バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
セーフセーフ(震え声)
「安室さん!?目が覚めたんだね!」
安室の意識が戻ったという一報を聞いて、コナンは急いで安室の病室に向かった。
無論一緒にいた毛利小五郎、蘭、そして鈴木園子も一緒だ。
部屋に入り、虚ろに中空を眺めて微動だにしない安室へと声をかける。
彼はコナンの声に気付き、ゆるゆるとこちらを見た。
その空虚、その色の無さに背筋がゾワゾワと慄いてしまう。
彼は口を開いた。
その時は、コナンもこんな事態になっていただなんて思ってもいなかったのだ。
「坊や、誰だい?」
全生活史健忘。
非常に稀なヒステリー性の乖離障害で、心因性の場合が多い、一般的には「記憶障害」と言われているもの。
風戸医師による診断はそのようなものだった。
彼には親族がいないため、連絡先は無く親類の見舞客もいない。
かといって寂しい病室かといえばそうでは無く、彼と親しくしていた多くの人が入れ代わり立ち代わり見舞いにやってきていた。
常識等の欠落はないため日常生活に支障はないそうだが、一人暮らしの彼をそのままにしておくのはいささか酷なように思われた。
病室までやってきた目暮警部が状況と捜査結果を毛利小五郎へと読み上げる。
「恐らく、安室君は次に狙われるのが佐藤君だとわかっていたのだろう」
コナンと同等にもなる推理力を持つ彼らは、あらかじめあの場所で犯人が来るのを待っていた。
身体能力も高い彼らのことだ。
そこでの犯人の捕縛も視野に入れていたのだろう。
毛利小五郎が悔しげに眉を下げて下を向く。
「それで犯人に……!」
「もしあの場で安室君が止めていなければ、佐藤君と…一緒にいた蘭さんの命が危なかっただろう」
「馬鹿野郎、無茶しやがって!」
ぼんやりと毛利小五郎を見上げる安室にはいつもの覇気も意志の強さもまるで見当たらない。
ただ困惑だけが表情に現れ、困り果てているようだった。
「安室……すまない。俺のことは、覚えているか?」
「いえ…。俺は探偵だったんですか?」
「ああ。俺の弟子をしていた。こっちは娘の蘭だ」
「蘭さん?」
「毛利蘭です。なんか、新鮮ですね。安室さん、いつも自分のこと僕って言ってたので」
安室が首を傾げる。
なんだかピンときていないかのように眉を顰め、うろうろと視線を彷徨わせる。
「僕?……本当に俺は僕という一人称を使っていたんですか?」
「そうですよ。探偵事務所一階のポアロでアルバイトもしてて、みんなに人気の店員さんでした」
「探偵、バイト……」
覚えのない単語を口にするように彼は言葉を繰り返した。
コナンはそこで彼が誰なのか、大体の想像がついた。
彼はゼロだ。
その正体を思えば探偵である自分に違和感をおぼえても不思議ではない。
また、彼の一人称も常に「俺」。
「何か思い出すかもしれねぇし、この状況で1人で生活ってのもなんだ。どうだ、俺の家に暫く泊まってくのは?」
「っ!…俺としても有り難いお誘いです。正直、記憶がまるでなくて、今家に戻っても日常生活にも不便しそうで不安でしたから」
「なら決まりだな。よし、爆破の影響も検査し終わって、退院したら迎えに来る。いいな?」
「ありがとうございます、毛利さん。その時はお礼に俺に夕飯を作らせてください。その辺の常識はありますし、俺自身がどこまで動けるか確かめたいので」
「おお!助かるぜ、オメーの飯は英理と違って絶品だからな!」
夜。
コナンはそっと寝ている彼の病室へと潜り込んだ。
暗闇の中目を閉じて寝入っている様子の安室へ、そっと声をかける。
「安室さん……いや、バーボン」
「───なんだい?コナン君」
パチリと。彼は目を開けて妖しく揺れる瞳をこちらへと向けた。
コナンは己の推理が間違っていなかったことを悟り、詰めていた息をほっと吐く。
「……記憶を失ったのはゼロさんの方だよね」
「そうだよ。僕の方は無事だから一応諸々の活動に関しては何の支障もない」
今の主人格なら緊急の時は無理やり内側に押さえ込んでおけるしね、と彼はにっこり微笑む。
コナンは「ゼロさんは今どうしてるの?」と慎重に聞いた。
偶発的とはいえ、今の彼は主人格という抑えのない組織幹部。
犯罪者として願われ望まれた人格が、野放しになっているのだ。
「今は主人格の方は寝ているよ。それで、君の用事はそれだけかな?」
「一応ね。バーボンの記憶があるかの確認と、ゼロさんとの力関係の把握が目的だったから」
「なんだ、つまらないな。もう帰っちゃうのかい?」
彼は拗ねるように口をへの字に曲げた。
稚気を感じる幼い振る舞いは、彼がまだ生まれたばかりの人格である証。
彼の自己申告が正しければ、まだ少年探偵団の子供達よりも幼いことになる。
「頭の怪我はどうなの」
「MRIでの検査には今のところ異常はなし。頭部外傷による全生活史健忘……本当にまいったよ。僕のミスだ」
肩をすくめて首を振る。
彼としても油断があったのかもしれない。
あの程度の犯人に負けるはずがないと。それが、この結果に繋がった。
「犯人を見たんだよね」
