Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第2章
第13話:生きた雲の怪


 

紅く輝く山が奥にそびえ立ち、その周りには雨緑林が広がっているのが見える。

 

「ほほ〜う。まるで古代林ですねぇ。」

 

灼谷孤島へ向かう船の上で双眼鏡を構えながらバークは呟く。視線を左側に逸らすと、背の低いシダ植物の葉を食むズワロポスの群れがいた。草木に紛れられる緑色の皮膚は乾燥した果物のような質感で、両頬の皮膚が垂れている顔はまるで老人のようだ。奥の火山にある溶岩洞にも生息しているそうだが、そっちは恐らく赤褐色の肌を持っているのだろう。今度は右に視線を動かす。白い砂浜の上を黄色い海竜が複数体、大きな1頭は首筋に大きなスポンジ状の塊が巻き付くように付いている。水獣と呼ばれるロアルドロスと、小柄でスポンジ状のタテガミを持たないルドロス達だ。

 

「ロアルドロスはオスで、周りにいるルドロスは皆メス。あれはハーレムを作るモンスターなんだぜ。」

 

「知っています。」

 

「羨ましいと思わんか?あんだけいりゃあ毎日1人ずつにしても2週間は違う女を抱けるんだぜ?」

 

「…私は一生1人を愛し続けたいタイプです。」

 

「そうかい!健全なこった!」

 

この年老いたハンターはグニフォス・デクシアと言い、ユデグエンド島で7年もの間失踪していたという過去を持つ。発言こそ不健全だが、これでも実力はある。昨日、彼の失踪している間の話を何時間も聞き続けたが、自分以外の人間も、文明も無い密林の中で7年間生き抜き、犠牲になったのは片方の睾丸だけというのは、並の人間にはできない事だ。

 

「俺も若い頃はよくモテたんだがなぁ。あのロアルドロスみてぇに。」

 

まだ始まった、とバークは心の中でで呆れた。彼のハンターとしての過去やサバイバル生活をしていた話はとても興味深いが、人間としての彼の話には一切の興味がない。それなのに昨晩彼から聞いた話の7割は彼のくだらない惚気話であった。

 

「例えばジォ・ワンドレオで出会ったナイスバディな嬢ちゃん──」

 

「セルビナズの話はもう4回聞きましたよ…」

 

「バーク、少し話がある。来てくれるかい?」

 

後ろから助け舟を出してくれた彼女の名はアーシア・グライオス。いつも冷静で頼れる地質学者だ。アーシアはバークを呼び出すと、船の内部へと連れて行った。船の中にはもう一人、船を操縦している背丈の高い男性がいる。グニフォスと同じくハンターであり、薬学の専門家でもあるデクスター・サリヴァンはグニフォスの様子を見て、やれやれとかぶりを振ってから口を開いた。

 

「変わった人ですよねぇ全く。え、私が言えたことじゃない?」

 

「ああ、アンタが言えたことじゃないね。」

 

「ハンターというのは皆変わり種で、私はその中でも常識ある方ですよ〜?ねぇミューラー?」

 

デクスターはミューラーと名付けられた猟虫、ガシルドーレに話しかけた。船内を飛び回るエビの顔をしたハチとでも言うべき虫は特に何も返事をしない。するはずが無い。

 

「やっぱりそうだよねェ〜!私ほど常識人で落ち着いたハンターはそういないと!」

 

「アンタよりずっと常識人で落ち着いたハンターが知り合いにいてだね…」

 

グニフォスもデクスターも、なんというかハンターらしい人間だ。これまで話をしたハンター達も、何かと変わり者が多かった。

 

「ともかく、島に着いたら拠点のムソギル・ペラノを経由して灼谷孤島の溶岩洞で新しく見つかった坑道を調べる必要がある。鉱物だけじゃなくモンスターも眠ってたら、アンタとあのお爺さんに背中を任せるよ。で、バークは坑道の様子を撮るんだよね?」

 

