バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
現在、アーサー・ヒライと名乗る子供が目の前で冷や汗をかいている。
園子嬢と蘭さん、毛利さんに誘われてシンガポールへ来ている。
なんでも、園子嬢の彼氏である京極真さんがシンガポールで開催される空手大会に参加するとのことで。
一緒にどうですかとお呼ばれしたのでシンガポールまではるばる旅行しに来た次第である。
もちろん、旅費は自分持ちだ。
園子嬢が毛利一家共々招待してくれると言ってくれたのだが、こういうことで仮にも高校生である園子嬢にたかるのは社会人としてNGだからな。
マリーナベイサンズの宿泊料は大会の影響もあり一泊100万円にも届こうかという値段となっていた。
渡航費用も含めるととても一般家庭が気軽に手を出せる値段ではない。
が、私たちは「至宝の花々」宝石花の製作者にしてルパン三世の一味。
この程度端金に過ぎないのである。
……まあ、値段を知っている園子嬢がしきりに私を心配していたが。
そんなこんなで、私たちはシンガポールへと到着した。
じわじわと蒸し暑く、高く日が差す空は青々と輝いている。
遠く見える海が空とつながり、まさに旅行日和といった天気だった。
劇場版名探偵コナン、紺青の拳の始まりである。
ちなみに、一緒に来た工藤君は完全に怪盗キッドだった。
一応何も言わずに降谷さんと代わる代わる圧のある笑顔だけ送っておいたから、下手な真似はしないだろう。
疲れた顔をした怪盗キッドは、シンガポールに着く頃にはすっかりしおしおになっていた。
別に殺気を送ったりはしていないのに、根性のないことだ。
空港を出てしばらくは、マリーナベイサンズの正面付近、マーライオンの周辺で待ち合わせだ。
どうやらここで園子嬢は京極さんと待ち合わせらしい。
パタパタと持ってきた扇子で仰ぎながら汗を拭う。
湿度が結構辛い。日陰でも暑さが全然翳らない。
降谷さんはといえば着いてすぐに私と交代した挙句素早く快適な深層心理の奥にこもってごろついている。
なぜ見捨てたもうた…降谷さんめ…!
と、私が怨嗟の声をあげている間に工藤君の姿をした怪盗キッド、通称工藤君(偽)が見覚えしかない少年を連れてきた。
浅黒い肌は変装用のクリームが塗られているのだろう。
少年はぎこちなく笑ってから「僕はアーサー、アーサー平井だ!!」と嘘八百を名乗った。
降谷さんが内側で固まっている。
まぁ、どう見てもコナン君の2Pカラーだもんな。
変装雑過ぎて草草の草。
いや、怪盗キッドも京都泉心高校の沖田総司もバリエーション違いと言ってしまえばその通りだし。
だからコナン君ぐらいの色違い別人がいても不思議ではない……のか?
その後、ホテルへと向かうことになったのだが、道中でも一悶着もふた悶着もあった。
特にその中でも毛利探偵のファンを名乗る予備警官のリシ・ラマナサンが、レオン・ローの屋敷に私たちを招待すると言ってきたのが大きいだろう。
殺人事件を解決してほしいとのことで、まさか毛利さんの名声がシンガポールまで出回っているとは恐ろしい限りである。
やって来たレオン・ローの屋敷は実に見事な豪邸だった。
高級な有名職人の手がける家具が並びながらも控えめですっきりとした内装となっている。
そこには手がけた職人の確かなセンスを感じられた。
部屋で待っていたのは犯罪行動心理学者の権威にして、警察組織にも協力することの多い優秀な男、レオン・ローだ。
彼は清潔かつおしゃれに整えられた服、髪、そして靴を存分に見せつけるように優雅に歩き、こちらへとやってくる。
「これはこれは、毛利探偵。ご高名はかねが、……ッ!?」
毛利探偵に握手を求めようとしたその瞬間、レオンの動きが止まる。
その視線は私にピッタリと合わせられている。
私はにっこりと愛想よく微笑んで見せた。
「どうしました、僕に何か?」
「貴方は………っいえ。失礼、なんでもありません」
レオンの瞳が鋭く細められている。
犯罪行動心理学に通じて様々な情報を入手している彼なら、もしかしたら知っているのかもしれない。
