バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
夜闇の中、赤くライトアップされた東都の古きランドマーク、東都タワー。
その下で私は一人、路駐したRX-7によりかかって劇場版のクライマックスの時を待っていた。
あれから幾度か屋敷内での昼寝を試してみたのだが、何度試してもその効能の凄いこと。
癖になってしまいそうな心地よさに、降谷さんと二人で「あれやっぱいいよな」「いいですね…温泉版も増設します?より効くかもしれません」などとうんうん頷き合っていた。
一応いろいろ短時間の実験を繰り返してみたところ、あの癒し空間は相手を思う柔らかな気持ち、暖かな気持ちによって効果が増減することが分かった。
ファンタジーというなかれ。それを言うなら転生者の私という存在自体がファンタジー中のファンタジーだ。
想いの強度でどれほど効果が変わるか、昨夜に一時間ほど実験してみたのだが。
一時間たっぷり祈りのように一心に思っていたら、ふにゃふにゃの前後不覚、ろれつが回らなくなった降谷さんが出来上がってしまった。
やり過ぎは厳禁という事らしい。
聞いてみたところ、降谷さんが数年寝ていたころも同じような感じを覚えていたようだ。
私が魂の余剰エネルギーを体に回したときの感覚にも近いようなので、もしかしたら実際に傷付いた魂や精神を癒す効果があるのかもしれない。
何故か「自白剤代わりに使えるか…」などと降谷さんが考え込んでいたが、心象世界の外部に持ち出せないから特に意味は無いと思うんだけどなぁ。
なお、来週は実際に草津に温泉旅行に行って、その時の体験やらをもとに深層心理内に温泉コーナーを設置予定だ。
書庫と連結させた音楽コーナー、マッサージチェア2機、ゆったりした読書椅子、アロマ付きの昼寝用ベッド、ちょっとしたゲームセンターも作成する手筈となっている。
どんどん私たちの深層心理が総合娯楽施設化している気がしないでもない。
さて。
ついに時は来りて、七夕の夜である。
一連の広域連続殺人事件の犯人は今か今かとその復讐が成る時を待って東都タワーに潜伏している。
同時に、その犯人からメモリーカードを奪わんとする松本管理官──アイリッシュも。
思惑があの展望台で交差し、一人は命を落とす。
間近で見る東都タワーは意外と武骨で、なんとなく感慨深くなってしまう。
ふと。
ジンからの着信があった。
「はい。こちらバーボン。なにかありましたか」
『こっちは今ヘリで基地を出発した。5分後には東都タワーに到着する予定だ。サツの動きはどうだ』
「変わりありません。東都タワー下でアイリッシュにやられて伸びていますよ」
『はっ、そうかよ。ところで……』
ジンはわざとらしく言葉を切った。
試すような口ぶりだ。こういう時、ジンはたいていろくでもないことしか言わないのだ。
『奴とはなかなか親しかったんだろう?』
「そうですね。プライベートでも親しくさせてもらってました。ほら、以前にお渡ししたコーヒーセット、あれはアイリッシュと軽井沢に行った時のお土産です」
『あれか。意外と美味かったから今度店を教えろ。それで、だ。そんなアイリッシュを俺は殺そうとしているが……テメェは何も動かねぇのか?ん?』
「特にそんなつもりはないですねぇ」
やっぱり趣味悪いこと聞いてくる予備動作だったようだ。
私とてアイリッシュが無残な死を迎えることについては悲しく思うが、それはそれ、これはこれ。
思い悩むことがあるかと聞かれれば無いと一言返すのみだろう。
あとコーヒーセットの店の情報は有名店だし調べればすぐわかるだろうが、面倒くさがりなジンのことだし念の為メールで伝えておこう。
私は薄いカーディガンの袖の下に隠した鉤爪の感覚を確かめた。
そういえば、一応伝えておかなければならないことがあった。
「あ、それと。万が一アイリッシュが下に逃走した場合に備え、タワー下で張っています。よっぽどでない限りないとは思いますが、もし降りてきたらこちらにて処理させていただきますね」
『クハハハハ!!!それでこそウルフドッグだ!』
めっちゃ上機嫌じゃん?
