バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
現場にたどり着くと、すでに被害者は事切れていた。
青酸系の毒物が使われたようで、落ちた紅茶のカップからはじっとりとした悪意が香っている。
カップの口に青酸系毒物を塗っての毒殺、か。
コナン君が小学生姿で堂々と現場を見て回るのを尻目に、「どうしようかな」と私は思案を巡らせていた。
これは間違いなく原作漫画にして安室透の登場回、「ギスギスしたお茶会」だ。
もうすでに犯人は知っているし、なかなかに同情できない被害者だということも分かっている。
とはいえ、これに味を占めた犯人が連続殺人犯になってもらっても困る。
この手の連続殺人、米花町には多いからな。
コナン君と共に考え込む降谷さんとは裏腹に、私は深層心理の底で黙ったままじっとことの次第を見守った。
じきにコナン君達も犯人にたどり着くことだろう。
分かってしまえばあっけないものだが、根本的にはガチガチのトリックだ。
原作知識のない私ならいつまで経ってもわからなかったかもしれない。
コナン君が不意に、考え込む私たちに話しかけてきた。
その怜悧な瞳は随分と鋭く、推理という極上の餌に煌めいている。
「安室さんも分かったよね」
「俺の方はまだ───……まぁ、うん。僕の方はぼんやりと。重曹による化学変化だっけ。犯人もよく考えるよね」
口にしてから、表に出ていた降谷さんがひどく悔しそうな顔をした。
私に推理で先を越されたのがさぞご不満のご様子で、「今回は調子が悪かっただけだ!」などと深層心理内で捨て台詞を吐かれてしまった。
別に私は原作知識があっただけだから気にしなくて良いのに。
まぁ、それはともかく降谷さん以上の思考速度で推理するコナン君が凄すぎるわけだが。
ちなみに、私自身はそこまで趣向を凝らして人を殺したことはない。
基本、撲殺鏖殺斬殺みたいな血生臭いレパートリーだからな。
肉片飛び散るグロテスクな惨状が、ウルフドッグの歩む戦場である。
鉄爪での惨殺劇はジンのお気に入りの見せ物と聞いている。
かの有力幹部に可愛がってもらっているということで、私の地位も随分と安定したらしい。
それ自体はいい事なのだが、やはりあんな血と臓物と脳漿のオンパレードは御免被る。
そのまま表に出た降谷さんとコナン君は頷き合い、関係者を呼んで始まるのは推理ショーだ。
今回も含め、私がいる時は大体私達が推理の披露役だ。
コナン君に渡されたスピーカーを襟裏につけての口パクは、滔々と流れるような推理の泉源だ。
理解という意味でなら降谷さんの方が完璧なため、口パクは降谷さんが行うこととする。
───お前の方が真相に辿り着くのが早かっただろ。お前がやった方がいいんじゃないか、推理パペット役
───拗ねないでくださいよ。僕は勘で分かっただけで、理論がきっちり理解できてるわけじゃないんですから
───拗ねてない
いーや拗ねてるね。
ブスくれる降谷さんをなんとか宥めすかして表へと押し上げ、推理ショーに間に合わせる。
ほんとプライドエベレストには困ったものである。
しかし、始まってしまえば切り替えられるのが降谷さんの大人なところ。
滔々とした推理は流れるように犯人を暴いていき、私はほへぇ、と内側でただぼんやりと聞きに徹するのみである。
流石は探偵世界の光達。頭脳の回り方も舌の回り方も桁違いだ。
推理は残酷に無情に進んでいく。
「──犯人は貴方だ」と推理を突きつけられて崩れ落ちた女性を前に。
私は胸が締め付けられる心地に囚われていた。
まるで、己の罪を同時に突きつけられたような、不思議な感覚が胸を撫ぜる。
あの組織に居ると忘れがちだが、殺人は最も重い罪だ。
現代の司法だと二人殺せば死刑もありうるというのに。
私の殺害人数はといえば、覚えている限りだけでもおそらく40人前後。
記憶喪失の間を含めればもっとずっと多いだろう。
正確な数は、実のところ数えていない。
数えられるほど私の心は強くなく、また忘れられるほど楽観的ではなかったから出てきた曖昧な数字だった。
……勝手な感傷に浸っている間に、犯人の女性には手錠をかけられていた。
展開早いな。
トイレ行ってる間にいいところを見逃した気分だ。
私もいつかあのように手錠をかけられ、正しい法の元捕まる日が来るのだろうか。
いや、それだけはあり得ないか。
何故なら私は降谷さんと肉体を同じくする身。
私が捕まる時とはつまり、降谷さんが捕まる時に相違ない。
それだけは絶対に避けねばならない。
忸怩たる想いに身を委ねたその時である。
不意に降谷さんがドブンと深層心理内に降りてきた。
───寒っ!?なんだこれ、水温冷たすぎないか!?
───!?
降りてきた降谷さんが両手で体を抱きしめて震えている。
まるで冷たいプールにでも飛び込んでしまったような反応だ。
私の心情を反映して水が冷たくなった?
降谷さんならともかく、私の心の内が影響を与えるなんて……私が肉体に馴染んだということか?
あくまで異物でしかない私が降谷さんに影響を与えるなど、それは良いこととは言えないのに。
降谷さんは目を三角に釣り上げ、燃えるような瞳でこちらを睨み据えた。
───お前何か碌でもないことを考えてるんじゃないだろうな
───……そうですね、少し、ナーバスになっていたかも知れません。すみません、ゼロ
───話してみろ
───それは…
有無を言わさぬ声色だった。
私は暫し言い淀み、大人しく頷いた。
肉体を自販機の横に腰掛けさせて、そのまま深層心理内で同様に縁側に腰を下ろす。
こうして出入りしてみると、水温の冷たさが肌について離れない。
───恥ずかしながら。殺人は嫌だなと、そんな当たり前のことを、考えていました
───………そうだな。誰だって、人を殺すのは嫌だ
降谷さんは暫しおしだまったあと、噛み締めるように呟いた。
沈黙と、暗い冷たさのみが深層心理に満ちている。
───いずれこの思いも鈍化し麻痺していくものだろうとは思っていますが。それでも……少しばかり、憂鬱で
───…………
深層心理の空を見上げれば、肉体の瞳に映る夕日が反射して赤く染まっていた。
現実はもう夕方だ。
事情聴取を含めれば、帰る頃には夜になっていることだろう。
降谷さんは静かに目を伏せ、頷いた。
───わかった。俺も、腹を括ろうと思う
重苦しい、ある種の覚悟を感じる瞳で、降谷さんは頷いて見せた。
瞬時に私は後悔した。
これはマズい。大変にまずいことを言ってしまった。
この覚悟の光は自分を犠牲にする類の、危ういまでに研ぎ澄まされた光だ。
───……下手なことを考えないでくださいよ。こんなこと言っておいてなんですが、僕は大丈夫ですから
───どうだか。限界なんだろう?
───ゼロ、本当に。僕は大丈夫です。すみませんでしたから
降谷さんは答えず、ただじっと黙ったまま前を見据えていた。