──つまり、私が残虐な殺人鬼、ウルフドッグだということを。
後詰めの処理班の働きもあり、証拠の残るような真似はしていないが。
証拠とはいわずとも顔写真ぐらいなら手に入るだろうからな。
毛利探偵とレオン・ローの穏やかな会談の最中、すれ違い様にそば付きの男に小さなメモを渡された。
へぇ、今夜この屋敷で待つ、ね。
お誘いには乗らせていただきましょうとも。
深夜、マリーナベイサンズをこっそり抜け出してタクシーを捕まえ、レオン・ローの屋敷へ向かう。
一応、荒事が予想されるので表に出ているのは私の方だ。
屋敷の前に立てば、すぐさまレオンの警備主任で右腕たるヘッズリ・ジャマルッディンがやってくる。
ジャマルッディンは私に鋭い視線を送った後、いつでも反撃できるよう油断なく構えながら私を中に案内した。
昼と同じ執務室は、灯りが落とされカーテンも閉め切られ、実に陰鬱な空気に満ちている。
部屋の中央で私を歓迎するレオンも、部屋と同様の陰湿さに包まれていた。
「待っていたよ、ウルフドッグ。血塗られた殺人鬼よ」
「………」
予想通り、彼は私達の正体について見抜いたらしい。
その上で二人きりになった、と。
大した度胸である。
ジャマルッディン程度で殺す気になった私を止められるとでも思っているのか?
困惑したフリをして首を傾げてみせる。
「あの…ウルフドッグ、というのは?」
「しらばっくれなくても良い。すでに調べはついているんだ。あの日本を根城にする巨大裏組織の牙が動いたと、複数の諜報機関が確認している」
「───へぇ?」
ここまでは軽いお遊び。
露骨に雰囲気を変えて私は視線に軽い殺気を乗せた。
レオンが一瞬怯み、背後に控えるジャマルッディンがぴくりと体を動かした。
「さすがは犯罪心理学の権威、レオン・ローですね。褒めて差し上げますよ?」
「……いやいや、これしきのこと威張れるほどのことでもないさ。常にデータを頭に入れておくのは学者の基礎の基礎。誰しもがやっていることに過ぎない」
私のゆさぶりと皮肉を、レオンは笑って返した。
胆力と同時に頭も回る。厄介な男だ。
「それで、僕に話とは?こんな夜分に呼び出されて、僕としてもせっかくのマリーナベイサンズでのひと時が台無しだ。よほどの用があったのですよね?」
「勿論。君を呼び出すに相応しいディール(取引)を用意しているとも」
掛けたまえ、と目の前のソファを手のひらで指し示す。
張りのある革張りのソファは世界的にも有名な家具ブランドのそれだ。
私は肩をすくめて笑った。
「それほどに力説されては仕方ありませんね。聞きましょう」
レオンは少しだけ鼻白んだようだった。
私が余裕を崩さないのが気に障ったのだろう。
「……まず、確認といこう。君があの悪名高い犯罪者、ウルフドッグだということを毛利探偵やそのお嬢さん達は知らないようだね?」
「ええ。仕事など千差万別ですから。わざわざ言って怖がらせることもないでしょう?」
「君の気遣いには敬意を表するが、あのように親密な間柄で隠し事というのもお勧めしかねるな」
レオンは片眉をあげてせせら笑った。
つまり彼はこう言っている。
お前の悪事を周囲にばらすぞ、それが怖ければ交渉の席に着け、と。
私は鼻で笑ってレオンの要求を一蹴した。
「お気遣いはありがたく受け取っておきます。……ああ、そうそう。親密な関係といえば、貴方とシェリリン・タンもそうでしたね?」
レオンの指先はぴくりとも動かない。
流石、感情を抑える術をわかっている男のようだ。
レオンはソファに背を預けて悲しそうな顔を作った。
「彼女が亡くなったのは実に痛ましいことだ。私も彼女の優秀さには随分と助けられていたからね」
「そうですか?ああ、確かに。秘書に彼女の格好をさせてショッピングモールに行くぐらいですからね。それはもう慕っていらっしゃったのでしょう」
「!!!」
目の前の男はようやく、目を見開いて息を呑んだ。
私を強請ろうとしたのだから、それ相応の返しがあってしかるべきだろうに。
まさか弱みを握ったのは自分だけだとでも思っていたのか?
