Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第10話:アイスブレイク

 

日も沈み、すっかり暗闇に包まれた宿の小部屋の中で、灯蟲の入ったカンテラの明かりに照らされながらリエルは書類をまとめていた。

ひっきりなしに届く依頼を次々とこなし、その報告書を作成してギルドに提出する。数日に一つやる分には全く忙しいと思わないが、一日に複数のクエストをまとめて遂行してくるとなると話は変わってくる。

 

「黄金石のかけら採掘と、ブランゴの肋肉の収集、あと毛の依頼も終わったから…それでギアノスの群れの掃討と、そこにいたドスギアノスの討伐も……」

 

その中で現在報告書を完成させている依頼は白い毛を持つ猿のような牙獣ブランゴの肋肉と、その名の通り金色に輝く鉱石こと黄金石の欠片を採掘してこいというものだけだった。

これらのものは翌朝までに終わらせたい。明日には予定があり、明後日からは連続して複数の場所を回りながらクエストに行く必要があるからだ。

 

「明後日は霧峰凍原、次は黄跡砂漠…どっちも大型モンスター相手…荷物も早くまとめなきゃだなぁ…何か足りてないかもだし。」

 

このグケラーゴという街は、島で最も大きく標高の高い山脈の中腹に位置しており、上に行けば雪と暴風が吹き荒れる極寒の地“霧峰凍原”に、下に降りれば乾いた大地に灼熱の太陽が照りつける“黄跡砂漠”に行くことができる。

それぞれのフィールドに生息するモンスターの素材が現在、島の中に造設される予定の拠点に必要とのことだ。建設予定の拠点であるジャグミンルバは熱帯の中に存在するため、運び込む食品の品質を保ったまま運搬するのが難しい。そのために冷気を纏った身体を持つ、氷人魚竜イソネミクニ亜種の素材を利用するというのが一つ。

そしてモンスターが多く生息する環境において、それらを避けるために特殊な匂いの煙を焚くらしく、その燃料の材料として使われるのが黄跡砂漠に生息する赤甲獣ラングロトラの内臓器官だという。

 

「今も仕事中かい?夕飯の準備が出来たよ。」

 

堂々としたような凛々しい声が後ろから聞こえる。長身の仮面を付けた女性、シーラが壁にもたれかかりながら立っていた。彼女はリエルと同じハンターであり、現在はこの宿で同居している。

 

「今書いてるのが終わったらすぐに行きますね。」

 

 

 

ブランゴの体毛納品の内容と、それに伴って討伐したブランゴの数を記入し、書類を書き上げる。伸びをして立ち上がり、シーラのいるダイニングへ行ってテーブルの椅子に腰掛けた。テーブルには切り分けられたパイと鮮やかな赤色のシチューのようなスープが並べられていた。

 

「私の故郷の味を再現してみたよ。どうぞ召し上がれ。」

 

「いただきます。」

 

スプーンでスープを掬い、一口飲む。トマトの酸味が強くも、酸っぱくなりすぎないようにそれを支える野菜の甘みや肉のコクが付いている。

 

「そのスープはクリームを添えるとより美味しくなるんだが、試してみるかい?」

 

「はい!是非。」

 

シーラは小さな器に入った真っ白なクリームを大きなスプーンで取り、スープに乗せてくれた。赤と白のコントラストによって見た目がより華やかになった。クリームとスープを一緒に掬って口に運ぶ。クリームの爽やかな酸味との相乗効果でより旨味が引き立てられる。

 

「そうだ、今日の昼あの少年とは何を話してたんだい?」

 

「昼?少年…アルバート君の事ですか?」

 

「ほぉアルバートというのか。今朝から君をストーキ…観察していたら知らない少年と会話しているのを見かけてね。」

 

「ストーキングも観察もやめてください。」

 

「姫様を守るのは勇者の役目だろ?」

 

「とにかく、アルバート君はここ(ユデグエンド島)出身のハンターの子で、前にグケラーゴに来た時に一緒に狩りに行ったんです。その時はスタンさんも一緒でした。」

 

アルバート・ハインツ、彼は出身こそ島なのだが、両親は大陸のギルドの調査員である。実績を元に島に送られたリエルやシーラのようなハンターと違い、彼は島のギルドの若手ハンターで本格的な調査には参加できないが、フィールドの開拓済み範囲内でのクエストには行くことができるらしい。2週間程前、黄跡砂漠でクエストを行う際に、シーラと旧知の仲であり、顔の広いハンターのスタン、本名スタニスラウ・ウラフィが同行者として呼んだことでアルバートとは知り合った。

 

「それで、若者同士でどんな話を?」

 

実際アルバートは18歳のリエルに対して15歳らしく、年齢はかなり近い。

 

「実は私に弟子入りしたいって急に言われて…実はそれでも少し、相談があって…」

 

そう言ってからパイを一口頬張る。パリパリとした生地の中に肉汁たっぷりのひき肉やホカホカしたポテト、とろけたチーズが入っていた。熱々の具に思わずはふはふと空気を吸う。

 

「その、私弟子というものを取ったことがなくて、具体的にどうすればいいのかが分からないので、もしかしたら調査隊員の皆さんならそういう経験もあるのかなって。」

 

「私にとってスタンは弟子のようなものだよ。」

 

「え、そうだったんですか!?お二人はてっきり同期かと…」

 

「全然スタンのが若手だよ。ひょんな事から一緒にクエストに行ったら意気投合してね、私の方が先輩だったから彼に色々教える機会があったんだ。それで一時期は彼に先生と呼ばれていたよ。まあ彼の性格を知っていれば分かるように、それは敬称ではなく愛称だったがね。」

 

スタンは陽気なひょうきん者で、ある意味誰とでも対等に接するような人だ。そんな彼が誰かを先生と呼ぶとしたら、それは改まったような敬称ではないというのは納得出来る。

 

「それで、どんな感じでしたか?師弟関係というか、どういう風に修行したかとか。」

 

「そうだねぇ。まあ闘技場と実戦で彼の動きを見て、アドバイスを入れる。そのくらいだったね。彼は飲み込みも早いしアドリブも上手い。私に合わせて動いてくれたり、私が合わせやすいように動いてくれる。優秀だったからあっという間に私に追いついてきたんだ。」

 

「やっぱり師匠と弟子に信頼関係が必要でしょうか?」

 

「そりゃねぇ。」

 

「…実は私、彼に少し距離を置かれてるというか…怖がられてるのかな?」

 

アルバートは普段、それこそスタンと会話している時は人懐っこい可愛い後輩といった雰囲気だが、自分と会話する時は言葉がたどたどしく、どこか恐れられているような、壁で隔たれているような感覚がある。

