バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
結局、メアリーさんと邂逅した時に下階で起きた事件の推理には参加しなかった。
一応黒田管理官にMI6の人員を見つけたと報告はあげたが、それだけだ。
電話越しに聞こえる「バーボン、よくやった」という黒田管理官の重厚な声色はRUM並に貫禄があった。
あの人ほんと反社の組織のトップって言われても不自然じゃない貫禄あるよな。
そんなふうに原作とすれ違い通信しながらも、翌日からは通常営業。
トリプルフェイスに休みはない。
組織からの任務に探偵としての基盤作りに毛利探偵の手伝いに公安の事務処理エトセトラ。
常識的に言えば目の回るような忙しさだが、それを「さほど忙しいわけでもない」と感じてしまう自身の感覚もバグっている。
趣味の時間などほぼゼロのありさまだ。
とはいえ、それは表面上での話。
仕事によっては降谷さんと交代で表へ出ているので意外と中で休憩もできているのだ。
深層心理に佇む武家屋敷で書庫内に記録したTV番組を見ながらゴロゴロしたり、編み物に勤しんだり、無意味に精神体で走り込みをしたり。
降谷さんはといえば対人戦の自主トレに忙しく、日々汗を流しているようだ。
精神体でのトレーニングって効果あるのかなぁ……などと少々疑問だが、まぁ本人が納得できるならそれもありなのだろう。
そうして、今日も今日とて探偵としてのコネクション作成のため浮気調査のあと、組織の任務として護衛の仕事が待っている。
護衛相手はウォッカ。
緊張状態にある取引相手との会合があるため、その身の安全を守るための付き添いである。
隣で時間を確認していたウォッカは私の顔を覗き込むと、心配そうに眉をハの字に曲げた。
「どうした、浮かねえ顔してるじゃねえか。ちゃんと寝れてるか?」
「あ……ご心配おかけしてすみません。最近どうも疲れていまして。歳でしょうかね」
「馬鹿いえ、お前はまだまだ若いっての。だがまぁ、無茶はすんなよ。体調に異変があったらすぐ言えよ」
「はい、ありがとうございますウォッカ」
うーんさすがウォッカ。
相変わらずウォッカしか勝たんレベルの気遣いの鬼である。
脅しかけとはいえ、場合によっては乱戦や殺害もあり得る。
殺戮の可能性に鬱々の鬱であった私のことをすぐさま気がついたらしい。
あまりこの手の弱さを察されるのは困るのだが、弱さを隠せない私が悪いので仕方ない。
緊張に滲む背筋の汗。
私の恐怖に気付いた降谷さんが、気遣わしげに私に声をかけてきた。
───俺が変わるか、安室
───流石にそんなわけにはいきませんよ。すみません、ご心配をおかけして
実際、銃弾飛び交う現場で降谷さんではまだまだ生き残るには手が足りない。
私に関しては、すでに最近の任務で手が勝手に銃弾を弾くほど戦闘が体に染み付いているのが確認できたし。
適任は私の方であり、私の責務なのである。
しばらく、ウォッカがスマホの画面で時間を確認しながらイライラし始めた。
どうやら取引相手が遅れているか、最悪取引を無断キャンセルした可能性が出てきているらしい。
ウォッカは大きく舌打ちすると、私の方へと向き直り帽子を押さえてため息をついた。
「悪いな、お前はしばらくここで待機だ。俺は少し連絡を入れてくる」
そう言ってここから徒歩20分はある近場のコンビニの方へと走り出していった。
私はそれを「はい、お気をつけて」と言って見送った後、一人静かな廃ビル内をゆっくりと彷徨く。
降谷さんがほっと息をついて俯いた。
私はともかく、なぜ降谷さんが安堵するんだ?
しばしの沈黙。
かつん、かつんと私の足音だけが廃ビル内に響いている。
降谷さんが恐る恐る、と言った様子で私を見上げた。
───俺は、今まで知らなかった。お前が荒事が苦手だってこと
───……?ははは、苦手じゃないことの方が少ないでしょう。命のやり取りですよ?
