Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第9話:信念

 

肌を刺すような冷たい風が吹きすさび、アルバートは体を震わせた。ここはフィールドとしては霧峰凍原と呼ばれる、高高度に位置する山である。四六時中雪が降り積もり、背の高い木も雪に包まれていて一帯銀世界の場所だ。山の中には雪原も広がっており、西に山を下ると氷河と氷の浮いた海が見られる。どこを見回しても氷、雪、氷、雪…。

防具の上に寒冷地の草食種サルターの毛皮を使ったマントを羽織り、ホットドリンクを一気飲みしていなければ、今頃凍り付いて氷像になっていただろう。

しかしいくら寒さ対策を行ったとしても限界は存在する。かれこれ2時間は山の中を歩いているからか、体の節々が痛んできた。

 

「そろそろ休憩しなきゃ…」

 

運良く近くに洞窟を発見し、その中に入る。寒さも外よりは幾分かマシだった。ボトルから水を一飲みして荷物と武器を下ろし、追加のホットドリンクを作るために空のビンとトウガラシ、そしてにが虫の体液を入れた小瓶、そしてすり鉢を取り出した。

ゴーグルを装着し、作業を始める。すり鉢にトウガラシを3つ入れ、すりこぎを使って潰すと、赤い汁が出てきた。空きビンにトウガラシの汁と果肉を入れ、次ににが虫の体液を2滴落とした。ビンの蓋を閉めてシャッフルする。最後にボトルの水で中身を割り、完成だ。

ホットドリンクをバッグに仕舞い、出掛ける準備をする。こんな洞窟で眠ってしまってはそのまま凍死してしまう。何処か休める場所、木の密生している場所まで降りなくてはならない。アルバートのいるここは森林限界、つまり木の生えることが出来ないレベルの高さにいるのだ。

 

「マジでついてねえ…」

 

山を降りるついでに何故こうなったのかを振り返る。始まりは3時間前に遡る。

 

アルバートはベテランのハンター2人、アミーナという女性とノリスという男性のクエストに同行し、寒冷地における行動のノウハウを教えて貰うことになっていた。彼らの目的は“兇走竜ドフラスコス”と呼ばれる鳥竜種のモンスターらしく、それを追う道中でホットドリンクの調合や雪山の中で行動する際の簡易拠点の作り方など、様々な事を教えてもらった。そこまでは良かったが、いざ山頂近くまで登ってきた時、突如雪崩が発生し、地形が大きく変わってしまったことでアルバートは2人と別れてしまったのだ。大陸から派遣された熟練ハンターである2人は無事だとは思うが、早く合流したい所だ。教わったとはいえ、まだまだハンターとしても素人な自分がここから生きて脱出できる自信は全く無かった。

こうして降りている途中にも何度も足を滑らせ、その度に滑落しそうになっている。

 

そんな災難に遭いつつも、2時間ほど歩き、なんとか針葉樹の植生するエリアに到着した。そろそろ日が沈む。ひとまず拠点になる場所を求めて森の中を散策していると、明らかに人工的に組まれた拠点を発見した。倒木を枝で支え、上から葉っぱが被せられている。

もしや2人なのではと思い、その簡易テントに近付く。

 

「何奴?」

 

テントの中から男の声がした。しかしそれはノリスのものとは違う、もっと渋くて、歳を取っていそうな声だった。

 

「えっと、ギルドのハンターの者です。名前はアルバート・ハインツ。」

 

「あぁハンターさんか。こんな所に何か用で?」

 

テントの声は話している間、ずっと一定の抑揚を保っており、クールな人とも、感情が無いような人とも取れる。

 

「実は仲間を探していて、数時間前に雪崩ではぐれてしまって。」

 

「そうか。もうすぐブリザードが来る。スペースは十分だ。中に来なさい。」

 

声に言われるがまま、アルバートはテントの中へと入った。テントの奥で声の主が座っている。短い白髪にカーキ色のスーツと緑褐色の中折れ帽を身に着け、木製の古風な杖を立てかけている。その姿と雰囲気はまさに老紳士そのものだ。彼は目を閉じたまま帽子を外し、小さく会釈をした。

年齢はアルバートの父親と同じくらいに見えるが、実際はその数倍以上だろう。なぜなら彼の耳は長く尖っており、それは間違いなく竜人族の特徴そのものであったからだ。

 

「私はアルキュリエのザットだ。アルキュリエについてはご存知で?」

 

「たしか、ギルドがこの島に来るよりも前から街をモンスターから護り続けていた、騎士ですよね?」

 

「おおむね正解ですな。そのルーツは私の祖父の時代まで遡る。」

 

彼のような竜人族にとっての祖父となると、アルバートには想像も出来ないほど大昔の話だろう。

 

「かつてこの島には2つの国が存在していた。北西の国であり現在も存在するミュトガルズと、この山の下にある黄跡砂漠にかつて存在した、そして山の盆地の街グケラーゴのあった場所にかつて拠点を築いていた国、レモディグス。彼らは思想の違いからミュトガルズと分離し、それはやがて戦争を引き起こした。優れた力による支配を望む彼らは高い技術を持ち、それを持ってミュトガルズを攻撃したと言われている。」

