バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
その探偵事務所は群馬の片田舎にある。
相変わらずやたらと広い駐車場はしっかりと舗装されているが、あちこちその割れ目から雑草が飛び出している。
事務所周りには花壇が作られており、季節の花々が植えられ人の目を安らげる。
看板は真新しく塗られた「日色探偵事務所」の文字がデカデカと掲げられている。
建物は居抜きなのか若干オンボロだ。
横開き式の扉の横にある押しボタン式の簡易チャイムを鳴らせば、奥から人が出てくる。
美しい黒髪に、清楚な立ち姿は見る人をハッとさせる強さに満ちている。
宮野明美さんだ。
明美さんは私たちを見て顔を柔らかく綻ばせた後、中へと案内してくれた。
「あら、零君。珍しいのね。こんなところまで来て、何かご用かしら?」
「お久しぶりです、宮野さん。ヒロはいますか」
「今は猫探しに行っていて留守にしてるの。もうすぐ帰る頃だとは思うけれど」
「ならここで待たせてください」
少し待ってね、と言って彼女は中に引っ込んでから、しばらくして紅茶のカップを持ってきた。
事務所のソファに座る私たちへ、優しくカップを提供する。
降谷さんが内側から私に話しかけてくる。
───念のため聞くが、もう探知範囲内に奴の気配はないな
───個人特定はできませんが、完璧に撒いたのは確認しましたし、道中もそれらしい気配はありませんでした。問題ないと思いますよ
───ならいい
ここに来るまでに、どうもプラーミャと思しき謎の気配が私たちの乗ったタクシーを追って走ってきたんだよな。
どうやら私たちの動向を遠くから監視していたらしい。
ここで気配を頼りに逆に追い詰めることもできたのだが。
捕まえるに足る証拠がないので、面倒だが軽くやり合って撤退させた。
RX-7ならカーチェイスで撒けたんだが、何も知らないタクシーの運ちゃんを巻き込むわけにはいかないからな。
しんと空気が静まり返り、妙な沈黙が支配する。
お互い話し出そうとして、なんとなく話題が見つからないのだろう。
明美さんがわずかに目線を逸らしてから、おもむろにぽつりと言葉を落とす。
「ごめんなさい、零君。貴方に生活の面倒を見てもらって。私たちでうまくやって行ければよかったんだけれど」
「構わない。この程度、俺の負担にはなっていない」
「ヒロ君も預金残高の心配をしなくて済むようになったって言ってたわ。私もバイトはしているけど、この事務所の開設資金もあったし、余裕はなかったから」
「………力になれたならよかった」
実際、ヒロさんたちはずっと零細探偵事務所経営に苦しんでいたんだよな。
いくら貯金があったとして、こんな田舎の探偵事務所では収入なんて雀の涙。
二人の経歴的にはできる限り人との接触が少ない自営業がベストなのだが……今年になって私たちに宝石花の収益が出ていなかったら、遠く無いうちに二人ともバイトに精を出すことになっていただろう。
今は一応私たちの方から二人が暮らすに十分な金額を流し込んでいるので安心なのだが。
景光さんは最初、かなり遠慮して金を受け取らなかった。
とはいえ強がりがそう続くはずもなく、財政状況の苦しさから3ヶ月前から受け取るようになったのだ。
これには降谷さんと二人でお祝いの打ち上げ(開催場所:深層心理特設パーティ会場)をしたものだ。
………しかしさっきから空気が硬いな。
双方なるべく話そうとしてはいるのだろうが、コミュ障が揃ってしまった感のある独特の重さというかなんというか。
明美さんがお盆を無意味に持ち直し、困ったように笑った。
「ところで、零君はどう?妹と仲良くやってる?」
「…彼女とあまり関わりすぎれば、万一のことがあった時彼女が危険だ。なるべく接しないようにしています」
「そっか。そうね。なら仕方ないか。ごめんなさい、変なことを聞いて」
「いえ」
いや、なんだこの空気。お通夜か。
そろそろ我慢できずに私も口を挟むことにする。
