Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第12話:Black Hare

 

湿度の高い熱帯の空気は砂漠や火山のそれよりも厄介と言える。島の半分を覆い尽くしかねない熱帯雨林である“死沼樹海”を流れる大きな川を渡る中型船の上で、ノアーは水を飲みながらそう思う。

 

「こうして水分補給しちゃあいるが、これ細菌やらの対策はしてあるんだろうな?これからモンスターと対峙するかもってのに腹下すのは御免だぞ。」

 

「ケケッ!そしたらお前さん特製の“こやし玉”を奴さんにお見舞いしてやれよ!」

 

年寄りの小柄な竜人族の発言に、他の船員らが爆笑する。笑いものにされるのは嫌いだ。子供の頃にいい思い出がない。

 

「はぁ…それを言うならルスディロのじーさんは息を吹きかけるだけで連中を追い払えちまいそうだな。羨ましいよ。」

 

再び船内が爆笑の渦に包まれる。その中には老いぼれ竜人、ルスディロもいた。嫌味で言い返したつもりだったが、この愉快な老人にはそういったものは通じないらしい。

 

「聞いたろスタン?ワシの息はモンスターを追っ払えるらしいぜ?いっちょ嗅いでみるか?」

 

「よせよ爺さん!俺ぁババコンガのクソを間近に食らって数日間飯を食えなくなったことがあるんだぜ?あの経験をもっかいするのはお断りだ!」

 

スタン、スタニスラウ・ウラフィのあだ名だ。頭に星が浮いてそうな愛称だが、実際コイツは頭の中が常に星空みたいな男だ。それも子供がクレパスで描くような、乱雑で滑稽な星空である。

 

「そういえばノアーもウラガンキン亜種のガス食らって体に硫黄の臭いが染み付いてたことあったよな!あの日にギルドの仕事から家に帰れたのは不幸だったなぁ…」

 

可愛げのない渋い声のアイルーが1匹、メラはノアーのオトモアイルーであると同時にギルドの編纂者であり、死沼樹海内に新たな拠点、ジャグミンルバを建設する任務の責任者でもある。今回の仕事でノアーやスタニスラウが呼ばれたのは、拠点周りに沸くモンスターを追い払うため、要するに安全確保のためである。

ジャグミンルバは死沼樹海の中心部、現在船が通っている大きな川の本流から外れた場所の周りにあり、北西の首都ロムポルスから陸路で半日もしない内に行くことが出来る距離に位置する。完成後は飛行船や船の停泊所も作り、広く入り組んでいるが故に多くのエリアが未だ未探査の死沼樹海を調査するための中心地となる。

既にこの任務を初めて3日目であり、ノアーはこのクセのつよいメンバー同士の掛け合いにも慣れつつあった。

 

「……で俺は言ってやったんだよ。奥さん、それミルクキャンディじゃあなくてチョークですよ!?って!」

 

「ケッケッケ!枕を姿煮にした時と全く同じ間違いしてるじゃねぇか!」

 

たったの数秒間聞いてないだけでコイツらが何の話をしてるのか本当に分からなくなる。

 

「ちと外の空気吸ってくる。」

 

ここの雰囲気が合わず、少し距離を置こうと席を立った。

 

「ここも外だぜ?屋根ないしよ。」

 

「お前らがいない空気を吸いたいんだよ!一々言わせるな。」

 

「…傷付いたぜバディ。」

 

「バディじゃない。」

 

スタニスラウにそう告げ、客室に入る。室内は舵を回している細身の竜人が1人いるだけの静かな空間だった。

 

「大人数で和気あいあいとするのは苦手ですか?」

 

操舵手の男が聞いてくる。

 

「好きではないな。」

 

即答だった。

 

「私も多くの人の輪に入るのは得意ではありません。こうして一対一でお話をするのは大好きなのですが。」

 

振り返った男は異様に細い、開いているのか閉じているのか分からない目と胸元まで伸びる黒い髪が特徴的な、真っ白な顔をしていた。

 

「そういえばこうしてお話するのは初めてでしたね。私はブルージャです。よろしくお願いします、アーク君。」

 

「アーク君?」

 

「おや、嫌でしたか?馴れ馴れしく名前で呼ぶより良いかなと。それに貴方は私よりもずっと若いので。親しみを込めた呼び名のつもりですが。もしかして、“黒兎くん”の方が良かったですか?」

 

「いや、それはお断りだ。というかそのあだ名は誰から聞いた?」

 

「私は情報通なので。貴方のことは色々耳に入ってますよ。ノアー・アーク。ドンドルマでハンターになった。異名は黒兎、または血塗られた釘。たしか討伐したモノブロスに付けられていた名前でしたよね?とても強力な個体だったと聞いてます。貴方も代償無くしては勝てなかったようですね?」 

 

ブルージャはノアーを見ながら右目を指で指した。どうやらコイツは嫌味な男らしい。やけにこちらの情報に詳しく、ずっと口元は笑顔を浮かべているが、目は薄くどんな瞳をしているのか分からない。薄気味悪いというのが第一印象だ。

 

「それにしても、まだ22歳だというのにあれほどの功績を残していて素晴らしい限りです。古龍の撃退を行った事もあるとか…」

 

「情報通としても限度があるだろ。俺はお前のことを一つも知らないというのに。誰が情報を屁しやがったんだ?」

 