───そうだな。その通りだ
自嘲するような声色で降谷さんが陰鬱に笑っている。
どうやら、以前の私はよほど戦闘に慣れていたらしい。
こんなふうに降谷さんが罪悪感を覚える必要はないのに、なんと声かけていいのかわからないほどに深く、降谷さんからは渦巻く負の感情が感じられた。
転生者故に肉体を十全に操れる私は肉体の全力、100%をいつでも引き出すことが可能だ。
つまり、常時火事場の馬鹿力を出せるということ。
外部からの操作なので薬物による不調にも極めて強く、気絶するほどの衝撃を受けてもしばらくは動くことが可能だ。
だからこそ荒事担当になったのであり、一般人たる私にはそれしかできなかったという意味でもある。
それしか選択肢がないから始めた荒事担当だが、やっぱりやりたくない気持ちは常に心の袂で燻っていた。
ままならないものだ。
ビルの壊れた窓から夕日に沈む東都の街並みがのぞいている。
都心部からは少し離れ、喧騒は遠く、港から静かな波音だけが響く。
遠くのビル街がまばらに灯りをつけ、これから来る夜に備えているようだった。
私たちは体は一つ、しかし精神は二つ。
奇妙な共同体として、夕日に沈む東都を眺めていた。
肌寒い風を浴びながら、降谷零は落ちゆく夕日を見る。
5年前。まだ青臭く年若い日。
初めて汚した己の手、悲鳴、命乞いは、降谷にとってあまりに酷い衝撃であった。
殺した男は善良だった。
娘もいたし、妻と家族を思い涙を流して降谷に命乞いをしてきた。
それでも組織の目のあるそこで下手な真似などできるはずもなく、男の涙をせせら笑って銃殺した、己の何と卑劣なことか。
これが自分の目指した正義なのかと、その日は胃の中身がなくなるまで吐いた。
それからは記憶が途切れ途切れだ。
ずっと深く甘く暖かい水底で柔らかく包まれていたことだけを覚えている。
励まされて慰められて、心が少しずつ癒えていくような感覚。
誰かがいつも柔らかな声で話しかけてきたような気もする。
そうして目が覚めた時、目の前で親友が殺されていた。
結局あれは誤解だったのだが、あのときは安室には申し訳ないことをした。
彼は主人格のため、見ず知らずの男でしかなかったはずの諸伏景光を命を賭して助けようとしてくれたのだ。
感謝こそすれ、恨むことなどあり得ない。
安室透。
彼は降谷の分裂した心の一つ。
いわゆる多重人格──乖離性同一性障害というやつだ。
通常、こうしてできた人格は主人格から切り離された記憶や感情が独立したものとなることが多い。
なので人間としては不完全で、一部の記憶しか持たなかったり感情が欠けていたりすることが多い。
しかし、見たところ安室は人間として友人として何の欠落もなく、普通の人間と変わりがないように見えた。
それも不思議と言えば不思議だが、今となってはどうだっていい。
もはや降谷は安室なしでは存在し得ないのだから、気にするだけ無駄というものだ。
仕事上という意味でも、あれほどまでに近接戦闘に特化していない降谷だけでは、瞬く間にバーボンとしての地位を追い落とされることだろう。
人付き合いに関しても、幹部の心の隙間に入り込む手腕は見事の一言だ。
諜報活動は苦手なようだが、彼の価値を思えばそんなもの何の欠点にもなりはしない。
なによりその不可思議なまでの直感は、多くの大事故、事件を未然に防いできた。
それを思えば、己は今まで何をしていたのやら。
ルパンに師事して諜報の腕を磨いたり、探偵や刑事としての推理力で彼を助けることぐらいはしていたが。
だが、その程度のことだ。
いくらでも代えが利く凡夫でしかない。
それこそ己と同等かそれ以上の頭脳を持つあの小さな名探偵やルパン一味にかかれば、容易に代替できてしまう。
そこに来ての、記憶喪失。
降谷は我知らず、うっそりと陰鬱に微笑んでいた。
表でまったりと廃ビルを歩く相棒たる男は、それに気がついていない。
くつくつと、押さえきれない笑いには自嘲と愉悦とが混じり合い、夕日に染まる心象風景に滲んでいく。
これで俺は安室の隣に並べる。
遠く高みに行ってしまっていた相棒が、隣まで降りてきてくれた。
望外の幸運だと思った。
そう思っている自分の存在こそが、相棒への酷い背信だと思った。
───自己努力を怠った馬鹿者の戯言だと、そう思った。
記憶喪失の理由はわからない。
だが、安室の様子がここのところずっと怯えている、緊張しているのは気がかりだ。
ただの任務一つに息を詰めて暴力沙汰に恐怖している。
彼の記憶は四年前、組織で降谷の代わりに働き始めた頃までしかないらしい。
つまり安室が己から生み出されて一年程度しか経っていない。
生まれたての、己から分たれた無垢な分身。
ああ、所詮これは自己愛だ。だって安室とて自分の分身に過ぎないのに。
生き残った親友は、もうヒロと安室の二人しか無くなってしまった。
その親友とて安室が身をもって守ったとあれば。
次こそは、今度こそは自分が大切なものを守ってみせる。
ぐちゃぐちゃの心境を一つ一つ解きほぐし、降谷は歪んだ嗤いにひっそりと身を任せる。
きっと己の鬱屈した自己嫌悪すらも、相棒ならば察しているのだと知りながら。
・降谷零
難しい男。
自尊心が死んでるのにプライドエベレストだからこんなことになってしまった。
・バボ主
完璧には察してないが、ちょっと察し出した。
というか原作降谷零という先入観があるため、思い悩んではいてもここまで鬱屈した思いを抱えているとは思っていなかった。