バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
夜半。
虫のさざめきが大合唱へと変わるころ。
私は名も知らぬ虫だらけの掘っ立て小屋を出て、草むらをかき分け遥か彼方を見渡す崖の先まで来ていた。
体中あちこち虫刺されだらけだ。
降谷さんが「痒すぎるしキモ過ぎる!安室、後は頼んだ!」と軽やかに私を見捨てて深層心理の奥に引っ込んでしまった。
生粋の都会っ子にはキツい環境という事かもしれない。
ふふふ…田舎民には分からぬ軟弱具合よ…。
深層心理ならでっかいクモとか変な羽虫の群れとかいないからね、特にここ数年虫に悩まされることも無かったのだろう。
などと若干生暖かい気持ちになりながら、しばらく崖の上で待つ。
すると、深い山中にありながら葉の揺れる音もなく近づいてくる影が一つ。
闇からにじみ出るように現れたのは、女忍者・桔梗だった。
「何処へ行くつもりだい?」
「別に、何処に行くにしろあなたには関係のないことだ」
「フン。誰に向かって口をきいているんだ。ポッと出の弟子の分際で」
「貴方こそ、ずいぶんと長い間音信不通だったと聞きますが。その間、何をしていたんです?」
「それこそあんたには関係のないことだよ」
この会話におけるメッセージ性は十分。
つまりは「僕はあなたを信じていない」と伝わればそれでいい。
売り言葉に買い言葉、桔梗さんもかなりとげとげしいが……そこには高慢な不快感が見え隠れしている。
誇り高い一族という出自を穢す裏切りをしたというのに、まだ一族の誇りを捨てきれていない現実に、さらに不快になるという悪循環。
彼女も相当にプライドが高いのだろう。哀れなことだ。
「今更五エ門師匠に何の用かは分かりませんが。気を付けることだ。貴方が少しでも可笑しな真似をすれば、僕が斬り捨てます」
「やってみなよ、忍術の何たるかも知らぬド素人め」
それだけ吐き捨てて、桔梗は苦り切った顔をしてするりと来た時と同じように闇に紛れて消えていった。
気配察知を全開にしても、このあたりに桔梗がいるようには感じられない。
「………さて」
これで、外に出てきた目的を桔梗に誤認させることができた。
彼女は五エ門がいない場所で自身を牽制することが狙いだと思っただろうが、本命は別にある。
スマホを取り出して、あらかじめ交換していた連絡先に素早くTEL。
「もしもしルパン、聞こえますか?」
『はーいよ。遅かったじゃないの安室ちゃん。で、五エ門はどうだった?』
ワンコールで通信は素早く繋がった。
向こうもこちらからの連絡を待っていたのだろう。
一応連絡は手短に。
巻物と龍の置物は一対であること、巻物はすでに焼却処分して内容は私の脳内のみにあること。
龍の置物には斬鉄剣を超える性能の超合金の製法が記してあること。
その辺りを共有した。
ついでに、五エ門師匠の幼馴染である桔梗という女性がきな臭い、ということも念の為伝えておく。
恐らくはルパンも一目見て気付くだろうから、このあたりは蛇足になるかもしれない。
『あんがとよー。ったく五エ門も水臭ぇんだからよぉ』
「貴方たちを巻き込みたくなかったんですよ。師匠は責任感の強い人ですから」
『それで悪い女の子に騙されてりゃ世話ねぇや。ま、カワイ子ちゃんに騙されてやるってのも男の度量だけんどもよ』
「不二子さんみたいにですか。幾度も幾度もやってますもんね、土壇場の裏切り」
『次元は分かってくれねーけどもねぇ。あれがいいんだよ。あの瞬間に不二子ちゃんの良さが詰まってるって言っても過言じゃねぇの!』
「ちょっと上級者向き過ぎません?」
恐らくは美しさすらも強さに変える、女盗賊の矜持みたいなものがきらめく瞬間が好きなのだろうが。
裏切りには制裁をもって応える、な黒の組織流の対応で生き延びてきた身としてはどうしても馴染まない考え方である。
ベルモットは似たような立ち回りに見えて、その実もっとずっと「舐められたら殺す」的な側面が強い、誰一人近付くのを許さない美だからな。
そこにルパンと不二子さんの奇妙な絆を感じてくすりと微笑んでいると、ルパンが電話口でニヤニヤと若干嫌な予感のする笑い方をしたのが分かった。
『ところでよぉ、降谷ちゃん。お前の相棒がお前のところから出ていきたがってるって聞いたんだけどよ、そこんとこどーなの?」
「!?!?!?!?───は???絶対許さないが???」
急に放り投げられた特大の爆弾にルパンがひゃひゃひゃひゃと爆笑している。
なんてこというんだこの大泥棒さんは!?
