バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

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明日の更新は夕方なり。


漆黒の追跡者①、あるいは夢のまにまに

 

 東京を含む県跨ぎで6人もの人間が殺される連続広域殺人事件が起こったらしい。

 劇場版名探偵コナン、『漆黒の追跡者』の開幕だ。

 

 この事件の真相は意外と簡単だ。

 2年前に起きた火災で死んだ妹の死を許せず、兄である真犯人・本上和樹が連続殺人を犯した…というだけの話だ。

 そこに私たち黒の組織が絡んでくるから複雑になるが、ベースは実にシンプルだと思っていい。

 

 近く事件の捜査本部も設置されるとのことで、私は組織のアジト内で秘匿された通信機を使って電話していた。

 

 相手は同じ組織幹部。

 コードネームはアイリッシュだ。

 

「無事松本管理官への変装と潜入はできたようですね、アイリッシュ」

『……聞かれるまでもねぇな。ジンの犬っころ。それで、何の用だ?』

「いえ。確認だけです。マスクはつけっぱなしだとずいぶん気疲れするので、貴方も、」

『やめろ。テメーに言われる筋合いはねぇ』

「………」

 

 ぴしゃりと。アイリッシュに言葉をさえぎられる。

 

 今回のアイリッシュの任務は組織の工作員のリストが記されたメモリーカードの奪取だ。

 組織としてもこんな些末な殺人事件にかかずらうことはあり得ないのだが、今回は例外である。

 殺された被害者の一人が組織の下っ端だったようで、その際メモリーカードを犯人に持ち去られてしまったらしい。

 

 組織内では「素人に殺される大間抜け」と嘲笑の対象になっているが、一般人こそ殺気も出さずすっといってドス!を決めてくるから怖いと思うんだけどなぁ。

 

 ちなみに、元は私も毛利小五郎の弟子を名乗って捜査会議に出るつもりだったのだが、「管理官もいるから今回は毛利探偵だけ」と締め出されてしまったのだ。

 それで、管理官にわざわざ変装してアイリッシュが捜査会議に紛れ込むことになった。

 

 アイリッシュは怒りをこらえたような声で、憤りを押し殺したような吐息を混ぜながら口を開く。

 

『俺はジンの粗を探し出し、必ず奴を失脚させる。ジンは……奴はおやじを殺す命令を、お前に下した』

「……ええ」

『ナイフの善悪を俺は語らねェ。だからテメーを責める気はない。だが、必ずおやじの仇は取る。必ずだ』

 

 巌の如き決意が滲む声だった。

 意思なき道具に罪はないと、お前はただの道具なのだと、そう割り切ってせめて私を傷付けまいとするあまりにも不器用な友情の残り香よ。

 

 共に鍛えあった時もあった。ピスコと三人で夕食会をした時も。

 私が体調不良の時はわざわざトレーニングメニューをもってお見舞いに来てくれたこともあった。

 そこには確かな友情が存在していて、だからこそ彼は今苦しんでいる。

 

 実際にピスコを殺したのは私の意思で、ジンの意思などあの場において何一つ介在していなかったと知ったなら、彼はどう思うだろうか。

 

「それは苦難の道ですよ。ジンは己の敵を何かと理由をつけては始末することで有名だ」

『んなこたぁ分かってる。上手くやるさ』

「そう急かずとも面従腹背で時を待つ手もある」

『悠長にしてられる時はもう過ぎた。この激情が消え失せちまう前に、やるしかねーんだ』

「僕はあなたが心配なんです」

 

 沈黙。

 短くも長くも感じられる無音の時間に、安いプレハブの軋む音、事務イスが回る小さな金属音が入り込む。

 アイリッシュはせせら笑ったようだった。

 

『テメーは本当に、心の無ぇ悪魔だよ。ジンよりもあの方よりも恐ろしい、人を舐る怪物だ』

 

 心配を口にして、その実何一つ慮ってはいない。

 友情を口にして、いかなる喪失も軽く流す。

 大切なものなんて何一つない、生存本能だけのおぞましい獣が、お前だ。

 

 吐き捨てられた言葉はどれ一つとっても否定を許さない確信に満ちている。

 私はうんうん頷いて、笑みすら浮かべてそれを肯定して見せた。

 

「それは、単なる一般人でしかなかった僕をそのように育てたこの場所(組織)の功績ですよ」

『はっ、それもそうだな』

 

 私は今でもアイリッシュに友情を抱いている。

 それと同時に、この劇場版でアイリッシュの命が無残に散ることをどうとも思ってはいなかった。

 それはそれ、これはこれ。

 

 割り切ることができたからこそ、私は今も生きている。

 

 

 

 

 

 降谷零は夢を見ていた。

 

 少しばかりうたた寝をしている間に、魂を拡散させ過ぎてしまったらしい。

 降りてきた高次の魂に触れて同化率が上がったのも原因の一つだろう。

 

 なにはともあれ。

 降谷零は夢を見ていた。誰かの想い、誰かの過去へと入り込み、眠りの中で同一化していた。

 

 ある日のことだ。

 行方不明の気のいい後輩を心配していたら、彼はワタシ(降谷)の失脚を狙い情報を他組織に流してたらしい。

 処罰で爪を抉られ腹を裂かれ、泣きながらワタシ(降谷)に助けを求めてきた。

 