 

「その話は両親から聞いたことがあります。たしか、ミュトガルズで現在のアルキュリエの祖先となる人々が“龍神の力”を用いて、レモディグスの兵器を打ち破ったと。」

 

「おや、よくご存じで。私の祖父も、その力を手にした一人だったと言う。それ以降、この島の人々は、エフィナリティという組織は龍神イフイを信仰しているのだよ。」

 

「龍神の力…正直、にわかには信じられません。」

 

「私もすべてが事実だとは考えていないよ。しかし、私の祖父が何がしかの力を手に入れ、それが私にも引き継がれている。それは真実だ。」

 

「…そうなんですか?」

 

このザットという男、胡散臭い。急に神話を語り始め、自分がアルキュリエだからって自分が特別な力を持っているというのか?

 

「私はね、目が見えないんだよ。」

 

「え?」

 

「それなのにどうやってここまで来たと思うかね?」

 

「お、音とか?」

 

「察しが良いね。私の目が見えなくなったのは何十年前だったか…詳しくは憶えていないが、アルキュリエとなってかなり経ってからだったよ。病によるものだった。目の見えない騎士など、使い物にならない。そう思われたのだろうね。彼らは私を追放し、行き場の無くなった私は世捨て人となって現在は放浪者だ。」

 

「それから耳が良くなった……?」

 

「その通りだ。自然で生きていく内に私の中の龍神の力が目覚めたのか、聴力が異常に高まったのだよ。」

 

やはり胡散臭くは感じるが、盲目の彼が山をここまで登り、森の中で拠点を築いて過ごしていること、そしてテントの外にいたアルバートの存在にすぐ気付いた事を考えると、彼の聴力が異常だと言うのも納得出来なくはない。

 

「ってか、ずっと耳だけを頼りに外の世界を!?モンスターに遭遇した時は!?」

 

「彼らは独自の音を出してくれるので、位置と行動が分かりやすい。」

 

「聴覚が発達してるなら、モンスターが吠えた時なんてヤバいんじゃ…」

 

「それが都合の良い事に、大きな音は普通の人と同じくらいに聞こえるみたいでね。耳が良い、というより小さな音を聞くことができる。と言う方が正しいかもしれないね。おや、もう吹雪が来るようだね。」

 

彼がそう言い終えると同時に強風が吹き、吹雪がテントを襲った。上に乗せていた木の葉が吹き飛び、木の骨組みが外部に露出する。テントも飛ばされて行かない事を祈りながら吹雪が過ぎ去るのを待つ。

 

 

 

 

 

どれだけの間そうしていたのかは定かでは無いが、風が止む時には既にテントが雪に覆われており、出るためにスラッシュアックスを使って雪を払い除ける必要があった。

外を見ると、既に朝日が上がっている。全く実感が無かったが、吹雪の中で夜を明かしていたらしい。

 

「ゼロからテント作りしてたら吹雪に間に合わなかったなぁ…助かったよザットさん。」

 

「礼には及ばんよ。さて、これから君のお仲間を探す必要があるわけだが…どうするかね?」

 

「2人もきっと、森の中にいると考えてます。この辺りにはハンター用のキャンプなどが無いから、2人も森で木を使って同じようにテントを組んでるかと。」

 

「それで、この森の中から人間2人を探すのは、バケツ1杯に組んだ砂から砂金を見つけるようなものだが…」

 

「場所としては…恐らく標高の高い場所にいるかと。2人の内片方が信号弾を持っているので、俺に位置を知らせやすい、高い所にいるかなと。」

 

「一つ心当たりのある場所が。あそこはハンターが中継地点に使っているのをよく見かける。私が案内しよう。たしかここから、南東の方角へ。」

 

ザットは荷物を積んだであろうバッグを背負い、杖を突きながら歩き始めた。方位磁針を見ると、彼はたしかに南東に向かっていた。不安こそあれど、ここはひとまず彼を信じる事にした。

 

「放浪を続ける内に霧峰凍原へ?」

 

「何年ここにいるか定かでは無いがね。」

 

「なんか面白い経験ありましたか?こんなモンスターに遭遇したとか!」

 

「そうだねぇ…まずはここのヌシに謁見した事だ。」

 

「ヌシ!?グレスミチレーニに!?」

 

雹魁竜と呼ばれる大型の海竜、グレスミチレーニ。凍った地面と海の両方でその強大な力を発揮するモンスターで、この霧峰凍原の生態系における頂点に立つ存在と言われている。

 

「異様に寒い場所だったもんで妙だと思い、奥に進んでいったが、そこにいる何かの一吠えで分かった。それがここのヌシだとね。」

 

「戦ったんですか?」

 

「いや、足を踏み入れたのは私だ。黙って引き下がったよ。最も、彼は踏み込んできた時点で生かすつもりは無かったのか、全力で襲ってきたがね。」

 

よく逃げ切れたなと思った。

 

「あとは爪の者にも遭遇した。奴は恐らく、氷の牙から獲物を奪おうとしていたのだろう。酷い臭いを吐く奴だった。」

 