「はい。それと現地の生き物を。」

 

「生き物ねぇ。私はあんまり詳しくないけど、最近だと“生きた雲”ってのが話題になってるね。」

 

「雲が生きている?」

 

「実はその“雲”がぁ、“蜘蛛”だったり?」

 

デクスターは一人でハンドシェイクをした。

 

「数年おきに現れるって話だ。まるで意思があるように動いては他の生き物に纏わりついて食べちまうんだとさ。それの目撃情報が最近また出てきたらしいよ。」

 

「初めて聞く話ですね。デクスターさんは何かご存知で?」

 

「いや、私も初耳です。」

 

「その雲、真っ黒なヤツじゃあないか?」

 

突然船内に入ってきたグニフォスが聞く。

 

「黒?見た目は空にある雲そっくりだって聞いたから多分白いと思うが?」

 

「俺が死沼樹海にいた時、黒いモヤを見たことあるんだ。その日、俺は飯になる植物や動物を探して森の中を歩いていた。そしたらふわふわと漂う、黒い霧みてぇなのがあるのに気づいた。俺ァ初めて見る光景に興味を持ったが、モヤの中に幾つもの小動物やら小型モンスターやらの死体が転がってる事に気付いてすぐそこから離れた。」

 

グニフォスからこの話を聞いたのは初のことだった。まるで今この瞬間にその体験をしているかのような、彼の真面目な話しぶりには普段とのギャップもありかなり驚いた。

 

「それから何時間かして、やっぱりアレがなんだったか気になったもんだからもう一度そこに行ってみたんだ。そしたら、消えてた、死骸が、モヤが、綺麗さっぱり。幻覚を見てたのかと自分を疑ってもみたが、地面や草に付着したおびただしい量の血痕は、アレが現実だったってことを示す証拠としては十分だった。」

 

「正体不明の現象に似た、正体不明の現象。面白いですね。非常に。」

 

「この島、発見からたったの20年というのもあって未だ謎に包まれている部分が多いね。」

 

アーシアに続けてバークは言う。

 

「だからこそ気に入ったんですよ。」

 


 

翌日、朝から出動し、一行は溶岩洞の近くにあるキャンプへ到着した。ちなみにムソギル・ペラノの宿泊場所とキャンプへの移動途中で、グニフォスからセルビナズの話を聞いた回数は9回に増えた。

 

「ここからはデクスターが先頭、俺が後衛を務める。」

 

「ミューラーは危険探知能力が優れてるので、何かあったらすぐ分かりますよ。」

 

4人は前からデクスター、アーシア、バーク、グニフォスの順に並んで歩き出した。ひんやりとしたクーラードリンクをラッパ飲みし、高温環境に備える。

溶岩洞の中は冷え固まった黒い溶岩や、更に時間が経過して形成されたであろう灰色の岩石と、未だ固まっておらず赤い光を放つマグマの川や池で構成されていた。辺りにはどんよりとした空気が漂っており、まるで生き物が住む環境には思えない。しかしそんな偏見を打ち破るかのように、赤褐色をした大きな動物が3体姿を現した。やはり溶岩洞のズワロポスは森にいる個体とは体色が異なっていた。

 

 

目的地の坑道への道中、デクスターが急に足を止めたかと思うと、何かに向かって駆け出した。

 

「おおお!?これは…!!!でかしましたよミューラー…!」

 

「あん?なんかあったのかよ?」

 

デクスターがしゃがみ込んだ傍にあったのは、泡を吹いて充血した目をひん剥いて横たわっている、ズワロポスと思わしきモンスターの死体だった。胴体は何かに食われたのか肋骨が剥き出しになっており、腹の皮膚が無くなったことによってはらわたが積み上げた本を崩したようにこぼれ落ちている。何より目を引いたのは皮膚の裂けた縁や肋骨と肋骨の間から伸びる、人間の腕くらいの長さをした紫色に妖しく光る結晶だった。

 

