バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
汗に濡れた上着を脱ぎ捨て、降谷零は倒れ込むようにベッドに横になった。
急遽取ったホテルだ。
セーフティハウスは遠く、限界の状態で長距離の運転などして事故を起こすことを考えたら、この選択肢しかなかった。
この夢が始まってから、すでに半年。
今日も内側に沈み込んで、ただぼんやりと眠る相棒へと声をかける。
───安室。今日、俺はまた人を殺したんだ
───………
───拳銃はいいな。返り血も浴びないし、引き金も軽い。肉を裂く独特な感触を覚えずに済む
返事はない。
以前聞いた話によると、降谷が眠っている間、相棒はずっと降谷に対して話しかけていたのだと語っていた。
日々のこと、任務のことを情報共有していたのだとなんでもないように言っていたが。
その気持ちも、今なら痛い程に分かってしまう。
そうでもしていなければ気が狂っていたからだ。
忘れかけていた孤独が、冷たい夜の静けさが、背筋を這い上がって心胆を寒からしめる。
ひっそりと静まり返るホテルの一室に、降谷以外には誰もいない。
ふざける相手も、つい漏れた独り言に合いの手を入れてくれる相手も。
耐えかねて深層心理の内側に再現したかつての武家屋敷も、ただ空虚に降谷の胸にのしかかるのみだ。
大切に寝かせた相棒は、今もまだ布団の中で穏やかな眠りに苛まれて目覚めない。
いくら必死に揺さぶろうと、声をかけようと、彼は眠ったままくたりと床にくずおれるだけだった。
───………
部屋は暗い。
電気をつけるのも億劫だったからだ。
たちあがってカーテンを少しだけ捲れば、その向こうから覗く空はどんよりと曇って見えた。
それに対して都市の明かりは今日も煌々としていて、ギラギラと目に痛い。
机に散らばるのは明日の侵入計画だ。
当初の予定通り、探り屋としての組織潜入は順調だ。
今の降谷には五年前の己に無い、ルパン三世の下で培った潜入技術がある。
これによって、特に潜入に関して言えば他の幹部とは比較にならない任務効率を得ることができた。
きちんと準備をすればアジトの殲滅すら可能な技術だ。
場合によっては、命令があれば殲滅任務すらも言い渡されることもあるのだ。
準備をしておいて損はない。
両耳に今日殺した敵対組織の下っ端の悲鳴がこびりついているように感じられて。
降谷は鋭く舌打ちしてカーテンを乱暴に閉めた。
拳銃による殺人に関して今更怖気付くこともないが、孤独という現実が降谷を弱くする。
───お前は、こんな苦しみを背負って今まで笑っていたのか、安室。俺が卑怯にも押し付けた罪の重さを知らないままでいたのに、何も言わないでいてくれたのか
恨み言の一つも言っていいだろうに。
眠る安室透はただこんこんと、内側で微睡の中に沈み込んでいた。
そのとき、ふとスマホがマナーモードでバイブ音を鳴らしていることに気づいた。
非通知だ。組織のことを思い、三コールになる前に電話に出る。
「はい、安室透です」
『例のデータは手に入ったか』
電話口から聞こえてきた声はかの「新人殺し」ジンであった。
悪態を吐きそうになる己を堪え、降谷はにこやかに返事をする。
「ええ。すでにデータならウォッカに手渡しています」
『フン。ネズミはネズミなりに多少はできるようだな』
面白くなさそうにジンは鼻を鳴らした。
わざと高難易度の仕事をふっかけて、少しのミスでもあれば殺してかかる。
いつものジンのやり口だ。
こうして仕事をしていて殊更に思うのは、相棒の最も優れたる部分は埒外の戦闘技術などではなく、ジンすら手玉にとるコミュニケーション能力なのだということだった。
降谷とて最初はジンに近付こうとした。
奴に気に入られれば仕事は格段にスムーズに行く。
だがそれはすぐに中断せざるを得なくなった。
ジンの新人殺しは組織内では有名だ。
理由などない。
有望そうな新人がいると難癖をつけ、致命的な情報を教えず、ろくな事前知識も与えず高難易度の仕事に蹴り込み、少しでも失敗すれば処刑する。
降谷とて近くにいた下っ端を些細なことで撃ち殺すのを何度も見た。
あんなものに付き合っていられるのは狂人かよっぽどのバカだけだ。
命がいくつあっても足りない、と降谷はジンに近づく計画を放棄した。
もし相棒がいれば、もし相棒が目覚めれば……そんな瑣末なことを考えてしまう。
ジンが悪辣に喉を鳴らし、はっと思考が現実に引き戻される。
『そういえば、ベルモットから例の製薬会社に侵入する仕事を任されていたんだったな』
「ええ。明日その予定です。それがどうしました?」
『ならついでに伊藤とかいう主任研究員を消してこい。その程度楽な仕事だろう?』
こいつ!
せせら笑うジンの愉快そうな声色に、瞬時に降谷の頭に血が昇る。
喉まで出かかった罵倒をなんとか飲み込んで、降谷は口を無理やり閉じた。
そんな準備などしていないし、殺しともなれば足のつかないように殊更慎重に仕事を行う必要がある。
ついでで出来るほど容易な任務ではないのだ。
しかもそれが明日とは、死んでこいと言っているに等しい。
「それは…」
『出来ねぇなら死ぬだけだ。俺はテメェの脳天をぶっ飛ばせるのを心待ちにしてるんだがな』
「……ご冗談を。主任研究員の殺害なら了解しました。吉報を待っていてください」
にこやかに言葉を紡ぐことがここまで苦痛を伴うのだと、降谷は初めて知った心地だった。
みしり、とスマホを持つ手に力が入る。
それをジンは見抜いているのか、余計にくつくつと喉を鳴らしいている。
『楽しみにしてるぜ、バーボン』
「!僕はネームドではありませんが」
『先日テメェにつけられた名前だ。異例の速さだそうだ。だから、これは幹部試験も兼ねてのものだ。テメェが無様に尻尾を出すのを待ってるぜ』
言うだけ言って、ジンはぶつりと電話を切った。
───あのクソ野郎!!!
降谷は深層心理に建つ空虚な屋敷の壁を叩いて絶叫した。
実際のホテルの壁を叩かないだけの自制心が、ギリギリあったからだ。
心の内側では相変わらず静まり返っている。
きっと彼ならば「どうしましたゼロ!?」「壁を叩かない!隣人に嫌われますよ!」「それで、何があったんです?僕なら力になれそうですか?」と。
そのように声をかけてくれただろう。
眠る彼の顔を覗き込み、降谷は奥歯を噛み締めた。
「起きてくれ、早く……起きてくれ」
静かな部屋の中に懇願がこだまする。
つい口に出してしまった。己の弱さの証が耳に届き、余計に惨めな気持ちになる。
あの温かな団欒を知ってしまった今、孤独は降谷にとってあまりにも重すぎる。
ずるずると座り込み、降谷は俯いてベッドに倒れ込んだ。
毎朝目が覚めると、元の現実に戻っていないか、この悪夢が終わってはいないだろうかと。
そんな儚い希望を抱いてしまう。
ああ、きっと。
この長い長い夢は、相棒に苦しみを押し付けた己への罰なのだろうと。
降谷は何も言えないままに両腕に顔をうずめた。