バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
昨今の人手不足の風があり、ポアロも個人営業で手が回らない時間が出てきたらしい。
昨日ヘルプにポアロに入ったのだが、意外と繁盛していて私も面食らったものだ。
私たちとしてはもうバイトに入る気はなかったのだが、梓さんに泣きそうな声で頼まれてしまっては仕方ない。
彼女にはよくバイトを抜けた穴を埋めてもらった借りがある。
そんな流れで今日もせっせとアルバイトに勤しむはず……だったのだが。
なんと、この真夏にエアコンの故障があったのだ。
幸いなことに業者はすぐに呼べたらしいのだが、今日の営業は朝一すぐに終了。
これには急遽バイトに入った私に申し訳なく思ったのか、マスターも眉をへの字に曲げていた。
そして私と梓さんに「ロマノフ王朝の秘宝展」と書かれたチケットを差し出したのだ。
と、言うわけで今現在、ロマノフ王朝の秘宝展にやってまいりました。
夏の日差しがジリジリと照らし、外は日傘を差す人もまばらに見える。
まだまだ朝早いがかなりの暑さだ。
ロマノフ王朝の秘宝展目当てと思しき行列が長くずらりと炎天下の中を並んでいて、「おお…」と妙な感嘆符が出てしまう。
私は帽子があるから良いものの、こんな中で長時間待つ梓さんが心配だ。
というわけで、私もきちんと道中で少し大きめの日傘を買ってきている。
ばさりと広げて梓さんに「入りませんか?」と声をかければ。
梓さんはずざざざざ!!!と盛大に仰け反って顔を青ざめさせた。
なんでや。
そして「けけけ結構です!!!」と腕でバッテンを作って全面拒否の構えである。
今では下火になったものの、やはり私はポアロのアイドルだ。
炎上を警戒する梓さんの動きはいつも以上にキレッキレ。
要点を押さえた見事な変装で姿を変えて、エージェントとしてどんどん成長していて何よりである。
「いいですか、私はあくまでただの仕事仲間ですから。変ないたずら心は起こさないでくださいよ!」
「分かってますって。……けれど周囲の人がどう感じるのかは僕の管轄外ですよ?」
「そういう含みのある言い方はやめましょう。それと距離はもう十センチ離れてください。角度によっては腕組んでるように見えますから」
「はいはい」
手鏡で汗を拭くふりをして、梓さんはさりげなく周囲の死角を確認している。
凄い動きだ…本気で公安適性あるぞこれ。
「しっかし、どうしてこんなに混んでるんでしょうね。そんなに人気な展示だった気はしないんですけど」
「ああ、それなら今晩ここの展示品を狙って怪盗KIDが来るそうですから、それ目当てでしょうね」
「え、怪盗キッドがですか!?やったぁ!」
急に声が喜色をはらんだ。
KIDファンの梓さんのことだから知っているものだと思っていたのだが、どうも今まで知らなかったらしい。
「ならKIDを見れたりするんですかね…!」
「それは無理だと思いますよ。KIDが来るのは深夜0時みたいですから」
「でももしもがあるかもしれないじゃないですか!あの最近人気の狐面なんかじゃなくて、やっぱり時代はKIDですよ!」
「……あはは」
やっぱ梓さん、フォックステイルのことことあるごとにdisるよなぁ。
前々からそうだが、フォックステイルのあの露骨なキャラ付けが鼻につくとのことで。
そんなこと言われても……。
などと私たちが談笑している間も、内心では幽鬼のように佇む降谷さんがこちらをじっと見つめている。
爛々と目だけを輝かせて、私の一挙手一投足を確認しているのだ。
だから怖いんだよ!!