 

「威圧するつもりとかは一切無くて、一体私の何が彼をその…距離感を作ってるんでしょうか?」

 

「私は君達が会話しているのを遠巻きに見ていたから君の言いたいことは何となく分かる。そこでリエルよ、君は彼とどんな関係を結びたいかね?」

 

「師匠とは言っても、私はそんな教官とかやるような性格じゃないし、できれば対等な立場の師弟関係、それこそ友達みたいなのがいいかなって。」

 

「それに対し彼はその…それ以上を望んでいるんだよ。」

 

「友達以上になりたい…そっか!つまり…」

 

「ああそうだ。」

 

「つまり私に師匠になってほしかったっていうのが原因ってことですか?私と話す時に緊張してたのはそれを言い出せずにいたからで、調査隊のハンターって事で畏怖の念を持たれてたんでしょうか。私怖い人じゃないからもっと気楽に話しかけてくれて良かったのに。」

 

なんとなくだが納得した事を言うと、シーラは椅子ごと後ろに倒れた。しばらくしてゆっくりと立ち上がり、椅子も立て直すと彼女は少しズレた仮面の位置を戻して話し始めた。

 

「そ、そういうことかもしれないね!うん。年齢が近い方が話しやすいと感じるタイプなんだろうね!だとしたら君を選ぶのも納得だ!うん。昼間は勇気を出して君に話しかけたんだろうね!うん。」

 

「実は明日、お互いの事をよく知るために一緒に出かける所から始めようってことになってて、その時に仲を深められるよう頑張ります!」

 

リエルはそう言ってパイをもう一口頬張った。

 

「何かが違う気がしなくもないが、まあ頑張りたまえ。アルバート少年。」

 

 


 

 

翌日、朝早くから支度し、昨晩の間に終わらせた書類をすべてギルドの本部に提出した。

クエストに際して必要なものは砂漠用のクーラードリンク、数が減ってきていたホットドリンク、そして回復薬だった。幸いいずれも同じ雑貨屋で購入できるため、時間が空いたら何をしようかと考えながら集合場所に指定した、グケラーゴの集会所前に向かっていると、そこには後ろに括った髪をいじりながら立っているアルバートがいた。

 

「おはよう!約束よりも大分早く来てたんだね。」

 

「あ、おはようございます!いえその、自分もさっき来たばっかです。」

 

アルバートは俯いて口ごもりながらそう言った。

 

「それじゃあ、行こっか。」

 

「は、はい!ってどこへ?」

 

雑貨屋へ向かう道筋、アルバートの人柄を理解するためにも、いくつかの質問を彼に投げかけた。彼は相変わらず言葉を詰まらせながらも、それらに答えてくれた。

 

「どうしてハンターになろうと?」

 

「両親が書士隊なので、その、色んな話をしてくれて、外に興味を持ったんです。で、でも研究とか難しいこと得意じゃないから、ハンターに。」

 

「ご両親の反応は?ハンターって命に関わる仕事だから反対する親も多いって聞くけど。」

 

「ぼ、僕のやりたい事をやればいいって。まあ何度もあれに気を付けろこれに気を付けろと口を酸っぱくして、言われました…けど。」

 

「得意な事とか苦手な事はあるかな?自分の長所と短所みたいな。」

 

「長所は……やるって決めたらやり遂げるまで諦めない事です。短所は…真っ直ぐすぎて周り見えなくなる事があります。」

 

そうして質疑応答を繰り返していると、雑貨屋の前にたどり着いた。

 

「なるほど…あ、ここだよ。なんかごめんね?面接みたいな聞き方になっちゃって。」

 

「いえ全然!自分も、師匠に色々聞きたいなって…」

 

「師匠じゃなくていいよ。そんな改まらなくたって。気になった事はなんでも聞いてね。」

 

広い雑貨屋の中で、棚に陳列されたドリンク類や薬を探しながら、今度はアルバートからリエルへの質疑応答が始まった。

 

「えっとじゃあ、同じ質問で師しょ…先輩はどうしてハンターに?」

 

「私はね、小さい時から自然の中で遊ぶのが好きで、ある日もそうして草原で綺麗なお花を集めてたら、ブルファンゴに遭遇して、襲われそうになった所を、故郷の村専属のハンターさんに助けてもらったの。顔は鎧を着込んでたから分からなかったけど。私をお姫様抱っこして「怪我は無いかい?」って言ってからボウガンでブルファンゴを追い払うその人の姿に憧れて、私もああなりたいってなったんだ。」

 

「ほ、ほえぇ。そのハンターさん、なんて人だったんですか?」

 

「それが未だに分からなくて。その人、私がハンターになった頃にはとっくに村を出ちゃってたし、村専属ハンターの情報なんて、そう簡単に見られないから。そもそも私の所属してるギルドでは私の故郷、アスタっていう小さな村なんだけど、そこは管轄外なんだ。」

 

回復薬の入った大瓶を一つ抱え、カゴに入れる。

 

「それじゃまたさっきと同じ質問になっちゃうけど、ハンターになるって決めた時、ご両親は?」

 

「何も言わなかったよ。お父さんともお母さんともあんまり仲良くなかったから。私が村から出ていく時も、2人とも凄く安心した表情を浮かべてた。笑った両親を見たのはそれが始めてってくらい。」

 

「…あのその、ご両親と…何か──」

 

「他にも聞きたいこと、あるかな?」

 

「えっと……その…特に…はい。」

 

アルバートが黙り込む。少し重い空気にしてしまっただろうか?少しでも彼が話しやすいよう、気を使わねばと思い、話題を変えてることにした。

 

「お買い物が終わったらお昼まで時間が空くからさ、どこかで朝ご飯にでもしない?私が奢るよ。」

 

「え、でもその…」

 

「気にしなくていいよ。」

 

「あっ…う、ありがとうございます。」

 

ホットドリンクとクーラードリンクも手に取り、会計を済ませる。店から出たあと、ずっと強張って震えていたアルバートの背中を軽く叩く。

 

「へ!?」

 

「そんなに緊張しなくてもいいんだよ?それじゃ、朝ご飯にしよっか。」

 

 

 

その後、朝食を終えた2人はグケラーゴの集会所にあるトレーニングルームを使うため、一度アルバートの家まで向かった。

彼に防具と武器の準備をさせて玄関口で待機している途中、集合住宅の路地裏に入る複数の人影を見つけた。怪しい動きで消えていったそれが妙に気になったため後を追うことにした。