爪の者、丁度アミーナ達がターゲットとしていたドフラスコスの事だろうか。悪臭の液体を吐くという点も一致している。氷の牙でそれっぽいのはベリオロス辺りか。ドフラスコスは強大なモンスターに挑み、獲物を横取りする事があるという。

 

「あとは老齢の雪の民の長にも出会ったよ。ここより上の凍原でね。威厳ある咆哮をあげていたのが印象的だったね。」

 

「雪の民の長、ドドブランゴか。それよりも、音と鼻、そして気温の変化だけで、どのモンスターがいたとか、そのモンスターの状態とか、そういうのって分かるものなんですか?」

 

「どのモンスターも、それぞれ異なる音を持っている。そうだろう?」

 

「ま、まぁ…」

 

たしかにモンスター毎に体のバランスや体の質感などといったものは違うだろうが、それを全て見分ける、いや、聞き分ける事は普通の人間には難しいだろう。長年耳を使ってきた彼だけが使える、彼独自の技術だ。

 

 

 

テントからかなり離れた場所まで登ってきたが、心当たりのある場所とやらにはまだ到着していないらしい。周囲を見渡すと、自分が今かなりの高さにいることが実感できた。遠くには海まで見える。

 

「凄い景色だな…」

 

「そうかい?」

 

「あっその、すいません。」

 

「気にすることは無いさ。別に見えないことをコンプレックスには思っていない。まあ、目が見えなくなった影響で騎士としての資格を失い、居場所を失ったのも事実だが。」

 

今もこうして杖を器用に駆使しながら山をスイスイと登っているのは、長い間人から離れた世界で生きてきたから、人から離れた世界しか居場所が無かったからだろう。

 

「その、ザットさんを追放したのはアルキュリエ達でもあるんですよね。自分を蔑んだアルキュリエを名乗り続けるのはどうして?」

 

「彼らのことは少なからず恨んではいるが、私はそれ以上に、騎士であることに誇りを持っているのだよ。祖父から受け継がれてきた、アルキュリエとしての誇りをね。」

 

「失礼かも知れないけど、過去の栄光に縋っているって事……?」

 

自分を追放した組織の名に、どうして誇りを持ち続けられるのだろうか?

もしも自分が負傷して、ハンターの資格を失い、その後の人生でも様々な苦しみを背負うことになったら、一生ギルドの事を恨み続けるだろうし、絶対に自分がハンターだったなんて周りには言わなくなるだろう。それはハンターという称号に、現在の過酷な人生を送る元凶となった仕事に誇りを持てなくなってしまうからだ。

 

「それを言われちゃおしまいかな。」

 

ザットは小さく笑いながらそう言い、再び歩みを進めた。

それからも2人は止まることなく山を登り続け、歩く速さを変えないザットに対して、アルバートの体力は少し限界に近づきつつあった。

 

「ザットさん…そろそろ…疲れ──」

 

「待て。何か見えるか?」

 

ザットが立ち止まり、杖を横に突き出してアルバートを制止した。周りは針葉樹に囲まれ、何かがいる様子は無い。

 

「別に何も見えないです。」

 

「そうかい?私には聞こえたのだが…」

 

何かの音を感じ取ったのか?姿は確認出来ないが、何がしかのモンスターがいるというのか。

 

「さっきから後をつけられているような気がしていたが…これは………」

 

アルバートもようやく、木々の奥に潜むいくつもの影を確認した。

 

「氷の群れだ。」

 

「ギアノスだ。」

 

2人は同時に言った。青白い鱗に黒の模様がかかり、黄色い瞳がその中に怪しく光っている。正面にいるだけでも数は5体。見た感じ、リーダーのドスギアノスは見当たらない。

 

「前に…5体います。」

 

「前は5体だが、左右に2体ずつ、後ろに4体いる。全部で13だね。」

 

「囲まれた?」

 

「どうやらそうらしい。アルバート君、戦闘準備を。」

 

「はい。」

 

アルバートはスラッシュアックスを引き抜いた。例えアルキュリエとは言え、武器を持っていないザットは保護対象だ。10体以上のギアノスから守るというのは難儀だが。

 

「ザットさん。下がってくださ──」

 

「左。」

 

ザットの言う通りに左を見ると、2体のギアノスが飛び掛かって来ていた。即座に斧を振り回し、2体まとめて斬り伏せる。

 

「前。」

 

今度は前方の5体が5方向に別れ、横に出た2体が口から氷のブレスを飛ばしてきたため、右からのを避け、左からのものはスラッシュアックスを振り払ってギアノスの首もろとも断ち切った。しかし同時に飛びついてきた真正面の個体の攻撃を防ぎ切れず、ギアノスはアルバートに覆い被さってその首元に噛み付こうとしたのを、何とかして抑える。

 

「ザットさん…!」

 

彼の方を見ると、後ろからギアノスが迫って来ていた。早くコイツを追い払って彼を助けねばと藻掻くが、ギアノスの力は強く中々引き剥がせない。

 

後ろのギアノスがザットに飛び掛かる。もう駄目だと思った矢先、ザットは杖の中から刀を引き抜き、前を向いたまま後方のギアノスを串刺しにした。続けて襲ってきたギアノスの攻撃をバック宙で回避し、スライディングでその個体の足元に潜り込むと首元を掻っ切る。彼の背中側の個体が吐いたブレスは側転で避け、そのギアノスを杖、否、刀を収めていた鞘で殴り飛ばすと、アルバートの方へと走り、彼にのしかかっている個体に飛び斬りを食らわせた。

