バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

22 / 333
発覚

 

 江戸川コナンにとって、安室透とは奇妙な点もあれど頼りになる大人であった。

 

 気をまわさずともコナンの会話についてくる地頭の良さ。

 阿吽の呼吸で言いたい事を察してくれる心地よさ。

 父親以外に感じたことのない気楽さに、隠れ潜まねばならないという自身の状況──それが自業自得だとしても──からくるストレスが癒されるような人間だった。

 

 推理の補助も的確。

 コナンに足りない大人としての立場を使い、コナンの推理を皆に届けるだけではない。

 何かと現場から追い出されがちなコナンを「コナン君は僕が見ていますから」と保護者を装って場にとどめてくれたことには幾度も助けられた。

 また、ターボエンジン付きスケートボードでは足りない機動力を愛車のRX-7で補ってくれたこともある。

 

 この間の事件、高名な建築家である森谷帝二が犯人だった連続爆破事件。

 そこでコナンが爆破間近の爆弾を発見してしまった時も、安室の助けがあったからこそ皆大きなケガは無く大事には至らなかった。

 

「コナン君、それは爆弾?」

「──ッあと40秒で爆発する!堤無津川に運ばないと!」

 

 言葉少なな情報のみのコナンの叫びに、買い物帰りで通りがかった安室の行動は迅速だった。

 ターボエンジン付きスケートボードが壊れて動けないコナンを抱え上げ、次の瞬間全力疾走。

 彼は規格外の速力とパルクールの要領で飛ぶように移動するその機動力で、見事40秒以内に堤無津川へとたどり着いた。

 

 爆弾を安全に川の中へと放り込み、鈍い爆発音を発する川の前で二人でコツンと拳を軽くぶつけ合う。

 その感触、その達成感は間違いなく「相棒」と呼んで差し支えないものだったのだ。

 

 

 

 

「灰原、どうしたんだよ」

 

 その日、学校の帰りに無言で立ち尽くす元黒づくめの組織の幹部、シェリーこと灰原哀に、コナンは訝しげに声をかけた。

 最近になって雨の中倒れていたところを阿笠博士が保護したのだ。

 姉を殺され、自身も閉じ込められていたところ毒薬を飲み、コナンと同じく幼児化して逃げ出してきたのだという。

 

 例の毒薬の開発者というところに思うところが無いとは言わないが、それでも彼女の境遇は酷く、つらいものであったことに違いない。

 コナンは灰原哀のことを組織から守ってやると決めたし、であるからにはわだかまりは捨てて信頼するのだと決めていた。

 

 その彼女が、顔を真っ青にしてがたがたと震えて立ち尽くしている。

 コナンは灰原をかばうように立ち、素早く周囲を見渡して怪しい黒づくめがいないか確かめた。

 

「おい、まさか例の組織のやつらが、」

「───ッグ……」

 

 消え入りそうな声がコナンの耳に届く。

 

「ん?」

「……さっきの人。貴方が前から話していた探偵の安室透とかいう人、なの…?」

「あ、ああ。安室さん。謎も多いけど信頼できるいい人だぜ。小さくなった俺のことを色々助けてくれてるんだ。二週間ぐらい遠出したからオメーも会ったことなかったみてーだけど。それがどうかしたか?」

 

 コナンは親しみのこもった声色で灰原の質問へと答えた。

 つい先ほどフランス旅行のお土産にお菓子の詰め合わせをもらったばかりだ。

 品の良い菓子達は到底子供向きとは言えない品揃えだったが、「でも、こういう感じの方が君は好きだろう?」という安室の言葉に苦笑いで首肯することになった。

 

 そんな、コナンの穏やかな様子に。

 

 ひっ、と。ひきつった悲鳴と同時に彼女は小さく縮こまった。

 ガタガタと隠し切れないほどの震えに、過呼吸になってしまいそうなほど荒い息。

 焦点はあっておらず、ただ中空に浮かぶ過去を見つめて顔を青ざめさせる。

 

「おい灰原、落ち着け!息をゆっくり吸って、」

「いい人、いい人ですって!?あの殺人鬼が!?」

 

 ひゅっ、と。コナンは息を呑んだ。

 

「殺、人鬼……?お前、何を言って……」

「そうね、私も初めはそう思ったわ!組織の闇の中でも陽だまりのように暖かい人だって!この人ならお姉ちゃんを助けてくれるんじゃないかって、そう思った!ッなのに!!!」

