バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
ポアロは私の憩いの場所である。
以前の私はここで一時期バイトをやっていたこともあり、記憶を取り戻す手立てになればと意識して足繁く通っているのだ。
よく事件に巻き込まれるコナン君の見張りにもなるし。
さて、本日も客としてやってきたのだが、特に用事等はなし。
持ち込んだ宝石花彫刻のための道具でちまちま宝石を彫りながら、優雅な午後を過ごしている。
仕事がないって素敵。
なにせあの組織公認の公開残虐ファイトの後、私は死ぬほど吐いたからな。
途中で降谷さんと代わったから肉体の負担はそこまでだが、深層心理の内側でも完全にグロッキーだった。
ストレスフルな仕事を忘れられる場所として、ポアロは実に有益だ。
道行く雑踏を見るだけで「この中に拐われた被害者の家族がいるかも」とか考えて鬱になってたからな。
幸せそうにコーヒーを楽しむ人しかいない空間は救いの一言である。
今日もまた、私は地道に宝石花を彫っていく。
他のお客さんの邪魔にならないよう、斬鉄の要領で無音になるよう彫っていく作業は割と集中力を要する楽しい作業だ。
もちろん、席を占有するお詫びに三十分ごとに追加のメニューを頼んでいる。
コーヒーから始まりカフェオレに紅茶に、小腹が空いたらパンケーキなんかも頼んでみたり。
売上には貢献しないとね。
ゴミも飛散しないようしっかり気をつけているので、店の迷惑にはなっていないはずだ。
なお、降谷さんは内側でホームズ全集を読書中だ。
コナン君に押し付けられたものを深層心理の図書館にコピーしておいたから、いつでもどこでも読めるのが強みである。
あのホームズフリークにはきちんと感想を言って返却しないと後が怖いからな。
ふと、水を注ぎにきた梓さんが私の手元を覗き込んで首を傾げた。
「何してるんですか?」
「宝石で彫刻を作っています。見てみます?」
「わぁ!良いんですか!?……すっごい…よくこんな細かいもの彫れますね。というか、宝石って高いんじゃ…」
「お土産屋さんとかで売ってる屑石を使ってるので、割とお安いですよ。一つどうぞ?」
そう言ってできたばかりの練習用宝石花を一つ、梓さんにひょいと手渡す。
クリソベリル(金緑石)で作ったひまわりだ。
石言葉は「静かに見守る」。
実際のところそこそこお値段のする宝石なのだが、それは言わぬが華だろう。
そんな高価なもの、元同僚でしかない男に贈られても迷惑なだけだし。
部屋の隅で忘れ去られ、ある日うっかり踏んで折れるぐらいの扱いで丁度いい。
「うっわ、綺麗……!安室さん才能ありますよ!売ったら絶対有名人になりますって!」
「そうですかねぇ。所詮片手間の趣味ですし」
「これはありがたくもらっておきますけど、そんな気軽に人に渡しちゃダメですよ!!将来ゴッホみたいな値段になったらもらった人がびっくりしちゃいますので!」
こいつ実は宝石花の真の値段を知っとるんやなかろうか、と思うほど鋭い梓さんがぷんぷん怒っている。
少しだけ罪悪感。
かつての私が感じていたであろう友情に少しだけ謝罪したくて宝石花を贈ったのだが、これでは彼女に負債が溜まる一方だ。
と、そこで新たなお客さんがポアロを訪れた。
からん、と店のドアが開く清涼な音。
降谷さんと同じ色黒に気の強そうな面持ちに、確かな知性の閃きを感じさせる瞳。
服部平次君だ。
大阪住まいの子のはずなのに当たり前みたいに東京に出没する、西の高校生探偵である。
新幹線代もバカにならないだろうに、何かあるたびに大破するバイクもそうだが一体どうやって資金を捻出しているのか。
服部君は私を見て取ると、にぱっとわんぱく坊主のように笑った。
「おお、なんや。ひさしぶりやな、安室サン」
「ああ、久しぶりだね服部君。百人一首の件以来かな」
きちんと呼び方は改めたらしい。
やればできるのにどうして彼はいつまで経ってもせやかて工藤なのか。
というか、相変わらず降谷さん私のモノマネ上手いな。表情の使い方とか、どんどん私に寄せてきている。
後ろから入ってきたコナン君に、どうやら二人は昼食をとりにきたのだということがわかった。
側から見ると何の関連もない高校生と小学生のペアには疑問符が浮かんでしまうが、実際には男子高校生の友達同士だ。
なんとなくほっこりした気持ちになる。
そして私の席に当然の様に座った彼らは、彼女持ちの男子高校生らしく恋バナに花を咲かせ始めた。
「ほな約束通り東京の絶景スポット、教えてもらうで工藤」
「はいはい。あ、安室さんも知ってるところがあったら教えてよ」
「遠山さんに告白するスポット探しかい?いいね、わかった。それならいい場所があるよ」
「告ッッちゃうわい、いやちゃうくないけど、い、いや、アレや!その、まぁ!」
平次君は急に挙動不審になってバタついている。
面白いかよ。
コナン君も隣でニヤついているし、このコンビは悪友感が実に良いな。
「で!その絶景スポットってどこなんや!」