「見たよ。風戸という精神科医だったね。まさかのうのうと主治医として診察に来るとは。引き裂いてやれなくて残念だよ」
「…オメーがそれを言わなかったのは、ゼロさんの治療を優先したからか」
「そうだよ。僕が表に出ていたら、治療の必要性なしとして扱われちゃうからね」
「あ、そもそも僕らが2人いること自体治療の対象だって話は無しだよ?」と安室はおどけてにっこり笑う。
彼の捉えどころのない会話に、それでも気付けば気を抜いてしまう話術に、コナンは決定的な指摘を口にする決意を固める。
息を吸う。
「……それは、バーボン、つまりオメーという人格が潜入任務をするにあたって必要だから、だろ」
彼はするりと笑顔を収め、その表情に恐ろしいほどの無を表出した。
そして、へぇ、と獣が獲物を見定めたように嘲笑する。
「続けて」
「…赤井さんを通じてようやく確認できた。あんたの名前は降谷零。5年前から組織に潜入している、公安の警察官だ」
「………」
「あんたは前に言ってたよな。あんたの人格が生まれたのは5年前だって」
「それが何か?」
バーボンという人格の誕生と、潜入捜査の開始のタイミングが一致している。
それが偶然なはずなどない。
「降谷零は喧嘩っ早いが正義感も強いことで人の記憶に残っていた。……組織という暗闇に潜入捜査するにあたって、人道に反することも正義を蔑ろにすることもあったはずだ」
「……」
「警察として正義感の強い降谷零は、そんなことをしなければならない自分に絶望したかもしれない」
己の心を守るため、別の人格を生み出してしまうぐらいに。
沈黙は長く続いた。
肯定も否定もなく、バーボンとして生まれた男は目を伏せる。
「僕も、詳しくは知らないんだ。主人格が話そうとしないからね」
「記憶は共有していないのか?」
「そうだよ。だから最初は苦労したなぁ。組織の一員として活動しようにも、何をどうすればいいのかさっぱりだったから」
口調は軽いが、それがどれほどの困難、どれほどの苦痛だったかは想像を絶する。
あの組織で常に命を危険に晒されながら、その志も信念も与えられず。
ただ必要に駆られ、生きていくために殺さざるを得ない状況。
コナンは思わず問いかけていた。
「あんたは、恨んでないのか?」
「なにを?」
「犯罪者として生み出されて、人殺しの任を勝手に背負わされて」
バーボンは予想外のことを聞いた、とでもいうようにぱちくりと瞬いた。
「それは仕方ないだろう?彼より僕の方がその手の耐性はあった。それに、ここで僕まで任務続行不可能になったら主人格に申し訳が立たなかったからね」
「……そうかよ」
彼の言葉に嘘はない。
生まれたばかりの雛が刷り込まれているようにただ純粋に与えられた任務を果たしている。
そのような歪さがあったし、コナンに口出しできるほど浅い問題でもなかった。
ぱらぱらと軽く手を振ってバーボンは話題を今後のことに戻した。
「ひとまず、僕は主人格に任せて奥へ引っ込んでいるよ。僕の方じゃ上手く動けないし」
「どういうこと?」
「手足に痺れが出てね。主人格は感じないみたいだけど、僕の方はまともに歩けない」
はっと息を呑む。
由々しき問題だ。MRIで問題はないというが、手足の麻痺は武力行使を行う組織員として致命的だ。
コナンの戦慄を察したのか、安心させるようにことさら軽い調子で彼は言葉を続ける。
「時間とともにだんだん良くなってるみたいだから一週間もすれば回復するだろうけど」
「っ、でも、今また犯人に狙われたら!」
「そこはまぁ、君に頼んだよコナン君。組織には下手に頼れないし。ウォッカやジンに知られたらそれこそ一大事だ」
風戸の勤務する病院ごと焼却処分されかねない、とため息をつく。
「今日は遅い。詳細は明日また君を呼ばせてもらうよ」とバーボンはベッドの布団を捲り上げる。
目を閉じて。
次に目を開けた時、彼は既に主人格である降谷零へと変化していた。
「……ああ」
「───あれ、俺いつの間に…君は、コナン君だったか?」
「うん。夜中にごめんなさい、ちょっと寂しくなっちゃって」
「そうか。別に構わないよ。好きなだけここにいるといい」
「っ……ありがとう、安室さん」
翌日。
警察官連続銃撃事件は公安案件だとして、急遽公安の手に渡ることになる。
「こんなの受け入れられるはずがないでしょう!幾人も我々の仲間が死んでいるんですよ!」
「これは命令です。拒否権はありません」
憤る佐藤刑事と見知らぬ眼鏡の公安警察が言い合っている。
しかしそれも目暮警部に手で制され、引かざるを得なくなる。
つかつかと硬い足取りで安室の病室へ向かっていく公安刑事たちの後ろ姿を睨みつけながら、佐藤刑事は高木刑事へ掴み掛かった。
「何よあいつら!恐らく、次に狙われているのは私よ!」
「さ、佐藤さん苦しいです!」
コナンはそっと佐藤刑事から距離を取り、気が散っている彼らに見つからないよう駆け出した。
そして公安刑事たちの後をこっそり追ったコナンが病院の廊下の角を曲がると、待ち構えていたように先ほどのメガネの刑事がコナンを待っていた。
「ふる……安室さんが君を待っています。ご同行をお願いしたい」
コナン「つまり幼稚園児バーボン……?」
バボ「赤ん坊扱いされている件」