バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
私達が皆のいる前で本名を呼ばれないためには……先制するしかあるまい。
後続車がいないか確認してから車を降りて、私達はコナン君へと駆け寄った。
ここは高速道路だ。狭い路肩に車を停めて降りていくことの何と危険な事か。
追突されないかハラハラしながら二人に近寄っていけば、降谷さんの姿に気づいた千速さんがこちらを振り向いた。
「!君は…」
「初めまして、安室透と言います。この子の知り合いです。……この子を助けてくださって本当にありがとうございます」
降谷さんが誠心誠意頭を下げる。
千速さんは一瞬怪訝な顔をして、その後駆けつけてくる毛利探偵達の姿を見て得心がいったらしい。
「そうか」とだけ言ってから、初対面らしい自己紹介に移行した。
聡い女性だ。
きっと降谷さんが公安だということを聞いていたのだろう。
すぐさま偽名だということ、それを知らないふりをした方がいいのだということを気づいていた。
なお、やってきた毛利探偵はすかさず「くぉら坊主!!!」コナン君にゲンコツをくらわせた。
そりゃ高速道路をスケボーで爆走すれば怒られて然るべきだからな。
心配しきりの蘭ちゃんがコナン君を抱きしめて、コナン君は頭の痛みにうめきながらも赤面したようだった。
こんな様子で、毛利探偵と蘭ちゃんは千速さんが言葉を飲み込んだことに気づいた様子はなさそうだ。
これにはほっと一安心。
しかし、やりとりを見ていたコナン君は一瞬見せた千速さんの動揺に気づいたらしい。
降谷さんに視線をチラリと向けて、何かいいたげに口を噤んだ。
千速さんが一つ頷いてヘルメットを抱え直した。
「それで安室君とやらには何が起きたか説明してもらいたいのだがな」
「分かりました。ひとまず、ここで長話するのは危険ですので、走りながら話をしましょう」
前方不注意の車に追突されでもしたら大事だ。
私の持っている探偵バッジを千速さんに手渡せば、千速さんは片眉を上げて探偵バッジを裏返して機構を確認した。
きっと「あのバカ(松田)が好きそうなメカだな」とでも思っているのだろう。
「これは?」
「通信機能があるんだ。襟とかにつけて、ひとまずあの車を追いかけよう!」
コナン君が食い気味に口を挟む。
よっぽど焦っているようだ。そりゃこのまま高速を走り続けられれば、探偵バッジの受信圏外になってしまうからな。
私達のつけた発信機の範囲も有限だ。急ぐことに罪はあるまい。
降谷さんはコナン君に視線を合わせた。
「それと、君は僕の車に乗ること。小回りは利かないけど、スケボーで追うよりずっと速度が出るよ」
「……はぁい」
「ったくこのガキ!ちったあ大人しくしてろ!安室も心配してたんだぞ!わかってんのか」
「ごめんなさぁい…」
毛利探偵に摘み上げられ、コナン君はしおしおと車に連行されていく。
しかし、私たちの焦りが毛利探偵にまで伝わってしまっていたらしい。
そんなふうに言われるなんて、私たちも感情制御がまだまだという事か。
改めて高速道路を走行しながら、降谷さんとコナン君で事情を簡潔に説明していく。
大体はコナン君が説明する形で、降谷さんは適宜補足するだけだ。
途中、探偵バッジが犯人に気づかれて捨てられてしまう事態も起きたが、私の発信機が生きているからことなきを得た。
コナン君の焦りが刻一刻と加速していくのが目に見えてわかる。
探偵バッジに応答した阿笠博士によれば出血がひどいらしいし、あまり時間はかけたくないのは確かだ。
説明も一段落し、静かで緊迫した空気が車内に満ちている。
外では私たちの車に並走する白バイが一台。
千速さんが長い髪をたなびかせて風を切って走っている。
ぽつりと、探偵バッジから声が漏れる。
『それで。安室透とかいう偽名が何なのかは聞かないことにするが。降谷零君もそれでいいだろう?』
千速さんの声だ。
通信が私たちの耳にしか入らないことを分かった上で、隣の毛利探偵達には聞こえないことを分かった上で話しかけてきているのだろう。
降谷さんがわずかに息を呑んだ。
「!」
『ああ、返事はしなくていい。どうもそこの少年の様子を見ていると、君の本名に気付いているようだったのでな。この機会を逃せば二度と伝えられなくなるかもしれないから、この場を借りて言わせてもらう』
二度と伝えられなくなる?