虫唾が走った顔の降谷さんが「チッ!」と鋭く舌打ちしたが、聞かなかったこととする。最近柄悪いなこの人。
『じゃあな、もしお前が処分したらどんな無残な死体にしたか一度見せてくれ。楽しみにしてるぜ』とニコニコ笑顔が電話越しでもわかるくらいの様子でジンは電話を切った。
───それにしても、アイリッシュか。優秀な工作員だし、こちらにひき込めればいいんだがな
───組織からもピスコがらみでの離反を疑われて完全に切られているみたいですし。ですが……僕らとの和解は難しいでしょうね
───やはりそうか。名残惜しいが、仕方ないな。
一言で降谷さんはするりとアイリッシュを切り捨てた。
前々から思っていたが、降谷さんは降谷さんで素で切り分ける能力がバカ高いよな。
執着する範囲が非常に狭いというか、一歩大切なものの範囲外に出れば一ミリの情も残さないフラットな冷徹さというか。
見上げる東都タワーが赤く、夜空を彩っている。
流れる車のヘッドライト、ビルの灯り、ネオン。光があふれて東都の街はいつだって賑やかだ。
アイリッシュとは、友人同士だった。
プライベートでも一緒にスキー旅行に行って、飲み会で馬鹿話もした。
大きな体格に似合わず実は編み物が趣味で、彼から貰った細かなケルティック柄の編まれた冬用帽子は今も箪笥の中にしまってある。
ピスコだって私の前ではただの気の良いお爺さんだった。
息子と仲が良いからと色々気を利かせてくれて、任務では随分と助けられた。将来のためにとコネクションを広げる手伝いもしてくれたことがある。
こうして過去を思い返すとナーバスになっていけない。
それはそれ、これはこれ。
するりと切り分ければ、冷えそうだった心象世界が温度を取り戻す。
物思いにふけっていたらしい降谷さんが顔を上げ、東都タワーを油断なく見上げている。
───もうアイリッシュが上に行ってからだいぶ経った。コナン君は無事なのか?
───彼なら大丈夫ですよ。間違いなく。
───前から思っていたんだが、お前のコナン君に対する絶対的信頼はなんなんだ?
困惑する降谷さんに、私はうむうむと深く頷いた。
彼は主人公、神が定めたる輝ける唯一の星だから、運命補正を含めて作中最強なのは当然なんだよなぁ。
あえて言うならワン・ラディアンス・シング。
すごいぞーかっこいいぞー!
と、その瞬間。
何の前触れもなく。
上からものすごい銃撃音が降ってきた。
バラバラバラバラと特徴的な機銃の音とともに、割れた特殊ガラスが殺人的な速度で地面へと降り注ぐ。
今日の天気は晴れ時々ガラス。切り傷に注意しましょう。
落ちてきた破片を爪で払いつつ、私は急いでタワー下の建物前から車のところまで避難した。
どうやら戦闘ヘリがその機銃を全力稼働させて東都タワーをハチの巣にしているらしい。
しかも標的は一斉掃射を逃げ切っているらしく、見上げればどんどん狙いが上へ上へと上がっていく。
しかしとんでもねぇな。
東都のランドマークをどこの所属とも知れない戦闘ヘリが思う存分一斉掃射とか、陸自スクランブル防衛省仰天、幕僚長緊急招集で防衛相記者会見この後すぐだわ。
とても放送できない差別・侮蔑用語を連発しながら降谷さんが激怒している。
分かっていても怒れるものは怒れるらしい。
池の鯉を捕まえたあげく両手で抱えて投げ飛ばしそうだったので、やむを得ず降谷さんを取り押さえる。
鯉に無体を働くのは止めてあげなさい。鯉に罪は無いでしょうが。
お、てっぺんまでヘリが昇り終わった。
そしてちょうど私の避難してきた場所が、コナン君が伸縮サスペンダーでバンジージャンプする位置の近くだったようだ。
ちょっと不安になるような速度で落下してくる小さな姿が遠目から確認できた。
コナン君は地面に着くぎりぎりで減速し、持っていた照明装置を代わりにセット。
その上で巻き取りのボタンを押し込み、類稀なるエイムで狙いを定めて手を放す。
急速に上りゆくちっぽけな照明が、その大きさに見合わぬ運動エネルギーをどんどんと溜めこんでいく。
そして、戦闘ヘリの下部へ衝突。
閃光。爆発。
ぐらりと揺らいだ機体が一気にバランスを欠いた。
何が起こったかすらわからないだろう。
下からの質量攻撃を喰らったヘリが、ちょうど機関部に致命傷を負ったらしく煙を上げながら不安定に落下していく。
落下の勢いからか、「痛!」とコナン君が小さな声を出してその体がアスファルトの上に投げ出される。
小さな擦り傷程度ならできたかもしれないが、東都タワーのてっぺんからバンジージャンプを決めたあげく戦闘ヘリを撃墜したと考えたら、ほぼ無傷と言って等しい大戦果である。