アルバートも体制を立て直し、すぐ真横から噛み付こうとしてきた個体を斬り倒す。アルバート達の右手側にいた2体がそれぞれ2人を狙ってブレスを吐くが、両方ともそれを回避し、アルバートが攻撃しようと2体の方へ向かい始めた頃、既にザットが2体まとめて串刺しにしていた。

残った4体のギアノス達は、こちらが不利だと判断したのか、捨て台詞を吐き捨てるように一吠えだけして去っていった。

 

「…ザットさん。」

 

「なんだね?」

 

「あなたヤバすぎるっしょ!?ほんとに見えてないんすよね!?」

 

「ああ。全て聞いた通りに動いているよ。」

 

「いやマジすげえっす!正直さっきまでは胡散臭いと思ってたけどこれは信じるしかないっすよ!」

 

「そ、そうかい?人に褒められるのは久し振りでね。少し恥ずかしいから落ち着いてくれたまえ。」

 

「はいっす!」

 

そして歩くこと40分、彼の言う場所までかなり近くなってきた。すると、空に一筋の赤い光が上がっていくのが見えた。あれは信号弾の光だ。光は丁度真正面の斜面を登っていった所から上がっている。

 

「あれって!」

 

「信号弾の音だね。当たりだ。」

 

光の出た方へ走っていくと、2人のハンターが立っており、片方が小銃を天に向け、再び信号弾を発射していた。

小銃を持っている、ブラントドスの防具と太刀の“凍刃【氷華】”を身に着けているハンターはノリス、ボルボロスの防具を着てリオレイアから作られるチャージアックスの“ディア=ルテミス”を担いでいるハンターはアミーナだ。

 

「おい、あれアルバートだ。」

 

「私の言った通りでしょう?探さずとも、ここに辿り着くと。」

 

「2人とも無事で良かったです。」

 

「それはこちらの台詞ね。何事もなくて良かったわ。それで、そちらの殿方は?」

 

「アルキュリエのザットと申します。以後、お見知り置きを。」

 

ザットは紳士的で、上品な挨拶を2人にも行った。

 

「アルキュリエがここに?グケラーゴからはかなり遠いが。あ、僕は大陸から来たギルド所属のハンター、ノリス・ヴォネガット。よろしく頼むよ。」

 

「同じくアミーナ・ラムズィです。どうぞよろしく。」

 

何処かがさつさを感じるノリスと、丁寧なアミーナの挨拶は対照的だった。アミーナは普段占い師をしており、その時は今以上に丁寧かつ淑やかな話し方をするらしい。

 

「さてと、これで感動の再開も果たせた事だ。早速ドフラスコス討伐を再開したい所だが…」

 

ノリスがザットに目をやる。

 

「ザット…さんだっけ?どうします?」

 

「ご迷惑でなければ、私も同行願いたい。」

 

「姐さん、どうするよ?」

 

「私は別に構わないわ。アルバート、貴方は?」

 

「むしろ協力して欲しかったんすよ!この人やべえっすから!」

 

「じゃあ決まりだな。ドフラスコスの位置だが、昨日アルバートと別れた後に調べて大体の目星は付いた。ポイントを回って行こう。」

 

「彼らのルートは私には分からない。アルバート君、すまないが今度は私を案内してくれないか?」

 

「了解!」

 

ザットの手を引きながら、アルバートは2人の後をつけた。途中、その様子を見たノリスが聞いてくる。

 

「ちょ待て、そのオジサマ、目ェ見えてないのか?」

 

「実はそうで…」

 

「じゃあ同行させない方が良かったんじゃないのか?」

 

「余りにも自然に歩くものだから気付かなかったわね。どうして先にそれを言わなかったの?」

 

「か、彼を信用してください。」

 

「それは流石に…」

 

「でも俺この人いなかったら死んでたっす。」

 

「イマイチ信用仕切れねぇなあ…」

 

「見給え君達、左側の雪原でバンデロスが3体、死骸に群がっている。彼らの足音からして毛皮のある生き物だから、サルターのものだろうか?」

 

3人はザットに言われた通り左側に目をやると、たしかにそこには雪原があり、ガウシカから角を取ったような草食種の死骸に、前に突き出た不良の髪型みたいな角を持つバッタに似た甲虫種、バンデロスが3匹くっついていた。

 

「……マジで?」

 

「もう一度確認するけど、目が見えないのよね?」

 

「ああ。だがその状況の音が聞こえてね。」

 

「ね?凄いっしょ?」

 

それから2人がザットの同行に対して何かを言うことは無くなった。

 

それからおよそ1時間、4人は森を出て木の全く生えていない凍原へと出ていた。地面には草むらやコケが生い茂っている。

指定の場所まで歩き続け、ノリスがポイントに到着したと言う前から、なぜそこに印を付けたのかが分かった。

周囲に刺激臭が漂っており、それが話に聞いたドフラスコスの分泌液だろうと容易に推測できた。

 

「昨日より強いな。」

 