建物の壁から顔を出し、その様子を観察する。路地裏にいたのは3人の男性で、何かの会話をしている。耳を澄ませて内容を聞き取る。彼らは島の言語を使っており、おそらく現地の人間だろう。

 

「例の奴は持ってきたか?早く始めようぜェ〜!」

 

「それ使えばほんとに騎士共みたいになれるのか?」

 

「“ジェビーリャ”に隠し味をした品だ。流行りの物だし高く付くぞ?」

 

ジェビーリャという言葉には聞き覚えがある。たしか島の様々な街の裏で取り引きされている、違法な薬物の通称だ。いわゆる隠語で、ギルドマスターや前から島で活動する調査隊員に何度も忠告されたことがある。“島の現地語で草の種子(ジェビーリャ)花の果実(フロルータ)などと言われても決して反応するな、ましてや渡されたものを受け取るなどもってのほかだ”と。

 

「いくらでも払うぜ。いくらだ?」

 

「そうだな。だいたい──」

 

黒いスーツに帽子を深々と被った長身の男が売人だろうか。そしてガタイの良い他の2人は、焦点の合っていない目つきや興奮気味な話し方から服用者だろうか。しかし草の種子に対しては初めてのような反応を見るに、他の何かしらの薬物を使用してこうなっているのだろう。目の前で違法な取り引きが行われているのを見過ごす事はできない。路地裏に入り、3人に慣れない現地の言葉で声をかける。

 

「あの…!」

 

3人の男は視線をこちらに移す。買い手の一人がニヤニヤと笑いながらよだれまみれの口を開く。

 

「なんだいお嬢ちゃん。オメェもこれ欲しいのかぁ?」

 

「その薬って、正規で取り引きされてないものですよね?そこの黒服の人は、それをどこで?」

 

「……取り引きは一旦中止だ…!」

 

黒スーツが走って逃げ出したため、すぐさま追い掛けようとする、だが、買い手の男の一人に襟を掴まれ、壁に叩きつけられた。

 

「お嬢ちゃん、俺達が嫌いなことが何か知ってるかぁ?それはねぇ、正義気取ってるガキなんだよォ!!!」

 

男は拳を振り下ろすが、リエルは首をひねってそれを避ける。反撃に男の腹に蹴りを入れると、男は腹部を押さえてうめき声を上げながら倒れた。いくら相手が自分より大柄な男の人とは言え、力ではハンターであるこちらの方が優位に立てるようだ。

黒スーツの逃げた方へと走ると、こちらに背を向けて慌てた様子で走る男が見えた。

体当たりで黒スーツを押さえ込み、身柄を確保する。まだ朝方ゆえに周りに人はいない。このまま拘束して治安維持を行う騎士団“アルキュリエ”に突き出そうと考えていると、後ろから髪を引っ張られて地面に倒される。

 

「よくもダチ公の腹ァ蹴っ飛ばしてくれだなぁ!!」

 

顔を目掛けてストレートが飛んで来る。両手で防ぎ、足を男の足に絡みつかせて体勢を崩させてから相手をうつ伏せ状態にし、上から体重を掛けて取り押さえる。

 

「観念してください!このままアルキュリエに…!」

 

その瞬間、後ろから何者かが猛スピードで駆けつけている音がし、本能的に危険を感じて制圧している男から離れた。

直後に1人目の男がジャンプでもう一人の側まで飛び込んできた。

 

「なァ〜シャドブ。さっき貰った薬だけどよォ、すんげェんだよ。使うと、力がみるみる湧いてきたぜ!!へへへへ、お前も早く使えよォ〜」

 

「た、助かっだぜコスノック!手を貸してくれや相棒。」

 

シャドブというらしい男が左手を差し出す。コスノックは右手でそれをガッシリと掴み、彼を立ち上がらせた。

 

「ヒヒヒ、さ、俺も早く使いたいぜ、だがらよコスノック、手ェ離してくれや。もう大丈夫だ。」

 

コスノックはシャドブの手を強く握っている。が、その力があまりにも強いのかシャドブの腕が震え始める。

 

「も、もう大丈夫だっで!痛ェよ、力比べか?なら降参だ降参!」

 

しかしコスノックが手を離す気配は無く、それどころかさらに力を込め始めた。シャドブも異様さを感じ、必死にコスノックから離れようと腕を引っ張るが、彼の体は柱のようにぴくりとも動かない。

やがてシャドブの右手はごちゃっという音を立てて潰れ、果物から搾り取った果汁のように彼の血が垂れてきた。

 

「ぎぃやぁああああああああああああ!!!!」

 

シャドブは使い物にならなくなった自分の右手を見ながら絶叫した。コスノックは左手に付着した彼の血を舐め取り、それから顔に塗りたくった。

しばらく呆気に取られて動けずにいたが、すぐにこれがどうなっているのかを聞くために四つん這いで逃げようとする売人の後ろ襟を掴んで問い詰めた。

 

「あれは何ですか!?どうしてあんな…」

 

コスノックは狂喜乱舞しながらシャドブに馬乗りになり、顔面を何度も殴打している。顔に血を塗り、叫びながら友人を殴りまくっているその様は、もはや人間ではない、バケモノを見ているようだった。

 

「ヒイッ!?俺は知らない!ただ渡された薬を売りつけただけだ!それを使ったらどうなるかなんて知らなかった!」

 

コスノックは既に気を失いって顔中が瘤まみれのシャドブに拳を叩きつけようと振り上げる。

 

まずい、と思ったのも束の間、小さく重々しい物体コスノックの側頭部に直撃し、巨漢は倒れた。物体はよく見ると人の半分ほどの長さをした斧で、柄の部分を激突させたようだった。素材は骨か、モンスターの甲殻かもしれない。これが高速で飛んできたとなると、普通の人間では良くて失神だが、コスノックは頭を抱えて喘いでいるだけだった。

 

「しぶてぇなあ。あぁん?」

 

剣を投擲した本人らしき人影が奥に立っている。モンスターの鱗や金属などで構成されたようなトゲトゲしい鎧を纏い、顔には中央に赤く光る丸い石がはめ込まれた仮面を被っているその男性は、街を護る騎士、アルキュリエだった。

 

「じゃあ眠ってもらうぜデカブツさんよぉ!」

 

アルキュリエはモンスター顔負けの大ジャンプでコスノックに飛びかかる。落下の勢いを乗せたパンチの一発で彼の顔が地面に埋まり、同時に彼を気絶させてしまった。

 

「ったくよ、まぁ〜た例のクスリだな?お、アンタら大丈夫か?」

 