「なんだよ死体なんて何処にでもあるだろ。」

 

「いえこれは少しわけが違います。この結晶分かりますか?」

 

「シクイケッショウダケだろ?モンスターの死骸を苗床にする菌類の。」

 

「そうです。昔は呪いの儀式にも使われてて、そのことから“蠱影(コエイ)”という名でもよく知られる子嚢菌類。偶然か過去に何かあったのか、この島でもコーエイという発音で呼ばれる奴ですが、火山地帯で見たことなんてありませんし事例もありません。」

 

「周りの森から飛んできたんじゃあないか?」

 

「森からこの溶岩洞までかなりの距離移動しましたよね?」

 

「菌類って言うなら胞子が死体にくっついてこの結晶になるのよね?かなり入り組んだ洞窟を進んで行ったとでも?風も弱いこの洞窟を?」

 

「それにこの死体はまだ新しい。あぁ興味深い!バーク様、あなたにも分かるでしょう?こんなこと文献にも無い。シクイケッショウダケがこんなに大きな子実体を、火山の中で!」

 

バークは興奮して話すデクスターを無視し、死体の写真をいくつも撮っていた。そしてその途中で、奇妙な事実に気が付いた。

 

「こいつ、どうして死んだんだ?」

 

「どうして?何かに食べられたんじゃないのかい?」

 

「襲われて捕食されたにしては欠損している部分が少なすぎます。内臓は食べられた様子が無いし、こんな過酷な環境でこれだけの大きさの動物を殺して皮膚だけを剥ぎ取るだなんて。贅沢な連中ですよ。」

 

「ハンターに殺られたんじゃねぇか?」

 

「それならもっと武器で切り裂いたような跡か殴りつけられて内臓や骨にダメージが行くか、弾痕などが残るはずです。それすら無い。この死体…」

 

「綺麗すぎるんですよねェ。」

 

デクスターもこの死体の異様さに気付いたようだった。

 

「老衰するほど年老いてない。それどころかコイツは血気盛んな若いオス。病気かもしくは…」

 

「窒息死。」

 

グニフォスの言葉にピンときた。大きく見開かれた充目玉は充血しており、口からは泡を吹いている。更に内臓には鬱血も確認できる。若いオスがこんな姿で急に死ぬのは何かしらの病か、毒物による窒息だろう。骨が見えているのは恐らくシクイケッショウダケに分解されてのことだろう。にしてもこのズワロポスは長くても死後二時間程度、ここまで大きい結晶が生み出されるには分解する量も時間も足りてないように思える。

 

「この子実体は少し貰っておこう。こんな大きさした奴は珍しい…!はやく返って中身を見たい……」

 

デクスターは恍惚とした表情でシクイケッショウダケの結晶、すなわち子実体にナイフを突き立て、ピッケルで鉱石を掘るかのように削り取る。そしてそれを小瓶の中に入れた。

 

 

 

アーシアの調査は順調に進んだ。正直、途中で何かしらのモンスターに遭遇することを望んでいたが、ズワロポスの死骸より後には生き物の痕跡を発見することすら叶わなかった。

キャンプに帰還し、帰りの荷物をまとめる。

 

「なぁバーク、葉巻あるか?」

 

「…火打ち石なら。」

 

「無ェか。じゃあ寝る。迎えが来たら起こしてくれ。」

 

そのダミ声は話し終わると同時に掠れたいびきへと変わった。

バークは双眼鏡を覗き込み、キャンプから見える山肌をゆっくりと見回す。灼谷孤島は確認されている火山の中でも多くの生物が確認されているという話だったが、不気味なほどに何もいない。黒く固まった溶岩とまだ固まってない赤いマグマ、そして噴き上がる黒い煙と、山沿いを這うように蛇行しながら動き回る白い煙。

 

「って煙が空中を動いている!?それも…まるであれ──」

 

