バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
本日はベルモットの足として米花ショッピングモールの地下駐車場に来ている私達だ。
警視庁に潜入していたアイリッシュが上手く組織の工作員リストの入ったメモリーカードを盗んだ容疑者の一人の情報を手に入れたらしい。
そこで、容疑者を上手く一人でおびき出して、脅してメモリーカードの在処を吐かせようという計画だ。
メモリーカードさえ取り返してしまえば、容疑者はまあ、野に捨てるでも山に捨てるでもいかようにもできる。
そんなわけで。
私は白いRX-7のハンドルにもたれ掛かり、もう1時間も暇を持て余していた。
「うさぎおいしかのやま───こぶなつりしかのかわ───ゆめはいまもめぐりて」
なんとなく古い民謡を歌い始めれば、降谷さんもそれに乗って歌い出す。
静かな車内に故郷を想うノスタルジックな曲が響く。
実は降谷さんが良く内側で歌っているのがうつっただけなのだが、これはこれで乙なものだ。
以前降谷さんに「故郷に何か思い入れが?」と聞いてみたのだが、答えは「いや、全然」だった。
日本の曲なら何でもいいようだ。前は『巣立ちの歌』とか歌っていた。
どこから卒業する気だよ。
───疲れたんなら俺が代わるぞ。待ってる間くらい中で寝ててくれ
───いいですよ、そんな。ベルモットがいつ来るかも分からないですし
───別にそのぐらい俺が起こすから構わないさ。ほら、早く
そういえば最近、降谷さんが露骨に私に優しい。
「僕…その、何かしましたか?」と聞いたものの、降谷さん自身無意識だったようで思い当たる節は無いらしい。
驚いた様子で「そんなに俺は普段と違っているか?」と首をひねっていた。
ひとまずお言葉に甘えてふかふかの布団に入れば、眠気はすぐに訪れた。
涼しい水に穏やかな春の陽気のような優しさが差し込み、魂を優しくゆらす昼寝日和だ。
とろとろと微睡めば、膿んだ傷の癒えるような不思議な心地がする。
なるほど、降谷さんが心象世界内での昼寝好きなのも納得だ。こんなに心地いいのか。
しばらくその心地いい微睡に浸っていれば、ようやくベルモットが任務を終えて帰還したようだった。
カツカツとハイヒールの音を響かせて地下駐車場を歩いてくる変装姿が見えた。
───おい、安室。出番だ
───了解です。あー、眠い…頭がふにゃふにゃする……
───庭の裏の冷水ゾーンを通るとすっきりするぞ。俺はいつも寝起きはあの場所を通ってから居間に戻ってる
───いつの間にそんなもの作ったんですか!?
屋敷から庭へ出て冷水ゾーンなる新設のコーナーを通れば、水風呂に入ったように頭がクリアになる。というか寒い。
そこで降谷さんとバトンタッチ。表に出て、車の運転席側の窓を開けた。
スマホで時間を確認すれば、どうも時間が予定よりずいぶんと早い。
何かあったのか、と思えどベルモットの様子はかなり機嫌がよさそうで歌でも口ずさみそうなそれである。
私はベルモットに問いかけた。
「おや、珍しい。なにか予想外の事態でもありましたか」
「愛しのクールガイの介入があってね、容疑者は警察に御用になったわ。計画は失敗。戻るわよ、キティ」
「なるほど。なら仕方ありませんね。では───」
と、言いかけたところでベルモットの後ろに一つの影。
満を持してコナン君の登場だ。
「よお、ベルモット。それにバーボン。オメーらがいるってことはやっぱり狙いはさっきの容疑者か。なんでこんな事件にオメーらが関わってくるんだ?」
「知りたいのかしら、クールガイ。知りたいのならば推理するのが探偵ではなくて?」
「バーロー。聞き込みも立派な探偵の務めの一つだよ」
怜悧な瞳は真実を射貫き、鋭く強くベルモットを見据えている。
面白そうにベルモットの唇が弧を描いた。絵にかいたような上機嫌だ。
この人も大概コナン君ヲタである。
テンションが推しのライブ見に来た人のそれだぞ。