「最近ここに吐き出したわね。これを見て頂戴。」

 

アミーナが雪の被った茂みを指差し、そこには黄色い液体がかかっており、それが臭いの元らしく、周りの空気よりも強烈な刺激臭がした。

 

「ひでぇ臭いだ。近寄りたくないね。」

 

ノリスは茂みから少し離れようとした時だった。

 

「爪の者が戻って来るぞ。隠れよう。」

 

唐突にザットがそう提案した。彼の聴力がハンターの勘よりもずっと頼りになるという事は分かりきっていたため、3人はザットに従い、分泌液のある茂みとは別の、人が数人隠れられる茂みの中へと移動した。

全員が隠れてから間もない内に、兇走竜ドフラスコスは口に肉を咥えながら姿を現した。二足歩行の鳥竜種で、近縁種のギアノスやゲネポスと似た体躯をしていたが、その大きさは遥かに上回っており、爪も更に分厚かった。体は茶色と白っぽい皮膚に覆われ、肩から背中にかけて、赤茶色交じりの黄土色をした体毛が生えている。前脚の5本指に太い爪が生え揃い、脚にも大きな爪が一本ある。小さく開いた口からはナイフのような牙が幾つも顔を出ししており、大きな目はオレンジ色で血走っている等、一目で危険なヤツだと分かる形相をしていた。

 

「僕はヤツを引き付けて攻撃を受け流す。アミーナはエネルギーを充填させたらタイミングを見計らってデカい一撃を食らわせてやれ。アルバートは昨日言った通り、茂みから観察。ザットさんも待機しててくれ。」

 

ノリスはボソボソとした話し方で他の3人にそう言った。2人の役に立てないのは悔しいが、足を引っ張りかねないのは真実だから仕方がない。そもそもハンター歴1年もないこんな若造をわざわざ連れてきてくれたことが奇跡だった。

 

「2人とも頑張ってな!」

 

2人に喝を入れ、その様子を見守る。

ノリスが茂みから出ると、地面を嗅ぎ、何か違和感を感じるも肉を貪り始めたドフラスコスの背後から太刀を振り払った。

兇走竜は不意打ちに怯み、目を細めてノリスを睨みつけると、爪を広げて威嚇した。

 

「来いよ…」

 

ノリスは鞘に刀を納め、中腰で構えを取る。ドフラスコスがジャンプで飛び掛かってきたのに合わせて刀を抜き、鳥竜の太腿に一筋の切り傷を入れた。続けざまにアーリアが剣で胴体を斬り、溜めたエネルギーを盾に充填させる。そんな2人の戦いの横で、ザットは何かを感じ取るように周囲を警戒しているように見えた。

 

「あの…何か?」

 

「近付いている。私達で止めるぞ。」

 

「誰が?」

 

ザットは帽子を外し、アルキュリエの装備に似た仮面を装着した。仮面は鈍色で、中央には八角形の赤い石がはめ込まれている。目に該当する部分には穴が空いておらず、彼が創った専用のマスクということだろう。

 

「え〜っと、雪の民の長、要するにドドブランゴ。牙が折れている。恐らく爪の者、ドフラスコスに奪われた餌を取り戻しに来たようだね。」

 

「2人のために、俺達で食い止めましょう。」

 

「では行くとしよう。」

 

ザットは茂みから飛び出し、杖を突き立てて雪に覆われた、ほぼ直角の斜面を滑り降りていった。

 

「えっ、ちょっと!?」

 

彼の思わぬ行動に大声を出してしまい、まずいと思って後ろを振り返るも、ドフラスコスはアーリアの放った超高出力属性解放斬りを受けて目眩を起こしており、ノリスに空中から刀を振り下ろされている最中だった。

 

「おい、どうしたんだ!?」

 

ドフラスコスの首筋を切り裂いた後のノリスが顔をこちらに向けて聞いてくる。

 

「ドドブランゴが近付いているらしいので、行って来ます!」

 

「おい待て!勝手な行動をするな!」

 

彼の制止を無視し、ザットと同じようにスラッシュアックスを突き立てて斜面を降下する。着地に失敗し、地面を転がるも、ザットに止めてもらい、よろめきながら立ちあがった。

 

「大まかな地形は?」

 

「ほぼ平坦。戦闘には完璧です。」

 

「そうか。もうすぐそこまで走って来ている。行くぞ。」

 

「はい!」

 

奥の崖から白い猿のような獣が血を流しながら飛び出してきた。雪獅子ドドブランゴ、ブランゴを統べるボスだが、リーダーの証である牙が両方折れており、深手を負っている。

 

「あれは…そうか…年老いたあの者か…」

 

「年老いた?」

 

たしかにそのドドブランゴは全身に大量の傷が付いており、毛も一部分がごっそり抜け落ちているなど、年老いているように見える。ふと、登山中のザットの話を思い出した。

“老齢の雪の民の長にも出会ったよ。威厳ある咆哮をあげていたのが印象的だったね”

まさか、過去に彼が遭遇したドドブランゴが?