「米花デパートの夜の最上階レストラン。夜景も綺麗だし、なにより三つ星グルメが絶品だった」
「……なるほど。覚えといたるわ」
しっとりとした夜のレストランデートを少し想像したのか、やや頬を染めながらスマホのメモに書き溜めたらしい。
コナン君がやや首を傾げて訝しげにしている。
「でもあそこ、シェフが殺されてなかった?」
「あの事件の後ベルモットと行き直したけど、味は落ちてなかったよ」
「……安室さん、ベルモットと仲良いの」
コナン君の疑問に、降谷さんは一瞬素直に嘔吐みたいな顔をした。
そんなに嫌か、ベルモットと仲良いの。
「想像するだに恐ろしいことを言うな君は。ベルモットとは単に仕事上での付き合いでしかないよ」
「ゼロさんはね。安室さんはどうなの?」
「───友人ではありますが、色恋沙汰にはなり得ませんねぇ、お互い」
「ふーん」
なんだつまらん、という表情が前面に出ている様子でコナン君は頬杖をついた。
コナン君って時々いい性格してるよな。下衆みたいな顔もするし。表情豊かで良いことだ。
からん、と後ろで再びドアの開く音がする。
今日はよく客の来る日である。
喫茶ポアロにとっては良いことなのだろうから悪くは言わないけれど。
次に入ってきたお客は、これまた予想外の人間であった。
「……ッ!」
小さく息を呑んでこちらを見つめるのは伊織無我だ。
元公安のエージェントにして、現在は紅葉の執事をやっているスーパー執事さん。
伊織さんの存在にコナン君達も気づいたのか、椅子越しに振り返って服部君が瞬いた。
「なんや、紅葉の所の執事さんやないか。どないしたんやこんなところで」
「所用がありまして。ところで、服部様はなぜ東京へ?」
「そりゃくど、やのうてコナン君に会いにきたんや。友達として会いに来るのは不思議やないやろ」
「なるほど。それと、前々から思ってはおりましたが、そちらの金髪の方とはどのようなご関係で?」
矢継ぎ早に飛び出す質問はどちらかと言えば取り調べのような空気を含んでいて、伊織さんの視線は鋭い。
服部君が給仕のために通りかかった梓さんに「あ、アイスコーヒー二つ」と注文してから伊織さんに向き直る。
「……?言うても知り合いの探偵ぐらいのもんやで?こ、ここコナン君が世話になっとるっちゅーて紹介されたんが始まりや」
「そうでしたか。それは失礼しました」
ココココナン君ってなんやワレ。
そんな顔をしたコナン君が机の下で服部君の足を蹴飛ばしている。
「痛っ何すんねんコラ!」「良い加減慣れろよ!」などとひそひそ声が漏れ聞こえる。
牧歌的な空気の中、それでも伊織さんは油断なく私のことを見据えている。
どうも、私を監視しているように見えるが……ふむ。
注意の向き方からして、元々は平次君のことを監視するつもりだったが、予想外にウルフドッグこと私に遭遇。
気が逸れているとでもいうべきか。
ちょいと降谷さんが表に出ている横から口を挟むこととする。
「───服部君、彼が聞いているのは僕の危険性を理解しているのかどうかと、今後僕とどの程度交流するつもりなのかだと思うよ」
「危険性?ああ、安室サン、割とケッタイな立場やもんな。せやかて、工藤が信頼しとるっちゅーことは俺もよう知っとる。心配ないやろ」
カラカラと服部君が周囲の心配を笑い飛ばした。
本心であることがありありとわかる、暗い空気を吹き飛ばすような明るい笑い声だ。
服部平次は私を信頼しているわけではない。
ただ工藤新一の判断を何より信じている、親友の頭の切れを何よりも信じているのだ。
私はこっそり内側で含み笑いをした。
まったく、友情っていいなぁ、アオハルアオハル。
というかまた工藤って言ったなこの子。
コナン君がくしゃくしゃな表情で服部君を睨んでいる。
伊織さんも納得いかない顔をしながらも、服部君が本心で言っているのがわかったのだろう。
探るような視線をおさめて姿勢を正した。
「そうでしたか、無粋なことを失礼しました」
「ええってええって。俺かて命狙われとったんを何度も助けてもろたからな。京都でボウガンに狙われた時といい、こないだのTV局爆破の件もそうやし」
「左様でしたか」
考え込むそぶりで、伊織さんは己の手のスマホをためらいがちに見た。
紅葉さんに報告するか否か悩んでいるのだろう。
そりゃ、伊織さんの立場からすれば大切なお嬢様の夫候補が反社と繋がっている可能性が出てきては心配だよな。
ちなみに、その後穏やかなポアロの空気は一変。
急に人が目の前で刺される事件が勃発し、米花町の格というものを伊織さんに見せつける結果となったのであった。
この一年で何人殺人が原因で死んでんだ…恐ろしきはコナンワールド。
未だ迷いの残る伊織さんが帰るのを見送って、私達はポアロを後にしたのだった。
・宝石花
クリソベリルで作られた薄く緻密な花びらを持つひまわり。
榎本梓が貰ったそれは兄の杉人が買ってきたお土産に紛れ、家のTV台にあるペン立てに飾られることとなった。
オークションに出せば1800万円相当。
宝石花としては格安の部類だが、ペン立てにぶつかって花びらにヒビが入っていなければもう少し高かった。