 目の前で後輩が拷問官の手でグチャグチャになっていく。

 「自業自得だ、いい気味ですね」とワタシ(降谷)は言った。涙することは許されなかった。

 

 ある日のことだ。

 仲良くなった同僚が、MI6から来たNOCだと知った。

 イギリスに伝手があるから、この組織から足を洗おうと、ワタシ(降谷)にそう優しく手を差し伸ばしてくれた。

 

 それを上から命令されて自らの手で射殺せねばならなかった日は、夕飯も吐き戻すばかりでまともに食べられなかった。

 

 語るまでもない、よくある裏社会の足の引っ張りあいだ。

 優柔不断な一般人にできることは、全てを飲み込み割り切ることのみ。

 

 それはそれ。これはこれ。

 

 金科玉条のように唱えて信じて、それでようやくワタシ(降谷)は心を保てた。

 

 吐いても泣いても事態は変わらず、ならばワタシ(降谷)にできることは眠る主人格の命と使命を守ることのみ。

 この身はワタシ(降谷)だけのものではないのだから、傷はなるべく負わず、危険はなるべく冒さず。

 

 全力を賭して上に媚び、下に人望を集め、外にコネクションを作る。

 

 暴力の振るい時は躊躇わず殺し、禍根を絶つ。

 舐められれば身を危うくすることとなるのだから。

 

 

 降谷零は。

 そんなありふれた、地獄を見た。

 

 

 全身が震えて声が出ない。

 冷や汗で背中がべたついて、なのに寒くて寒くてたまらない。

 吐き気を催すような絶望が胸に溜まって呼吸すらもままならない。

 

 待て、なんだそれは。

 この景色は、記憶は、一体なんだ?

 

 全てが遠くかすんでいく。

 目を覚ます時が来たようだ。

 

 あれほどに鮮明だった記憶が指の間から零れ落ち、見る見るうちにその実体を無くしていく。

 それを必死でかき集めて、忘れまいと死に物狂いで縫い留めて。

 

 するする、するする、記憶が零れ落ちていく。

 

 そうして。

 降谷零は、目が覚めた。

 

 

 

 

 

 通信機を切って、私ははっと我に返った。

 

 やべ。少しばかり物思いに耽り過ぎてしまったようだ。

 いつの間にか心象空間の水は冷たく硬く冷え切って、まるで深海のように成り果てていた。

 虚ろな顔で困惑する降谷さんの周囲の水を綺麗で暖かなものとすぐさま取り替えて、慌てて取り繕う。

 

 どうでもいいけど、熱帯魚のいる水槽の管理をうっかり怠った人みたいになってたな。

 

 降谷さんはゆるゆると首を振り、頭が痛いような顔をして額に手をやっている。

 そして「なにか……重要な夢を見ていたような、」と眉間にしわを寄せた。

 

───すみません、少し私がナーバスになりすぎていたようで。心象内がちょっと冷え込んだかもしれません

───それは大丈夫か?俺に影響が出るほどマイナス思考になるなんて、いったい何があった?

───特段、大したことではないんです。ご迷惑をおかけしました…

 

 正直に謝れば、降谷さんは「ならいいが……もし気になることがあるなら早めに言ってくれ。俺もできる限り力になる」と言って優しく微笑んだ。

 どうやら降谷さんへの影響は軽微なようだ。

 

───しかし、こんな状況でうたた寝するほど寝不足なつもりはなかったんだがな

───ここのところ色々ありましたから。気付かぬうちに疲れが溜まっていたかもしれませんね

───違いない。いよいよ温泉旅行計画を実行する時が来たか?草津の高級旅館に三泊四日、温泉入って喰って寝るだけのダメ人間ツアーだ

───そうしましょう。ベルモットにも連絡して緊急の用以外は控えてもらって、ゆっくり。良いですね…!

 

 降谷さんはニヤリと笑った。

 どうやら調子が戻ってきたらしい。

 

───そこに現れる毛利小五郎とコナン君達ご一行。温泉宿にこだまする悲鳴…

───なんてこと言うんですか。ガチに冗談じゃなくなりそうなのでやめましょうホント

───……うん、悪かった。口に出したらなんか嫌な予感がしてきた。あらかじめコナン君たちの予定を聞いてから日程を組もうか

 

 本当だよ。

 約束されし前中後編のアニメオリジナル草津の湯バージョンになってしまうところだったよ。

 やれ宿屋はどこがいい、やれ昼飯の店のおすすめは、などと話しながらゆったりと組織のアジトを後にする。

 コナン君ネタを時折交え、2人してひとしきり笑った後。

 

 降谷さんはポツリと思い出すように言った。

 

───それにしてもあの夢、いったい何だったんだ?ほとんど覚えていないが……何か不吉な……

───悪夢ってそんなもんですよ。景気の悪いことは忘れましょう

───そうだな

 

 全てにおいて明瞭にしたがる降谷さんらしく、どうも納得のいかない顔をしていたが。

 しばらくすればその気も失せ、気持ちを切り替えることができたようだった。

 

 そう。気にしないのが一番だ。

 それはそれ、これはこれ。

 

 

 過去のことにこだわるなんて、何の得にもならないでしょう。

 

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