 

「彼と遭遇したのは今から3年前の話だ。その後、主としての資格を失ったのか…」

 

ドドブランゴはアルバート達に向かって吠える。しかし、その声は耳を塞ぐほどの大音量ではなく、いつもモンスターの声を聞いた時特有の、身の毛もよだつような感覚もあまり感じられなかった。

 

「あの時の声とは違うな…。すっかり失墜し、威厳を失っている。」

 

「どうしてこんな執念深い事を?ドフラスコスが取っていったのは肉のたった一欠片だけなのに…守る群れがもう存在しないなら、餌を多く残す必要は無いはずじゃ?」

 

「重要なのは餌ではなく、ドフラスコスに縄張りを荒らされた事ではないかね?」

 

ドドブランゴの身体にある傷の中には、体毛を赤く染めている新鮮な傷跡も存在している。餌を奪いに来たドフラスコスの、鋭利な爪で斬り裂かれたものと考えれば納得がいく。

 

「縄張りを部外者に荒らされたことに怒っているってこと?」 

 

ドドブランゴはおぼつかない足取りでこちらに突撃してきたが、ドフラスコスに付けられた傷の影響か、途中で体勢を崩して倒れ込んでしまった。

 

「群れの長としての資格を失い、部下も失ったが、それでも彼はリーダーとしての誇りを失わなかった。それ故に、自らがリーダーとして広げてきた縄張りを護ろうとした、今まで自分がそうしてきたように…と考えるのは少し感情移入が過ぎるかね?」

 

老いたドドブランゴは立ち上がり、大きく息を吸ってブレスを吐こうとするが、彼の口から出てきたのは白い冷気をまとった霧ではなく、深紅の生温かい鮮血だった。

 

「自分の持っている信条と誇りを失った時、それは自分では無くなる。もし彼がそう考えているなら、私も同感だね。」

 

彼が誇りを持ってアルキュリエを名乗り続けるのは、かつて彼が持っていた信念を、追放した者達への恨みから捨ててしまい、彼が彼で無くならないようにする為だった、ということなのか?過去の栄光に執着しているからではなく、自分の信じる者を失いたくないからか?

考え直してみれば、もし自分がハンターでいられなくなった時に、ハンターとしての誇りさえ捨ててしまう事、それは今までの自分を裏切ってしまう事になる。大切なのは、“自分が何者であったか”ではなく“自分が何者であり続けるか”だという事か。

 

「私がアルキュリエを追放された時、私は何者でもなくなった。そう考えていたよ。しかし、私はザットという名の騎士ではなく、騎士をしているザットという人間だと気付いたんだ。そして私を形成しているのは騎士という称号ではない。騎士としての信条と誇りだ。」

 

ドドブランゴは天を仰ぎながら咆哮をあげる。しかしブランゴ達は現れない。再び咆哮をあげようとするも、また血を吐いてよろめきながら倒れた。

 

「例え騎士の称号を外されても、騎士の心を捨ててはならない。それを捨てた時、私は本当に何者でもなくなってしまうからだ。だから私は、称号としてではなく、信念としてアルキュリエを名乗り続ける。」

 

「このドドブランゴが、牙を失ったドドブランゴが、信念としてリーダーであり続けようとするなら…」

 

「彼の持つ縄張りを、最期までリーダーとして護る。そして今、その信念を果たす時が来たようだ。」

 

奥からドフラスコスがこちらに向かっており、それを追ってノリスとアーリアが後ろに続いている。

 

「奴を追い詰めた。あと少しだ!」

 

「ドドブランゴ、ザットさんの言う通り本当に来ていたのね。」

 

2人との戦闘によってドフラスコスは手負いの状態で、体中が傷まみれ、爪も何本か折れていた。

 

「同士討ちを狙うぞ。」

 

ノリスはそう言って投げナイフをドドブランゴに投擲する。ドドブランゴはそれに反応し、低い悲鳴をあげて起き上がったが、やはり足元がふらついており、いつ再び倒れるか分からない状態だった。

ドフラスコスはまた貴様か、とでも言うようにドドブランゴを睨みつけて飛び掛かり、トドメを刺そうとした。

しかし次の瞬間、ドフラスコスの身体は宙を舞い、アルバートの後ろまで吹き飛ばされていた。ドドブランゴは拳を突き上げ、今までの弱り具合がウソのように真っ直ぐに立っている。ドフラスコスもすぐに起き上がり、前脚を構えてドドブランゴに突進する。雪獅子はドフラスコスが爪で引っ掻く動作を見せる瞬間にバックステップで後退して距離を置き、そこからラリアットで飛びついて反撃を食らわせた。

そのまま2頭は揉み合いになり、ドフラスコスはドドブランゴの体を爪で引っ掻きながら腕に何度も噛みつき、一方のドドブランゴはそんな攻撃に屈さず、ドフラスコスの顔面目掛けて何度も拳を振り下ろした。そして噛み付こうと口を開いた兇走竜の上顎と下顎をそれぞれ掴み、無理やり引き裂こうとしたが、腹部に蹴りを入れられ、後ろに突き飛ばされる。

ドフラスコスは尻尾をくねらせてドドブランゴに威嚇し、再び食らいつこうと爪を構えて突撃するが、ドドブランゴは身を屈めて背中で爪を受け、胴体に鯖折りを仕掛けて放り投げ、間髪入れずに上を取った。ドフラスコスはもう一度腹目掛けて蹴りを入れ、今度はドドブランゴの腹に爪が差し込まれた。

