バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
あの後。
軽いかすり傷を作りながらも、私たちは無事シンガポール警察を振り切ることができた。
頭痛もすぐに治ったし、これで一安心だ。
まったく、あの鉄火場で一部でも記憶を取り戻すなんてトラブルにも程がある。
ほとぼりが冷めた頃にホテルに帰ってくると、ホテルには誰もおらず留守のようだった。
スマホを見れば、コナン君から連絡が入っていた。
どうやら園子嬢が怪我を負って病院で手当てをうけているそうで、今は皆お見舞いに出掛けているとのこと。
私たちも急いでマリーナベイサンズを出て、手土産を買ってお見舞いに駆けつけることとする。
着いた時には、まだ園子嬢は眠っているようだった。
清潔な白を基調とした大きな病室の一つに、園子嬢は不安になるくらい真っ白な顔でベッドに横になっていた。
横には椅子が一脚。
そこに京極さんが項垂れて、沈鬱そうに視線を落としている。
どうも、さすがの京極さんとはいえ彼女が車に轢かれては酷く打ちひしがれているようだ。
私たちが入ってきたことに気づき、彼は少しだけ顔を上げた。
暗い表情を精一杯隠して、ぎこちなく会釈する。
「安室さん、来たんですね。彼女はまだ眠っています」
「そうでしたか。車に跳ねられたと聞きました。傷は負いましたが、命は助かったと。本当に不幸中の幸いでした」
「………」
彼は表に出ている降谷さんの言葉にも黙ったままだった。
守りきれなかったことを、いや、なにより自分が災いを招いてしまったのではないかと不安なのだろう。
手には金属製のミサンガが、病室と同じく硬い色合いを纏ってまとわりついている。
私たちのスマホが手の中でバイブレーションした。
どうやらメールが来たようだ。
不二子さんにちょっとした調査と手配を頼んでいたのだが、大当たりらしい。
今後の取り立てが怖いが、ここはおとなしく支払うべき場面だろう。
文面を見る限り、やはり園子嬢の襲撃にはレオン・ローが関与していたようだ。
原作知識でわかってはいたが、蝶の羽ばたきがある以上裏取りは大事だからな。
降谷さんが行儀悪く舌打ちして吐き捨てた。
───悪質だな、レオン・ロー。そして純粋にやり口が面倒臭い
───そうですね。それと、少しばかり私が前に出ていいですか?
───構わないが、何かあったのか?
───ちょっと発破をかけようと思いまして
降谷さんに許可をもらって前に出る。
私は少しだけ眦を厳しくして、京極さんと向き合った。
「京極君。君は自分のせいで園子さんを守ることができなかったと考えているんだね?」
「ッ………、はい。自分に信念が足りなかったから、強さが、心技体が備わっていなかったからだと、そう痛感しています」
京極さんはそれに視線を逸らして、悔いるように下を向いてから答えた。
ふむ。やはりこれは良くないか。
戦いの中で覚悟を決めるのもいいが、ここは少しばかり大人としてアドバイスしてやることにしよう。
「その通りだ。君には心が足りない」
「……」
「調査の結果、園子さんを襲った連中は雇われていたことが分かった。雇い主はレオン・ロー。いちゃもんをつけて彼女を襲えと命じられていたそうだ。乗っ取られたパトカーも同じく」
京極さんが目を見開く。
どうやら思っても見なかったらしい。
ずしりとミサンガが重いかのように手をだらんと下げている。
「レオンさんが!?何故……」
「君が強者だからだ。強者は恨みを買い、常に狙われる立場にある」
「………自分に、守れるだけの心構えがなかったから、覚悟が足りなかったから」
いよいよもって京極さんが思い詰め出した。
まだ高校生にこんな「ルパン一味としての教え」を説くのは酷なことだとは思っているが。
それでも、今の彼には必要な言葉だろうと信じて言葉を強くする。
自分だけで考え込んでも、この手の話題に答えは出ないからな。
隣に座って、ゆったりと視線を合わせる。
意識して少しだけ表情を和らげる。
「何故、頼ってくれないんだい?」
「…………え?」
「いかなる強者でも、大切なものを己一人の手で守ることはできない。だからこそかのルパン一味ですら一味という単位でつるんでいる」
「っそれは…」
「信じろ。守る対象も、自分も。園子さんと自分ならできると信じて突き進めるようになれ」
京極さんが動揺に仰け反った瞬間を狙い、斬鉄の爪をチラリと出して瞬間一振り。
目にも留まらぬ速さで彼のミサンガを切り落とす。
側から見れば腕が一瞬ぶれたようにしか見えなかっただろうが、目の前の空手四百戦無敗の男、京極真の目は誤魔化せなかった。
「その武器はっ!?」と京極さんが漏らしている。
鉄爪という特徴的な武器、その前のルパン一味という例え話。
それだけあれば、いくら彼とて私の正体を訝しむだけのことはするだろう。
ぼとり、とワイヤー入りの重いミサンガが病室の床に落ちた。
そして同時に、背後からチラリと狐面を取り出して怪しく微笑んでみせる。
いよいよ持って京極さんは息を呑んだ
「あなたは……ッ!?まさか!」
「彼女をただの無力な女性と思うな。金と権力は、単純な暴力よりよほど強い。信じて支えろ。助け合え」
───君には、その心の強さが足りない。
京極さんはしばし押し黙った。
しばらくののち。
静かに立ち上がり、彼は深々と頭を下げた。
京極さんにつけられていた金属ワイヤー入りのミサンガは、レオン・ローがつけたものだ。
「君は未熟だった。このミサンガが切れた時こそ心技体が揃った時。それまで拳を振るってはならない」なんて呪縛をかけていったのだが、なんともまあ悪質なことをするものだ。
いくら京極さんの大会優勝を阻むためとはいえ、相手は高校生だぞ?
京極さんがややあってから頭を上げる。
その瞳には清々しい覚悟の光が浮かんでいた。
「自分は未熟だったようです。己の弱さに負けて、殻にこもっていました」
「レオンの目的は紺青の拳だ。まずは舐めた真似をしてくれたレオンの目的を潰すことから始めようか」
「明日の試合の優勝ですね。はい、全力を尽くします」
そう言ってから、京極さんは少し考えた後まっすぐにこちらに向き直る。
実に良い目だ。決意と、強かさに満ちている。
「そこで、貴方を見込んで頼みたいことがあります」
「……聞こうか」
「優勝ベルトの紺青のフィストはお渡しします。ですので、大会中、自分のいない間園子さんを守ってはいただけないでしょうか」
「いいのかい?優勝商品は手元になく、そちらに残るのは優勝したという事実のみだ」
「その事実が大切なのです」
京極さんが力強く断言する。
日本で平和に生きる高校生に、私たちは酷なことをしている。
だが、きっと必要な強さが、今の彼にはある。
「自分が敵に屈しなかったという事実が。園子さんがそれを見てくれているという事実が。それこそが、何より自分が得たかったものなのですから」
思わず内側で降谷さんと私はにっこりと微笑みあった。
少年漫画を見ているような気分だ。
年若い子が一皮剥けて旅立つ姿はいつだっていいものだ。
私はフォックステイルとして尊大に頷いた。
「いいだろう、交渉成立だ。鈴木園子の安全はこの僕、フォックステイルの名において保証しよう。その代わり、必ず勝ちなよ?」
「勿論です」
京極さんはもう一度だけ深々と礼をして、私たちに感謝の意を示したのだった。