「私が生きていく中で身に付けた技です。貴方にも教えてあげたい所ですが…習得する頃には貴方はお爺さんになってしまってるでしょうね。」

 

「その挑発術もそれだけの時間を掛けて習得したのか?」

 

「おや、癇に障ってしましましたか?私としては短い寿命の中でそれほどの技を磨くことが出来る貴方達を褒めたつもりでしたが?あまり人の発言を悪い方に考えすぎるのは良くない。長生きできませんよ?」

 

言い返す気にもならない。このブルージャという男が竜人以外を見下しているという事はよく分かった。気分転換に煙でも吹かそうと考え、パイプに煙草を詰める。炭布を巻いた小さな木の棒の上で金属の棒と板を擦り合わせ、火花で炭布が燃える。パイプの中の煙草に火を付けようとしたところでブルージャに質問をした。

 

「お前、煙草の煙は大丈夫か?ほら喘息とか…」

 

「匂いはあまり好きではありませんが。」

 

「そっか。」

 

ノアーは煙草に炭布の火を付け、パイプを吹かした。

船は本流から狭い流域へと突入する。拠点と死沼樹海を繋ぐ水路に当たる部分だ。ここにモンスターが多くいると、調査に出ることもままならない。そのためモンスターの出入りを困難にする、船専用の通り道となる門が設けられ、船はたった今それをくぐり抜けたところだった。ある程度モンスターが少なければ良い本流の拠点近辺と異なり、ここにいるモンスターは徹底して追い払う必要がある。

パイプの火が消え、管の内部を掃除していたところ、船が大きく揺れた。それから外で騒いでいた連中の様子が変わったのもノアーは確認した。

慌ただしく船内に入ってきたスタニスラウがノアーに言う。

 

「コドルフだ!群れで船を襲ってきやがった!」

 

「準備するぞ。」

 

すぐに立ち上がり、船内の壁に掛けているライトボウガンを2丁取って片方をスタニスラウに渡した。相手のコドルフは細長い顎を持つ小型の海竜種であり、単体では肉食動物として弱い部類に入るが群れると凶暴さが増して厄介極まりない存在となる。

 

「船に傷をつけられちゃあもっとデカいモンスターに襲われた時に何が起きるか分からん。早いとこ追っ払うぞ!」

 

ルスディロは矢の束を抱えて甲板に起き、船首に装着されているバリスタに乗り込んだ。

 

「ルーシーが船首、オレはケツを守る!ノアーとスタンは横っちょを守れ!」

 

メラの指示通りにスタニスラウと別れ、ノアーは船の左側へ移動した。ボウガンを構えて水辺に目をやると、早速コドルフが一体、水中から体の上半分を出し、船に向かって体当たりを始めた。急所の頭部をボウガンで数発撃たれ、コドルフは濁った川の中へ消えていく。

しかしすぐさま増援が現れ、今度は垂直方向に飛び出して船の上に上がり込もうとしてきた。鋭い顎を振り回してノアーを攻撃してくるコドルフに対し、背中に装備していた双剣を一本抜き、上顎から下顎まで貫通するように刃を突き立てた。それでもコドルフは息絶えておらず、身を捩らせて船に登ろうとしてきたため、長い口を踏みつけて顎をロックし、眉間に近距離から弾丸を撃ち込む。ようやくコドルフは動きを止め、死体は船の外に蹴り落とした。

 

「こっちは片付けた!そっちは!」

 

「俺も今終わらせた所だ!」

 

スタニスラウの傍らには切断されたコドルフの首が転がっており、顎を小さくゆっくりと開閉させている。

 

「3匹くらいに襲われたが、俺様にかかればこんなもんよ!」

 

その時、スタニスラウの背後から鋭い爪のある鱗に覆われた腕が船の縁を掴むのが見えた。1体のコドルフは彼の不意を突くように顎を広げたが、その瞬間にノアーはボウガンを構え、数発の弾を発射した。

弾丸はスタニスラウの真横を掠めるように飛び、その真後ろにいたコドルフに着弾、細長い竜を川の中へと押し戻していった。

 

「あ…危ねぇだろッ!!」

 

「礼ならいい。」

 

「お〜い、おチビ共!ちと手伝ってくんねぇか!」

 

メラがブーメランで10体近くのコドルフを追い払っているのが見えた。ノアーはスタニスラウと共にすぐに向かうと、それに合わせてコドルフの群れは散開し、水の中に隠れていった。

 

「ハッ!俺様にビビッて逃げたな!このスタン様に敵無しだ!」

 

その直後、川の中から巨大な、細長い生き物が飛び出してきた。首から背中にかけて板のような一対の甲殻がいくつも並ぶ、黄緑色の体をした大蛇はノアーに噛み付こうと襲ってきたが、飛び退いてそれを避ける。そのモンスターの正体は一目見て分かった。

 

「ガララアジャラか。小さいし甲殻もまだ未熟だな。」

 

締蛇竜ガララアジャラの成体は一般的なモンスター達を凌ぐ巨体を持ち、この程度の船であれば締め付けて沈められる程に巨大だが、この川を動き回るには大きすぎる。しかし幼い個体なら丁度いい広さだろう。

 

「とんでもねぇ厄介モンが現れたな。敵無しのスタン!一人でやれるか!」

 