アルキュリエはこちらに向かって話しかけてきた。

 

「あ、その大丈夫で──」

 

「助けてくれ!この女も薬でおかしくなって俺を襲っているんだ!!」

 

売人の男が急にこちらを悪人に仕立て上げてくる。

 

「え、ちょっ…」

 

「オメェもかァ!!!」

 

弁明しようとするもアルキュリエのチョップを頭にモロに受けてしまい、リエルは意識を失った。

 

 


 

 

キリキリとする頭痛に唸りながら目を開く。

視界がぼんやりとしていてよく分からないが、次第に目が慣れてくると、リエルは知らない建物内のベッドで眠っていたようだった。

周りを見ると、室内に1人の女性がこちらに背を向けて座っており、何かの作業をしている。

 

「あの…」

 

声をかけるとその女性は振り返り、あらまと口を右手で塞いだ。その時指が4本である事を確認し、彼女の耳を見る。細長い三角形の耳と4本の指は、長命な竜人族の特徴そのものである。

 

「私どうなって…それとここはどこですか?」

 

「あなたの最後の記憶は?」

 

その竜人の女性は黄色のギョロリとした目で真っすぐこちらを見つめており、何とも言えない威圧感を漂わせている。

まだ頭はズキズキと痛んでいて気を失う前のことをあまり思い出せない。

 

「あんまり記憶が…」

 

「そうだねぇ…ワタシが聞いた話だとあなたは頭に衝撃を受けて気を失ったそうだけど、思い出せない?」

 

それを言われてハッとした。たしかアルキュリエは竜人族のみで構成されている組織だ。つまりここはアルキュリエの本拠地だと考えるのが妥当だろう。

 

「えっと…容疑者として取り調べですか?」

 

「あ〜いやいや違うんだよ、もう君の潔白は証明されている。ただ気絶してたからこの部屋に寝かせてたんだよ。どこか痛むとかは?」

 

「無いです。」

 

「これは何本に見える?」

 

竜人族の女性は手を広げて出してきた。

 

「え〜っと、ご…じゃなくて4本です。」

 

「ん、大丈夫そうだね。もう少しここで待っててくれ。」

 

女性は部屋から出ていき、しばらくすると竜人族を2人と、アルバートとシーラを引き連れて戻ってきた。

 

「アルバート君に、シーラさんも─」

 

「本ッ当に申し訳ございませんでしたァ!!!!」

 

2人に話しかけようとする前に竜人族の一人から大声で謝罪され、リエルは混乱してしまった。

 

「自分の判断ミスなんだッ!どうか頭に一発ッ!それが騎士道ッ!」

 

この声は…理解した。彼がさっき自分を気絶させたアルキュリエなのだと。

 

「別に大した症状も無いので、仕返しなんてそんな…」

 

「これが私達の文化だ、どうか頼みたい。」

 

もう一人の竜人族の、短髪で目つきの鋭い女性がそう言うと、男性はさあ一思いにと頭を差し出してきた。

 

「…えいっ。」

 

彼の頭に全く力も込めていない軽いチョップを食らわせた。彼は逆に驚いて目をパチパチさせていたが、目つきの鋭い女性はため息をつき、口を開いた。

 

「それで良いのか?私ならもっと強くどついてやるが。」

 

「こんなに謝ってくれてる人、攻撃できないですよ。」

 

「フン、優しいな。じゃあこれでお相子ということで、早速本題に取り掛からせてもらう。私はカオッロ。そこのアホはヒリノ、君を診てくれた彼女はセペェテだ。」

 

カオッロは全員の自己紹介を簡単に行うと、3枚の写真をリエルに見せた。それぞれ今朝の男達だ。

 

「彼らとは知り合いか?」

 

「いえ、今朝怪しい取り引きをしている所に向かって行って、そこで出会ったばかりです。」

 

「君の体からは例の薬品が見つからなかったからな。コイツらを止めようとしてくれたこと、感謝する。」

 

「あの…その薬品って…もしかして草の種子(ジェビーリャ)ですか?」

 

「そうだ。詳しい話はセペェテから頼む。」

 

セペェテは待ってましたと言わんばかりに説明を始めた。

 

「ジェビーリャやフロルータと呼ばれるこの薬、正式名称は“イフイの血潮”と呼ばれている薬でね、これは注射して取り込むことで神経の発達、筋肉生成の促進、骨密度の増加などを引き起こすんだ。まあ分かりやすく言うとめっちゃ強くなるってこと。」

 

薬物を使用したコスノックを思い出す。彼は容易に人の手を握り潰す腕力を手に入れていたが、あれがその効能なのだろう。

 

「まあ強くなるってだけなら、君たちハンターさんの使う鬼人薬や硬化薬なんかも近い代物だが、あれらは決められた調合法ってものが存在するでしょう?」

 

鬼人薬と硬化薬はハンターの身体能力を強化する、ドーピング用の薬だ。力と守り、それぞれを向上させられる。しかしセペェテの言った通り簡単ではない調合法が存在し、少しでも失敗して燃えないゴミとなったそれを服用するのは禁止されている。

 

「イフイの血潮もかつてはそうだった。ワタシ達が若手だった時代、君たちのひいひいひい爺さん婆さんくらいの時代に遡るかな。この島で産業が発展を始め、労働者たちが長く効率の良い状態で働き続けるためにこの薬を開発したのが始まりなの。」

 

「昔は合法だったってことですか?」

 

「その頃は私達もモンスターに対処するときに使わされたものだ。」

 

「でも一つ問題が発生した。イフイの血潮には高い依存性と肉体、精神の両方に強い負荷をかけるということが分かった。」

 

あの時のコスノックが完全に正気を失っていたことは、友人であるシャドブに襲い掛かった事実から見ても明らかだ。

 

「結果、労働者の中から仕事のためではなく、快楽のためにイフイの血潮を欲するものが現れ始めた。でもあれは支給性で薬屋に売っている代物ではなかったの。そこで支給されたイフイの血潮を複製しようと考えた奴が現れた。その計画は見事に成功し、量産型イフイの血潮とそのレシピが裏で出回る事になったの。」

 

「取り締まりきれずにその量産品が今も出続けてるってことっすか?」

 

アルバートがセペェテに聞く。

 

「そういうこと。けど人から人へ話が伝わっていくことで情報は歪んで事実からかけ離れていく。つまり今の時代に伝わっている製法や薬はニセモノなことが多い。ただ今回数年ぶりに本物に近いものが見つかった。今朝捕まった男の体からね。もう1人の男は服用前だったから実物も手に入ったよ。調べてみたがオリジナルに比べたらずっと低品質な、まさに劣化コピー。一応君の身体も眠っている間に隅々から、あんなところやこんなところまで調べたが何もなかったから君は無関係だと分かったよ。」

