バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
というわけで当日。
東京、大阪間を旅する大きな飛行船に乗って、私たちは一路大阪に向けて飛び立っていた。
飛行船からの絶景を楽しみながら、私は窓から下を見てキャアキャア騒ぐ子供達を微笑ましく見守っていた。
今日が赤いシャム猫の犯行決行日であることはすでに確認済みだ。
「コナン君、ちょっといいかい?」
子供達を見守る親の視線で少年探偵団を見る灰原さん・コナン君両名をちょいちょいと手招きする。
灰原さんはやや遠巻きに、コナン君は素直にたたたと走ってこちらへ近寄ってきた。
誤解は解けたはずなのに灰原さんが相変わらず遠いんだよなぁ…。
「なに、安室さん」
「この船内にむせ返るほどの悪意が、特に喫煙室の方向から流れてきてるんだ。君も気をつけて」
「っ!…ちょっと見てくるから安室さんは待って」
「行かないほうがいい」
とっさに手を掴んで引き止める。
漆を触ったことで発症と見做されても彼が動きづらくなってしまうからだ。
思いの外強い剣幕になってしまって、やや呆然としたコナン君が「う、うん…」と恐る恐る頷いた。
これは誤解させてしまったか?
と、そのタイミングでスカイデッキにご案内のお知らせが来た。
係員の指示に従ってエレベーターへと乗れば、鯨の肺のような船体内部が見えてくる。
流石は世界有数の財閥トップ、鈴木次郎吉氏の手がけた観光飛行船。
タランチュラの島に隠してあった軍事用の飛行船とは比べ物にならないほど透明感があって綺麗だ。
エレベーターが最上階まで上り切れば、全体前面を使って作られたスカイデッキに到着する。
これもまた美しい、南国の最高級ホテルをも思わせるしっとりした作りのデッキである。
その中央に飾られているのは宝石「レディ・スカイ」。
優美な蒼さがはっと目を引く、不二子さんの好きそうなギラギラしくないシックな宝石だった。
まさに貴婦人の名が相応しい。
じっと宝石を見つめていると、コナン君が隣で胡乱な顔をして私を見ていた。
なんだ、と思ってしゃがみ込めば、内緒話のポーズでコナン君が囁きかけてくる。
「盗ろうとするなよ。捕まえっからな」
「何か勘違いしてる気がするから言うけど、僕達はお巡りさんだからね?私的に盗みとかしないからね?」
「そういやそうだったな…」
おい。この間の盗み騒動に毒され過ぎだろう。
心にもないことで疑われた腹いせに、子狐事変をまぜっ返して逆襲することとする。
「私的に盗みをしたのはむしろ子狐なコナン君の方では」
「あ゛???」
「ほ…本気でキレることあるかい?小学生がしちゃいけない顔だよそれ」
「オメーがセンシティブな問題に首突っ込むからだろうが!」
凄い顔でキレられてしまった。まだ彼の傷は癒えていないらしい。
センシティブ過ぎて笑いが込み上げてくるんだが。
そうしているうちに、スカイデッキに捜査2課の中森警部とその部下達がゾロゾロとやってきた。
コナン君と私はそろりと場所を移し、なんとはなしに同じポーズで聞き耳を立てる。
話題はここの防犯設備の有用性についてのようだ。
「実際どうなんだ、あの設備。お前達に効果あったりするのか?」
「無いねぇ。ルパンなら3秒で突破だよ。そして正面のパンチングマシン機能にだけは引っかかる」
「なんでだよ。どうして一番しょーもねー機能に引っかかるんだよ」
「その辺がルパンのチャームポイントだからね」
降谷さんが「ありそう…致命的なのは全部軽々いなして、一番どうでもいいトラップだけモロに受ける感じ…凄いありそう…」と深層心理内で呟いている。
多分だが、私と同じく殺意や悪意で罠を感知しているために危険性の低いトラップによく引っかかるんじゃないだろうか。
転生者でない彼がどうやってそれを感知しているのかは謎だが、一番あり得そうな予想だ。
しばらくしてスカイデッキを観覧し終わった蘭ちゃん達がリビングフロアに降りていく中、私は「しばらくここで景色を見ていていいですか」と次郎吉さんに許可をとった。
スカイデッキに現れるであろうKIDと、せっかくなので雑談するためだ。
10分もすれば、予想通りデッキにウェイターに扮したKIDが現れた。
ぱっと見は冴えないソバカス男子だが、重心の置き方や足運びがプロのそれだ。
流石は若くして幾つもの怪盗仕事をこなしている天才だ。
