バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】   作:ラムセス_

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くだらない独白

 

 今は約束通りに草津温泉を旅する私たちです。

 最高かな?

 

 ゆっくりまったり最上級の温泉に浸り、湯畑を見物。地元メシを3食堪能して、最後には星空観察。

 まさに休暇旅行の醍醐味だ。

 羽を伸ばして思う存分に二人で楽しむことができて、私も降谷さんも大満足だ。

 

 特に降谷さんと交代で食べた豚しゃぶは絶品だった。

 中にいても十分美味しさは感じられるが、やはり自らの意思で口に含み噛み締める満足感は何物にも代えがたいものがある。

 

 最後の一口をめぐり若干の小競り合いがあったが、それはそれ。

 最終的に主人格権限を振りかざされ敗北したのは根に持っていないでもない。

 

 星空ツアーを終えて部屋に戻ってくれば、程よい眠気が身を襲ってくる。

 明日は朝早く白根神社へ行く予定なので、このまま寝てしまってもいいかもしれない。

 

 既に敷かれている布団の上でごろごろしながらテレビをぼんやり聞いていると、そうだ、と降谷さんがふと思いついた様子で口を開いた。

 

───俺がヘロヘロにされたやつ、お前も試してみるといい。やってみるか?

───ええ…?それって寝てる相手に想いを向けることで酩酊状態にするやつですよね?僕、前後不覚になっちゃいますよ

───だがリラックス効果は抜群だぞ。それは俺が証明する。どうせ旅行先で明日仕事も無いんだしいいだろ。ほら、こっちだ

 

 あれよあれよという間に布団の中に入れられ、すっかり熟睡のポーズにされる。

 まあ、絶対嫌というわけじゃないから別に良いのだけれど。

 

 隣に座った降谷さんが座禅を組んで目を瞑る。

 そんな真面目に祈りのポーズをせんでも。気楽でええんやで。

 

 と、思ったところで異変が起きた。

 

 ぐわん、と強い酒をあおったような強い酩酊感。

 頭の芯が融けて急速に何も考えられなくなっていく。

 咄嗟に止めるため起きあがろうとしたのだが、四肢にまったく力が入らない。

 

───いやこれ、本当に大丈夫な奴ですか。酷い二日酔いとかになったりしませんよね?

───大丈夫大丈夫。俺はならなかった

───ならいいですけど

 

 10分もふわふわとした感覚におぼれていれば、もはや正常な見当識も怪しくなり。

 なんだか無性に楽しくなって、ぼやける視界の中でなんとか見える降谷さんの顔へと笑いかける。

 ふふふ、ははは、とへらへら情けない笑いが止まらない。

 異常な状況に不安になりそうなものなのに、何かに包まれるような安心感でぼうっとする。

 

 駄目だ、思考がまとまらない。今何をしているんだっけ?

 

───よし、そろそろいいな。聞こえてるか、安室

 

 ふわふわ雲の上を漂っている。

 何かが聞こえた気がするが、これは……降谷さんの声だろうか。

 へんじをしなければ。……えーっと、何に返事をするんだっけ?

 

───はあ、い

───いい感じに酔ってるな。OK、成功だ

 

 満足げな降谷さんの様子にこちらもうれしくなってくる。

 くすくすと笑って、降谷さんに手を伸ばそうと右手を上げる。いや、重くて上がらない。

 体が重くて軽くて、なんだかよくわからなくて余計に楽しくなってくる。

 

 寝ている私を覗き込んで、額と額をぴたりと合わせた。

 

───質問だ。前に俺が見た悪夢。あれが何かお前は知っているか?

───………?

 

 悪夢?なんのこと……ああいや、そういえば前に降谷さんが気にしていたな。

 随分と思い悩んでいたようだったから私もできるなら力になりたいが。

 

───知らな……ぁ、なに…

───そうか。なら次の質問だ。俺が眠っている間の2年間。お前に何があった

 

 2年間。が、なんだろう?