 

「本物とは何か違いがあったのでしょうか?」

 

「あそこまで精神に異常をきたした例は今まで無かったのと、あなたは眠ってたから知らないだろうけど、彼あの後急に泡を吹いて発作を起こしてね。」

 

「彼は大丈夫なんですか?」

 

「既に治療を行って今は麻酔で眠ってる。」

 

ほっと胸をなで下ろすと、カオッロが怪訝な顔をしながら呟いた。

 

「フン、あんな奴を心配するのか?」

 

「いくら悪い人でも、そんな目に遭うのは──」

 

「可哀想だとでも?あの男が死にかけたのは自業自得だ。連中はモンスターと違って悪意を持って人々に害をなす存在だ。君だって奴に襲われたのだろう?感情移入なぞ必要ない。」

 

「それは……」

 

カオッロの考えにモヤモヤしたものを抱くも、言い返す言葉が出ない。

 

「…話を戻すね?原因は薬に不純物が大量に混ざっていたからだった。あの売人、かなり危ないブツを持っているから一刻も早く見つけ出したいのだよ。」

 

「どこかの間抜けが無関係の少女をとっ捕まえたもんだから真犯人を逃がしてしまったんだ。一体全体どうしてこんな可憐な子をあんなムキムキ男共の仲間だと思ったんだ。」

 

カオッロがヒリノを睨みつけてそう言った。ヒリノは合わせる顔が無いと俯いている。こんな可憐な子という言われ方は彼女なりに自分を褒めてくれたのかもしれないが、どこか自分が甘く見られているようで引っ掛かる。

 

「あんなものを売り捌いている奴がこの街に潜んでいるのは大問題だ。」

 

売り捌いているというカオッロの言葉で、売人の発した言葉を思い出した。

俺は知らない!ただ渡された薬を売りつけただけだ!それを使ったらどうなるかなんて知らなかった!

 

「そういえば、売人の人は薬を誰かに渡されたと…」

 

セペェテとカオッロの顔色が変わった。

 

「渡された?」

 

「はい。彼も薬の効果については知らなそうでした。」

 

「…まだ黒幕がいるということか?」

 

「売人に対して誰かに売りつけるよう指令を出した存在がいたか、誰かが渡したものを売人が更に売りつけたのかも…ともかく捜査の範囲を広げる必要があるね。後ろで大きな何かが糸を引いているかもしれない。」

 

「だな。では私達はもう一人の男に話を聞きに。ではハンターさん、改めて感謝と謝罪をさせてもらう。捜査の協力ありがとう。そして部下が迷惑をかけて本当に申し訳なかった。まあこの街で人気の少ない時間に1人で外に出てはいけないといういい教訓になっただろう。それでは…」

 

「マジで失礼しましたッ!」

 

カオッロは何度も謝るヒリノの腕を引っ張って部屋から出ていった。

 

「さて、話は終わりだよ。落ち着いたら好きに帰ってくれても構わない。」

 

「あ、その、もう出ても大丈夫なのでしょうか?後遺症だとかそういうのは?」

 

「ハンターだし大丈夫でしょ、知らんけど。」

 

「あぁ…はい。」

 

 


 

 

アルキュリエ拠点から出た時には既に昼過ぎであり、霧峰凍原への飛行船の時間が迫っていた。

 

「ごめんね、お昼までの稽古するつもりだったのに。」

 

アルバートとの予定を一つ潰してしまったことを彼に謝罪する。

 

「大丈夫っす。それよりも先輩に何事もなくてその……良かったです…」

 

「あ、代わりと言っちゃあなんだけど、明後日に黄跡砂漠で仕事があるからさ、一緒に行こうよ!」

 

「良いんですか?迷惑になるかも…」

 

「大丈夫だよ。この前のクエストでアルバート君が強いって事はよく分かってるから!」

 

「ラングロトラは厄介なモンスターだ。少年、リエル師匠の言うことをしっかり聞くんだぞ?」

 

シーラが腕を組みながら言う。

 

「えっ、シーラ先輩は来ないんすか?」

 

「私は別件があるからな。可愛い師弟の活躍、期待しているぞ?」

 

「が…頑張ります…」

 

アルバートとの距離感はまだまだ縮まっている気がしないが、2人でクエストを遂行すればそれも変わるかもしれない。

そう思いながら彼と別れ、リエルとシーラは荷物をまとめて飛行船に乗り込んだ。

 

 

 

飛行船の甲板に立ち、2人で風を浴びながら下の景色を見ている時、リエルはふと疑問に思っていた事をシーラに聞いた。

 

「そういえば、シーラさんってどうしていつも仮面を?」

 

「長い話にはなるが、気になるかい?」

 

「…はい。」

 

彼女はしばらくの沈黙の後、ゆっくりと話しを始めた。

 

「私の生まれは遥か北にあるフラヒヤ山脈近辺の小さな村でね、そこは古いしきたりが多く残っていた、それはそれは閉鎖的な村だったよ。そんな場所に生まれた私は、生まれつき顔にある特徴を持っていた。それが何の偶然か、村に伝わる伝承のバケモノと一致してしまってね。そいつは人から生まれ、人に紛れるバケモノなんだ。私は生まれてすぐに殺されてもおかしくなかった。」

 

「顔の特徴?」

 

「それを言ってしまっては私の素顔が容易に想像できてしまうだろう?それは面白くない。…それで、命を奪われそうになった私を、母は私を庇ってくれた。父は私の顔を見るなり逃げ出したがね。当然母もバケモノの親として村人たちから疎外され、私達は村八分のような状態になった。近所の子供達には石を投げられ、大人達には汚い物を見る目を向けられたよ。私も私の顔を恨み、母に顔を変えたいと泣きついたこともあった。母はありのままの私が最も美しいと言ってくれたが、それでも納得しなかった私に、母は仮面を作ってくれるようになった。母は職人でね、私が生まれる前はこの仮面が高く売れたし、稀に来る村の外の人々にも人気があった。」

 

想像していたよりも暗い理由があったために、直接本人に聞いてしまった事を後悔する。しかしシーラは止まらずに話を続けた。

 

「仮面にはバケモノを追い払うと伝わっている花を塗料に使い、母はそれを魔除けの仮面として、私を普通の人間として扱ってもらえるよう村長に交渉した。すると村長は、儀式を行って邪悪なものを祓う必要があると言った。伝承ではバケモノの穢れを祓い、その根源を断つ事でそれを救われると伝わっていたんだ。」