「いやいやいやいやいや、そんなこと言ったこともありませんが!?」
『でもよ、お前死にてーんだろ?ずーっと疲れた疲れたぁって余命幾ばくもない老人みてーな顔してんだから』
「ッ!」
私は思わず息を呑んだ。この人、察する能力が高すぎる!
降谷さんが無言だ。
振り返るのが怖い。マグマが爆発する1秒前、みたいな空気を深層心理の背後に感じる。
「き、気のせいですよそんな……まさか、僕が希死念慮なんて。そんなの理由が無いじゃありませんか」
『へー、そうかい。でもよ、お前の主人格サンはどう思うかな?』
「許さない。絶対に許さない。───うぉあ!?ま、待って苦しっ締まってる締まってますから落ち着いて!!!」
後ろから羽交い絞めにされてそのまま激しく頭を揺さぶられている。
待て待て待て揺れるこれじゃ脳震盪になるっていや深層心理内で脳震盪なんてなりようがないけどとにかくお止めください!
荒ぶる降谷さんが怒気の混じる声で詰問した。
───何故だ!なぜ死を望む!何がお前を苛んでいる!俺じゃあお前を支えるのに不足か!?
───それは……いえ、ですから気のせいですって
苦し紛れの言い訳だ。
ここまで直球で踏み込まれてしまった以上、これでは単なる悪あがきに過ぎない。
ルパン三世め……なんということをしてくれたのでしょう。
降谷さんがしばらく黙った後、絞り出すようにして苦み走る声を震えさせた。
───……言いたくないならそれでもいい。だが、お前は俺にとって既に親友なんだ。松田や萩原と同じ、絶対に無くせない、亡くしたくない友だ
───!それは、ですが…
───大切な相棒なんだ。俺から友をこれ以上取り上げる気なら、覚悟してもらおうか
鮮烈な光を灯す瞳で、降谷零は私を見つめている。
怒りと、友情と、憎しみと、悲しみと。
激烈な感情のみで極彩色に輝くさまは、煌びやかな都市の光にすら劣らない地上の星だった。
───知っての通り、俺はしつこいぞ。
───所詮、5年前に生えた何処の馬の骨とも知らない犯罪者の人格ですよ?きちんと引き継ぎさえすれば、消えたって何の問題も無いじゃないですか
───何処の馬の骨とも知らない?俺の親友を愚弄するとはいい度胸だな
───……そこで言論統制するのどうかと思うんです
───うるさい。俺が主人格なんだから、お前は俺のものだ。勝手にいなくなるなんて許すはずが無いだろ
うーんジャイアニズム。けど道理でもある。
しかし分からない。私が降谷さんの警察学校組並みのポジションだって?
そんなの役者不足にもほどがあろうに。
「いま役者不足だと思ったろ。俺の言葉が信用できないのか───あっ後ろから額を当てて思考を読み取ってましたね!?勝手に読心するのは止めてください!」
プライバシーの侵害だぞ!
しかし同時に彼の思考も流れ込んでくるのは止められない。
信頼、友情、親愛。あらゆる正の感情が痛いほどに押し当てられている。
そんなの、本当に?でも……魂は嘘がつけない。それを私は良く知っている。
らちが明かない押し問答に、ルパンがんんっと咳払いした。
『んー、一件落着ってな。俺様ってばやっぱ流石の一言ってゆーか?』
「何も一件落着してませんけど!ルパンのせいですよこれ!この空気どうしてくれるんですか!」
『そいつは俺は責任取れねーな。そっちでなんとかしてくれ』
からからとルパンが笑う。
『俺から言えることはほとんどねーけど。ま、安室ちゃんはちょい生き急ぎ過ぎなんだよ』
「……」
『人生楽ありゃ苦もあるさ、なんてな。世の中こんなに面白ぇことに満ちてるんだ。それを味わう前に逝っちまうってのは、こう、勿体無いだろ?』
有名な時代劇の主題歌に合わせ、ルパンが軽く歌い出す。
涙のあとには虹も出る。
『特別だぞー?俺が今度降谷ちゃんと一緒に世界の絶景ベスト10に連れて行ってやるよ』
「……」
『そこに、心ん中に抱えた苦しい思いを一旦置いていきな。過去は無くなりはしねぇが、ずっと抱えたまんまってのも埒が明かねぇ』
「……はい」
『オメーは切り分けが上手すぎんだよ。過去なんてちょちょいと踏み倒して、時々仕方なく纏めて返す。そのぐらい気楽でいいのさ』
「貴方も、そんなふうに過去を乗り越えてきたんですか」
『ま、そんなこともあったかね』
若い時に裏切られた、というタランチュラの一件で明かされたルパンの過去を思い返す。
私も、そうやって気楽に生きられる時が来るだろうか。
「ありがとうございます、ルパン三世。世紀の大泥棒」
『おうともよ。じゅーぶんに崇めて敬えよ』
「神棚作ります───深層心理に作るのだけはやめてくれ、シュールすぎる───えぇ…ではメゾン木馬に飾りましょうか。ルパン人形も添えて」
私の声に覇気が戻ってきたのが分かったのだろう。
そいじゃあな、お二人さん。
そういってルパンは電話に出た時と同じようにあっけなく、あっさりと去っていった。
私は少しだけ笑って、それから降谷さんに提案した。
───もう一度、試しに魂を具現化した爪を出していいですか?