降谷さんが千速さんの言葉を待つ。
ただ阿笠博士の追跡をしているように偽装して、平然とした表情を作りながら。
『──弟の無念を晴らしてくれて、ありがとう。少年も、降谷君も。この礼は命に換えても必ず返す』
コナン君がチラリとこちらを見た。
その言葉で、彼女が7年前に死んだ萩原研二隊員の親族であることを察したのだろう。
静かに降谷さんが目を伏せた。
「次で高速を降りてください。犯人の車は下道に降りたようです」
『3年前に交わした約束を覚えているか?君は言ってくれたな、仇は必ず取ると。まさか松田を差し置いて有言実行とは、私も驚いたよ』
「………」
抱えきれないほどの寂寞を滲ませながら、千速さんはただ言葉を紡いでいく。
表情を見られない通信越しでよかった、とでもいうように淡々と。
自分で仇を取りたかったのに、それを取られた虚無感。
これ以上同じような犠牲者が出ない安堵。
弟への深い愛情。
それらが混ざり混ざった、言葉にできない思いが言葉の裏に堰き止められて押さえつけられている。
『あのバカと君が言い争いしているのを見たよ。といっても、松田が君に一方的に絡んでいたようなものだが。どちらが仇を先に取るか、だなんて。それで死んでいれば世話はないだろうに』
「………」
ふっ、と静かに千速さんが笑う。
3年前ということは、あの松田陣平が死ぬ直前のことだ。
私はあいにくと記憶喪失で覚えていないが、たしか最低限しか話していないと景光さんは言っていたはずだ。
とはいえ、あれだけの時間一緒にいて全くの無口というわけにもいかないだろう。
突っかかる松田さんを必死で止める景光さんが目に浮かぶようだ。
降谷さんが切なさというには苦しすぎる表情で私に笑いかける。
───お前にとっては碌に知らない奴だろうに。そんなこと、言ってたんだな
───……僕は、
───覚えてない、だろ。分かってる。その上で精一杯俺のフリをしてくれただろうこともな
車がスムーズに高速を降りていく。
検問はすでに張っている。そこを抜けたとして、追いつくのはもうすぐのことだ。
果たして、3年前のあの日。
松田陣平と私は一体どんな会話をしたのだろうか。
これから彼が仇討ちのために死ぬのだと知っていて、きっと私は止めようとしたはずだ。
口論と言うからには、それなり以上に私も熱くなっていただろう。
ああ、辛気臭くていけない。
死後はあるし、来世もある。それは私の存在が証明している。
だから萩原研二も松田陣平も、きっと必ず来世では幸せになっていることだろう。
コナン君はただ黙って口を挟まずに降谷さんを気遣わしげに見つめるのみだ。
しばらく行った先で、コンビニで大量の茶を買って運ぶ不審な二人組を発見することができた。
発信機の反応もある。こいつらだ。
そのまま車を降りて、千速さんと共に前に出る。
「そこの白と紺のまだらのカムリに乗ろうとしている男女!警察だ!」
「どういうことだ!?もう来やがったのか!?」
焦ったのか、男の方が慌てて拳銃を取り出した。
視線からして千速さんが狙われているので、すっと降谷さんとバトンタッチして前に出て、警棒を構える。
阿笠博士の発明品である警棒だ。
これは軽くて頑丈、銃弾を弾いても折れず曲がらず、しかししなやかに扱うことができる。
男が引き金を引く。
鋭い発砲音とともに、銃弾がスローモーションのようにこちらに迫るのを感じる。
馬鹿な男だ。そんな子供のおもちゃで私たちを殺せるとでも思っているのか?
銃弾を軽く弾き返し、相手の車のタイヤへと当ててパンクさせる。
背後で響くパンっという破裂音に男が驚愕して飛び上がった。
「は!?な、え!?」
「愚かですねぇ。拳銃(オモチャ)を構えていい気になって、楽しかったですか?」
せせら笑い、狼狽える男に一歩踏み込んで首筋にトンと一発衝撃を与える。
男は意識を失い、あっけなく崩れ落ちた。ごつんと結構痛そうに頭からアスファルトに追突する。
まぁいいか。犯人だしな。
その様子に慌てて逃げ出した女の方は車へ向かおうとして、コナン君にサッカーボールでKOされた。
私の首トンの数倍の威力がありそうなボールが腹にぶち当たり、女は吹っ飛んでガードパイプにひっかかかった。
相変わらずえぐい攻撃である。これほんとに死んでないんだよね?
まあ何はともあれ、これにて一件落着だ。
犯人を確保しようと一歩前に出ていた千速さんは、その鮮やかな手際にぽかんと立ち尽くしていた。
蘭ちゃんと毛利探偵が遅れて駆け寄ってくる。
「おい安室、無茶すんじゃねぇよ!相手は拳銃持ってんじゃねぇか!」
「すみません、毛利先生。危険そうだったので人にあたる前に制圧しました」
「それでお前が撃たれてりゃ世話ねぇだろ!ったくこのガキどもはいつもいつも!!」
どうも毛利さん的にはコナン君とセットの悪ガキ扱いらしい。
拳を構えてうぬぬと毛利探偵が唸っている。
しかし蘭ちゃん達が出てくる前にといつものノリで制圧してしまったが、少しばかり大立ち回り過ぎたか?
ドン引かれていないか恐る恐る千速さんの方を見れば。
「く、……くくく、ははははは!」
なんとも痛快、とでも言うように、堪えきれない大笑いをこぼした。
額に手を当てて、千速さんは笑っている。
それを降谷さんは目をまん丸にして瞬きして見守った。
見上げる秋の空は晴れている。
ハロウィンはもう終わり。萩原研二隊員の命日もつい先日終わった、雲ひとつない青空だ。
助けるはずの恩人二人は、助けるまでもなく強かった。
そこにありし日のドタバタを思い返すように、己の無力を嘆くように、安堵に胸を撫で下ろすように。
涙の滲むほど、萩原千速は大笑いしていたのだった。