白い大蛇のように見えた。まさか、あれが生きた雲なのか?その疑問を抱いた時、既にバークは煙を目撃した場所に向かって走っていた。途中の岩壁に地図を押し当て、目撃場所に印を付けてから現在位置まで、最短ルートをなぞっていく。

 

「あれの正体、私が掴んでやる。」

 

カメラを首に掛け、地図を片手にバークはクーラードリンクを飲むことも忘れて再び走り出した。

 

 

 

幸いなことに道中はそこまで苦でも無かった。比較的平らな道が続き、数十分で目的地が目の前に迫ってきていた。

目的地は何気ない山肌で、ここが尾根となっていてすぐ横には浅いカルデラがあり、湖も見られた。

あの煙は火山活動により発生した水蒸気ではないだろうか。そう考えてもみたが、あの煙の動きはあまりにも不規則すぎる。自然に発生した蒸気がうねりながら移動するのだろうか。

しかしその可能性もあると思い、カルデラを滑り降りて火山湖の岸まで行き、マスクで口元を隠してから湖を観察する。水の色は無色透明、透き通った綺麗な水をしている。懐からリトマス試験紙の入ったケースを取り出し、赤色と青色の紙を一枚ずつ取って湖に浸す。塩基性の湖なら赤い紙が青く、酸性の湖であれば青い紙が赤く染まるはずだ。

測定した結果、どちらも色が変わらない。細かい度合いまでは分からないが、おおむね中性ということだ。

水の中をよく見ると、大小様々な魚が泳ぎ回っている。魚の観察を続けていると、向かい側の岸から軽い足音が聞こえた。目を向けると白の水玉模様のある深緑の毛皮を持った細長い四足歩行の生き物が立っており、大きな耳をピクピクと動かしている。頭の上には一対の立派な角が生えていた。

その生き物─ケルビはこちらを少し警戒していたが、バークが身動き一つせずに固まっていると無害と判定されたのか、その湖の湖を飲みだした。

 

「生き物が住んでいるし、飲水としても利用されている。」

 

ゆっくりと湖に手を入れると、水から出したあと少し震えるくらいには冷たい水だった。とても水蒸気が発生する水とは思えない。

 

「…あれは何だったんだ?」

 

 

しゃがみ込んだまま観察しているうちに時間は過ぎ去り、湖に浮かんでいる石の上で佇むカメは水の中へと潜り込み、いつの間にかケルビも姿を消していた。

一旦諦めようと立ち上がり、踵を返した時、ようやく異変に気付くことが出来た。

 

まるで霧がかった峠にでもいたかのように、周囲が白いモヤに覆われている。そして次の瞬間、喧しいバサバサという音が四方八方から鳴り響き、バークの鼓膜を刺激した。

 

「……ッ?」

 

白い霧は徐々に濃くなっていき、まるで雲に包まれているように、いや、霧じゃない。

辺りを漂う白いもの、それはただの煙状のものだけではなく、明らかな物体がいくつも混ざっていた。本体は白く、一つ一つはとても小さい。腹の先から白いモヤを分泌しながらバークの周りを取り囲むように飛んでいるこの物体は──

 

「──昆虫?」

 

目を凝らし、猛スピードで動くそれの全容を掴もうとする。白い細かい毛がびっしりと生え、四枚の細長い翅もそれに包まれている。腹部は大きく、先端から出す分泌物が、“雲”と誤認される理由だろう。顔は大きな複眼を備えており、高い視力を持っていることだろう。そして突き出た黒く太い口吻、とても花の蜜を吸うだとか樹液を吸うだとかそんな可愛らしいものではない。それを使って食べるのは硬い木の実か、もしくは生き物の肉だ。

そして何より気になるのはその分泌される白いモヤの正体だが、それはすぐに分かった。

 

(………息が……できな………)

 

一瞬息苦しさにマスクを外しそうになったが、それは余計自分の首を絞めるだけだと判断し、踏みとどまった。

これの正体は火山ガスや鉱毒、それに近いものと見て間違いないだろう。あの太い口吻で金属や鉱物を摂取し、その成分を腹部にため込み、腹から出す分泌物で化学反応を起こしているのかもしれない。