しかしドドブランゴは怯まずにドフラスコスの顔面を左右の腕で殴打し、上顎と下顎を掴んで無理矢理こじ開け、そのまま引き裂こうと引っ張った。引っ張られた咬筋がブチブチと音を立てて千切れ、血が流れ始める。ドフラスコスは抗おうと腹に刺した左脚を更に奥に差し込み、前脚で胸を何度も引っ掻くが、ドドブランゴは力を緩めるどころか更に強く顎を引っ張った。

バキッという音と共にドフラスコスの顎が外れる。更にドドブランゴは上顎を首側にへし折り、完全に首の骨をへし折った。

引っ掻こうと藻掻いていたドフラスコスの前脚がだらりと垂れ、兇走竜は息絶えた。ドドブランゴは腹に刺さっていた後ろ脚を引き抜くと、立ち上がって天高く吠え、一帯に雄叫びを轟かせた。そしてその直後、ドドブランゴは後ろに向かって倒れ、赤く染まった雪の上で動かなくなった。

 

「共倒れ…か……まぁ両者共に手負いだったからな。」

 

「ドドブランゴが自身より格上のドフラスコスを倒すとは驚きね…珍しいものを見せてもらったわ。」

 

ノリスとアーリアは、この争いを何処か達観しているような、大自然の中で行われている出来事の一つとして冷静に分析しているようだったが、アルバートの中では、この争いは信念を貫き通した1頭のリーダーの、最期の一幕を観ているようだった。例え知性の高いドドブランゴとは言えモンスターに過ぎない。ザットの言うような、人間的な信念と誇りを持っていたのかは分からない。しかし、少なくとも彼には何かしら、傷付きながらも戦う程の大きな理由と決意があった事だろう。

 

「集っている。きっとあの声でだ。」

 

ザットの言葉を聞いて周囲を見ると、何頭ものブランゴが遠くから雪獅子の骸を眺めていた。最期の咆哮を出した時の彼は、牙が無くとも、雪の民の主そのものであった。

 

 

 

 

空が曇っていて分からないが、そろそろ日が傾き始めた夕暮れ時だろう。ドフラスコスを運び終え、キャンプに到着した一行は撤退準備を整えていた。アルバートは荷物をまとめ終え、一人ベースキャンプの崖に座り込むザットの元へと歩いた。

 

「ザットさんは、これからどうするんですか?」

 

「今まで通りさ。旅を続けるよ。君はどうする?」

 

「俺は…俺もいつも通りかも。これからもハンターとして、クエストをこなして精進していきます。」 

 

「そうか。次出会った時は、より重みのあるいい声になっている事を期待するよ。」

 

「あ、俺やっぱりまだ未熟っすか?」

 

「少なくとも出会った時よりは少しいい声になったかな。何か変わったのかね?」

 

「実は、ザットさんの言いたい事が少し分かったかもしれないというか…最初よりも、信念を持つことの大切さを、学んだ気がします。」

 

「なるほど。君の成長に関われたのなら、喜ばしい限りだよ。」

 

「…また、会えますかね?」

 

「私はこれからも旅を続けていく。アルキュリエの信念を持ちながら。君がハンターの信念を失わずに、狩りを続けていれば、また必ず。」

 

ザットはそう言って立ち上がり、山の中へと歩いていった。

 

「最後に一つだけ聞いても良いですか?」

 

「なんだね?」

 

「結局アルキュリエの信念とか誇りって、何なんでしょう?」

 

振り返ったザットは微笑みながらこう返した。

 

「さあね。私を突き動かす何かとしか言えないよ。それに、その答えが簡単に見つかってしまっては、面白くないだろう?」

 

段々と小さくなり、見えなくなっていくザットの背中を見送り、アルバートはグケラーゴへ向かう飛行船に乗り込んだ。

 

 

 

 

「結局あのオジサマは何者だったんだ?」

 

飛行船の上でノリスに聞かれた。

 

「俺にも分かりません。ただの変わった人としか。大きな信念を持ってそれの正体を探し求めている、変わった人。」

 

「信念ねぇ…僕はまぁ、人助けかな?誰かの役に立てる。それがハンターしてる理由だよ。」

 

「アーリアさんは?」

 

「私?私もまぁ、人助けかもしれないわね。占い師としても、ハンターとしても。人の運命を占って、その人のより良い未来を考えるのが占い師としての私。そして人の運命をより鮮明に見るために、自分の運命を動かせるのがハンターの仕事だと考えたの。」

 

「お二人とも、しっかりとした芯があるんですね。」

 

「そういうお前さんはどうなんだ?」

 

「俺は…まだよく分からないです。ハンターになったのも、なんか興味があって、やりたいからってだけで。芯のある理由は…」

 

「理由を見つけるのなんて、後でも良いのよ。」

 

「え?」

 

「姐さんの言う通りだ。お前さんまだ若ェんだから、自分がどうあるかとか結論出せなくたって良いんだよ。」

 

「もしもそれが気になるなら、いつでも私が占ってあげるわ。考える上で役に立てるかもしれないから。」

 