「ええ手伝ってくんねぇのォ?」

 

ガララアジャラは一対の甲殻、音を共鳴させて轟音を鳴らす“鳴甲”をガタガタと鳴らしている。しかしまだ若くてそれに慣れていないのか、壊れかけた蝶番のような音しか出せていない。思うような攻撃ができずに苛立ち、牙をむき出して今度はスタニスラウ目掛けて首を振り下ろした。

 

「来いよヘビ野郎!後で串に刺して丸焼きにしてやらぁ!」

 

大剣を構えたスタニスラウだったが、両者の戦闘が始まることは無かった。船首から飛び出してきた、鎧を着たルスディロが巨大な拳状の武装でガララアジャラの頭を殴り飛ばし、爆音を鳴らして長い体を大きく仰け反らせた。たった一撃で。

 

「あの小柄な体で…?」

 

「ちゅーか一発で吹っ飛ばしたぞ!?」

 

ノアーとスタニスラウが呆気に取られていると、着地したルスディロは大笑いしながら喋った。

 

「ケケケッ!アルキュリエの隕石とはワシのことよ!」

 

「ルーシーは若い頃は騎士の中で特に強かったんだ。聞いて無かったか?」

 

「老いて図体が縮んだから小回りも効くようになったわい!」

 

ルスディロはそう言って再び飛び上がり、ガララアジャラの頭部目掛けて、パンチを高速で連続して繰り出した。幼い蛇竜は吐血し、眼球が瞼の外に飛び出した姿で川の中へ沈んでいった。

 

「あとは逃げ去ったコドルフ共を仕留めたら、ここらのエリアは終わりだな。」

 

 

 

その後コドルフを掃討した一行は来た道を引き返し、停泊所に船を停めた。拠点ジャグミンルバはほとんどの建物が既に建設済みであり、現在は大工達が工房の設備を組み立てている最中だった。

 

「よう、やっとるな。」

 

ルスディロが図面を持った建築家の男に話しかける。

 

「どうもルスディロさん。調査の方は?」

 

建築家は眼鏡をくいっと上げ、小柄な老人に聞く。

 

「大丈夫だ。ここに寄り付こうとする野郎共は蹴散らしておいた。」

 

「一仕事終えたあとですし、是非休憩のために集会所へと立ち寄ってお体を労ってあげてください。」

 

「ああそうするよ。」

 

休憩のために集会所である木材と葉の屋根で出来た大きな建物へ向かう。ジャグミンルバの建物は大雨による洪水で浸水しないよう床が高く、中に入る際は数段の階段を登るようになっている。壁や屋根には幾つもの窓が空いており、風通しがよい。大テーブルの椅子に座った時に気付いたが、集会所に入ったのはノアー、メラ、スタニスラウ、ルスディロの4人しかおらず、あの竜人の若造、ブルージャの姿は無かった。

 

「ここで休憩したら北のポイント、飛行船の発着所周りに行くぞ。陸地の安全確保だ。」

 

拠点自体も樹海の中にひっそりと作られ、入り口を狭くしてモンスターが自ら立ち入ろうとしないようになっているらしい。更にモンスターの嫌がる匂いの煙を焚いて引き離すという計画のようだ。

全てのモンスターが嫌うが人間は特に気にしない匂いなどという都合のいいものが存在するのか、その匂いを好むモンスターもいるのではないか、とノアーは懸念しているが、ギルドのお偉いさん方が協議の末に決めた計画であるため一応は安心して良いのだろう。

 

「オレとノアー、ルーシーとスタンで別れよう。そっちはこの部分を頼む。」

 

メラは発着所近辺の地図に記された2分割されているエリアの右側を指さした。

 

「分かったぜい!さっそく出発じゃ!スタン、どっちが多く倒せるか勝負しようぜ!」

 

「勝てねぇ勝負を仕掛けてくるとはマゾな爺さんだ。」

 

2人は集会所から出ていった。室内にはノアーとメラだけが残り、しばらく無音の間が続いた。先に口を開いたのはノアーの考えを察したメラの方だった。

 

「1人で行かせろ、お前はアイツラと行けって顔だな?」

 

「分かってるなら何故そうしない?」

 

「お前、この島に来て1ヶ月くらいか、まだその考え方は変わってないのか?」

 

「ああ。」

 

「スタンの事はどう思ってる?アイツはお前のことをいいダチだって言ってたぞ。」

 

「悪い奴じゃ無いのは知ってる。だが俺はああいったのとは反りが合わない。」

 

「オレは心配なんだよ。お前は親父さんに似て、なんでも1人でやろうとする。ラレクも昔はオレをオトモとして認めようとしなかったんだ。そんな事を言ってな。」

 

「…本当か?」

 

ノアーの記憶では、父ラレクとかつてそのオトモであったメラは仲が良く互いに信用し合っているように見えていた。

 

「ある日ラレクがモンスターとの戦いで重傷を負ってな、その時オレが相手の注意を引きつけて、アイツを逃がそうと動いた。それからだったかな。アイツと仲良くなれたのは。共に苦難を乗り越えて、支え合って、そうしてオレとアイツの間に絆が出来た。オレもアイツも、そこからぐんぐんと成長できた。互いに弱みを補い合って、たまにはそれを共有して…昔のアイツなら、オレにお前のことを託したりなんか、絶対にしなかった。」

