バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

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佐藤美和子の独白

 

 それは血の海のような地獄めいた光景だった。

 

 

 

 あの日、佐藤美和子は、己の失態に舌打ちしていた。

 

 後ろから殴られて、そのまま監禁。

 警察官として最低の失態だ。

 犯人は泥惨会の人間で、事件捜査のために周囲を彷徨く佐藤のことを疎ましく思ったのかもしれない。

 

 殺さなかった意図は分からない。

 死体を発見されたくなかったのかもしれないし、警察と全面的にことを構える気が無かったのかもしれない。

 ともかく、拠点たる屋敷の中がやけに慌ただしかったことは覚えている。

 

 「ウルフドッグが来るらしいぞ」「ついにあの組織が重い腰を上げたとか」「皆殺しにされる…!」

 

 主にそのような噂で持ちきりで、気絶したふりをした佐藤の耳にも話は入ってきた。

 

 ただ、その後耳をそば立てていたのがバレて下っ端に殴り飛ばされ、そのまま地下に引きずっていかれてしまったが。

 その際殴られた顔面がひどく痛み、佐藤は状況の悪さに歯軋りせざるを得なかった。

 

 それから三時間ほどは飲まず食わずを強いられた。

 地下は誰もおらず窓もないため、逃げるには開けっぱなしの入り口から出ればいいだけだ。

 

 しかし外には常に人の気配がしたし、グルグル巻きに縛られた佐藤はスマホも取り上げられ、連絡手段がなかった。

 ただ歯痒い思いをしながら時を待っていると。

 

 かつん、かつん、かつん、と。

 革靴の音が、地下へと降りる階段を踏む音がした。

 

 電気がついた時、目に飛び込んできた姿に思わず佐藤は声をあげていた。

 

 それは血濡れの男であった。

 つま先から頭のてっぺんまでずぶ濡れで、顔にまでべっとりと血が張り付いている。

 警官としての教養で、人一人失血死していても何もおかしく無い量の血液だとすぐに気がついた。

 

 その男の名を安室透、本名を降谷零という。

 

 男は公安であった。そのように本人から暴露されたし、その情報は正しいだろう。

 

 元々、公安というものにあまりいい印象を持ってはいなかった。

 途中からやってきてはその捜査をめちゃくちゃにするし、高圧的でこちらの事情を何一つ考慮しない。

 松田陣平が関わっているかもしれない案件にも横槍を入れてきて、なんの説明もなく「調べるな」などと述べる始末。

 

 だが、彼自体は嫌いではなかった。

 

 優秀で謙虚。

 事件の場に居合わせた彼はその場の刑事の反感を買わないような自然で豊富な知識をもっていて、話口も柔らかい。

話口も柔らかい。

 いつも相手に寄り添う姿勢は心地よく、つい話し込んでしまうような優しさに満ちていた。

 

 くだらない愚痴にも付き合ってくれて、それが自然なのだと言わんばかりに相槌を打ってくれる。

 そして、秘密を守る確かな口の堅さを持っていた。

 

 安室のことを信頼していたし、若くして人格者だと尊敬すらしていたのだ。

 

 だから正直、公安警察の「降谷零」があの安室透と同一人物なのがいまだに信じられない。

 

 硬く冷たく、他人のことを道具としか思っていないかのような無機質な視線。

 あの男こそが何重もの重いベールに包まれた公安そのものだ。

 ゼロそのものが形を伴って現れたような、信用ならない男。

 短いやり取りでもそのように感じたし、公安の空気を嫌というほど思い知った心地だった。

 

 その上、江戸川コナンを協力者にしているという。

 彼をいいように利用しているのではないかと、まず佐藤は疑った。

 彼の頭脳を道具として使い潰そうとしているのではないか、どうしても心配が先に立つ。

 

 まさに柔らかく人当たりのいい安室とは全くの真逆と言えるだろう。

 

 完全に疑うには、今までの彼が演技だったなどと思いたくない気持ちが邪魔をする。

 しかし現実を見なければと、気持ちを整理する時間のために彼とは一度距離をとることもした。

 勝手に裏切られたと感じてしまう己が愚かしくて嫌になる。

 

 そうして距離を置いていた男が今、血濡れで佇んでいる。

 

 どうも彼自身の血ではないようだ。

 それについては安心だが、それなら誰の血なのか、どうしてそんなに被っているのかという疑問が湧く。

 