生きた雲、つまり白い有毒ガスをまき散らしながら飛び回る白い昆虫の群れは今、きっと狩りをしている最中だ。窒息して死んだであろう、あのズワロポスを思い出す。彼はこれに囲まれて呼吸困難に陥り、窒息死したのだ。

そして奴らは窒息死して動かなくなった獲物を、じっくりと群れで捕食するのだろう。

 

(このままでは私も………)

 

頭が痛く、ほんのりと香る腐卵臭のせいか吐き気がする。喉も痛いし、それでいてほんのり眠たいと感じる。これは初期症状にすぎないだろう。やがて咳き込み、手足に力が入らなくなり、頭も働かなくなって、最後は痛みも感じない状態で“雲”に食われるか、それとも彼らはこちらが完全に絶命するのを待ってくれるのだろうか?どちらにせよ、虫の餌は御免だ。

 

(考えろ……何ができる?)

 

立っていた足がふらつき始める。体が動かなくなったらいよいよ終わりだ。“雲”は相変わらずバークを囲んで飛び回り、白いモヤを排出し続けている。

腐卵臭も感じなくなってきた。完全に鼻がやられたのだろう。

自分の持ち物を整理する。カメラ、リトマス試験紙、地図、そして…カメラと……いやさっきカメラは挙げたか?

立っていられなくなり、倒れ込みそうになるが咄嗟に手をつく。その時、胸のポケットから石と金属の板が落ちた。

 

(これは……そうだ!火打ち石!)

 

彼らの出すガスの中に可燃性の成分が含まれている可能性もあるはずだ。これで火を起こして自分ごと燃やし、あいつらを追い払おう。早速火打ち石と金属板を手に取る。地図をくしゃくしゃに丸め、その上で火打ち石と金属板を擦り合わせた。しかし上手く火はつかず、強く当てた勢いで石が飛んで行ってしまった。

すぐに火打ち石を探すが、辺りの石ころに混ざってよく分からない。更にバークは目眩を起こしており、視覚の情報もあまり約に立たなくなっていた。片っ端の石を掴み上げ、触覚で判断する。あの火打ち石は矢尻のように先が尖っていて二等辺三角の形をしている。

十個ほど違う石を掴んでは違うと離してを繰り返し、ようやく火打ち石を取り戻す事が出来た。

地図を丸めておいた場所まで四つん這いで戻り、もう一度金属板と擦る。微弱な火花は散り、それが地図に振り注ぐ。地図は小さく燃えていた。

 

(もっと…もっと火をつけないと………)

 

何度も火花を起こし、そのたびに力強く金属板を石で削った。それを六回ほどしたとき、またも火打ち石が勢いのまま手を離れ、しかも今度は湖の方を向いていたために湖の中へと落ちてしまった。

これはまずいと思ったのも束の間、地図の火が大きくなり、そのまま爆発的に燃え上がった。ガスに燃え移ったのだ。

炎はバークもろとも生きた雲に襲いかかり、モヤを出していた虫達は次々と焼けていった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

全身が火達磨になったバークはもはや死を覚悟していたが、最後の力を振り絞り、湖まで走ってその中に飛び込んだ。

 

そしてそこからは虚無───

 

 

 


 

 

目を開けるよりも先に、力強く息を吹き返したのを憶えている。

視界が戻ってくると、デクスターとグニフォス、アーシアがいた。

 

「おい!生きてるか!しっかりしろ!」

 

「ちょっと急に大声出さないの。バーク、私達が見えるかい?」

 

「あれ、私は…」

 

「1人でこんな所でドザエモンになりかけてた事について説明してほしいですが、ひとまずは無事で何よりです。ミューラーに追跡させてよかったです。」

 

記憶がおぼろげだ。なぜ自分はここにいたのだろう。最後の記憶から遡っていく。体が燃えたから湖に飛び込んだ。ガスを燃やすために火をつけた。ガスを出している何かに襲われ──