 

父はメラがノアーの父親代わりになれるだろうと思い、最期にそうしたのだろうが、ノアーは一度もこのアイルーを父親だと思ったことは無い。たしかにハンターになるまで金を稼ぎ続けてくれたのも、住む家を持てたのもメラのおかげだが、そのためにメラはずっとドンドルマギルドの中で活動しており、家に帰ってくることはほとんど無かった。

 

「はるばる遠くの島まで来て、俺にやらせたかったことがお友達作りか?」

 

「そうだ。お前、このまま孤独に動くハンターとして活動を続けるつもりなのかよ?」

 

「それの何が悪い。俺は1人でも戦える。」

 

「なあノアー、10年前に友達や家族を失ったのが辛いのは分かる。オレだって同じ経験をしたんだからな。だが、失うのが怖いからって閉じ籠もり続けるのは辞めろ。」

 

「別にそんなんじゃない…!俺は…1人が性に合ってるんだよ。」

 

自分は1人で戦うハンターであり、スタニスラウのように誰かとつるむ人間じゃない。失う事を恐れて閉じ籠もってなどいない。これが自分なのだ、と自らに言い聞かせる。

 

「……長話しちまったな。さ、行こうぜ。」

 

ノアーとメラは椅子から立ち上がり、集会所を抜けて死沼樹海の内部へと踏み入った。

 


 

スタンとルスディロは樹海内を歩き回り、モンスターの痕跡を探し回っていた。

 

「全然いねぇなあ!」

 

「ケケッ!ワシらのコンビの覇気に恐れをなしたか!スタン・アンド・ルーシー、略してアンドに敵はいない!」

 

「ここで決めポーズ!」

 

2人は横に並んで各々のポーズを取った。スタンは左腕を右斜め上に伸ばし、ルスディロは左腕の拳を握りしめて肘から上を垂直に曲げる。気分はすぐ後ろで派手な爆発が起こっているみたいだ。

 

「…決まったぜ。」

 

「ワシも昔はこうして格好つけたポーズを付けてたもんだ。あの時は精神年齢が今よりも幼かった。」

 

「今の精神年齢は?」

 

「なんと、5歳児!」

 

「俺と同い年イーーーッ!!!!」

 

スタンはルスディロとグータッチをする。しかしルスディロは拳に巨大な武器を装備しているため、思ったより反動が強く、スタンはよろけ、背面にあるシダ植物の草むらに尻もちを付いた。そしてその時臀部の感触に違和感を感じ、すぐに立ち上がって後ろを見た。

植物を払い除けると、その中にはイーオスの死骸があった。その様子は無惨の一言に尽きる。首は言葉通り皮一枚で繋がっており、胴体には巨大なスコップでえぐられたような傷跡があり、その傷口は焼け焦げたように黒くなっている。

 

「こりゃひでぇな…食われた跡が無い。爺さん、こりゃ殺しの快楽に目覚めたモンスターでもいたのかもしれねェ。」

 

「しっかしモンスターに限ってそんな事あるのか?殺しを楽しむ人間は何度も見たが、モンスターがやる殺しってのは、生きる上で必要な時にするモンだろ?」

 

「そうとも限んねぇみてぇだ。」

 

スタンとルスディロはそのイーオスの死体の奥に目をやる。そこには同じように惨殺された群れの仲間と思われる死体が幾つも転がっていた。一体ずつ確認したが、同一犯のものとみて間違いない。

 

「悍ましいこともあるもんだ。一体誰がこんな事を?」

 

「俺にゃあ思い当たるフシがあるぜ。多分これは──」

 

喋ろうとした瞬間前に焦った様子のメラが走ってきた。白い虎柄が少し焦げていたそのアイルーはしばらく肩で息をしてから、叫んだ。

 

「2人とも早く来てくれ!!ノアーがッ!!」

 


 

しばらく前、樹海の別エリア、下に泥沼の広がる崖っぷちの道を探索していたノアーとメラも、異常なモンスターを死体を幾つも発見していた。

 

「コイツは草食種のタルピノスだな。普通の捕食者なら肉のある腹か、一瞬で仕留められる首を狙うが、この死体は体中をえぐられてそのままだ。まるで巨大な彫刻刀で削ったみたいに。」

 

「そもそも群れを襲って数頭を殺すなんて所業、何か変だぞ?」

 

メラはそう言ってから焼け焦げて倒れた木がいくつもある方へと走ると、そこからノアーを呼びつけた。向かってみると、タルピノス3頭の焼死体が倒れていた。

 

「コイツらは犯人から逃げ切れそうだったが駄目だったようだ。この木々が燃えてるのも、犯人の仕業だな。」

 

「えぐられたタルピノスの殺してる最中に逃げようとした奴らを、炎のブレスで焼き殺したってことか。ん?おいメラ、ここのぬかるみに足跡があるぞ。」

 

細い3本指と、斜め後ろを向いた一本の指。このような形の脚を持ち、こんな所業を行う可能性のあるモンスターとなると、思い当たるのは1種類だけだ。

 

「黒狼鳥イャンガルルガ。」

 

「ま、そうだろうな。スタン達呼んでくるか?」

 

「まだ犯人がどこにいるか分からない。呼ぶなら後にしろ。」

 