 思考がするする解けていく。底の抜けた桶みたいに、考えても考えても思考がこぼれ落ちていく。

 

 ぼーっと降谷さんの青く深い双眸を見つめていれば、一つ頷いて降谷さんが目を細めた。

 

───質問が広すぎたな。言い方を変えよう。5年前、お前が目覚めたとき。お前は今のように割り切って冷徹にふるまえていたか

 

 割り切れていたかだって?

 とんでもない。私は一般人なので、えーっと。そう。難しかった。たいへんだった。

 

 それはそれは、つらかった。

 

───んーん、できな……いっしょう、けんめー

───頑張ったのか。お前は…

 

 虚ろな思考が流れ出していく。

 降谷さんが泣きそうに顔を歪める。

 

 なぜそんな顔をしているんだろう。何がそんなに苦しいのだろう。

 額を当てて思考を共有されている感覚に酔いしれながら、私はただぼんやりと揺蕩う暖かさに身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 降谷が額を当てることで思考が共有できることを知ったのはいつだったか。

 

 現在、降谷は魂の相棒へと額を押し当て、その思考の読解に専念していた。

 お互いのプライバシーのためにあまり使ってこなかった機能だが、こうなっては躊躇してはいられない。

 

 そっと押し当てた額から、安室の思考が…喜怒哀楽がぐちゃぐちゃに混ざった、嵐のような混沌が流れ込んでくる。

 

 その中で必要な情報のみ掬い上げることのなんと難しいことか。

 濃く深い酩酊感による悦楽。ぼんやりする思考に対するわずかな不安感。旅行というオフの空気に起因するリラックスと安堵。

 

 降谷はその中から、以前に聞いたフレーズを元に渦を掻き分け思考を辿っていく。

 

 『それはそれ、これはこれ』。

 降谷が聞いたこの言葉が、どうにも脳裏に引っかかってならない。

 

 子供に言い聞かせるような口調で江戸川コナンに言った、感情を切り分けるためのキーワード。

 それを降谷が聞いた時。

 なぜだか強い衝撃を受けたのだ。不安で背筋に鳥肌が立って、いても立ってもいられなくなった。

 

 それがなぜなのか。

 確かめねば日々を安心して過ごせない。

 何か重大な危機を見逃してしまうような気がして夜もまともに寝られないのだ。

 

 

 

 さて。前提として。

 

 最初、降谷は安室のことを「任務のために生み出された、殺人を厭わない気の触れた人格」だと思っていた。

 潜入捜査官としてあってはならない失態だと、現実逃避に降谷は快楽殺人鬼を生んでしまったのだろうと考えていたのだ。

 

 しかし実際彼と触れ合ううち、そうではないと気がついた。

 

 安室とて喜怒哀楽がある。

 淡白で割り切りが早い、解離性同一性障害で生まれた感情の薄いやつではあるものの。

 降谷と真っ当に絆を結び、喜びも悲しみも分かち合っていたのだと。

 そう気がついた。

 

 感情が薄いからこそ、善性の人格であるにも関わらずああも容易く人を殺せるのだろうと。

 自分なりに分析してもいた。

 公安で求められる、感情と状況判断とを完全に切り分けられる類稀なる力の持ち主だと、降谷は羨んですらいたのだ。

 

 

 今。濁流のように流れる感情が額から降谷に流れ込む。

 

 前提の訂正。

 安室透は生来感情の薄い人格などではない。

 降谷自身圧倒されるほどの豊かな喜怒哀楽は、間違っても「薄い」などと表現されるべきものではない。

 故に、状況判断の切り分けは彼自身が培った技能によるものだと思われる。

 

 情報の追加。

 安室透が感情と状況判断の切り分けを習得するのにはかなりの苦労が伴っている。

 否。苦労などというレベルではない。

 荒れ狂う苦痛と悲嘆と深い凪に似た絶望とに彩られた、黒々とした狂気によって成り立ったのだろうと推察できる。

 

 降谷の寝ていた2年間の情報入手を優先すべし。

 今のままでは具体的に切り込むきっかけが足りない。

 アイリッシュとの人間関係をアンカーに攻めていくべきだろう。

 

 無意識に、心を固くして事実関係の確認のみに注力する。

 

───お前は、アイリッシュが死んだことをどう思っている?

