バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
その夜。
侵入を果たしたキュラソーは警視庁のデータ室で私の姿を確認し、驚愕に目を見開いたようだった。
「お前は…ウルフドッグ、どうしてここに!?増援、いや、まさか、そんな馬鹿な!」
激しい動揺。
信じられないのか、硬いスーツ姿の降谷さんを見て気が動転しているらしい。
狼狽える彼女を尻目に、何を思ってか、降谷さんが私の代わりに前へ出てキュラソーと相対する。
降谷さんのボクシングの腕は知っているが、転生者たる私の戦闘能力には大きく劣る。
危険なので止めたかったが、降谷さんの表情の厳しさに口出しできなかったのだ。
「ウルフドッグ!?お前どうして…なぜ裏切った!?司法取引か?」
「誰のことだ、それは。俺は公安警察だ」
キュラソーはそれでようやく心の切り替えができたらしい。
鋭く舌打ちした後、素早く下がって鋭い蹴りをくり出した。
降谷さんがそれを受け流して、ボクシングの構えから鋭い右フック。
軽くいなしたキュラソーが、それでも拭いきれぬ動揺に困惑した顔で後ろへと下がった。
一見互角に戦っているものの、降谷さんではやはり決め手に欠けるようだ。
キュラソーが追撃する降谷さんの拳を払いのけ、腰からバタフライナイフを取り出して構える。
降谷さんの表情が一段、険しくなった。
「私相手に新しく習ったボクシングの練習とは相変わらずいい度胸だ、ウルフドッグ!……本気で来ないなら殺すまで!」
とバタフライナイフを振り翳して吠えた。
流石にこれ以上降谷さんに任せてはおけない。
ナイフの刃が頬に掠りかけたところで私は考えるより先に表へと急浮上してきた。
相手がナイフでこちらが無手である以上、私が手加減をミスして蹴り殺してしまったとしてもそこまで問題にはならないはずだ。
………。
優先すべきは、肉体の主人たる降谷さんの無事だ。
そのような、自分でも驚くような考えが頭をよぎった。
それに気がつく前に、私は無意識のうちにキュラソーの腹に全力の蹴りを叩き込んでいた。
キュラソーはボールのように撥ね飛ばされ、激しく壁に打ち付けられて頭から血を垂れ流す。
キュラソーの口から吐き戻された血と胃液が上半身にかかり、生温く不快な感触を残す。
「が、はッ……ほん、とうに……」
「すみません、キュラソー」
蹴った時の感触からして、内臓のいくつかはダメになったことだろう。
早く病院に移送しなければ生死の境を彷徨うことは間違いない。
ともすれば、死ぬこともあり得るだろう。
生きていたとして、今後身体機能が健常に戻るとも限らない。
ああ、これなら。
……いくら組織でも、集中治療室から人員を奪還することはできまい。
血を吐いて崩れ落ちるキュラソーを抱きかかえて降谷さんが何の感情もこもらぬ声色で耳につけたインカムから通信を繋いだ。
通話先は公安の裏の理事官、黒田管理官だ。
「確保完了しました」
『そうか。よくやった。病院は手配済みだ、すぐに合流しろ』
「了解」
黒田管理官には便宜を図ってもらうために諸事情──すなわち私の記憶喪失のことだが──を共有済みだ。
それを踏まえてか、どこか品定めするような口調で黒田管理官が口を開く。
『しかし、記憶を失っても腕は健在ということか。お前のいなかった入り口付近は全て突破されてしまったからな』
「戦闘の腕まで失ってしまえば組織での立場が危うい。潜入捜査を中断する羽目にならなくてホッとしていますよ」
『だろうな』
後から到着したらしい風見さんが、何か物言いたげに眉を顰めてこちらを見ている。
やり過ぎだと、そう言いたいらしいことがその表情から見て取れる。
この程度でやり過ぎだなんて、いつも私が任務の時にしている虐殺に比べれば穏便そのものだというのに。
降谷さんが通話を終えて風見さんを見た。
その瞳の温度の無さに、風見さんはびくりと肩を揺らしたように見えた。
そうして、キュラソーを至急警察病院に送り込んでから、私たちは後を風見さんに任せて更衣室へと引っ込むこととする。
軽くシャワーも浴びて着替えを済まさなければ、下手をすれば通報されてしまうからだ。
狭い庁舎のシャワーを浴びて、熱い湯に打たれれば気分も幾分かマシになった。
ざあざあとした水滴の音に紛れ、降谷さんがやや遠慮がちに私を見てから、俯いてポツリと口を開く。
───これで俺たちの正体が露見することはない
───……そうですね
───手間をかけた。やはり強いな、お前は。俺では下手をすれば殺されていたかもしれない
その口調には明確な自嘲の色が見える。
そんなことはない、降谷さんは十分に強かった、と。
上滑りする言葉を吐こうとして、私はそれを途中でやめた。
この男が欲しているのはそんな中途半端な慰めではないのだ。
───では、毎日手合わせしましょうか。段階を踏んで、緊急時には僕たちのどちらも戦えるように
───今までも間々訓練自体はしていたが……毎日、か。ハードだな
───そうでないと身になりませんから。死線の先にこそ見えるものがある。そうでしょう?
力不足なら、それを振り払うべく己を磨くべし。
そのようにして現実に打ち勝ってきた降谷零ならば、このように元気付けるのが一番のはずだ。
……いや、何故によく知りもしない降谷零論を私が語っているんだ。
この分野については素人なのですが…いやホントに…。
降谷さんは少しだけ笑って、深層心理の水底にて私と肩を組んだ。
距離感近くないかコイツ?
───まったく、俺はお前に助けられてばかりだ。だからいつか……必ず。お前が寄りかかれるような人間になるから
───………ゼロ、あなたは、
───待っててくれ。お前が何を悩んでいるのかは分からないが。今度はおれがお前を助ける番だ
降谷さんが笑っている。
助けた覚えも今の私には無いし、助けられるほどのことはしていないのに。
積み重ねた時間が手からこぼれ落ちることの、なんという喪失感か。
この時ようやく。
私は「今のままではいけない」と言う強い思いを抱くに至った。
彼の親愛を無駄にしてはいけない。私への思いやりに応えられるような力が欲しい。
この友情に真摯な男の力になれる、強い人間になりたいと。
そう思ったのだ。