「なにを、言っているのか…よく理解できないが」
「さて。僕は貴方の親切心に報いようと思っただけですよ」
私はレオン・ローの醜態を嗤って、亀裂のような笑みを意識して浮かべるようにする。
ようは「秘書がシェリリン・タンに変装してアリバイトリックを為したのは知っているぞ。お前がシェリリン・タンを殺したんだろ?」と脅し返した形だ。
真っ青な顔のレオンが驚愕に呆然としている。
「そうそう、僕へのお気遣いありがとうございました。それで、今回はなんのご用件でしたか?」
「…………」
男はもはや歯軋りするしかないようだ。
まあ、私の全力の煽りが決まったわけだからな。
「私がウルフドッグだとバラすって?やってみろよオラ」を最大限上品に言っただけだが、効果はこの通り抜群である。
バーカバーカこの手の脅しなんて組織で何回も経験してんだよ舐めんなコラ!!!
などとこっそり内心で喚き立てたりもしている。
降谷さんが内側でゆっくりと拍手した。
───お見事。俺が出る幕もなかったな。お前が昼間からシェリリン・タンの事件をやけに確認してたのはこれを見越してたのか
───もしかしたら、とは思ってました。どうもレオン・ローが僕の正体に勘付いているようだったので
レオンの能力は割とマジだ。
おそらく私の顔を見てウルフドックと見抜いたのではなく、内面を推察して違和感に気づき、その上で記憶と照合することでウルフドッグだと同定したのだろう。
その頭の切れを悪用して犯罪に手を染めるのは嘆かわしい限りだが、人のことは言えないわけだし。
まあ言わぬが華だろう。
長い沈黙の後、レオン・ローは悔しげに首を振った。
「いやいや、私としては君と親交を深めたかっただけさ。ご不満かな?」
「そうでしたか。高名なレオン・ローとご一緒できて幸運でした。またお呼びいただける機会がありましたら喜んで駆けつけますよ」
「………」
何度でも来るがいい、受けて立つ。
そのような意味を含んだ挑戦状を叩きつければ、レオンの顔が醜く歪んだ。
これは掴んでいる弱みはこれだけではない、ということとイコールになる。
具体的には海賊と繋がっていることだが。
黙ったままなので席から立ち、「それでは、失礼します」とだけ言って席から立ち上がる。
完・全・勝・利!!!
いやーすっきりした。レスバでの勝利はやはり至高だね。
そのまま部屋を出ようとすると、ジャマルッディンに肩を掴まれる。
それは悪手だぞ?
「なにか?」
「このまま帰れるとでも思っているのか?」
「嫌だなぁ、帰れますよ。こんな夜中なんですから、───誰もいるはずないんですし」
全員殺せば帰れるね、の意だ。
私の全力の殺気に、ジャマルッディンは彼我の差を理解したらしい。
パッと手を離して距離を取った。
素早くレオンが「これは、部下が失礼した。どうぞ、今夜は引き留めてすまなかったね」ととりなした。
その瞳から闘志は消えていない。
本当にガッツのある男だ。
「だが……誰が何を言おうが、お前の罪が許されることはないということを、覚えておきたまえ」
「ははは。そうですね。僕も殺した人のことは覚えてますよ。あなたもそうでしょう?」
「………」
「シェリリン・タンを殺した時、背中の肉は柔らかかったですか?女性ですから、肉も吹き出す血もさぞ甘美だったでしょうね」
「ッ!」
「僕は殺人鬼なのでそういうのは気にしませんねぇ」と「貴方こそ、罪を忘れてませんか?」の合わせ技だ。
これだから雑な口撃は御法度なんだよ。
強烈な反撃を喰らうきっかけになるし、つけ入られる隙になってしまうからな。
それだけ言って、とうとう口を閉ざしたレオンを残してドアを閉める。
バタン、とありふれた木製扉の閉まる音を背後に響かせて。
今日の夜は、それだけだった。