私の横を通り過ぎてウェイターのふりをして「失礼します」と一礼したので、私はそっと囁きかけた。
「やあ、怪盗KID。また会ったね」
「………いや、なんで分かるんだよ」
「雰囲気でなんとなくね、合ってただろう?」
「そうだな。血に濡れた狼犬、いや、ルパン一味の斬鉄狐、フォックステイルさん?」
コン!と手でKIDが狐の形を作ったので、私もなんとなく真似してみる。
KIDも名前だけあってこういう児戯的な可愛いポーズが合うな。
KIDがごほん、と咳払いした。
「それで、貴方もこのレディ・スカイ目当てで?」
「いや。僕は単にコナン君の付き添いさ」
「相変わらず名探偵の生ける秘密道具をやっている、と。物好きですね…というか」
こそこそと内緒話をする主婦みたいな格好でKIDが寄ってくる。
「九尾の連れた子狐君、あれって名探偵だよな?」
「そうだよ。僕が急遽用意したコナン君用の装束を使った即興子狐君だ」
「ぶっ……ぶははははは!!!やっぱり!名探偵ってば何やってんの!!ふひぃ!ウケる…腹が苦しい…!」
「そう笑わないであげてよ。事件解決のため仕方なく、というやつでね。似合ってただろう?」
「TV中継見てたけど、名探偵手馴れすぎだろ!こっち本職でもやっていけるレベル…ふひひひ」
全国のKIDファンにアンチが生まれかねない大爆笑だ。
ふすふすと堪えようとしては我慢しきれず吹き出してしまっている。
これコナン君に見られたら殺人サッカーボールを顔面に喰らうこと間違いなしだな。彼がいなくてよかった。
笑いがひと段落したからとさっさとトンズラされては本題が話せない。
そろそろ私の方の話題も切り出しておくべきか。
「ところで、この後のことなんだけど」
「あん?お前も俺を止めようってか?」
「違う違う。今世間を騒がせている赤いシャム猫による犯行現場がこの飛行船だという情報をとある筋から入手してね」
「は??」
とある筋、という名前の原作知識だ。
訝しげなKIDに、私は静かに言葉を続ける。
「たぶん武装集団がこの飛行船を襲撃してくるから、僕はフォックステイルとして迎撃を予定しているんだ」
「いやいやいや、襲撃って、ここは空の上だぜ?俺じゃあるまいに、どうやって飛行船まで上がって……ヘリ、とか?」
「それかすでに船内に潜んでいるか、かな。なんにせよ行動を起こすようだから、僕が対処に出るつもりなんだ」
KIDの予想は大正解。
赤いシャム猫を名乗る団体はヘリを使ってこの飛行船へ襲撃をかけてくる手筈になっている。
内部の手引きで屋上のハッチを開けさせて、それで降下してきた仲間達を引き入れる計画だ。
KIDはあからさまに面倒そうな顔をした。
「そりゃご苦労なこった。で、俺に何をしろと?」
「シャム猫はフォックステイル名義で僕が蹴散らすから、その後君は僕…安室透に化けてアリバイ作りに協力してほしい」
うげ、とKIDが眉間に皺を寄せる。
なんだってそんな真似しなきゃなんねーんだ!という心の声が聞こえてきそうな豊か過ぎる表情だ。
「そんなん俺が聞く義理あるか?」
「ないよ。だから別に断ってくれてもいい。聞いてくれたら嬉しいな、という程度の話だし」
「は……じゃあ俺なしでどうやって警察の追及を阻止するんだよ」
ぱちくり。わざとらしく瞬いてみせる。
「赤いシャム猫なんていなかった。後日身元不明の遺体や大破したヘリが海で見つかり、墜落の可能性あり」
「うっわぁ……マジか…」
「一番面倒が無いだろう?後顧の憂いも無いし」
「本物のマフィア怖…近付かんとこ…」
ぶるっとKIDが大袈裟に震えて自分の体をかき抱いた。
誰が本物のマフィアだ。
黒の組織がマフィアっぽいのは分かるが、そんな地域密着型組織と一緒にされても困る。
あそこはもっとずっと反社かつ有害な組織なんだ。
はぁー、とKIDが肩を落として大きなため息をつく。
どうでも良いが、彼は彼で感情表現がダイナミックというかギャグ漫画的だよな。
どうも世界観の違いを感じる。
「ったく、いいぜ。オメーに化ける程度やってやるよ。ここで受けなきゃ寝覚めが悪すぎるんだっつの」
「そうかい?ありがとう。この恩は必ず返すから」
「おうよ。感謝に感謝を重ねろよ」
さて、用事も済んだし。
そろそろお暇するとしよう。
ふんすと腕を組むKIDにぴらぴらと手を振って、私はスカイデッキを後にした。
次に動きがあったのは、午後のおやつであるケーキを食べている時であった。
蘭ちゃんがどうもソワソワしているあたり、KIDは自分の正体が工藤新一だという大嘘を原作通りついたのだろう。