その直後、待っていたと言わんばかりに空から巨大な影がノアー目掛けて落ちてきた。すんでのところで気付き、攻撃を回避する。

空から降ってきた紫色の物体、その正体はイャンガルルガであった。更にそのイャンガルルガは顔の右半分が吹き飛んだように無くなっており、ぽっかりと空いた穴から煙が吹き上がっている。

 

「やれやれ…これで会うのは三度目だな…スカービーク。」

 

過去にも戦った、そしてこの島で一際凶暴でギルドにもマークされている個体、通称欠嘴(スカービーク)。イャンガルルガはもとより狡猾で凶悪なモンスターだが、コイツは群を抜いている。快楽のために殺戮を起こしていたとして、何も驚くことはない。過去に遭遇した際、顔の傷口に片手剣を差し込んで深手を負わせて撃退したが、その傷も当時より癒えており、刺した武器も何処かへ行っていた。

 

「あのプレゼント、気に入らなかったか?」

 

スカービークはまるでその挑発を理解しているかのように金切り声をあげ、怯んだ二人に向かって翼を身につけた体勢で突進してきた。

なんとか側面に転がって避け、メラも反対側に飛び込んで回避していた。

先にノアーが双剣を抜き、顔面目掛けて斬りつけるが、スカービークは翼で顔を覆うようにして急所を守った。そして尻尾を突き出し、反撃を加えてきたが、それを見越して壁を走るように翼膜を駆け登り、蹴って黒狼鳥から距離を取った。続けてメラが背中に乗り、アイルーのものにしては大柄な剣でスカービークの首筋を狙う。しかし紫色の甲殻に阻まれて大きな打撃は与えられなかった。スカービークは邪魔者を振り落とそうと宙返りし、そのサマーソルトの勢いで尻尾のトゲからは毒液が噴射された。この特徴も前に戦った時に見たことがある。それを想定して、既に尻尾の対角線上からは離れていた。そしてメラはそれでも落とされず、腕の防具から飛び出す三本の爪を背中の甲殻に突き立てて耐え忍んでいた。

 

「ノアー!オレが注意を引く!構わずやれ!」

 

まずはバランスを崩させるために脚を狙おうと、右足めがけて滑り込み、ふくらはぎを斬りつけた。スカービークは一瞬体勢を崩し、その隙にメラが頭部の傷口に剣を突き立てようとしたが、スカービークは傷から大量の煙を出し、メラの姿が黒煙に包まれた。そしてスカービークはかぶりを振り、メラを投げ飛ばす。

 

「おい、生きてるか?」

 

「毛が焦げちまったよクソ。」

 

スカービークは体勢を立て直し、ノアー達の方に向き直った。

 

「チッ、しぶとい奴め。」

 

「あぁそれともスカービークが?いや、それともオレに言った!?」

 

「お前が思ってる方。」

 

そうして再び剣を構え、スカービークに向かって走る。火球のブレスを身を翻して避け、突っ込んでいく勢いのまま飛びついた。まず盾のように構えてきた尻尾を弾き返し、次に繰り出してきた噛み付きを2回避ける。次に片方の剣を喉に刺し、蹴りで更に奥まで突き立てた。スカービークは悲鳴を上げながら翼をはためかせ、喉元の剣を抜こうとする。

 

「そう動くな。すぐ取ってやる。」

 

そう言ってから刺さった剣の持ち手を掴み、胸元まで切り進めるようにして引き抜いた。スカービークの喉から血が滝のように垂れるも、黒狼鳥はもう全く気にならないとでも言うようにクチバシを振り下ろし、ノアーを攻撃した。

双剣をバツ字に構え、クチバシをガードする。しかしそれが狙いだったらしく、スカービークはサマーソルトでノアーを吹き飛ばした。

尻尾の棘がかすめた腹部に激痛を受け、急いで腰のポーチにある解毒薬のビンへ手を伸ばす。しかしスカービークはけたたましい雄叫びでそれを妨害し、再び四つ足状態でクラウチングスタートをする陸上選手のように突っ込んできた。

その時、ノアーとスカービークの間にメラが割って入り、剣を投擲した。剣は見事顔の右側に刺さり、スカービークは大きく転けた。その間に解毒薬を服用し、更に紙のパックに入った応急薬を一気飲みする。

立ち上がったスカービークは頭を回してメラの剣を引き抜き、上空に飛び上がると大量の火球をバラ撒いた。

 

「ヤケになりやがったなあんにゃろう!」

 

「まだ届く…!」

 

ノアーはスカービークから最も近い樹に向かって走り、勢いで登る。その勢いが収まりそうになったタイミングで幹を蹴り、上部の枝に飛び乗った。そこからスカービーク目掛けてジャンプし、垂れ下がった尻尾を斬りつけた。片方の剣が尻尾の甲殻と鱗を切り裂いて肉に食い込み、ノアーはスカービークからぶら下がる形になった。スカービークは下を向いてノアー目掛けて火球を放つが、何とか体を捩らせて回避し、尻尾にまたがる事に成功する。

 

「はあぁあああ!!」

 

雄叫びをあげながら尻尾を何度も斬りつけ、遂に切断する事に成功した。急に重心が変化したからかスカービークは空中でバランスを崩し、ノアーを乗せたまま落下していった。そして道を外れ、崖を転がり、1人と1頭は下の泥沼へと真っ逆さまに落ちていく。

