バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
美しい女性だ、とコナンは思った。
黒い長髪に、灰原に似た顔立ち。清楚かつシックなスカートとブラウス。
優しげに微笑む表情はリラックスして見える。
コナンはどうにも奇妙な心地がして、どう声をかけるべきか迷った。
とはいえ。
安室が嘘をついているとは思っていない。
ピスコを冷酷に殺してみせた彼だが、コナン達のことを黙っているのは組織に対する明確な命令違反。
だというのに、あの事件から二週間近く経つが、コナン達は黒の組織に命を狙われる事なく安全に過ごせている。
それが何よりの証拠であり、彼の誠意の表れだった。
また、灰原哀と仲良くなろうという気持ちが本物であることも分かっている。
あれほど灰原が怯えているというのに「以前約束していた品です。気に入っていただければいいのですが」なんてメッセージカードを添えてフサエブランドのバッグを送ってくる精神性は理解できないが。
彼が事前に米花百貨店で熱心にブランドバッグを吟味していたのを、コナンは知っている。
偶然居合わせた蘭と園子にどの形が一番いいかの相談までしていたらしく、蘭から「彼女さんに贈るものかしら」と興味を持たれていた。
冷酷な殺人鬼がその手で愛しい人を慈しむように贈り物を選ぶ姿に、どこか悲しみに似た感情を抱かなかったと言えば嘘になる。
人のいい好青年のような顔をして、安室がコナンに笑いかけた。
「あの人が宮野明美さんだよ。……ってちょっと。なにしてるのかな?」
「ベルモットの変装か確かめてるだけだけど」
まず勢いよく宮野明美に走って近付き、優しく屈んでくれたところをぐにぐに頬を引っ張る。
へっ!?と驚いた明美が無防備につねられるまま思う存分つねられまくった。
「あわわわ、いたいいたいいたい、透くんてばいったいどういうこと!?」
混乱する明美を目一杯つねりまわしてから、コナンはほっと一息ついて手を離す。
ベルモットの変装ではない。
「え、えへへ、ごめんなさいお姉さん」
「まったく…どうだい、わかったろう。彼女は変装でも何でもない。宮野志保の姉、本物の宮野明美その人だ」
「………」
コナンはチラリと己の携帯電話を確かめた。
灰原に電話を繋ぐべきか。
屈んだまま痛そうに頬をさする宮野明美が、コナンを覗き込んだ。
「君が、志保を助けてくれた人?」
「いや……僕は何も…」
「透君から聞いてるわよ。ジンに追い詰められた志保を身をもって守ってくれたんだって」
柔らかな笑顔だ。
コナンの姿はただの小学生でしかないのに、宮野明美は真摯に誠実に頭を下げてみせた。
「ありがとう。君のおかげで私は妹に会えるわ」
「……あいつも貴方に会いたがってるよ。今電話を繋ぐから、少し待ってて」
その表情を見てコナンも決心がついた。
コナンは画面を確認してから、灰原のスマホに通話を繋ぐ。
るるる、と着信音が静まり返った探偵事務所内に響く。
向こうも待ち構えていたのか、電話はすぐにつながった。
その声は緊張に震えているものの、隠しきれない期待の色が入り混じっていた。
灰原は前置きもせず早口で問いかけてきた。
『ベルモットの変装じゃないのよね』
「ああ。俺には明美さんの顔が分かんねーから本人とまでは断定出来ねぇけど、変装をしている様子はなかった」
『カメラを……つないで』
「…いいのか。オメー、本当に」
期待もあるだろう、ソレが裏切られたらと思う緊張も、これまでの長い絶望も。
この電話に出るのにどれほどの覚悟が必要だっただろうか。
声の震えを堪えるのが精一杯な灰原の様子に、コナンは再度問いかけていた。
『……ええ。お姉ちゃんと、話がしたい』
「ならいい。カメラを繋げるぜ」
スマホを持ってきたスタンドに立てかけ、カメラをオンにする。
通信が、つながった。
「お姉、ちゃん……?」
「無事でよかった、志保。元気にしてる?」
姉妹の再会は呆気ないようでいて、その実小さな火花が飛ぶような…不可思議な感慨をもたらした。
ソレが合成映像だと思われないよう、意図的にコナンも画面の端に映り込む。
「ほ…、ほんとうに?本当にお姉ちゃん?」
「うーん、去年最後に志保と話したときは、来年のクリスマスの料理についてだったわね。私の手料理好きだったでしょ」
「!!!」
「遅くなっちゃったけど、今年はちゃんと作るわ。ローストポーク、塩麹を使って、前美味しいって言ってくれたの」
電話越しでもわかる、息を呑む声。
そして長い沈黙。
何を言えばいいのか分からないのか、言いたいことがあり過ぎて言葉が詰まってしまったのか。
そのどちらでもあり、どちらでもない激情が灰原の胸を穿っているのだろう。
泣きそうに揺れる声色が、それでも信じきれないこれまでの恐怖の大きさを映す。
「……どうして、あの映像は」
「あれは私も透君に協力して作った偽物の映像なの。ジンを騙すためにね。演技なんて初めてだったからちょっと緊張したけど」
「えん、ぎ」
「そうよ。上手く出来てたでしょ。といっても、ほとんど透君の迫真の演技のおかげなんだけどね」
ぐっとちからこぶを作るような仕草はひょうきんで、宮野明美の明るい性質を感じさせる。
泣きそうに顔を歪める灰原が容易に想像できた。
絞り出すような声はどうしようもなく震えている。
「ほんとう、なのね。本当にお姉ちゃんは、生きてるのよね…?」
ええ、と宮野明美は静かに答えた。
誰も何も言わない。
日色と呼ばれた探偵の男すら、ただ入り口付近の壁にもたれ掛かり、無言でことの成り行きを見守っている。
静かな、透明な声で宮野明美が語りかけた。
「───ただいま、志保。遅くなっちゃってごめんね」
「ッお姉ちゃん……お姉ちゃん!!!」
そして、ようやく。
涙腺の決壊した灰原哀は声をあげて泣き始めた。
宮野明美の録音留守番音声を聞くためだけに、夜毎に彼女のいたアパートに電話していた彼女が。
それほどまでに姉を愛していた彼女が、ようやく。
たった一人の家族に再会できたのだ。
しとどに濡れる涙をコナンが見ることはできない。
今きっと彼女の隣では阿笠博士が寄り添い、その涙に大慌てしていることだろう。
安心したような穏やかな顔で微笑む安室透──バーボンの横顔が視界に映る。
コナンは声を殺して、姉妹の再会の邪魔をしないようバーボンに話しかけた。
「……あんたのこと、疑って悪かった」
「うん?なんだい急に」
きょとんとした顔でこちらを見るバーボンは無垢で、実年齢より随分と幼く見える。
前に酒の話題で「これでも僕は29歳だからね!?未成年扱いされるのはちょっと心外だよ!」と憤っていたのをコナンは覚えていた。
「あんたが明美さんの幼馴染ってことと、わざわざ危険を冒してまで明美さんを助けるわけがないって否定したこと」
「それは…君の立場なら当然してしかるべき警戒じゃないかな」
「それでもだ。あんたは明美さんを、灰原を救った。俺にはできなかったことだ」
バーボンが殺人鬼であることに間違いはない。
犯罪者であることも、黒の組織の幹部であることも。
それでも。
彼は悪人とは言い切れないし、敵ではない。
愛と優しさとを正しく理解している人間なのだと、コナンはようやっと気付いた心地だった。
休憩のため、今日の投稿はこの一回のみとなります。