バーボンなオリ主と降谷さん【現在公安ルート連載中】 作:ラムセス_
言葉通り、沖矢は夕方には帰ってきた。
夕暮れの赤い光が駐車場を赤く染め上げる、どこか物悲しい空気を纏って広がっている。
沖矢の愛車であるスバル360も同じように赤く染まり、まるでいつもとは違った車に見えた。
タバコを咥えて、ややワイルドな風貌となった沖矢は駐車場に車を停めて窓越しにコナンへと視線を向ける。
コナンは苦笑した。
「昴さん、タバコ……」
「今日ばかりは許してくれボウヤ。自分がとんだ道化だと気付いて、ヤケになった男のせめてもの慰めなんだ」
「沖矢昴」というキャラクターはタバコを吸わない。
だから必然的に皆の前では禁煙となっている沖矢だったのだが、流石にタバコに逃げたい時もあるらしい。
ふう、と胸いっぱいにタバコの煙を吸い込んでから、沖矢はゆるゆると煙を吐き出した。
「……奴は、怒っていたか?」
「何が?」
この男にしてはか細い声で、要領を得ない内容だ。
コナンが訝しみつつ聞き返せば、沖矢は黙りこくって俯いた。
しばらくの沈黙ののち、宙を揺蕩う煙と同じくらい頼りない声色で昴はボソボソと話し始めた。
「俺のヘマのせいで、後少しで幼馴染を自らの手で殺さなければならなかったんだ。怒りで済めば、寛大に過ぎるというものだ」
「それは……」
コナンは答えに窮した。
もし例えば。沖矢のせいで蘭が命を落としかける事があったのなら。
コナンはそれを許す事ができるだろうか。
ゆるゆると首を振って、詮無い思考を打ち切る。
こんなの、単純に比べられるものではない。
だったらただコナンの目から見た事実のみを伝えるべきだ。
「僕には何も言ってなかったよ」
「そうか」
「それに、赤井さんに申し訳なさそうでもあった」
沖矢が僅かに目を見開いた。
いつもは糸目を装っている彼が目を開くと、美しいグリーンアイがガラリとその印象を変える。
「俺に?」
「明美さんに長らく会わせてあげられなくて申し訳ないって、そう言ってた」
「馬鹿な。そもそも俺が明美を巻き込まなければよかった問題で、奴に落ち度など一つもない!」
自己嫌悪が滲む叫びが、夕暮れの駐車場にこだまする。
虫達のじーわじーわという鳴き声と、名もしれぬ鳥の叫び。
騒がしい山々の合間にあって、その声はまるでちっぽけに聞こえた。
コナンは何も答えなかった。答える言葉を持たなかったと言ってもいい。
男がどれほど思い悩み、苦しんだかコナンにはよくわかった。
タバコをもう一本、胸ポケットから取り出して沖矢は咥えた。
道中でもかなり吸ったのだろう。
彼がへビースモーカーなのを差し引いても、車の灰皿はぎっしりと吸い殻で埋まっていた。
助手席にはコンビニの大きなレジ袋が横たえられているのが見える。
「お酒も買ったみたいだけど、これは飲んでないよね?」
「まさか。沖矢昴が飲酒運転で事故など洒落にならんからな。間違っても飲まないさ。これは家に帰ってからのものだよボウヤ」
「ずいぶん、沢山買ってあるね」
「大人には飲みたい日もあるというだけの話だ」
レジ袋には様々な銘柄の酒がぎっしりと詰まっている。
ウイスキーを始め、ビールや日本酒まで節操のない品揃えだ。
そこにあるもの全て根こそぎ買ってきた、とでも言うような。
「特に、自分が見当違いの恨みを抱いて、這いつくばって感謝と謝罪をすべき相手に銃口を向けていたと知った日なんかはな」
「……」
「未だ割り切れない、全てが全て嘘なんじゃないかと疑っている自分が嫌になる」
山の切れ目から夕日が顔を出し、深い赤色の光を山々へと齎す景色のなんと雄大な事か。
沖矢はその緑の瞳で赤く染まった山並みを見つめている。
何かを忘れたくて、何かから逃避したいと願うように。
夏の暑さにじわりと汗が滲む。
