谷さんの不機嫌な顔と言ったら。

 

 それからは、ことはとんとん拍子に進んだ。

 おそらく前から風見さんと黒田管理官が根回しをしていたのだろう。

 

 事情を外部に伏せるために秘密裏に医者に連絡すると、私達は米花中央病院に呼び出される運びとなった。

 念のためMRIなどで頭部外傷がないか調べて、また脳波も乱れが無いかチェック。

 血液検査もあった。どうやら薬物投与が疑われたらしい。

 

 丸一日がかりの検査を終え、結果が出る二週間後には担当医となるらしい先生との面談だ。

 おそらく通常は1ヶ月後になるところを、無理を言って早めてもらったのだろう。

 

 面談のため再度病院訪れると、多忙な先生らしく動きには疲れが滲んでいた。

 

 表に出るのは本来の体の持ち主である降谷さんだ。

 この場合、所詮憑依した転生者である私が出るのは不適格だからな。

 

「解離性同一性障害に、部分健忘……ですか。どちらも乖離症状ですから、強いストレスが原因でしょう」

「………」

「念のためご確認しますが、ストレスの原因から離れることは…」

「できない」

「それは、ですが。これはあなたの心は悲鳴をあげているという明確なサインです。症状が初めに出たのは5年前ということですし」

 

 黙ったままの降谷さんが目を伏せた。

 

 降谷さんとて私の案件を差し引いても相当な高ストレス下にある人間だ。

 事情を知る医師からすれば、なって当然……精神に不調をきたさない方がおかしい極限の環境だ。

 

 私の記憶喪失、というのも、あるいは私という不要物を体が追い出そうとした結果なのかもしれない。

 そうであるのならば、私がなんとかして体から抜け出ることが、降谷零という人間を正常に近づけることだろう。

 

 などとつらつら考えているうちに、ギスギスした短い診察時間は終わりを告げた。

 

 今後の方針としては定期的なカウンセリングと、抑うつの改善のための服薬から、ということで決定したらしい。

 多少私も表に出て話をしたが、真面目で親身ないい先生という印象を受けた。

 もっとも、全てにおいて降谷さんはこの状況を気に入らないようだが……。

 

 そうして、帰宅後。

 

 これでも大病院としては異例の早さで診察が済んだのだろうが、やはり疲労は溜まるもの。

 長い待ち時間にわずかばかりの疲れを感じて、私たちは帰宅したメゾン木馬の一室で畳に転がった。

 そばの棚からは作りかけの宝石花───前の私が制作を請け負っていたらしい、宝石彫刻だ───がのぞいている。

 

 降谷さんがそれを一つ手にとって、室内照明に翳し見る。

 

 美しい繊細な彫刻が白い光を反射して眩いばかりに煌めいている。

 眩しそうに降谷さんが目を細めた。

 

───これ、覚えてるか、安室。先月お前が彫ったやつだ

───いえ……身に覚えはありません

───そうか

 

 私の応えにぽつりと、降谷さんは寂しそうに言葉を落とした。

 

 この二週間、記憶の進展はといえば残念ながらまったく収穫なしであった。

 

 考えれば考えるだけ手のひらからこぼれ落ちていく記憶。

 私の主観だと、原作四年前までの記憶で途切れている。

 しかし現実にはすでにコナン君はコナン君だし、劇場版も半分ほど消化済み。

 

 仕事の方は今のところ降谷さんがこなせる範囲のものばかりだからいいが、綱渡りが続いている。

 

 割合としてはルパンとの盗みの仕事関係が二割、組織の任務五割、公安の仕事一割、表の探偵の仕事一割、装飾品作成の仕事が一割、といったところか。

 

 ゼロのティータイムで見ただけの本物のメゾン木馬の内装に、なんだか新鮮な気持ちになって狭い室内を見渡した。

 

 どうやら降谷さんは私に肉体を任せるつもりらしい。

 とぷんと深層心理に沈み込んだ降谷さんに軽く会釈して、代わりに表へと浮上する。

 

 部屋の棚にはアンティークの飾り物に偽装した鉄爪が飾られている。

 それからは「自分のものである」という強い確信を抱くことができた。

 

 そう言えば1ヶ月ほど前に──主観だと1ヶ月前だが、実際は四年前か──ジンから鉄爪を渡されたな。

 なんでも、強襲の任につかされる私のために直々に選んだ武器だとか。

 

 しかし鉄爪ってなんだ。ドラクエの武闘家か?