まあ、工藤新一の従兄弟ではあるから、ニアミスではあるのだろうが。中々に危険な橋を渡る青年である。
もしバレたら、電柱を粉砕するほどの一撃を腹に喰らうことになるんだからな。
さて、そんなラブコメディの空気もティータイムの途中までだ。
中森警部に警視庁の目暮警部から電話がかかって来て、急に空気が変わるのを感じた。
恐らくはネット上でシャム猫からの犯行声明文が公開されたのだろう。
警部達は頷きあって喫煙室へと歩いていく。
道中慌てて別室へ向かったのは、KID対策のガスマスクを取りに行ったからか。
コナン君が目を細めて私に話しかけてくる。
「あれ、喫煙室に向かったよね。安室さんの言ってた」
「そうだね。鬼が出るか蛇が出るか。あまりいい予感はしないな」
結果はすぐに出たようだ。
5分もしないうちに中森警部達は戻ってきて、ビニール袋に入れたアンプルを手に私達へ説明の時間を設けてくれた。
喫煙室は封鎖。
私達もダイニングに集まって、じっとお互いの様子を確認し合うよう御触れが出された。
説明を受けている皆が震えている。
致死率80%の危険なバクテリアが船内にばら撒かれたというのだ。
その恐怖も無理からぬこと。
その中で体のあちこちを赤く爛れさせながら助けてくれぇ、と迫真の演技をする男が一人。
発症した人間、と思わせてわざと漆を体に塗りたくった犯人…ルポライターの藤岡だ。
こちらに寄ってきたので、蘭さんの前に出て庇うように立ち塞がる。
警察諸君は細菌を恐れてどうも動きが鈍いようだ。
仕方ないので、数分もすれば起きるよう手加減して首トン。
「す、すまない。我々が対処すべきだったのに」と中森警部が目を伏せて謝ってくる。
こちらこそ申し訳ない。
公安の事案だったというのに捜査2課に対処させてしまって。
さて、そろそろか。
この辺りで一人になった藤岡、もしくは共犯者であるウェイターの女性が動き出すはずだ。
面倒ごとになる前に掃除して、あとはゆっくりスカイデッキの眺望を楽しむこととしよう。
コナンと少年探偵団の皆は、怪しげな影が船内の非常出入り口の梯子を上がっていくのを見た。
今回盗まれた細菌は子供に感染しやすいとニュースで聞いてコナンも知っている。
少年探偵団の元太、光彦、歩美が心配で探検中の彼らの様子を見にきたのだが、まさかこんな空の彼方で不審者を見ることになるとは。
「お前らはここにいろ!」と低い声で言い置いて、コナンも不審な影を追って上へ登っていく。
そこはどうやら、屋上へのハッチに続く梯子だったようだ。
ハッチを開ければそこには船体に接近するヘリコプター、そしてすでに船へと降り立った6人の戦闘員が見えた。
やばい。
そう思うと同時に、ハッチを隠すようにその前に立つ金髪の男の姿に目がいく。
金髪碧目、健康的な褐色肌に狐の面をつけて顔を隠す美丈夫。
名を安室透。あるいは降谷零。
多くの顔を持つ公安警察の一人が、コナンのいるハッチを守るように天空の風の中ただ佇んでいる。
ああ。コナンは思わず息を詰めた。
背後からでも分かる。
彼は嗤っている。蔑んでいる。
愚かなシャム猫が大妖狐に逆らって、その逆鱗に触れることをなんと哀れなと嘲笑っている。
薄いカーディガンの下から美しく空の色を反射する鉄爪を2振り、優美にすら見える動きで取り出した。
そして、上機嫌に散歩でもするように口ずさむ。
「ふふ。どんぐり、ころころ、どんぶりこ」
軽い動きでタンと船体を蹴って、低空飛行のヘリへと乗り上げる。
驚いたヘリが左右に大きく揺れた。
「お池にはまって、さあ大変」
ギラつく鉄爪が太陽光を反射している
翼のように鉄爪を広げた姿は、獲物を狩る鷹にも似ていた。
「どじょうがでてきて、こんにちは」
ぎ、という僅かな金属の擦れる音。
爪が振り下ろされる。
バターのように滑らかに切り裂かれていく機体が、バラバラと頭から崩れ落ちていく。
逃げ遅れたヘリの運転手も一緒に切り刻まれているのが遠目からでも確認できた。
「ぼっちゃん、一緒に、あそびましょ…!」
たんっ、と足場に残したヘリの足部分を蹴り上げ、舞うように静かに飛行船に着地する。
跡形もなく崩れたヘリは海、三河湾へと用を成さない鉄屑となって落ちていく。
悍ましいまでの沈黙。
ただ三日月に弧を描くフォックステイルの嘲笑だけが残る空間に、誰も何も言えなかった。
爆発すらない、静かな解体。