 

 身を削るような絶叫。魂からの叫び声。

 灰原の声はそのような感情を切り裂いてようやく出る類の狂乱の声だった。

 涙がアスファルトにぽたぽたと落ちて色を変える。

 

「っ待て、それ、まさか安室さんが黒づくめの男の仲間だって、そう言ってんのか?」

「…コードネームはバーボン。組織の処刑役で、裏切り者の始末と敵対組織の殲滅が主な任務の男。ジンにも気に入られている天性の快楽殺人鬼。通称、ウルフドッグ」

 

 それだけ言って、灰原は両腕でその身を搔き抱いて押し殺した声で泣き叫んだ。

 

「どうしよう、私を追ってきたのよ!みんな、みんな殺されちゃう!お姉ちゃんと同じように、鉤爪で心臓をえぐり出されて、あんな、あんな嬉しそうな顔で、私のせいで!!!」

「ま、っ待てよ!安室さんが組織の人間で殺人者?馬鹿言ってんじゃねーよ!んなことあるわけ」

「あるのよ!貴方にはわからないでしょうけどね!」

 

 人っ子一人いない夕暮れの歩道で座り込み、灰原は顔を膝にうずめた。

 コナンはそんなこととても信じられない思いではあったが、同時に「もしそうだとしたら」という理性的思考も働き出す。

 

 もし安室透が黒の組織の人間であったとして、コナンたちをピンポイントで狙ってきた可能性は極めて低い。

 なにせコナンが組織に関わって幼児化する一週間も前から、彼は毛利小五郎へ弟子入りしていたのだから。

 

 その後灰原哀がコナンと知り合いになったのも行き当たりばったりの形に近い。

 安室が後日裏切り者のシェリーの抹殺を命じられた可能性はなくも無いが、彼がほとんど何の接点も無い少女を宮野志保と関連付けるのは不可能に近いはずだ。

 

 コナンは灰原の肩を持ち、強く己の推理を突き付けた。

 

「落ち着けって!それならまだ殺されてない理由が無い!そもそもオメーが阿笠博士ん家に来る前から安室さんは毛利のおっちゃんの弟子になってたんだ!俺らのことはあの人にはまだバレてないと見ていい!」

「そんなの時間の問題じゃない!ウルフドッグに狙われた人間がどうなるか知らないからそんなことが言えるのよ!」

 

 しとどに泣く灰原の様子はそれでも、安寧をその中に迎え入れようとはしないようだった。

 それは感情ではコナンも自分の信じてきたものが根本から揺らぐような衝撃を受けていたから、それを感じ取ってのことかもしれない。

 あの人が、組織の人間で殺人者。

 

 あんなふうに笑う人が灰原の姉だけでなく大量の人間を殺害してきた殺戮者なのだと思うと、頭が追い付かない。

 

 しかし己の推理力は感情を置いてけぼりに曇りなく真実を貫く。

 彼が犯人を取り押さえる動きに違和感があったのは、彼が基本的に近接戦で非常に奇妙な武器を使うからだったのだ。

 鉤爪、という超近接戦の武器を使う生粋のインファイター。

 

 ぎり、とコナンは我知らず奥歯をかみしめていた。

 

「とりあえず、俺らがあの人の正体に感付いてるって絶対バレないようにしねーと。もちろん、俺らがアポトキシン4869で幼児化した人間だってこともだ」

「……ええ。そう、ね」

「バレれば、命は無い。そうだな?」

「ウルフドッグに狙われて生きている人間を私は見たことが無いわ」

「っ、そうか」

 

 状況は最悪だ。

 家に帰れば、今日は蘭とともに夕飯の準備をする安室が出迎えることになっているのだから。

 

 声に出すな。顔に出すな。気配にも出すな。

 出せば最後、幼馴染の毛利蘭の命も無いに違いない。

 

「っそんなわけ、あるかよ。安室さんが殺人鬼?ありえねーだろ」

 

 料理上手な彼の作るかぼちゃコロッケをコナンは特に好いていた。

 学生ながら家事を一手に担う蘭の負担を減らすため、と親切心で毛利家の料理担当を申し出てくれたのだ。

 

 信じきれない気持ちと事実を肯定する論理的思考回路が、コナンの中で軋みを上げる。

 見上げる夕暮れが真っ赤に染まっている。

 

 怪物の口に自ら飲み込まれに行くような心地がして、帰る足取りは自然と重くなった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。