 

シーラの握りしめた拳が小さく震え出す。彼女の顔は見えないが、その声色と震えからは怒りや悲しみを感じる。

 

「バケモノを祓うのは、高貴な血族の男の役目だった…。穢れた体を高貴な“モノ”で洗い流すのだと言われ……年老いた村長はまだ子供だった私に無理矢──」

 

「こんな事を聞いてごめんなさい。」

 

「…良いんだ。最後まで話させてくれ。もはや私が何をされようとどうでも良かった。だが、奴らは…母親にも手を出した。母はその、二度と子を産めないようにされた。そこはマトモな医者もいない村だ。程なくして母は病になり命を落とした。」

 

「そんなのって…」

 

「それからと言うもののの、村人たちは人が変わったように普通に接してくるようになった。だが私は奴らを許せなかった。だから逃げるように村を出たんだ。しかし当然行く当てなど無く、雪山のなかに倒れ込んだ。その時これで母親に会える、そう思ったのだが、次に目を覚ましたのは知らない村だった。私は偶然その村専属のハンターに拾われたんだ。そこは私を温かく受け入れてくれた。」

 

一際強い風が船内に向かって吹き、リエルは少し体勢を崩したが、シーラは船から生えたかのように立ち止まったまま一呼吸置き、話を再開した。

 

「それでこの仮面なのだが、これは母が作ってくれたものを模して自分で作ったものだ。身体が成長して当時のものは付けられなくなってしまったからな。今の私は自分をバケモノだとは思っていないが、自分の顔は嫌いになってしまったから顔は隠すし、これを付けていると母が見守ってくれているように感じるから普段から付けているというわけだ。それから色んな村を点々としながらハンター活動をして、今に至る。以上がシーラ・ヘファロフのオリジンだよ。」

 

「その…えっと…」

 

言葉が出ない。どう反応すれば良いのかが思い付かなかった。

 

「リアクションに困ってしまう話だよね?」

 

まるで心を読み取られたかのようだった。

 

「スタンもこの話したら同じように固まっちゃったんだよねぇ。だがまあ、過去に縛られてばかりじゃあ先に進めないし、何も始まらないだろう?」

 

そんな問いかけに、リエルは“はいそうですね”とは答えられなかった。過去に縛られ、先を向けずにいる自分に彼女に共感する権利は無いのだ。

 

「それに私は今が幸せだと感じている。何故なら…君という姫様に巡り会えたからねぇ!」

 

そう言って抱きついてきたシーラはまだ何かを隠しているようだったが、気にしないことにした。

 

 


 

 

肌に当たる風が少しずつ冷たくなってくるのが分かる。

霧峰凍原に到着したのは、この日の夜だった。真っ黒な空には星と満月が浮いており、銀色の地面と相まって美しい風景を生み出している。

全身を防具に着替え、背中にはシールドガンの盾と機銃を背負う。

明かりとして灯蟲のいるカンテラを持ってきたが、夜空の光のおかげで視界はひらけていた。

ここでおさらいと行こう。今回の標的は氷人魚竜イソネミクニ亜種。人魚竜イソネミクニというモンスターの亜種だ。イソネミクニは海竜種と呼ばれる細長い体を持ったモンスターの一種で、体中から魚のようなヒレが生えているのが特徴だ。特に目立つのは髪ヒレと呼ばれる頭から生えた巨大なヒレだろう。これをなびかせた姿を人間に例え、人魚竜と名付けられた。甲高く響く声を持っていることもでも知られており、時折その声で歌うように鳴く行動をとる様子も目撃されているゆえか“黄泉の歌姫”という異名でも呼ばれる。

イソネミクニ自体は湿地帯などにも出現し、吸い込むと眠りに落ちる特殊な粉を吹き出すが、亜種は氷人魚竜と呼ばれるように冷気を放出し、外敵を凍てつかせるのだ。亜種もまた歌う姿を見せるらしく“果てへ誘う歌姫”と呼ばれていたのを本で見た記憶がある。

 

「さてと、奴の場所はだいたい分かっている。」

 

そう言って足を踏み出したシーラに付いていき、2人は雪原を歩く。冷たい風が静かに鳴るだけの環境で、雪に足が沈む音はたいへん大きく聞こえた。

こうしてターゲットへと向かう道中の一番の楽しみは、周囲の自然を見て回る事だ。寒冷地にしか生えない草や花、それを食べるここだけの生き物達、見渡す限りが雪に包まれた風景…どこを取っても面白いものばかりだ。大陸にある“氷海”という場所とは似ているようで異なる環境なのも見ていて楽しい。

雪原で丸い魚類が頭の角を使って雪を掻き分けながら這っている所にヘビみたいな両生類が雪を飛び出して現れ、魚を締め付けてはそのまま丸呑みにする。

広大な自然の中で起きるドラマの一つをすぐ近くで見られるのも、外で動き回ってこそだ。生き物の生態を描いた本やパルプフィクション、それを収めた写真などはいくつも見たことあるが、やはり肉眼で見た実物に勝る迫力は無い。

ヘビのような両生類は鎌首を上げ、大きな口で魚を飲み込もうとしながらリエル達を警戒しながら見つめている。干したレーズンのような小さな目では、正確にこちらのことが見えているように思えないが、彼らなりに意識を集中させて外敵の可能性がある相手から注意を逸らさないようにしているのだろう。

冷たい風が吹き、それと共に金属が軋むような音が鳴ると両生類達は血相を変え、魚を食わえながら森の奥へと消えていった。

 

「聞こえたか?」

 

「さっきの音ですか?」

 

シーラは小さく頷くと、風の吹いてきた方角を指差した。

その先にある浅い水辺の中央に、氷の歌姫は背を向けて佇んでいた。紺色の髪ヒレは月明かりに照らされ、波紋が広がる水面のような模様が浮き上がっている。

イソネミクニは首を振りながら美しくもどこか不気味な歌声を披露する。満月の下、冷たい水に足首まで浸かるステージで行われる、2人と数羽の鳥達を観客とするリサイタルだ。

 

リエルは氷人魚竜の歌を聴きながら機銃を取り出し、続けて強撃ビンを装着した後に弾丸を装填する。シーラもヘビィボウガンを構えてしゃがみ、射撃姿勢を取った。

涼しく響く歌の音は、トリガーにあるレバーを稼働させるガチャっという音と共に途切れた。

白い体の海竜は湾曲した姿勢をそのままに振り返った。橙色をした2つの点がはっきりとこちらを向いている。

 