下の泥に触れ、鈍い痛みとぬるく湿った感触を受けると同時に、ノアーは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか。ノアーが目を覚ましたのは真っ白な光に覆われた空間だった。

 

「おはよう。ノアー君。」

 

聞き覚えのある、やわらかい声が聞こえた。

 

「俺はたしかスカービークと戦ってて、そして崖から落ちていって…俺、死んだのか?」

 

1人が好きなのは事実だが、こうして広い狩場の中で孤独に死んでいくというのは少し寂しいものだな、などと考えているとその声がこう質問してきた。

 

「ノアー君ってさ、どうしてハンターになったんだっけ?」

 

 

「…それは、ハンターが一番金を稼げる仕事だったからだ。」

 

「嘘をついていますって顔に出てるよ?」

 

自分は心の中が表情に出ないタイプのはずだが、彼女にはお見通しだったようだ。

 

「……ハンターをしてると、満たされるんだ。」

 

「満たされる?」

 

「俺は、戦う事でしか、自分を表現することが出来ない。だから、狩りをしている間だけは、自分が何者か分かる気がする。」

 

「狩りをしている間って“黒兎”でいる時のこと?」

 

「ああ。変なあだ名だが、俺がなれる者は黒兎だけだ。戦うのを辞めたら、俺は何者でも無くなってしまう。」

 

「でもそれって、誰かのために付けてる仮面のようなものじゃない?嫌だったんでしょ、実力があるから、素早く上までのし上がったからって、周りから期待の目を向けられたのが。」

 

「それは本当の俺がただの捻くれ者で、臆病で、根暗な人間だからだ。ハンターである時だけはそんな自分を捨てられる。」

 

「それが本当の自分なら、目を背けるのは良くないよ。」

 

「わかってるさ!だが、変えられない。誰かと友達になったって、きっとそいつはハンターとしての俺しか知らない。仮面を被る相手が増えるだけだ。」

 

「でも私には本当の貴方を見せてくれる。そうでしょ?」

 

「ああ。」

 

「…私はもう先が長くない。だからノアー君、お願いがあるの。もし私がいなくなったら、あなたはまた本当の自分を閉じ込めてしまうと思う。だから、本当の自分を見てくれる人を探して。人を頼らず、偽りの姿のまま1人で走ろうとしないで。」

 

「そんなやつ、何処にいるって言うんだ?」

 

「それを探すのはあなた自身。」

 

「だが、俺が戦う事で自己を見出しているのもまた事実だ。俺はどっちであれば良い?」

 

「それでも良いんだよ。自分の弱さを見つめることが出来るなら、偽りの自分に酔いしれたって良い。だから、ハンターでいる時は黒兎として、とことん暴れて、いっぱい功績を作ってね。」

 

そうだ、思い出した。これは4年前の記憶だ。どうして忘れていたのだろう。こんなに大切な事を。何故自分がハンターを続けるのか、それは狩りをして、苦難の中で生き残ろうと足掻く事で自分を保っていられたからだ。そして、今まではずっとそれを続けてきた。だがそれじゃあ駄目だ。本当の自分を、皮肉屋で人を寄せ付ける事を嫌う自分を受け入れてくれる彼女のような人間がいないと、俺は偽りの黒兎に呑まれて自分を無くしてしまう。

今頃になって、自分は何者で、何をしたいのかを再確認できた。

 

 

 

 

 

白い光は消え、目の前の光景が泥沼へと戻っていた。正面にはスカービークも倒れている。落下時に刺さったのか左の翼膜を大きな朽木が貫いている。目は開いており、こちらを見据えているのは確かだが、流石にすぐに立ち上がる気力は無いようだ。

ふと辺りを見回すと、ノアーとスカービークに向かって小さな影がいくつも近付いて来ていた。鎌のような爪を持った甲殻類や、長い尻尾の先端にハサミを持つ昆虫、泥の表面が盛り上がったかと思うと、丸い口を持つ細長い体をした無顎類も顔を出してきた。泥沼の一帯には大小さまざまな生き物の骨が沈んでいる。ここは死沼樹海の墓場のような場所らしい。このままではこの有象無象に喰われてしまう。なんとか体を起こそうと踏ん張るが、まだ全身が痛む。

 

「動けよノアー…。お前の大好きな戦いだろ…?」

 

痙攣する太ももを掴み、片方の剣を杖代わりにして無理矢理立ち上がる。甲殻類はノアーの元にたどり着き、ナタのような爪で防具の表面を削り始めた。既にスカービークは甲殻類と昆虫の群れに集られている。 

唸り声を上げて力を込め、背中に張り付いた甲殻類を振り落とす。

今の俺は生き残るために戦うハンターだ。戦いで自分を表現するのは得意なはずだ。

双剣を構え、近づく虫達を次々を切り裂いていく。今この時だけはハンターとしての自分を演じられる。

 

「おい!こっちだ!」

 

上からスタニスラウの声がした。崖の上からロープを垂らし、それを身体に括り付けて手を伸ばしている。頼りになる仲間がいるというのも、案外悪くない。

 

「今行くぞ!」

 

そう言って横から飛びかかってきた無顎類の体を真っ二つに切り裂く。双剣を背中に収め、スタニスラウの方へと走り、その手を掴んだ。

 

「爺さん!引き上げろ!」

 

「っしゃあ!任せろ!」

 

