バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
あれから、組織には激震が走ることとなった。
アジトにいた人員のほとんどを単独で殺し尽くしてデータを奪取したという前代未聞の事件に、組織としても懐疑的ですらあった。
相手は銃を持っているというのに、ナタ一本でどうやって生き延びたというのか。
ルパン一味じゃあるまいに、下っ端程度がそんな力あるはずもない。
しかし当時の裏どりをしてみれば。
確かに安室透はデータ奪取を成し遂げており、事実としてその敵対勢力のアジトには頭をかち割られた死体の山が築かれていた。
まさに、単体として信じられないほどの戦果だ。
人外とすら言っていい。
当の安室透は、これまで下っ端として死体処理だったりを任せられていた人員だ。
死体の解体は素早く的確。
殺しの方もスムーズに行なっていたということで、幹部であるウォッカが目をかけていた記録は残っている。
とはいえ、ここまでの戦果を出せる前歴があるかと言われれば首を振らざるを得ない。
本人はと言えば、「僕、やっぱりこういうのが得意みたいで。殺しの仕事は任せてください!」と笑顔で言い切ったとのこと。
そのような状況で、ベルモットも組織から幾度も呼び出しを喰らうことになった。
当時の状況の聞き取り調査だ。
もう耳にタコができるほど「本当にそんなことがあったのか?」と聞かれていて、ベルモットとしてもほとほと嫌になっている。
今日もそんな聞き取り調査の続きで呼び出された次第である。
廊下をカツカツとヒールの音を響かせながら歩けば、下っ端達が廊下の脇へと避けて頭を下げる。
幹部の気に触ることをすれば死に直結する。
そのような恐怖が下っ端達の瞳に映っているのを、ベルモットは特に感慨なく素通りした。
下っ端が何を思おうが、ベルモットには関係ないからだ。
しかし何事にも例外はある。
奥まった休憩スペースの一角に、一人の男の姿を認めてベルモットは足を止めた。
安室透。現在話題の真っ只中にいる男だ。
どうやら他の下っ端達からも距離を置かれているようで、遠巻きに見られながらも一人静かに缶コーヒーを飲んでいる。
すれ違う下っ端達も、なにやらヒソヒソと男について噂話に興じているようだ。
囁くようなその声に耳を傾ければ、その口さがない話を聞くことができた。
「あいつ、いい奴だけどさぁ」
「可笑しいだろ。刃物一つで10人以上ぶっ殺したんだろ?幹部様の命令とはいえ…イカれてるよ」
「マジでやばくね?俺、昨日知らずに話しちゃったわ…」
安室透の人望はやはり一定程度あるらしい。
この間もスムーズな会話と感じのいい話口に少しばかり好感を抱いたが…。
それも殺戮の件によってぶち壊しにしてしまったと思うと、ベルモットも少しばかりの罪悪感を抱かざるを得ない。
恐る恐る安室を見る下っ端達を下がらせて、ベルモットは正面から男に近づいた、
「ハァイ、キティ。調子はいかがかしら?」
「っベルモット!どうしてここに」
「私も貴方のやった件についての聞き取り調査に来てるのよ」
「……それは、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「私の命令したことだし、そちらは貴方の気にすることじゃないわ」
暗い顔でベンチに座る男の横に、ベルモットは腰掛けた。
その黒々とした後悔の渦巻く瞳を覗き込んで、ベルモットは眉を顰めて瞳を伏せた。
やはり彼は、己の所業を悔いている。
化粧で誤魔化しているものの、ベルモットの目は誤魔化せない。
少し頬もこけて、目の下には濃い隈がのぞいている。
もしかしたら睡眠にも差し障りが出ているのかもしれない。
隠れて吐いている可能性もある。
それを必死で隠して、組織に馴染んで、それでも己の本能を抑えきれずに殺しを繰り返して。
その苦悩にベルモットが気付いていると知ったら、彼はどれほど傷つくだろうか。
それを自覚しているのかいないのか、安室はこてりと首を傾げた。
「それより、キティとは?」
「貴方のことよ」
肉食獣の鋭さを持ちながら、甘さを捨てきれない歪な獣。
自分の本能と理性の狭間で苦悩する子猫ちゃん。
あれほど楽しそうに人を解体して見せながら、その実体調に障りがでるほどに後悔するさまは、憐れみを禁じ得ない。
……そんな彼の本性を暴いてしまったのが自分だと思うと、ベルモットはあの時の決断を悔いてならないのだ。
あんな命令、すべきではなかった。
暗い愉悦を引き摺り出すべきではなかったと、己の選択の過ちを振り返る。
と、その時。
デフォルトの着信音が鳴り立てた。どうやら安室のスマホがなっているようだ。
「ああ、失礼。気にしないでください。今切りますので」
「出ていいわよ。私は雑談だけだから」
「そうですか?では失礼しまして」
少しベルモットに頭を下げて、安室は通話ボタンをタップした。
「アイリッシュですね。ええ、ええ。約束通り来週月曜日で。はい。……もちろん持っていきますよ。それでは、楽しみにしていますね」
何やら楽しそうに会話して、顔には笑みが浮かんでいる。
短い会話は1分ほどか。
それだけして通話を切った安室の顔は少しだけ晴れやかになっていた。
ベルモットは漏れ聞こえてきた「アイリッシュ」の名に思わず目を見開いた。
「アイリッシュと知り合いだったの?」
「ええ。この間の任務で意気投合しまして。幹部が僕に目をかけてくれるなんて嬉しい限りです」
恥ずかしそうに頬をかく安室に、少しだけ安堵する。
この男にも味方がいるのだと思うと、苦悩を共有する相手がいると思うとベルモットの過ちが軽くなったような気がしたからだ。
「あの堅物とどんな約束をしたのかしら」
「登山ですよ。彼の趣味みたいで、今度一緒に行くんです」
「登山なんて初めてなので色々装備も買わないといけないんですが、おすすめを彼が教えてくれて」と彼が笑う。
「登山の前に一緒に用具を買いに行くんですよ。それが少し楽しみで」
「へぇ。登山は私もしたことがないけれど。景色は綺麗そうね」
「体力がないと登山はきついですからね。僕も結構体力はある方ではありますが、登山慣れしてるアイリッシュについていけるかはわかりません」
「それにしても、ピスコの子飼いにも趣味なんてあったのね」
「ははは。僕も偶然知っただけですから。こんなふうに誘っていただけるなんて思ってもみませんでした」
朗らかに笑う安室の様子は和やかで、思ったよりずっと仲が良さそうだ。
「楽しんでらっしゃい、キティ」と言ってベルモットは席を離れる。
自分がそばにいると安室も気が休まらないと思ったからだ。
そうして。
少しだけ離れてから振り返ると。
安室透は貼り付けたような笑みで、虚ろな瞳で宙を眺めていた。
ただぼんやりと。暗闇を見つめるように。
光のないその瞳の闇の深さに、ベルモットはただ瞳を伏せるより他なかった。