するとまあ、組織の機密も何のその。
今回潜入している幹部のコードネームからその狙いまで、概要をベルモットはジャンジャカ話しだした。
コナン君は怪しげな空気に騙されているものの、その実貢ぐように情報を提供するベルモットの姿はピッカピカに輝いて見えた。
生き生きとしていらっしゃいますね…ベルモット。
それはそれは、見ているこっちが心配になるくらいの大量放出っぷりだ。
え?人のこと言えないって?何のことかわからないな…。
メモリーカードの件、アイリッシュの件、今回の計画の件。
一通り話し終えれば、ふと気が付いたようにベルモットは私へと視線を向けた。
「そういえば貴方、アイリッシュと仲が良かったわよね?」
「今はそうでもありませんよ。ピスコの一件があったので」
「あらそう。任務に失敗して粛清された人間にまだ義理立てているなんて、彼も難儀な男ね」
はあ、と憂い顔でため息をつくものの、その表情に心配そうな色は見えない。
どちらかと言えば「有望な人材を失ってしまった」と残念がる様相が近いだろう。
そういった情にとらわれた人間から先に死んでいくのがこの業界だ。心を上手く切り分けておかなければ、どこかで必ずぼろが出る。
コナン君が困惑している。どうやらピスコとアイリッシュの関係についてはまだ知らないらしい。
「任務に失敗……?アイリッシュはピスコと何か関係があるのか?」
「アイリッシュはピスコが手塩にかけて育て上げた優秀な手ごまだと聞いているわ。化けるのも上手いし、聞き分けもいい。優秀な男よ」
「彼にとってピスコは親代わりだったみたいだよ。慕ってもいたようだ」
「!」
驚愕に見開かれる眼は、あの米花プラザホテルでの出来事を思い出しているのだろうか。
炎の中、私の爪がピスコの胸を貫いたのを覚えているのか、コナン君の表情がにわかに曇る。
「お前、大丈夫なのかよ」
「何が?」
「アイリッシュの父親代わりの人間を殺したんだぞ。復讐される恐れは十分にあるだろうが」
「あの様子だとその可能性は低そうだけど……そうだね。気を付けておくとしようかな」
「………」
未だコナン君の表情は暗く、沈黙も重たい。
どうやら私がピスコを殺したこと、ひいてはコナン君を守るために命が奪われたことに対して未だ苦いものが残っているらしい。
私が勝手に殺しただけなのだから、コナン君が思い悩むことはないと思うんだけどなぁ。
なお、降谷さんの方はと言えば「日本財界にはびこる害虫が一人消えたんだ。喜びこそすれ、何を悲しむことがあるんだ?」と素で不思議そうな顔をしていた。
急進派すぎるだろ。もっと自重して。
「それで。アイリッシュとやらは誰に化けたんだベルモット。捜査官は無事なのか?」
ベルモットはちっちっち、と人差し指を横に振った。
「私が開示するのはここまで。ねぇキティ」
「ええ。流石にそこまではコナン君にも言えないなぁ。とはいえ、君の推理力ならいずれ分かると思うけどね」
「ッ……!」
「あら、良いこと言うじゃない。そうね。貴方ならきっと私たちにたどり着くわ、シルバーブレット」
ルンルンで投げキッスをするベルモットに少しばかりほんわかした気持ちになりながら、私もハンドルに手をかけなおす。
助手席に乗り込んできたベルモットは「貴方、ハンドル握ると人格変わるの最近治って来たわね」とうっすら笑った。
───確かに、だいぶ僕のフリも上手くなってきましたよね
───ベルモットを完全に騙せるようになれば一安心なんだがな。俺の精進もあと一歩と言ったところか
「スポーツカーのステアリングを握るとやっぱり気持ちが昂るんですよね。ロマン、という奴でしょうか」
「キティも男の子、ということね。そうだ、この間ちんけな盗賊団からシルバーブレットを守ってくれたお礼に好きな車を買ってあげるわよ」
「ははは。嬉しいお言葉ではありますが、まだこの車に愛着がありまして。古いながらもよく走る、名車中の名車ですから」