ロープがある程度の高さまで登ってきた時、崖が揺れるほどの大きな衝撃が走った。スカービークが崖にクチバシを突き立て、翼の爪で岩の出っ張りを掴み、崖を登り始めた。

 

「いい加減しつこいぞ。」

 

またもクチバシの穴から煙が噴き上がる。火球を吐き、ノアー達を突き落とすつもりか。

 

「うわぁあヤベェヤベェヤベェ!爺さん!早く引き上げろ!!」

 

「しゃーねぇな!おいメラ、代わりに巻け!」

 

「どうする気だよルーシー!」

 

「あのクソったれに挨拶してくる。」

 

ほどなくして崖の上からルスディロが飛び降りてきた。そして途中の岩で落下の勢いを抑えながらスカービークの元まで降りていき、口を開けて火球を吐き出さんとするその顔目掛けて連続でパンチを叩き込んだ。スカービークは大きく怯み、またも泥沼へと落ちていった。

 

「っしゃあ!見たかワシの力!」

 

そうしてルスディロは1人で崖を登っていった。その直後にノアー達も崖上まで到達し、スタニスラウは体に巻いたロープを外した。

そして崖から離れ、木々に覆われた樹海の奥まで進んで来た。

 

「爺さん大活躍だったな!流石だぜ!」

 

「お前が注意を引きつけてくれたからな!これもまたスタン・アンド・ルーシー、略してアンドの功績じゃ!!」

 

そう言うとスタニスラウとルスディロは横並びになって謎の決めポーズを取った。

 

「なんで略す時アンドなんだよ。誰と誰のコンビか分からねぇよ。」

 

「それよりノアー、あそこから落ちたってのに対した怪我もねぇじゃねぇか。大丈夫なのかよ?」

 

メラの言う通り、ノアーには大きな怪我は一つも無い。泥濘に落ちたのと打ち所が良かったのだろう。

 

「さっすが黒兎だぜ!」

 

「黙れ。」

 

「黒兎?ノアーのあだ名か?あぁ〜たしかに髪の毛黒かったもんな!目も真ん中は赤かったしそれが理由か?」

 

「んまぁそれもある。けど一番の理由は──」

 

スタニスラウが話している途中、背後から物音がした。振り返るとスカービークが崖を登って追いかけて来たようで、薙ぎ倒された木々の上に立って翼をついたまま4人を睨みつけていた。

 

「はぁ……。その諦めの悪さは嫌いじゃあねぇ。だがもうここまでだ!」

 

拳を構えたルスディロの前に立ち、彼を制止する。

 

「んだよノアー?」

 

「俺が何故黒兎かって?実際に見せてやろう。」

 

そう言って双剣を出し、スカービーク目掛けて突撃した。吐いてきた火球を飛んで避け、真っすぐスカービークを切らず、横の樹木に飛び乗った。スカービークはそれを狙って何度も火球を吐いたが、ノアーは枝から枝へ、そして隣の樹へと飛び移って行くことでそれらを回避した。

 

「あれがそうだ。ウサギってよ、高いジャンプ力と軽い身のこなしで動き回るだろ?そして天敵から逃げる。だがアイツは違う。」

 

木の幹を蹴って斜め後ろからスカービークを斬りつけ、すぐさま対角線上の樹を駆け上がる。そしてまた飛び移った樹から斬りかかり、その反対側へ、スカービークはその動きに翻弄され、怒り狂ったように咆哮をあげた。枝の上で立ち止まって耳を塞ぐノアー目掛けて火球を放つが、枝が燃え上がる頃にはノアーの姿はそこに無かった。

 

「もしもあのすばしっこさを、天敵から逃げるためでなく、天敵に抗うために使うウサギがいたら?自分を食おうとする竜から逃げるのではない。」

 

火球を何度も吐くが全て避けられ、遂には小さな煙しか吐けなくなったスカービークは、傷口から零れ出た血混じりのよだれを垂らしながら、首を回して何度も周囲を見渡した。だがスカービークが目を向ける頃にはノアーはそこから死角へと移動している。そしてスカービークの真正面、右側にある大きな傷目と向かい合う方角へ来た時、ノアーは今までとは違う攻撃を行った。

 

「そのスピードで攻撃を避け続け、隙をついてあの歯で首を掻っ切る。それがあの男、ノアー・アークだ。またの名を─」

 

双剣を前に突き出し、体を捻って幹を蹴る。勢いで体が螺旋状に回転しながらスカービークの傷口を貫いた。相手が気付いた頃には既に顔の穴は大きく広がり、目元から脳天へ、そして左側の顎の付け根を斬り裂き、遂にはその首を吹き飛ばした。

地面に着地し、攻撃の勢いを止めるために剣を構えたと同時にメラは続ける。

 

「─Black Hare(クロウサギ)。」

 

 

 


 

 

 

スカービークの討伐から3日後、新拠点ジャグミンルバは完成した。集会所に集まり、設計に関わったメンバー達で打ち上げを行った。島の風土を活かした豪勢な食事を堪能し、酒をあおる。しかし、やはり大人数で大騒ぎするのは肌に合わないようで、少し雰囲気を味わった後、ノアーはその場を離れ外でひっそりとパイプを吸っていた。

すると後ろから人の気配がしたため振り返ると、葉巻を持ったスタニスラウが立っていた。

 

