バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
夜半。
ウルフドッグとしての仕事が始まる。
本日の任務はアメリカで敵対的裏組織の壊滅作戦だ。
久しぶりの強襲任務に、ぞわりと背筋が泡立つ感覚に襲われる。
常駐する警備員は20人前後。
皆自動小銃で武装しており、警備犬や設置型の罠、電気柵なども完備する物々しいそこに当てられる人間は私一人。
通常なら「死んでこい」という強いメッセージにしか受け取られないであろう状況だ。
しかし、私がウルフドッグであるという事実がそこに全く逆の意味合いを付与する。
すなわち。殲滅せよ。
その時。
日付が変わってからずっと無言だった降谷さんが、ここにきてようやく口を開いた。
しかもあろうことか、一昨日の「ギスギスしたお茶会」からずっと想定していた最悪の発言を口にしたのだ。
───今日は俺がいく。異論は認めない
───はぁ!?!?何を言ってるんですかゼロ、ウルフドッグとしての任務ですよ!?できるわけ……
───お前との手合わせも形になってきた。斬鉄こそできないが、対面であれば銃弾をぎりぎり避けることもできる。それに、そうならないよう立ち回りもするさ
降谷さんは目を細め、私を無理やりに内へと押し込めて表へと急浮上する。
私は水をかき分けて水面上へと慌てて戻り、降谷さんに怒鳴り込んだ。
───複数の銃口に狙われたらどうするんです!死角からの狙撃は!?
───そうならないよう立ち回る。そのためにルパンに教えを乞うていたんだ
降谷さんの様子は頑なだった。
しかし、あまりにも無茶にすぎる。
まず、斬鉄は強襲任務の要だ。
これがあるからこそ遮蔽を気にせず、気配察知で出会い頭の遭遇戦に専念できる。
一応降谷さんも気配察知ぐらいはできるようになっているが、精度は私とは段違いだ。
無茶だと自分でも分かっているのか、降谷さんの表情は硬い。
それとも、まさか全て織り込み済みでこれまで動いてきたのか?
───ゼロ、やめましょう。下手をすれば死にます、お願いですから
───なら、もし混戦にもつれ込んだらお前に変わる。それ以上は譲歩できない
───……わかりました。すぐに代われるように水面上で待機していますから。もしもがあれば無理にでも代わらせていただきます
───それでいい
やはり先日の私のぼやきが降谷さんの心にヒビを入れてしまったらしい。
考えれば考えるほど後悔が立つ。
あんな弱音を吐かなければよかった。
私の焦燥も知らず、降谷さんはざり、と足音を立てて今日強襲を仕掛ける屋敷の前に立つ。
───……では、任せましたゼロ。ご武運を
───ああ。お前に手間はかけさせない
大人しく奥へ引っ込むと同時に、身体は自然と動き出していた。
まず、狙いは守衛所にある電気設備。
今回は珍しく、降谷さんの提案で事前に何度も点検業者を装って下見していたのだが。
その時、代わってくれと言われて身体の主導権を交代していたのが間違いだったか。
スマホを取り出し、以前降谷さんがこそこそと入れていたアプリを起動する。
どうやら事前に小型の爆弾を設置していたらしい。
降谷さんはなんでもないような動きでスマホから遠隔操作で起爆する。
ピッと、小さな起動音。
赤いアラートが表示されて。
次の瞬間、派手な爆破音と共に守衛所に炎が吹き上がった。
悲鳴、怒号。
それを陽動として電源の落ちた電気鉄柵を軽々と乗り越え、降谷さんは屋敷内に侵入を果たす。
塀の側面からジャンプし、持ってきたクロスボウを空中で構えた。
そのまま爆破に驚いて吠えたてる警備犬を音もなく射抜いて無力化する。
無惨な犬の死体はそのまま数匹抱えて、数瞬のうちに植木の下へと隠したようだった。
その後、降谷さんは一瞬だけ中央出入り口に寄って、何かの仕掛けを設置した。
ルパンなら「ちょちょいのちょいとな」とでも言いそうなすごい早業だ。
数秒とかかっていない。
そうして鍵を事前に細工していたらしい二階の窓からするりと中へと入った。
二階まで登るときは私を見習い、降谷さんは小ぶりのナイフを多数使った垂直登りを敢行したようだ。
ルパンの教えか、這うように壁面を上る姿は素早く静か。
爆発に気を取られていた警備の人間達はまるで気がついていないようだ。
そうして暗い部屋にするりと入り込み、毛足の長いカーペットにふわりと着地する。
人がいないことは事前に確認済みらしい。
深層心理内には内部の見取り図が開きっぱなしになっているし、前々から計画はしていたのだろう。