 

「そう!私は正体を掴んだんですよッ!」

 

勢いよく上体を起こし、3人に説明する。記憶が正しければたしかと思い、リトマス試験紙の入ったケースを取り出す。中には白い昆虫が一匹、息絶えた姿で入っていた。

 

「この虫は?デクスター、アンタ分かる?」

 

「これは…ヘコキトビですかね?ユデグエンド島固有の昆虫です。チョウやガに比較的近くて、腹の先から防御のためにガスを出す事があるんです。でもここまで翅は長くないし、毛量も多い…そして体色はもっと派手です。近縁種か、はたまた収斂した別の生き物か…。というかこれを何処で?」

 

「私はさっき、キャンプからここを見た時に白いモヤが動いてるのを見たんです。話で聞いた生きた雲を思い出し、正体を探れるかもと思いここまで来たら、まさにその生きた雲に襲われました。彼らの正体はこの小さな昆虫です。これが群れをなして腹から白いモヤを出し、それで獲物を窒息させて捕食する生き物なんです。」

 

「お前さんもしやその全身の火傷…」

 

「彼らの出しているものがガスだとした場合、その成分に可燃性のものも含まれているんじゃないかと推測し、一か八かで火をつけたら当たりでした。これはその時の土壇場で捕まえた奴です。ケースの中で水中に沈んだせいで死んでしまったようですね。」

 

「死沼樹海に生息しているヘコキトビは一部の植物や、獲物の昆虫から成分を得て、腹から出すガスの性質を変えます。もしかしたら生きた雲は、火山ガスや鉱物でそれをしているのかもしれませんね。ですが彼らは群れなんて作らないはず。」

 

「相変異でしょうかね?翅が長くなったのも、体色が変わったのも、そして生きた雲の目撃情報が数年間隔なのは、この灼谷孤島における彼らの行動範囲と密度効果から相変異を起こす割合だったりするのかも?」

 

「それでまるで蝗害のように大規模な群れで行動し、それに伴って単純に後ろから襲って狩りをするものだったのが、本来防御のために使うガスを攻撃として使うように変わったと?」

 

「そのほうがデケェのを仕留められるからな。」

 

「驚いたもんだね。こんなに小さい虫が、自分より何十倍も大きい人間を襲うなんて。」

 

「かつてキュリアと呼ばれるヒルのような小さな生き物が、個体数と持ち前の毒を活かして、自分より大きな生き物に寄生し、最後は命を奪った事があります。か弱い存在が、武器を持つことで自分以上の強者にとって脅威となる、これはそう珍しい話ではありません。いや〜しかし、貴重な体験をするどころか謎に包まれていた存在を解き明かす日が来るとは…!早く帰って本にしたい……!」

 

「それより先に病院で治療を受けな。ほんとにひどい火傷だよ。好奇心が人を愚かにするってこういうことなんだね。」

 

アーシアがやれやれと首を振る。

 

「ですが愚かになったおかげで今回の収穫を得られた、少なくとも私は後悔していません。」

 

「鏡があれば見せてやれたのに、顔の半分まで跡になってるって。」

 

「え、本当に?」

 

自分の顔を触ると右半分がヒリヒリと痛む。

 

「あの〜これ、治りますかね?」

 

「ケアのしようによっては治るんじゃないですか?」

 

 

後に生きた雲という存在の正体はバークとデクスターの推測通り、灼谷孤島の環境に適応したヘコキトビの亜種が相変異を起こしたものであった。バークはユデグエンド島での活動や出来事を本としてまとめていたが、生きた雲については病室のベッドの上で執筆していた。理由は当然あの火傷である。それに度重なる治療の結果、ついに顔半分の火傷が治ることは無かった。

これが、好奇心に負け、相手がどんな存在かを考えもせず単独で観察に乗り出した(バカ)の末路である。

 

第13話:End

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