オンボロながらも、探偵事務所の中はクーラーが効いて快適だった。
灰原はまだ事務所内で姉との歓談を楽しんでいる事だろう。
「僕も、初めの時はベルモットの変装を疑って明美さんの頬をつねったりしたしね。一緒だよ」
「ボウヤの行動の大胆さも中々だな。俺は情けない骨抜きチキンだったというのに」
つまり、あの時のコナンと同じように沖矢もベルモットの変装を疑っていたという事なのだろう。
でもできなかった。
恐怖で、それが嘘だと知ってしまうのが恐ろしくて、咄嗟に逃げた。
それは何事にも動じないこの男が、いかに彼女を愛していたかを物語っていた。
コナンはいつまで経っても車から降りようとしない沖矢へと問いかけた。
「会っていかないの?」
「どの面下げて、というやつだ。君が俺の立場なら会いに行けるか、ボウヤ?」
「ははは。僕子供だからわかんない」
意地悪な問いかけに、コナンは自身の年齢を盾に素早く逃げる。
そんなの、コナンなら会いに行くどころか近づくこともできないだろう。
「ここの手配をしたのはバーボンなのか」
「うん。ジンの目を逸らすために死亡動画を偽装して」
「……ふ、まんまと騙されたよ。いい出来の映像だった。脳裏に焼きついてしばらく寝れなくなるくらいには」
寂寞か、それとももっと別の何かか。
沖矢は信じられないくらい饒舌だった。
それを指摘せず黙って会話を続けること自体が、コナンにできる最大限の誠意でもあった。
「それくらいなら、文句言ってもいいんじゃない?」
「ジンを騙すにはあのぐらい必要だと思えば仕方のないことだ。むしろ良くやったと絶賛されてもいいくらいだ」
「そういうものかなぁ」
「そういうものだ。ボウヤには少し早かったかな?」
「妙なタイミングで子供扱いしないでよ」
「ははは。すまないな、ボウヤ」
と、その時、事務所の玄関がガラリと開いて中から灰原と宮野明美の二人が出てくる。
灰原は胡乱な顔でコナンへと近寄って、沖矢とコナンとを交互に見比べた。
「何話してるのかしら、二人とも」
「いや、ちょっとな」
「……ふぅん。別にいいけど」
なんと答えればいいか分からず咄嗟に誤魔化したが、灰原相手には失敗だったかもしれない。
コナンが無言で後部座席に乗り込むと、灰原もそれに続いた。
車に乗った瞬間、灰原が眉間に皺を寄せた。
「ちょっと、この車タバコ臭いわよ。あなた、タバコなんて吸ってたの?」
「昔に少し。それで、たまには吸ってみたくなりまして」
「それ……たまにって量かしら。二十代の時からそれじゃ肺を壊しても知らないわよ」
「はは。帰ったら片付けて車内クリーニングもするので、今日のところは勘弁を」
ゆるゆると車が発進する。
駐車場を抜け、山道を下る車の車窓から、どんどんと探偵事務所が小さくなって行くのが見えた。
笑顔で手を振る宮野明美に、灰原がそっと手を振りかえしている。
沖矢がニコニコといつもの笑みを浮かべて灰原に問いかけた。
「親戚の方とは歓談を楽しめましたか?」
「……江戸川君、あなた」
「悪い、俺が喋ったんだ」
「まぁそのくらいならいいけれど……貴方らしくない口の軽さじゃない?」
にやりとする灰原に「うっせ」と小さく答える。
灰原はすまし顔だった。
「そうね。いい気分転換にはなったわ」
「親戚の方」との歓談を楽しんだにしては、随分とまぁ優しい表情なものだ。
愛と、慈しみとに溢れた幸せなひとときがあったのだと、そう確信できる優しい表情。
沖矢はしばらく、返事もせずに黙りこくった。
その内心をコナンが想像することはできない。
できるほど人生経験が豊かではないし、感受性に富んでいる自信もなかった。
ただただ、祈るように。
万感の思いを込めて、沖矢昴は応えたようだった。
「そうですか。それはよかった」