───あの禍々しいやつか。いいが、俺も混ぜろ
思いがけぬ提案にえっと声が出る。
甲縛式オーバーソウルに降谷さんを混ぜる……ダブルオーバーソウルの概念がここで生きてくるとはな。
完全に漫画が違うんだが。いつからここはシャーマンキングの会場になったんだ。
───俺とお前は一心同体だ。やろうと思えばできるだろ
───で、できますけど副作用で何が起こるかわからないのでやりたくないんですけど
───一度やってみてダメなら次からは頼まない。それならいいだろ
───そう言う問題では……まぁ、分かりました。鉄火場でこんなこと試すわけにはいきませんからね
そういってゆっくりと魂を纏わせるように体外に出していく。
鋭くとがらせ、降谷さんのそれと混ぜるように。一つになるように。
外部に触れた魂が拡散しないよう、表皮を固く硬く硬化させて。非物質を物質に、形而上の概念を形而下に置く。
───ぐ……なんだこれ、腕が引っ張られるような不思議な感じがする
───大丈夫ですから、僕に委ねてください
そうして出来上がったのは。
黒い核のようなものが奥で脈打つ、蒼く煌めく爪が指に合わせて五振り。
まさにファンタジーそのもの。二つの魂が融合してできた奥の手たる爪。
清廉な光が集う、収斂の一撃となる武具である。
降谷さんが気の抜けた声でポツリとつぶやいた。
───ライトセーバーみたいだなコレ。
───やめてください、それだと指からライトセーバー出してる怪人になってしまいます
───カッコ悪……
だからやめてって言ってるのに!
しかしやはり、あの色は私の精神に呼応してあのように赤黒くなってしまっていたのだろう。
切り分けが上手いと言っても所詮その程度。
切り分けていても心は真っ黒、ブルーを越えてどす黒い血の色に染まってしまったというわけだ。
───ちょっとその辺の木でも切りつけてみないか?
───いいですよ。でも木だと多分普通にやっても豆腐並みに切れてしまうので、崖近くの岩にしましょう
───なんだそれ人外とかか?
違いますけど。
移動して、その辺のそう大きくない岩に乱雑に爪を出した手を突っ込む。
ぬるり、とまるで海水に手を突っ込んだかのような手応えのなさが不思議な感触を生む。
グッと力を込めれば、岩がそこからパラパラと立方体に細切れになって崩れ落ちていく。
すごいな、と降谷さんが言うが、そこまで感動している風ではない。
おそらくいつも斬岩斬鉄ぐらいは私が普通にやっているため、違いが分からないのだろう。
───降谷さん、やってみてください。この爪で岩を切ってみて
───は?いや、俺はお前らみたいな人外の技術は持っていないんだが
───いいから、いいから
身体の主導権を降谷さんに代わって、降谷さんは訝しげな顔で五指で岩を切りつけた。
ぬるり、と滑るような感触。
やはりというべきか。それは思った通りに形而上の刃として大岩を切り裂いていた。
あんぐりと口を開ける降谷さんが驚きに固まってしまっている。
これは奥の手中の奥の手にすべきだろう。
物質界に切れないものは存在しない。
そのような刃が、我らが手のうちに収まったのだから。
あとちょっとファンタジー過ぎて世界観にそぐわない。
空気感を壊すためルパンやら魔女やらの相手以外ではなるべく使わない方向で行こう。