「そういう貴方は、赤井秀一とは上手く行っていますか?まだあの男と会っていないようですが」
「あら、貴方は透君ね。だめよ。お互い死んだはずの人間だもの。そう軽々に会っては大君のためにならないわ」
「電話で話すぐらいなら問題ありませんよ。僕が直々に死を細工したんですから、疑うものなどいるはずもない」
この一瞬で私が降谷零とは違うと判別するとは、流石は明美さん。
観察力というより直感力の類なのだろうが、素晴らしい注意力だ。
彼女と視線を合わせれば、つい視線が彼女の頬と首元へと向かう。
わずかに脳裏を過ぎる記憶によると、これは彼女の死亡を偽装した際に私が付けた傷跡だ。
彼女の柔肌を思いきり切り裂いた時の記憶が、フラッシュバックのように色鮮やかに蘇る。
きっと腹と脇腹、胴体付近にはもっとずっと大きく深い傷跡が残っているのだろう。
女性の肌をあんなふうに傷つけて、見えているだけでも首と頬には未だ引き攣れた傷が残っている。
ああなるほど、先ほどから降谷さんはこれで空気が死んでいたのか、と今更ながら思い至る。
私達が傷跡を気にしているのを悟って、明美さんは美しく微笑んで首の傷をよく見えるようにさらした。
「気にしないで、これは私たちの勲章なんだから」
「勲章?」
「あのジン相手に生き残ってみせた、誰も真似できない勲章よ」
心底誇らしそうに、強く清廉に笑う姿は野に咲く一輪の花よりも美しい。
私たちは安堵に肩の力を抜いて、ようやっとぎこちなく笑ったのだった。
それからしばらく。
ガラガラガラ、と横開きのドアを開けて「ただいまー」とのんびりとした声が聞こえてきた。
プレハブが歪んでいるのか、やや開けにくそうに所々つっかえながら力を込めている。
もう少し資金を流し込んで改築させた方がいいか、などと降谷さんと頷きあう。
今の私たちの資産からすれば、新築の立派な事務所を土地を買い取った上で建てても何の問題もないからな。
宝石花一個で丸々賄える程度の話だ。
ひっそりと今後どうやって景光さんを頷かせるか話し合う中。
そうとは知らずにかっと明るく笑った景光さんが話しかけてくる。
「おーっす、おお、ゼロじゃないか!珍しいな、なにがあった?」
「ヒロ。少し聞きたいことがあってな」
持ってきたタブレットを開いて資料を見せれは、その顔つきはすっかり公安に戻っていた。
現役から退いても彼は警視庁公安部に所属する警察ということなのだろう。
「昨晩、今年、3年前と7年前と三回にわたって爆破事件を起こした奴が留置場から逃亡した」
「萩原と松田を殺した奴が…!まだ捕まえられないのか!?」
「いや。すでに逃走中だったところを俺たちで確保している。だが、少しばかり問題が発生してな」
そう言って、降谷さんは腕を組んで目を伏せた。
「端的に言えば、俺は命を狙われている。特徴的な2色の薬液の装填された謎の爆弾を使う輩にな」
「!!!それって、3年前の!」
「知っているのかヒロ!」
雷電!なんて妙なツッコミが喉元から出そうになり、慌てて私は口を閉じた。
今はそんなこの世界の誰にも伝わらない遊び心を出している場合ではない。
「ああ」と頷く景光さんの表情は険しい。
やはり原作通り、私たちはプラーミャと出会っているらしい。
景光さんが顔を上げ、まっすぐに私たちを見る。
「と言ったって、俺も奴の正体を知ってるわけじゃない。直接やり合った安室の方がよく知ってるんじゃないか?」
「……」
気まずげに降谷さんは視線を逸らした。
……そういえば、私が記憶喪失だって景光さんに伝えるの忘れてたね…。
やや口を開いて、やっぱり閉じて。
降谷さんはしばし言いづらそうに悩む仕草を見せた後、ようやく心が決まったのか背筋をピンと伸ばした。
そんな親に悪事がバレた悪ガキの仕草をしなくても…普通に言えばいいやんけ。
「実は、安室が記憶喪失でな。安室は俺だから、ひいては俺が記憶喪失ということだが。3年前の記憶が俺たちには無いんだ。だから、当時のことを知っているお前に話を聞きに来たんだ」
「………、……ええぇ!?!?」
景光さんの素っ頓狂な声が事務所内に響き渡った。