私のあの一言が、降谷さんの最後の後押しになっただけで。
最初からこの襲撃の実行を降谷さんは計画していたのだろう。
今夜はパーティの酒宴が開かれているのか、外の物騒さをまるで無かったものにするかのように、内側は豪華絢爛。
美しいフォーマルな服で着飾った大勢の男女が酒に、麻薬に、歓談に興じているのが見えた。
吹き抜けの巨大なホールは鮮やかに照らし出され、暗幕の向こう側を煌びやかに彩っている。
ただし、やはり先ほどの爆発音はここまで届いていたのだろう。
爆弾騒ぎを聞きつけ、幾人かの係員らしき人物に従い、内部の人員の避難が始まろうとしている。
ここで逃してしまえば任務失敗だ。
「……はは」
降谷さんは暗い哄笑を漏らしながら、入り口に先ほど仕掛けた爆弾を起爆する。
ゴォォオオン、と遠く何かが爆裂と共に入り口の扉が崩れ落ち、その振動が建物全体を揺らす。
この建物は裏組織のアジトなだけあり、堅牢で外からの侵入を許さない作りになっている。
形だって軍事施設さながらの豆腐建築だし、その分脱出のルートが少ないということでもある。
さらにもう一つ暗い画面をタップすれば、電子音とともに裏の出入り口が派手に吹き飛ばされる。
轟々と炎が吹き上がるのが夜空に黒煙をたなびかせ、月を黒々と隠してゆく。
その間にも、降谷さんは的確に人目を避けて見取り図をもとに主要な柱へと爆弾を設置しに走る。
手際は良いが、すでに退路はない。
───どうやって脱出する気ですか
───地下通路を使う
───地下通路?
───奴らが極秘でこさえた脱出口だ。そこからなら道路を挟んで東の端から脱出できる
───それでは脱出口を知る幹部陣を逃してしまうのでは?
私の疑問に、降谷さんは陰惨な笑みでもって応えた。
───生きて出るのは、俺達一人だ
───………
───外側から、事前にガス工事を装って二酸化炭素を充満させておいた。中に踏み込めば死ぬだけだ
───僕たちは、どうするんです?
───この阿笠博士の発明品の携帯型酸素ボンベがある。十分は持つから、俺たちはその間に悠々と「通り抜ける」だけだ
幾度も下見に来ていたと思ったら、こんな小細工までしていたのかと少々驚く。
全てが全て計算ずく。
狡猾に粘着質に逃げ場を絶っていくその様は、狼というより食虫植物のそれを想起させた。
それと同時に。
そんな手を取らせてしまった私の不甲斐なさこそが、強く胸に刻みつけられた。
正義に生きる彼にとって、この非道がどれほどの苦痛を伴うのか。
どれほどの悲しみを塗りたくることなのか。
私では、想像することしかできなかった。
小さな小さな、かの博士の驚くべき発明品を口に咥えて地下通路へと歩を向ける。
皆、煙に巻かれて急いでいたのだろう。
最初に扉を開けた段階で意識を失い、そのまま呼吸困難で窒息した幹部陣が、扉の前にばたばたと転がっていた。
降谷さんはその死体をぞんざいにごろりと足で転がすと、死に顔をスマホで撮り始めた。
一つ二つと。
無機質な瞳で。
───これで全員だな。証拠写真はOK。帰るとするか
───ええ
悠々と扉を開けて、裏にある人気のない公園に出る。
うっかり民間人が立ち入らないように入り口は欠かさず施錠した。
そのまま、降谷さんはポケットから取り出したスマホから、なんの感慨もなく起爆信号を送れば。
──背後で。
凄まじい轟音を立てて、アジトが丸ごと崩れ落ちていく。
もうもうと黒い煙が空を覆い尽くし、爆炎の残滓が赤く火の粉となって舞う。
サイレンの音が近づいてきている。
もうすぐ消防車が到着するのだろう。
あの中に、どれほどの人がいただろう。
パーティということで、もしかしたら無関係な人間や何も知らない子供も含まれていた可能性だってもちろんある。
所詮、益体もない感傷だ。
どうせ私がやったとして、正面から全員斬り伏せるのだから、何も結果に違いなどないではないか。
───ジンにはどうやって報告しましょうね。今までの僕のやり方と違いすぎますし
───ちょっと新しい趣向を開拓中とか言っておけ
───そんな無茶な……わかりました。それくらいならできる限り言い訳しましょう
黒く濁る月を背に、私たちはゆったりと帰路につく。
凄惨な地獄を作り出しておきながら、後悔なく、反省なく、冷血に残酷に。
いつか来る裁きの日を待ち侘びるように。
少しだけ背後を振り向いた後。
降谷さんは瞳を伏せたのだった。
「ジンですか?任務終わりました。今回は少しばかり趣向を変えてみたんですが……あ、ニュース見ていてくれたんですね。そうです。ええ───」