───……!

 

 安室はフワフワとした表情を強張らせて、わずかに震える唇をはくはくとさせた。

 

 苦痛、後悔、渦巻く負の感情が雪崩を打って降谷を襲う。

 思わず吐きそうになって、膝をついてウェーブをやり過ごす。

 

───ぐ……!

 

 そして、その苦痛の渦は何の前触れもなく途中でぴたりと止んでしまう。

 感情の嵐が不自然に凪ぎ、冷たく静かな心の海が広がっているだけだ。

 

───ぁぁ

 

 既に言語能力も悦楽に飲まれて機能していないのだろう。

 わずかな吐息だけを漏らす安室から、額を通して思考だけを抜き取っていく。

 

 思考を整理して言語化。

 【仕方がない。私たちにとってアイリッシュを救うのはリスクが高すぎた。悲しいが、割り切るべきだろう】

 

 降谷は首を振った。

 聞き方を間違えたからだ。これでは彼の本音は聞けない。

 

───お前はアイリッシュに死んでほしくはなかったんじゃないか?

 

 水中が急速に冷えていく。肌にあたる水が刺すように冷たい。

 手足が冷えに痺れて感覚も鈍くなる。嫌な予感は強まるばかり。

 

 降谷はもう一度質問を重ねた。

 

───俺が眠っていた2年間。お前はアイリッシュとどんなふうに絆を育んだんだ?

 

 そのとき。

 どばりと、流れる記憶が降谷を飲み込んだ。

 

 共に訓練し合ったあと、将来を語り合った日。スポーツドリンクのオススメを交換し合った記憶。一緒に初めてキャンプへ遊びに行った穏やかな夜。

 走馬灯のように走りゆく思い出が降谷の胸を抉っていく。

 

 ああ。

 思い出の遠く深くで、ごうごうと吹き荒ぶ悲しみの嵐が降谷の体を冷やしていく。

 

 降谷とてアイリッシュとの付き合いは知っていた。

 けれど、楽しそうなのはフリだと思っていた。

 組織員との横のつながりを保つための処世術の一種。単なるパフォーマンスなのだと。

 そうとばかり思っていたのだ。

 

 それが。例えば。

 

 真っ当に絆を育んでいたとしたら。

 それは降谷にとっての松田や伊達たちと同じほどの……組織にて生まれ、組織にて育った縁を依代に繋がる正しき絆だったとしたら。

 

───それは、まさか、そんなの

 

 愕然と、頭が真っ白になる。

 冷えゆく深層心理の水に魂を浸し、その罪を茫洋と振り返る。

 

 ありえない。だってそんなの、許されないだろう。

 

 自分は助けてもらったのに。

 碌に覚えていない他人格の親友を、あんな危険を冒してまで守ってもらったというのに。

 

 自分は、ただ一言で。

 

 血飛沫に沈んだであろうアイリッシュの最後の姿を、確認しようともせず帰宅したあの日のことを思い返す。

 安室の様子はいつも通りだった。

 いつも通り冗談を言い合い、夕飯を作って、暖かな水面に揺られて眠りについた。

 

 いつも通りだったのだ。

 

 ふと。

 降谷はようやっと思い出した。

 あの夢を。あの悪夢に似た安室透が歩みし2年間の記憶の追走を。

 

 唯人が必死に駆け抜けた、絶望に満ちた2年間を。

 

 

 

 