長蛇の列に近づいてその最後尾に並ぶと、ちょうど列の前にコナン君と蘭ちゃん、園子嬢の3人が待っているのが見えた。
「コナン君、久しぶりだね」
「あれ、安室さんも来てたんだね。というか、先週あったばっかだよ?」
おっとしまった、失言失言。
「なんだか妙にずっと会ってなかった気がして」と誤魔化して、私は苦笑して見せた。
夢を長く見過ぎて特殊時差ボケがひどいな。
気をつけないと。
園子嬢は私と一緒にいる──私の後ろで極力気配を消している──梓さんに気付き、にんまりと笑みを作った。
「え、デートですか!?」
「!?!?!?!?」
言われた瞬間、梓さんがジブリのように全身の毛を逆立てた。
そんな嫌がられると流石の私も傷つくんじゃが……まぁ周囲の女性が地味に耳をそば立てているからその危惧は実に正しい。
ちなみに、苦笑するコナン君は完全なる外野面だ。
その実、頬を僅かに赤く染めて蘭ちゃんと手を繋いでいるのが見える。
けっ、カップルがよぉ!!いいご身分ですこと!
バッと顔を上げた梓さんが瞬時に四方を確認して身震いする。
「迂闊なことを言わないで!どこで誰が聞いてるかわからないんですよ!?」
「す、すみません…」
その熟練のエージェントみたいな動きに目を点にするしかない女子高生組だ。
ちなみに、世良さんは今日は都合が合わなくて欠席である。
また面倒くさいことにならなくてなにより。
彼女、まだ私のことを疑ってかかっているからな。ここにいると余計に面倒なことになりかねない。
難しい顔で四方を確認した梓さんは、ハッと気づいたように蘭ちゃん達と私とを交互に見つめた。
「こうしましょう。私は蘭ちゃん達と一緒にロマノフ王朝展に来た。安室さんはコナン君と一緒に来た、と」
「な、なるほど?」
「どうせ安室さんとコナン君は仲良いんですし、それがいいですよ!そうしましょう!!」
すっかり決定事項になったらしく、梓さんは蘭ちゃんの後ろに周り、可能な限り私から距離をとった。
そんな気にしなくても…と思えど、確かに「安室透マジ恋勢」っているからな。
私がいくら好感度を調整しようが、遠くから恋心を募らせるのは防ぎ切れるものではない。
がやがやとこちらを見る中にはそれっぽい視線は感じられないが。
しかし注目の視線はいくつも向けられているし、これもSNSに挙げられるのは間違いない。
降谷さんが他人事みたいな声でぼんやりとぼやいた。
お、会話する気が起きてきたらしい。いいことだ。
───この顔面で助かったこともなくはないが、やはり日頃使いする分には有象無象が寄ってきて困るよな
───アンパンマンみたいに顔を気分で変えれたらよかったですよね
───だな。できればアイリッシュあたりがいいな。程よく整っていて、かつ舐められないイカつさがある
───あー、でも意外と彼モテますよ?
自然と言ってから、そんなの覚えているはずがないのにふっと湧き上がった記憶から言葉が出たことに気がついた。
妙なタイミングで思い出してしまった。
なんだか記憶が想起しやすくなっているようだが、あの長い長い夢のおかげだろうか。
雑な言い方をすれば「シンクロ率が上がった」というやつか。
コナン君がパタパタと手で仰いでいたので、日傘の中に入れてやる。
すると「ありがと。でもまだ中に入れるまで一時間以上かかりそうだね」と雑談がてら話を振ってくれた。
蘭ちゃんと引き剥がされて若干不満そうだが、そればっかりは我慢してもらおう。
コナン君の若く生命力に溢れた姿に、眩いものでも見るように降谷さんが目を細めた。
「じゃあせっかくだから手品でも見せるよ」と言うと、意外そうな顔をしてコナン君がこちらを見た。
「え、安室さん手品とかできたの?」
「前に教えてもらってね。暇つぶしに蘭さん達も見るかい?」
「わぁ、お願いします!」と言って蘭ちゃんがキラキラとした目でこちらを見る。
良い子や…素人の手品なんてたいしたことないに決まってるのに、こんなに嬉しそうに見てくれるなんて。
コナン君が誇らしげにうんうんと頷いて腕組みしている。
無言で彼女を自慢するのはやめんか。
これは降谷さんに教えてもらった手品だ。