原作通りとはいえ、本気で意味不明な戦闘能力だな。
小学生の身で戦闘ヘリ撃墜とか、サイヤ人じゃないんだからもっと主人公力を加減したほうがいいと思う。
茫然とした降谷さんが独り言のように胡乱につぶやいた。
───マジかこの子。生身の単騎で戦闘ヘリを討ち取るとか人間辞めてないか?ルパン一味でしか見たこと無いぞそんなの
───僕ら……できますかね……単騎戦闘ヘリ撃墜…
───できると信じよう。戦闘力でコナン君に負けるのは俺たちの沽券にかかわる
と、そこで慌てて怪我がないか駆け寄る。
茫然としている場合ではない。
上で銃撃の最中に色々体に傷を受けてるかもしれなかったからだ。
「大丈夫かい!?怪我は!」とこんなことはあろうかと持ってきていた救急箱を広げれば、コナン君は何か言いたげに顔をしかめたのだった。
江戸川コナンは泣きそうに顔をゆがめる安室透を、言葉にし難い感情でもって見上げていた。
「……なあ。あんた、どうしてここにいるんだ?」
「それはコナン君が心配で、」
「それも嘘じゃねーんだろうけど。──本当は、アイリッシュが逃げ出した場合処分するために待ち伏せてたんだろ」
爪、袖に隠し持ってるしな。
そういってカチカチとカーディガン越しに爪でつつけば、「危ないから触らないように!」と怒られた。
それでも無言で見つめていれば、観念したように安室は大きなため息をついた。
「そうだね」
「なぜ殺せる?アイリッシュとオメーは、ダチだったはずだ。しかも相当親しい……親友、だったはずだろ」
アイリッシュと会話は僅かだった。
戦闘中と、彼の死の間際。
ただそれだけの間でも、彼はコナンに対して同情的だったことは十分に分かった。
その理由が「ウルフドッグと親しくしている」ということであることも把握済みだ。
アイリッシュは謡うような、懐かしむような口調でコナンに語った。
──生まれて初めてだった。他人の見舞いに行くなんざ。
──土産の果物を選ぶのにも一苦労で、おやじに助言をもらって。
──おやじも「そんな経験をお前もするようになったか」と嬉しそうに笑っていた。
──奴は恥ずかしそうに笑って受け取って、その場で食った。
──組織員のくせに他人からもらった食い物を疑いもなく口に入れて、変な奴だったよ。
──工藤新一。
──お前の見ている奴は、間違いなく本物か?そう確信して言えるか?
そこにどれほどの郷愁があっただろう。どれほどの悲哀があっただろう。
闇に生まれ闇に育った男が、こうも純粋に友情を語ってみせたのだ。
死の間際にコナンをかばい、「奴を頼んだ、工藤新一。俺たちをいつまでも追うのならば、それが近道になるだろう」と。
そう言って死んでいった男の最期の姿がコナンの目に焼き付いている。
安室透はコナンの糾弾に朗らかな笑みを浮かべた。
空虚で、なにも思うところなど一つも無いというキョトンとした不可思議な笑顔だ。
「流石に彼を生かしてはおけないよ。君の正体を知った組織の幹部なんて、芋蔓式にあらゆることが明るみに出かねないし」
なんてことないように。
不要になったごみを捨てるような感慨に欠けた回答だった。
背筋に寒気が走る。
何か大きな怪物の口蓋に手を伸ばしたかのような不安感。
それでもコナンは理解を諦めたりなどしなかった。
探偵が理解を放棄すれば、誰がこの男を理解できるというのか。
「そうだな。だが、何か手もあったはずだ。アイツはピスコを切った組織自体に恨みを抱いていた。引き抜き工作だって十分に考えられた」
「危険な橋になる。あんまりおすすめはできないかな。それに、僕との致命的な確執もあったし」
「その危険を冒してでも、明美さんは助けた。助けることができたんだ。同じことをオメーにできないはずはない」
「奥の手は最後まで隠しておくものだよ?本当に大切なものを守るためには、守らない範囲を先に決める必要がある」
にこにこと笑顔に揺らぎはない。
平坦でペットリとした静けさが胸を撫ぜ上げる。
コナンは瞳を伏せた。
「………あんたにとって、アイリッシュは友人でも何でもなかったってことか?」
「いや。アイリッシュは僕にとってもかけがえのない友人だった。ただ、そうだなぁ」
安室は少しばかり考えるような顔をした。
うーん、なんてコミカルに腕を組んで。
温度のないブルーグレイの瞳を三日月に弛ませて、悍ましいほどに美しく笑うのだ。
「簡単な話さ。私情と状況判断は分けて考えてるだけだ。つまり」
それはそれ、これはこれ。ってやつかな?
・アイリッシュ
それでも憎み切ることはできなかった
・バーボン
貰った帽子を丁寧に大切に箪笥の奥にしまった