もう撤退する方法は彼らにはなかった。
裸で飛行船の屋根へと放り出されたヘリの操縦士がひっ……と遅れて悲鳴をあげた。
「ふぉ、フォックステイルが何故ここに!!」
「どうしても何も。ここにはお宝があるだろう?さ、君達も観念して大人しくしていてくれ。お互い面倒なだけだろう?」
リーダーらしき男が舌打ち。
そして全員で短機関銃を構え、撃てーっ!と勇ましく号令する。
ちらっとフォックステイルが後ろを振り向いた。
「コナン君はここから動かないでくれ」
瞬間。
一斉掃射された短機関銃の銃撃を全て爪で撃ち落とし、前にいた四人を軽く切り払う。
四人はただの一閃に見えた太刀筋だけで装備と銃の全てをバラバラにされ、裸で転がる羽目になった。
残りはリーダーを含めて二人。
部下らしき男がひぃぃ、と悲鳴をあげて後ろに下がる。
リーダーは後ろに退路がないことを僅かに確認して、そのまま懐からアンプルを取り出し、掲げてみせた。
「これは殺人バクテリアの入ったアンプルだ!動くな!」
「ははは。随分な度胸ですね」
踏み込み。そして一撃。
爪で持っていた拳銃を切り裂き、落ちたアンプルを踏み砕く。
「僕に嘘は通じませんから、そのつもりで答えてくださいね」
フォックステイルは爪でリーダーの顎をするりと撫ぜた。
狐の笑みが深まる。
「それで、このアンプルがなんでしたっけ?」
「あ……ぁ、」
「答えられないんですか?嫌だなぁ、黙秘だなんて。物理的に掻っ捌いて腹を覗けば…抱えている秘密がわかったりするでしょうかねぇ」
「ひっ、ま、待て、違う!すまなかった!」
リーダーはすぐさま観念して、それが件のバクテリアの偽物であることを喋った。
命乞いを混ぜながら、仕事だったんだ、生活のために仕方なく、と言い訳を繰り返している。
依然として安室は笑顔のままだった。
「うんうん。正直な人は嫌いじゃないですよ。良い人なので魚の餌にするのはやめておきましょうか。でも……それだけの情報で7人もいらないですよね。荷物になりますし」
「!!!」
安室がちらりと船の下へ視線を向ける。
全員がサッと青ざめた。
情報がない「荷物」は下へ捨てると、そう言っているのだ。
「せ、船内のアンプルも偽物だ!」「藤岡ってやつの手引きで俺らは来たんだ!本当だ!」とこぞってわぁわぁと情報を吐く姿は醜悪にすら見えたが、仕方のないことだろう。
安室はそれらを黙って聞いて、一通り情報が出終わった後に「情報提供ありがとうございます」と言って全員意識を落として縛り上げた。
コナンはようやくほっと一息つける心地で、中途半端に開けたままのハッチから出てきた。
強風に煽られ、すでに男は半数以上が単なる裸だ。
大きなヘリをも解体してみせた爪の威力に心底驚嘆しながら、コナンは彼へと話しかけた。
「とんでもねーな、あんた。答えなかったらマジに船の外に落とす気だったろ」
「仕方ないじゃないか。これが一番手っ取り早いんだし。被害も未然に防げる。良いことづくめだ」
「そうかよ。……けど」
目の前で気絶している犯人達を見る。
血を流し、胸を貫かれて死ぬしかなかったピスコの無惨な死に様を思い出す。
「殺す必要がなければ、あんたは殺さない選択ができる人なんだな」
「勿論。僕は好きで殺してるわけじゃないんだから」
彼は静かに、風にかき消されそうな声でコナンに語る。
殺さないで済むなら、確実かつ殺さないで済む選択肢があるなら、僕は喜んでそれに飛びつくよ。
透明な天秤の如き、静かな声。
「そうだな。……ほんと、ままならねーな」
「本当にね」
空が赤く染まっていく。
もう夕方だ。大阪に着く頃には夜になっているはずだ。
この後、きっと安室はフォックステイル名義で船を抜け出し、逃げ出すのだろう。
レディ・スカイも言い訳作りに持っていくかもしれない。
それらを、守られた側のコナンが非難することはできない。
「レディ・スカイは持ってくのか?」
「うん。すぐにKIDに渡して返してもらうけどね」
「ちゃんときっちり返せよ。あと、今回は俺は小狐の振りはしなくていいよな」
「KIDが僕に変装してここに留まる予定だから、コナン君はそのサポートについててあげて」
「う……わぁーったよ」
「僕も安室透の立場をまだ捨てたくはないからね。頼んだよ、コナン君」
優しく微笑む彼の顔に曇りはない。
何を考えているかもわからない。
けれどきっと、彼は善性の人なのだろうと、コナンは信じているのだ。
次回は番外でルパン回の予定。