「残念。気が変わったらいつでも言うのよキティ。それにしても、ジンもそうだけど古美術好きって意外と多いのね」
FDを古美術扱いとか初めて聞いたんだが。まあ、悪い意味ではないのでいいのだけれど。
降谷さんが「RX-7の車体は確かに美術品めいて美しい。ババアのくせに分かってるじゃないか」と満足げだ。
どうせデレるならババア呼びは止めなさい。行儀が悪いぞ。
雑談しながら軽くコナン君へと視線を向け、追いかけてくる気満々でスケボーを構える彼に向って一言声をかける。
「僕たちはもう行くけど付いてこないこと。来たら裸にするからそのつもりで」
「へっ!?」
なお、私の脅しに憤慨したのはコナン君本人ではなくベルモットの方だった。
「ちょっと、どういうこと?まさかとは思うけど、あの子に何か不埒なことする気じゃないでしょうね」
「ごっ、誤解ですよ!?石川五エ門がよくやってる相手の武装と装備を全部切り刻むあれのことです!」
「それもだめよ!年頃の男を裸で放置するなんて、シルバーブレットが可哀そうじゃない」
「ああ……うん……そうですね……軽率でした……」
推しに乱暴はご法度らしい。
事務所NGが出てしまったので代替の脅し文句をうーんうーんとひねり出そうとしていると、コナン君が半目でため息をついた。
駄目な大人たちを見る目だ。
「つーか、オメーらどういう関係だよ……」
「興味津々じゃない、シルバーブレット?」
「特別何かあるわけじゃないけど、僕がまだ無名だったころから彼女の側仕えをしていたんだ。その縁で買い物につき合ったりとプライベートでも一緒にいることがある、といった程度かな」
「シルバーブレット相手に随分饒舌ね。なにかあったの?」
「彼は名探偵ですから。僕、嘘が苦手なので根掘り葉掘り聞かれてバレるくらいなら初めから真実を喋ってしまおうかなと」
「ふふふ、貴方らしいわ、キティ」
はっ、と代替案を思いついたのでもう一度ステアリングを握り直す。
この車にカーナビはついていないのだが、降谷さんの脳が完全にカーナビ替わりの性能なので困ったことは一度もない。
仕事前には該当地方の生活道路まで頭に入れる徹底具合。私も見習いたい。
「じゃあ、改めて。何度も言うようだけど、絶対についてこないこと。いいかい?」
「フリか、フリなのか?」
「ついてきたら君の恥ずかしい噂をあること無いこと蘭ちゃんに吹き込むから、そのつもりで」
「ばっ……!?なんてこと考えんだテメーは!鬼!悪魔!」
今度の脅し文句はベルモット検閲に引っかからなかったらしい。
コナン君にとってはともすれば裸より恥ずかしい刑になると思うのだが、その辺の基準はいまいちわからなかった。
するすると発車していく車に、コナン君がなすすべは何もない。
あっ今発信機仕掛けようか迷ってる!落ち着け、もし仕掛ければ工藤新一が蘭ちゃんの風呂を(江戸川コナンとして)覗いていた事実を伝えねばならなくなる。
都大会制覇の腕の持ち主の全力の正拳突きで済めば御の字だろう。
おお、迷ったが諦めたようだ。よしよし、いい子だ。
負け犬の遠吠えを繰り返すコナン君を残し、私たちは無事暗がりの地下駐車場を後にした。
そういえば、と降谷さんが車を運転しながら心象世界内の私に声をかけてきた。
───お前、本来の一人称は「私」だったんだな
───え?……そんな一人称使いましたっけ。僕で通してたつもりですけど
───前に言ってたぞ。しかし、別に安室の初期設定に無理に合わせなくても私なら私で使えばいいじゃないか
───いやぁ……これは僕なりの区切りというか、気持ちの切り替えみたいなものでして
───そうか。なら無理にとは言わないさ
するりと降谷さんが引いていく。
何か引っかかるのか、眉間にしわを寄せてなにがしかを思い出そうと苦心しているような顔だ。
一体何が引っかかっているんだ?
降谷零はもやもやしている。
何か大切なことを忘れているような。何か許されざる罪を忘れているような。
そんな気がしてならないのだ。