トランプを使った簡単なものであり、私でも覚えられる程度のシンプルなトリックを使っている。
蘭さん達の目の前で、引いたハートのエースをよく見えるようにトランプの山の上に置く。
トリックは実にスムーズに実行することができた。
なんだか体が動かしやすい…元々細かい作業は得意な方ではあったが、殊更に緻密に動かせるようだ。
うん、良きかな良きかな。
そうしてドン、と。先ほど混ぜたはずの山の中から同じハートのエースを取り出して見せた。
女子高生組は「すごーい!」「これならKID様に渡り合えちゃうかも!」と驚いてしきりにトランプをめぐってカードに何か細工がないか確かめている。
私はふふんと得意げに喉を鳴らした。
この程度、手品の中では初歩の初歩。
見事な手品を披露するルパンや怪盗KIDにはおよぶべくもない。
実際にほら。
群衆の中に紛れて様子を見ていたおじさん──変装した怪盗KIDが現れたではないか。
「ダブルリフトからのダブルオーバー、だろ?」
変装した怪盗KIDは、おじさん姿のまま我慢できなかったのか口を出した。
流石に「KIDに渡り合えるかも」はプライドにかけて訂正しなければならなかったのだろう。
側から見れば単なるおじさんのようにも見えるが、私の目から見た場合、醸し出す気配が全く違うので判別可能だ。
向こうも私が感知しているのをわかっていて、ニヤッと悪ガキじみた笑いを浮かべた。
その顔には明確なプライドが滲んでいる。
「そんな初歩中の初歩を見せびらかして勝った気でいるんなら…痛い目に遭うぜ?」
そのように宣言しながら、なんでもないように同じ手品を瞬時に再現して見せ。
そのまま、カードの一枚一枚を鳩へと変えて放ち、姿を消した。
「なぁ、名探偵!」
空に怪盗KIDの声だけがこだまする。
鳩は四方八方へと飛んでいき、そのまま姿が見えなくなる。
私はついついムッとして頬を膨らせた。
いいじゃん、民間人の見せるちょっとした手品ぐらいさぁ!
ルパン一味としては適切じゃないかもしれないけど、場を少し盛り上げるならこのぐらいがピッタリだろぉ!?
そう、思った瞬間のことである。
「いい度胸だ……怪盗KID……」
瞬時に肉体の主導権を奪った降谷さんが、ぐしゃあ!とトランプを握りつぶし、地獄から這い上がる悪鬼みたいな顔をして壮絶な笑みを浮かべた。
隣ではドン引きのコナン君が半身を引いている。
やばいやばいやばい安室透がしちゃいけない顔してるぞ!!
───いやいや、いやいやいやいや!!そんな怒ることですか!?
───安室を、俺の相棒を馬鹿にした。理由はそれで十分だ
───それにしては怨念に塗れすぎてる声色ですが!
───コソ泥風情が…八つ裂きでは生ぬるい……ははは、奴の生肝を一本ずつ引き抜いたら楽しいと思わないか?
───ストップストーーップ!!!
もはやキャラが行方不明だ。
屈折した激重感情が濁流のように荒れ狂い、もう実質タタリガミ様である。
これ間違いなく自分が言われるよりもキレてるよ。
まったくもって、もう……静まりたまえ…なにゆえそのように荒ぶるのか…。
いや分かるけどさ。
自身のプライドが自尊心と共に完膚なきまでに叩き壊されたが故、そのプライドの全てを私に委託しているってことぐらい。
つまり今なお降谷さんはプライド激高男だが、そのトリガーは完全に私に移ってしまっているのだ。
うーん不健全。少しずつ直していかねば、と私は気を引き締め直した。
そうこうしているうちに、降谷さんは無言でスマホを出して「風見、いいから来い」とだけ言って通話を切ってしまっていた。
アイドルフェスに行っていたはずの休暇中の風見さんを強制的に呼び出したらしい。
止められなくてすまない風見さん……。
倍率的にチケットは相当頑張って取っただろうに…。
屋根裏の事件の際、沖野ヨーコさん本人に次の国技館のライブチケットの招待枠をもらっているから…許せ風見さんよ。
多分こっちの方が倍率は高いし良い席だろうから……すまぬ…すまぬ……。
そんなわけで。
前途多難な「安室vsKID 女王の前髪(クイーンズ・バング)」がはじまったのであった。