一瞬の見つめ合いの後、鳥達がまばらに飛び去っていくとともに、歌姫は耳をつんざくような叫び声をあげた。

水たまりの上を泳ぐかの如き身のこなしで這いずり、突進してきたイソネミクニを盾で押し返す。少しバランスを崩した相手は次に口から冷気を圧縮させたブレスを吐いた。盾を構え、ブレスの勢いを身に感じながらも耐え凌ぐ。

氷人魚竜の攻撃はシーラの放った弾によって中断され、リエルも頭部に3発の弾丸を打ち込んでから、イソネミクニと距離を取った。

イソネミクニは距離を詰めつつこちらを倒そうと両前脚を広げ、上体を叩きつけつつ、首にあるエラから冷気を放出した。盾で氷の風圧を防ぎ、地面に突き立てることで勢いを殺す。その後威嚇のために開けた口の中に発砲し、大きく怯ませた。

流石に口内への攻撃は効いたのか、イソネミクニは金切り声を上げると紺色の髪ヒレが青く鮮やかに輝き、口やエラからは白い息が漏れ出した。続けてリエルの周囲を回り込むように地面を滑走し、側面に来てから長い体を回転させ吹き飛ばそうとしてきた。バック宙でそれを回避し、続けざまに薙ぎ払ってきた氷ブレスはガードした。

右斜め後ろからシーラの放った斬裂弾がイソネミクニの髪ヒレに着弾し、膜の一部をズタズタに引き裂く。間髪入れずに移動しながら弾を4発撃ち、傷ついた髪ヒレと右前脚にそれぞれ2発ずつ直撃させた。

再び地面に盾を刺し、モンスターを引き寄せる匂いのビンを両端に装着してから盾の後ろに隠れる。イソネミクニが匂いに釣られ、盾に向かってブレスを吐く。その間に強撃ビンを新しいものに変え、機銃をリロードする。その間にヘビィボウガンの狙撃音が数発分聞こえた。再装填し終えてレバーを引き、盾を引き抜くその瞬間、イソネミクニが後方に滑り込み、ブレスを撃つ。同時に盾を展開し、機銃と合体させた。

氷のブレスから身を守りつつ頭部に射撃する。目の上にある小さな角の欠片が飛散し、更にそこへ拡散弾による爆撃の追い打ちがかけられた。

氷人魚竜はかぶりを振ってからリエルを見据えて威嚇すると、こちらに背を向けて逃げていった。機銃を折りたたんで盾とともに背負い、すぐに追いかけた。

イソネミクニは水辺を這いずるが、徐々に体が水に沈んでいき、ついには体全体が水に浸かって泳ぎ始めた。影はその後氷の下を泳いでいき、最後は巨大な洞窟の影へと吸い込まれるように消えた。

 

「氷が邪魔で泳いで追いかけられないな。仕方ない、あそこの穴から入ろう。」

 

シーラは氷の床の先にある岩塊にぽっかりと空いた大きな空洞を指し示す。2人は横に並び、灯蟲の明かりを頼りに洞窟の中を進んでいく。シーラは後方を警戒し、数歩移動しては後ろを振り返っている。内部空間はそこまで狭くなく、2人並びで歩いても余白が空く程度だった。しかし道は幾つにも分岐しており、イソネミクニの入った方角と自分達の入ってきた方角を照らし合わせながらルートを選択していった。

洞窟内はひんやりした空気が漂っており、入り口から離れた頃には自分達の息遣いと足音以外は何も聞こえなくなっていた。そしてまたも左右の分かれ道に辿り着く。

 

「次はどっちでしょうか?」

 

「明かりを。」

 

シーラに促されたまま、彼女にカンテラを渡す。彼女はペンで線と2つのバツ印の描かれた紙を照らしてリエルに見せた。

これは自分達の通ってきたルートで、線と繋がってるバツが2人の入り口、もう一つの離れたバツがイソネミクニの入り口となっている。

 

「順当に真っすぐ進めると仮定すれば、右ですね。」

 

「だね。」

 

そうして右の道を進むが、右は袋小路だったらしく、壁に突き当たってしまった。

 

「上手くは行かないもんだね。戻ろう。」

 

「ちょっと待ってください。」

 

明かりを上に向けてみると、高めの段差が存在しているのが分かった。ジャンプすればギリギリ届く距離だ。

シーラにカンテラを渡し、助走をつけて飛ぶ。何とか手が届きはしたが、よじ登ろうにも前の状況が分からない。

 

「シーラさん、うぅ…カンテラをお願いします。」

 

縁を掴んでいない左手を出し、シーラに渡されたカンテラを受け取る。明かりで崖の上を照らすと

 

 

 

巨大な生き物の顔が目の前に存在した。

 

「きゃああああああああ!?」

 

驚いてバランスを崩して背中から落ち、更にその生き物にのしかかられ、身動きが取れなくなってしまった。それと同時に転がり落ちたカンテラによって生き物の全貌が把握できた。

それは人間よりも一回り大きいコウモリだった。全身の体毛は灰色をしていて、翼膜まで毛に覆われている。上顎の犬歯はナイフのように長く鋭利で、それをリエルの首筋に突き立てようとしてきた。両手でコウモリの頭を抑え、何とか攻撃はブロックするも、これでは武器を取り出せない。

 

「クッ、なんなんだ!!」

 

シーラの叫び声と無数の羽ばたき音、そしてコウモリのキーキーという鳴き声が静かだった洞窟中に鳴り響く。

 

「ッ…離れてッ!」

 

コウモリの腹を何度も膝蹴りし、怯んだ隙を見て顔面を殴り飛ばす。立ち上がってシールドガンを持ち出し、再び飛び掛かろうとしてきたコウモリの眉間に風穴を開けた。

 

「凄い数……」

 

カンテラを拾い上げ周囲を見回すと、何十体ものコウモリが洞窟中でひしめき合っている。

 

「厄介な連中だ!」

 

シーラは2体のコウモリを体から引き剥がし、背中から長い槍状の武器を抜いて片方の腹を刺し、もう一体は薙ぎ払って突き飛ばした。

 

「逃げるぞ!わざわざ相手してられない!」

 

シーラと共に走り、来た道を戻って分かれ道の反対側へと入っていく。地図を確認する余裕もなく、即席の判断で道を選びながら洞窟内を駆け巡る。

後ろを確認すると、さっきよりも多数のコウモリがぎゅうぎゅう詰めになりながら追いかけてきていた。

 

「逃がしてくれる気はないみたいですよ!」

 