───お前は、なによりも俺を優先しているんだな。自分の友情も愛情も経歴も、何もかもを置き去りにして。俺の都合をだけを

 

 彼がにっこりと微笑む。

 そこには肯定も否定もない、純粋な献身だけが満ちている。

 

 きっと、降谷がそのように彼を作ったのだ。

 殺人の体験に追い詰められて、現実逃避した心が都合のいい救済者を望んで。

 降谷のためだけに動く、降谷のためのお星様。

 魔法のランプを生み出したのだろう。

 

 けれどそのお星様だって、本当のところは普通の人間だった。

 

───お前は、割り切っていたんじゃなかった。割り切らざるを得なかったんだ。

 

 それはそれ。これはこれ。

 心を半分こにすれば間違えない。悲しくて苦しくて間違えてしまったら、死んでしまうかもしれない。

 

 この体は降谷さんのものだから。

 苦しいことも悲しいこともやりたくないこともあるけれど、間違えることだけは許されない。

 

───判断を誤れば死に至る、状況…か。

 

 それがどれほど過酷なことか。

 降谷が気がついた時には既にバーボンの組織内での立場は盤石で、自由に口出しすれば良いだけの気楽さだけが提供されていたからだ。

 

 たったの2年であの組織を伸し上がり、ジンを始めとした幹部の数々から信頼を獲得した。

 その恐るべき功績が、過酷でないなどあり得ないと……もっと早く気づいて然るべきだった。

 

───お前の好きに生きようとは思わなかったのか。任務なんて捨てて、組織から逃げ出すこともできたはずだ

───だめ。主人格がいちばんだいじ

 

 きっぱりと、頑なで強情な声色だった。

 

───その主人格とやらが臆病風に吹かれて逃げ出して、無責任にすべてをお前に押し付けて眠っていたというのに?

 

 彼は降谷と同じく真っ当な感性を持つ人間で、喜びも悲しみも人一倍に感じていた。

 感情が薄いだなどと、そんな都合のいい勘違いをしていた自分が愚かに過ぎた。

 

 安室は己の感情を押し殺さざるを得なかっただけだ。

 あまりの苦しみに、あまりの悲しみに判断を誤らぬよう。

 感情をぶつ切りにして箱の中にしまい込む技術を身につけてしまっただけの、普通のヒト。

 

 結局自分は。

 赤ん坊のようにただ丸まって泣き叫んで彼の庇護を受けていただけなのだと。

 

 ようやく思い至ったのだった。

 

 

 

 

 

 はっ、と目が覚めると次の日だった。

 昨夜の記憶がまるでない。

 フワフワした感覚に包まれて前後不覚になってから、幾らか降谷さんと会話をした気がするが。

 これは碌でもないことを口走ったのではないかと心配がムクムクと湧き上がる。

 

───もしかして僕、すごく寝入ってました?

───ああ。ぐっすりだったから起こさなかったが、何か問題があったか?

───いえ……そういうわけではないんですが

 

 笑顔が固い。

 ペラリと一枚貼り付けただけの能面のような笑みが冷え切った顔に引っ付いている。

 

 私は何を言ってしまったんだ?

 

 急速に不安になる心とは裏腹に、私はいつも通りを貫いた。

 相手が隠そうとしているのに、私まで不安を表に出していたら降谷さんが困ってしまう。

 

 ここまでとなると、よほど無礼か、友情に亀裂が走ることを口走ったに違いない。

 

 何を言ったかの究明はあとだ。

 まずは彼の頑なな心をほぐして絆を修復し、関係改善ののちに自然に聞き出せば良い。

 私の行いを正すも、これ以上彼の不快を助長しないよう彼の前から消えるも、それ次第だ。

 

 私はにっこり笑って身支度を整えるため起き上がった。

 

 

 朝の支度は降谷さんにやってもらっていたが、たまには彼を労わって私がするのも悪くなかろう。

 




鬱ターン一旦終わり!!!
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