 至近距離でここまで浴びているのは、まるで正面から刃物を刺した犯人のようで───。

 

「いま、縄を切りますね。じっとしていてください」

 

 安室透が佐藤の手首に巻かれた縄を切ろうと近づいてくる。

 その特徴的な刃物は、一般的には鉤爪と呼ばれる武器種だと思われる。

 

 そのぐっしょりと血に濡れた刃が、佐藤の腕を傷つけることなく掠めていく。

 

「っ………」

 

 彼は佐藤の手を取り、そのまま地上階へと進んでいく。

 佐藤の問いに何も答えることなく、ただ微笑のみを伴った底知れぬ表情で、彼は佐藤の手を引いてゆく。

 

 

 上がった先は、地獄だった。

 

 

 人だったものがあたり一面に散らばっている。

 頭を三つに割かれて脳漿を垂れ流した死体。

 背中を一突きにされて血をぶちまけた年配女性の死体。

 死体、死体、死体。

 

 戦場が如きあまりにも凄惨な光景に、思わず吐き気が込み上げてくる。

 えずきそうになった己を必死で奮い立て、平静を装った。

 新米刑事じゃあるまいに、捜査一課強行犯の人間が死体を見て吐くなんて情けないにも程がある。

 

 どの死体も傷口は同じ。

 三連の短い刃によって殺されているのが遠目から見ても分かった。

 

 己の手を引く安室の手首に嵌っているそれが、おそらくは凶器で間違いないだろう。

 

 あまりのことに衝撃が先んじて、安室が何か話しているのにちっとも耳に入ってこない。

 

「貴方、なんてことを……ここにいる人間を全部、全部……」

 

 まさか、この男は。これだけの人数を、全て。

 殺したというのか。

 

 静かな困ったような笑顔は佐藤のよく知るいつもの優しい微笑みで。

 いつも通りに佐藤を心配するように、眉を下げて小首を傾げている。

 

 この地獄を作り出しておいて、そんな表情をすること自体が信じられないほどに悍ましい。

 

 そんなことが許されるのか?

 確かに、この屋敷は指定暴力団の拠点だった。

 ここにいた人々も、大なり小なり犯罪者ばかりであったと言っていい。

 

 でも、それでも殺すなんて法が許すはずがない。

 そんなことを許したら、己が警察官である意味がない。

 

 睨め上げれば、それにようやく気付いたように目の前の男が笑みを深めた。

 自然体だった表情が、わざとらしく薄っぺらな、能面のような笑みへと変化して。

 

 瞬間、嵐のような殺気が吹き荒れた。

 

 思わず悲鳴を上げてしまいそうな、背筋を切り裂かれるような感覚すら覚える殺意だ。

 それでも、この巨悪を佐藤が許すわけにはいかない。

 

 警察組織が許そうとも。

 個人として許してはならない。

 ───きっと彼自身も個人として許されないことを望んでいるからこそ───佐藤はそれを断罪するのだ。

 

「貴方は、人殺しよ」

「ええ。否定はできませんね」

「…………」

 

 彼の表情には、どこか切ない郷愁のようなものが見えた。

 彼の表情には、殺人への満足と歪んだ愉悦のようなものが見えた。

 彼の表情には、死への忌避と傷ついた心がのぞいている。

 彼の表情には、恍惚とした死という芸術への満足がのぞいている。

 

 果たして、彼の本当がなんなのか。

 佐藤にはわからなかった。

 

 本当の彼がわからない。

 何が正しくて何が間違っているかがわからない。

 

 ただ慣れたように血を拭い、彼は死体の山で佇んでいる。

 

 

 佐藤にできるのは、それを疎んで許さぬと誓うこと、それだけだった。

 




リクエスト「佐藤刑事視点の公安バレの話」です!

・高木刑事
佐藤刑事の無事を必死で願いながら足跡を追っていた。
無事再会していい雰囲気になる。
その後、伊達さんのロッカーの中からふと仲良さそうな警察学校組の写真を手に入れて急いで佐藤刑事に見せるなどする。

・佐藤刑事
色々情緒が鬱。警察学校組の屈託ない笑顔の写真を見てさらに鬱。
松田くんと、仲良かったのね。肩組んで笑い合うぐらいに。
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