密集していたコウモリの一匹が飛び出し、飛行して2人を飛び越え、前に立ち塞がる。シーラは走る勢いを止めることなくヘビィボウガンを取り出し、コウモリを撃ち抜いた。

そして次の分岐は3つの道があり、シーラは右に行こうとしたが、リエルは一瞬、真ん中の道の奥に光が差し込んでおり、その中で動く青白い物体があった事に気付いた。

 

「シーラさん、真ん中です!」

 

シーラの手を引っ張って真ん中に入り、下り坂になっていた道をスライディングで滑り降りる。そして隙間を抜け、奥にあった広い空間に飛び込んだ。

天井に穴が空き、月の光が差し込むそこはまさに洞窟の最奥とも呼べる場所だった。奥には海と繋がる深い水場があり、イソネミクニ亜種はそこで魚を捕まえて丸呑みにしていた。

 

「ビンゴ。いい判断だった。」

 

「どうも。」

 

「私が先制攻撃を仕掛ける。」

 

シーラは通常の弾とは別の貫通弾を込め、イソネミクニを狙う。リエルはシーラの右側に移動し、シールドガンを構えた。

シーラの放った弾がイソネミクニの体を沿うように突き抜け、不意打ちを受けた氷人魚竜は怯んだ。そしてすぐに後ろを向き、シーラを睨みつけて咆哮をあげた。

しかしイソネミクニの矛先はシーラには向かず、隙間から入り込んできたコウモリの群れに向けられた。氷のブレスでコウモリは次々と凍らされ、一体また一体と地面に落ちる。

 

「おっと、君らも歌姫のファンか?悪いが満席だ。」

 

シーラもコウモリを撃ち落としていき、リエルも機銃を構えたが、撃つ前にコウモリ達は不利だと判断したのか逃げていった。

気を取り直してイソネミクニに標準を合わせ、盾と合体させた状態で連射した。

イソネミクニはターゲットを変え、エラから冷気を噴出させて飛び込んできた。攻撃をガードしてから機銃を回転させて弾を装填し、口の中に撃ち込む。今度は前脚を振り上げ、鍬のような爪を振り下ろしてきた。これも盾で防ぐが、反対の前脚も振りかぶり、両爪で盾を掴まれてしまった。機銃を撃って応戦するが、イソネミクニは長い首を持ち上げ、上から見下ろした状態で口を開いた。このままでは無防備な状態でブレスを受けてしまう。凍り付いて地面を転がるコウモリの死体が脳裏に浮かぶ。ここで力比べをしたとして、人間とモンスターでは力の差は歴然、盾を捨てて避けるしかない。

イソネミクニが想定した通りにブレスを吐き、リエルは盾を手放して回避に出た。

ブレスを避け、機銃を発砲したが、イソネミクニは持っていた盾でそれを防ぐ。次にシーラが尻尾を狙って発砲したが、イソネミクニは邪魔だと言わんばかりに盾を投擲し、シーラはそれが頭に直撃して倒れた。

 

「シーラさ──」

 

彼女の元へ向かおうとしたが滑って突進してきたイソネミクニに阻まれ、反対方向に突き飛ばされてしまった。周囲を這いずり回るイソネミクニを撃つが、止まる様子を見せない。更には滑走している間常に冷気を発していたのか、寒かった気温が更に低下する。イソネミクニは再びリエルとシーラの間に割って入り、とぐろを巻くと不気味な声を出しながら首を振り始めた。エラから噴き出す冷たい空気と氷の粒が辺りを埋め尽くす。最後にイソネミクニが吠えると同時にその冷気が炸裂し、リエルは大きく吹き飛ばされた。

 

「うぅ…あぁ…」

 

朦朧とする意識の中で相手を見る。目の前をちらつく光は月の光を跳ね返す氷の結晶か、頭に衝撃を受けて視界がそうなっているのかは定かではない。

イソネミクニは真っ直ぐこちらに突っ込んで来ている。慌ててトリガーを引くが弾切れだ。リロードをする時間も無い。回避しようとするも足がもつれて思うように動かない。

橙色の目が段々と大きくなる。激突する寸前、何者かに体を抱えられて危機を脱した。

リエルを救ったのはシーラだった。彼女に横向きに抱きかかえられながらイソネミクニから離れる。

 

「私のお姫様、怪我は無いかい?」

 

その言葉に、この状況に、何かデジャヴを感じた。

シーラは離れた場所でリエルを降ろし、ヘビィボウガンを取り出す。その背中はまさに子供の時に見たあの人の、リエルがハンターに憧れる原因になったあのハンターの背中そのものだった。

シーラはヘビィボウガンを撃たずに折り畳み、背負っていた槍状の武器を引き抜くと、折り畳まれたヘビィボウガンのトリガー側にある機関部に装填した。槍だと思っていたそれは杭の形をした弾丸だったのだ。

イソネミクニは錐揉みに飛び上がり、こちらに突撃してきた。

 

「ショーはもう終幕だ。」

 

シーラがトリガーを引くと熱を帯びた杭型の弾が射出された。弾は飛び込んできたイソネミクニの目に直撃し、そのまま脳天まで貫いた。浮いていた長い尻尾と髪ヒレがだらりと垂れる。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、シーラさんがハンターを目指したきっかけって、雪山で助けてくれたハンターさんなんですか?」

 

キャンプから持ってきた、ポポが牽引する荷車にイソネミクニの亡骸を積み上げながら、それとなくシーラに聞いてみた。

 

「ああ。彼が私を引き取ってくれてね。父のような存在だよ。あの人みたく、一度は誰かの憧れの的になってみたいものだ。」

 

「実は私も、故郷でブルファンゴに襲われた所を助けてくれたハンターさんを見て、ハンターを目指すことになったんです。」

 

「…そうだったのか。」

 

シーラは少しの沈黙のあと、リエルにこう聞いてきた。

 

「君の出身の村の名前、教えてくれるかい?」

 

「アスタ村です。」

 

「……………………そうか。」

 

彼女は黙り込んだあとに頷きながらそう呟いた。その声はどこか嬉しそうに聞こえた。まさかとは思ったが、2人はそれからはお互いに何も言わず作業を続けた。

イソネミクニを荷車の上に縛り終え、洞窟から出て一休みしていた時にシーラが口を開いた。

 

「やはり私は幸せ者だったみたいだ。」

 

彼女の顔は鎧に隠れて見えないが、微笑んでいるのが分かった。

休憩を終え、ポポを再び歩かせた。

夜が明け始め、東の地平線から太陽が顔を出している。そこへ向かうシーラの背中を追いかけてリエルは歩き始めた。

 

 

第10話 End

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