 などとツッコミつつ少し手に嵌めて振るってみれば、己の一部のように馴染んだ。

 

 いよいよもって記憶喪失の感が強くなる。

 

 降谷さんがポツポツと話したところを総合すると、現在の私の主武装はこの鉄爪らしい。

 主武装の使い方まで忘れてなくてよかった、と思うと同時に、一番新しい鮮明な記憶だと徒手空拳だったので少しばかり奇妙な感覚を覚える。

 

 幹部達の側仕えとして雑用をこなしながら、鉄砲玉みたいに各地に派遣されていたからな。

 

 ………。

 

 私は鉄爪を見下ろしながら、少しばかり沈黙した。

 

 また………あの地獄が始まるのだろうか。

 すうっと心が冷えて、激しい拒絶と恐怖が心の袂を埋め尽くす。

 血まみれの両の手のひら。仄暗い高揚感。虚脱。恐怖の視線。

 

 戦場は地獄だ。

 血まみれの地獄を作っているのは、突如平和なそこに暴力の嵐で以て悲劇を吹き込んだ、他ならぬ私である。

 

 ああ嫌だ。鉄錆びた陰惨な匂いが鼻について離れない。

 深層心理に降谷さんの声が響く。

 

───安室?どうした、何を考えている?

 

 いや、違う、今は降谷さんがいる。

 降谷さんが起きている!

 あんなことにはならない、絶対に、きっとなんとかしてくれる!

 

───安室!

───ッは、はい!何かありましたか!?

───………いや、お前がいいならいい

 

 それだけ言うと、降谷さんは視線を外してさっさと深層心理の底に引っ込んでしまった。

 色々な感情を飲み込んだ声だった。

 

 なんだ?少し自分の思考に没頭してしまったが、用事でもあったのだろう。

 

 ………。

 

 鼻についた鉄錆びた匂いはまだ取れない。

 心理的なものだとはわかっているが、どうにも不甲斐なく感じて喉元までため息が出掛かった。

 

 記録においては自分がまだ人を斬り流血の惨劇を作っていたことは努めて見ないようにして。

 私はそのまま無心で部屋をガサガサと漁った。

 

 そうして部屋の押し入れの端から出てきたのは、一山いくらの練習用のくず宝石だった。

 

 ふむ、と一つ頷いて手に嵌めたままの鉄爪を滑らせる。

 

 数秒の瞬間。

 自然に動いた手がその白い屑石を目にも止まらぬ動きでカッティングして、一つの花に仕上げていた。

 

 花開いたのは朝顔だ。

 花言葉は「固い友情」。

 

 自分にこんな才能があるとは思っていなくて、驚きのあまり息を詰めてしまう。

 凄いなこれは、ベルモットを通じて高値で取引されているとは聞いていたが、これは確かに売れそうだ。

 

───身体は経験を忘れていないみたいだな。よかった、お前の技術は俺では代替できないからな

───これで一時止めていたベルモットの依頼も再開できますね

───ああ。世界中の金持ちに顔を繋ぐいい機会だったからな。継続できるならしておきたい

 

 ほっと息をついた降谷さんの感情はどういったものか。

 深く濃い陰鬱な瞳が私を捉える。

 

 私は誤魔化すように話題を逸らした。

 

───これはせっかくなので部屋に飾っておきましょうか

───そうだな。確か前に買った花瓶があったから、それに飾ろう

 

 私が話題を逸らしたのに気がついているだろうに、降谷さんは何も言わずそれに乗ってさっさと歩き出す。

 花瓶に滑り込まされた白い朝顔の宝石花が、部屋の明かりを反射して光り輝いているように見える。

 

 相変わらず陰鬱な顔で、降谷さんはふっと笑ったのだった。

 





・降谷零
 この二週間、「心に傷を負った一般人」み全開の相棒と暮らして大ダメージを負っている。
 それでも利用し続けなければならない現状に、これまでいかに相棒に残酷な状況を強いてきたのかをまざまざと見せつけらる日々に、自己嫌悪が強くなっている模様。
 
・風見さん
 万々歳で降谷零を病院へシュート。同時に部分的記憶喪失と聞いて倒れそうになってた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。