「隣座らせてもらうぜ。」

 

「良いとは言ってないが。」

 

炭布を巻いた木の棒に火を点け、スタニスラウに渡す。彼は手に持った葉巻を回しながら炙るように火を点けていき、先端が燃え始めた時に口にくわえ、ゆっくりと煙を吸った。

 

「夜の密林で吸う煙ってのもまた乙なもんだな。」

 

「お前があのどんちゃん騒ぎに混ざらないのは違和感があるな。」

 

「アンタと話したいと思ってたことがあるんだ。」

 

「それは?」

 

「アンタの過去だよ。色々調べたんだが、アンタの故郷って…」

 

「ああ。滅んだ。」

 

「でもよ、具体的に何が起きたか、それがどの資料にも書いてなかったんだ。教えてくれ、あの日アンタとメラに、一体何が起きたのか。」

 

ノアーは少し悩んだ。自分の過去を明かすということは自分の本当の姿を、トラウマを、全て話すということになる。果たしてこの男に対して、自分の仮面を外すべきなのだろうか……。

 

「はぁ…。分かった。少しばかり長くなるぞ。」

 

ノアーはパイプを吹かしながら、十年前のあの日の事を話した。人生で唯一友達と呼んでいた存在のこと、未だに夢に出る巨大な虫のバケモノのことも、自分を庇い、命を落とした父のことも。

スタニスラウは葉巻を吸いながら、ノアーの話を静かに聞いていた。そしてノアーが話し終わった後、ゆっくりと口を開いた。

 

「家族も、家も、ふるさとも…たった一日の間にか…」

 

スタニスラウはもう一度葉巻の煙を口に入れ、ふうっと吹かすと、ノアーの背中を叩いた。

 

「話してくれてありがとよ。」

 

「で、なんで聞いた?」

 

「ダチのことはよく知っておかないとな。だろ?」

 

「…仕事仲間以上友達未満だ。」

 

「はいはい友達以上恋人未満ね〜。」

 

「ブッ殺されてぇのか?」

 

「へへへ、あっそうだ。爺さんとメラとも話し合ったんだが、スカービークの素材はアンタが多く貰っていいってよ。」

 

「そいつはありがたい。そろそろ双剣を新調したいと思ってた所だ。」

 

「明日から工房も稼働するみてぇだし、早速作ってみたらどうよ!」

 

「いや、実を言うと明日からちょっとした別の用事があってな。ドンドルマに帰るんだ。」

 

「マジ?アンタがいねぇと寂しいぜバディ〜。」

 

「はぁ…言ってろ。」

 

2人はさっきまでよりも静かになった集会所の中へと戻っていった。帰り際、スタニスラウが尻を蹴ってきたため、ノアーは更に強く蹴り返した。

 

 

 

 


 

同時刻、死沼樹海の奥深く。スカービークが暴れ回り、群れの部下達を虐殺されたドスイーオスはたった1頭で森の中を歩き回っていた。何か強大な存在に怯え、逃げ続けている。ドスイーオスを狙っているのはスカービークではない。

倒木を飛び越え、水場で呼吸を整える。水を飲み始めたドスイーオスに、1体のコドルフがちょっかいを掛けてきた。いくら襲われた後で余裕が無いとはいえ、ドスイーオスがたった1体の小型モンスターに負けることはない。小さく唸るだけでコドルフは尻尾を巻いて退散した。

しかし、このコドルフが逃げたのはドスイーオスに威嚇されたからではない。

 

コドルフが逃げた本当の理由は、ドスイーオスの背後にいた存在に恐れをなしたからであった。

気配を感じ後ろを振り返ると同時に大きな鎌状の爪で拘束される。

ドスイーオスを狙い、ずっと追い続けて来ていたそのモンスターは6本の脚を持ち、前の一対は鎌のような爪が生えている。全身を覆う甲殻は黒く、長い尻尾の側面には節々に一対ずつ、赤い刃物のようなものが生え、尻尾の先端もまた鎌のような形をしている。長い首を上げ、4本の角を持つ顔には4つの赤い目が張り付いており、それを妖しく光らせて無表情にドスイーオスを見下ろす。

ドスイーオスは叫び、後ろ脚を振り回して抗ったが、抵抗すればするほど爪が強く食い込まされる。

そしてそのモンスターはゆっくりと、顔の側面に1本ずつ生えた赤紫色の牙、もとい鋏角を展開し、下の顎も開いた。透明のねばついた消化液が分泌され、それがドスイーオスの体に少しずつ垂れていく。

そしてそのモンスターは消化液がドスイーオスを溶かす時間など待ちもせず、大きく広げた口で赤い鳥竜の体に喰らいついた。

ぐしゃっという音と共にドスイーオスは抵抗を止め、必死に動かしていた後ろ脚と尻尾はだらりと垂れた。

やがてそのモンスターの脚や尻尾から黒い霧状のものが現れ、ドスイーオスの方へと向かっていく。黒い霧に包まれたドスイーオスの体からは紫色の結晶が形成され、その体を溶かしていく。

 

数分もしないうちにドスイーオスの体は骨も残さずに消えた。そのモンスターは食事を終えると鎌を舐めるようにしてこびりついた血を除去する。そして次なる獲物を探そうと、樹海の中へと消えていった。

 

 

第12話 End

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