「え、良いんですか!?」

 

「それに私の占いは無料よ。」

 

「無料!?」

 

「さっすが姐さん、占いの宣伝が上手いねぇ。」

 

「貴方も占ってあげましょうか?」

 

「いいねぇ、僕の運命の人占ってよ〜。」

 

「それは私の専門外ね。」

 

「ちぇ〜ッ。」

 

信念なんてものは、すぐに見つけられるものではない、もっと色々な世界を見て、様々なものと出会って、その果てに行くことでようやく掴み始められる物なのかもしれない。そういう意味では、アルバートはまだ振り出しから一歩出た程度に過ぎないのだ。ハンターを続け、先輩達を見ることで自分の中にある何かを見つけて行こう。

アルバートはそう思いながら空に浮かぶ満月と、光り輝く星空を見つめていた。

 


 

5日後、アルバートはアーリアの占いを受け、その結果について考えていた。モンスターを模したカードで運命を占う彼女に見てもらった結果、出てきたカードは何の因果かドドブランゴだった。彼女曰くカードの向きが重要らしく、絵が逆転していない方で出たため、そのモンスターがそのままの意味で当てはまるということらしい。

 

「ドドブランゴは部下のブランゴを引き連れ、彼らを統べるモンスターです。」

 

噂通り、占い師としてのアーリアはハンターの時よりも丁寧な口調でゆっくりと話した。

 

「それはつまり?」

 

「貴方にとってのリーダーが、貴方を導いてくれる存在が、貴方に大きな変化を与えてくれるでしょう。」

 

「それは誰でしょう?」

 

「それは私には分かりません。貴方が知っている筈です。」

 

周りの人間は先輩ばかりで、誰がそれに該当するのか正直分からない。脳内に浮かぶのは、今回のクエストに同行させてもらった先輩ハンターのノリスと今占ってもらっているアーリア、そしてアルキュリエのザット、または過去に同行させてもらった先輩ハンターの2人だった。しかしそれ以外の人の可能性もある。やっぱり分からない。

 

「他になんというか、こうすると良いみたいなのは?」

 

「そうですね、貴方が最も信頼を置けて、尊敬できる人がその相手かもしれません。」

 

それなら一人該当者がいる。そしてその日昼食を取りに行った店で、その人物は自分を待っていたかのように座っていた。彼女と話す時、何故か異様に緊張してしまい、呂律が回らなくなってしまう。しかし、彼女の持つ穏やかな雰囲気は、アルバートに強い安心感を与えてくれるのだ。勇気を振り絞り、その人物に声をかけに行く。

 

「先輩、お、お久しぶり…です…」

 

テーブルで食事を取りながら何かしらの書類を確認していた先輩ハンターことリエル・ミシェリアは、アルバートの顔を見ると顔をほころばせ、小さく手を振ってくれた。

 

「久し振り!アルバートくん!」

 

相変わらず温かみのあるオーラを発しながら、彼女は話を続けた。

 

「元気にしてた?ハンター業はどうかな?」

 

「おかげさまで…です。」

 

何故か彼女と顔を合わせることが出来ない。人と話すのは得意な自信があるが、何故か彼女だけは例外なのだ。決して嫌いだとか怖いだとかそういった感情は全く抱いていない。それなのにどうしてか、言葉が詰まり、マトモな受け答えをする事が出来なくなる。

 

「それは良かった!ハンターって始めてからすぐの時は分からない事も多いでしょ?困ったら聞いてくれて良いからね。」

 

「はっ、はい!その、実は………」

 

喉の奥から自分の言いたいことを無理矢理引き出すように、言葉を話そうと必死になる。ただ一言伝えるだけなのに、背筋を汗が伝う。

 

「大丈夫?汗かいてるよ?」

 

「だいじょう…ぶ…僕その……」

 

リエルは困惑して顔を傾ける。このままでは彼女を困らせてしまう。それはもっと良くない事だ。ただ一言、喉からただ一言捻り出すだけだぞアルバート。

 

「僕を弟子にしてくだ()()()!」

 

彼女が驚いた顔でアルバートを見つめている。

 

「あ、しまった普通に噛んじゃった。」

 

「弟子になりたいって事…?私の?」

 

アルバートが噛んだことには特に触れず、リエルは話を進める。

 

「はっはい!僕をもっとその、しっかりとしたハンターにして欲しくて!鍛えてほしくっ!」

 

「ええっと、私みたいな師匠で良ければ、喜んで。」

 

いよっしゃあああああああああああああああああああ!!!

 

「でも私も弟子を持った事無いから、取り敢えず何すれば良いか分からないけど…あ、明日時間あるかな?」

 

「あ、明日ですか?」

 

「うん。明日一日使って、最初の修行にしよっか。」

 

「最初の修行…それは一体…?」

 

「そうだなぁ。まずはお互いの事もっとよく知るために()()()()()()()とかどうかな?」

 

「それってててててててててて──」

 

「要するに、デートって事だね。」

 

その後の事はあまりよく憶えていないが、極限まで引っ張られた緊張の糸が思い切りちょん切られ、放心状態になっていたのだけは確かだった。

 

 

第9話 End

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