ドンドルマの大衆酒場。中央に鎮座する腕相撲用の樽近辺を、ハンターでない男が歩いていた。全身を黒いコートに包み、頭には黒の船乗りが被る帽子を、そして首からは紐を付けたカメラをぶら下げていた。男は樽の上に座り込むと、ゆっくりと話し始めた。
「こんにちは。私の名前はバーク・アルリア。フリーの操觚者、つまり著述家や記者、あとはこちらを見ていただければ分かる通り、写真家でもあります。」
バークは首から下げたカメラを持つ。
「まぁフリーなので基本どっかに専従したりはしてません。自分の好きなように活動してます。月刊狩りに生きるなんかにも記事を出したことはあるので、自分で言うのもなんですがぁ、まあ記者としてはある程度有名でしょう。」
小さく咳き込み、話を続ける。
「私が記事を執筆する上で大切にしていること、それは現実的であることです。私自身、冒険や自然観察が大好きな者でして、記事に書く以上、それらを実際に観察し、触れ、食べる。そして感じたこと、すなわち“体験”をそのままに書き留めておくのです。その時の感覚を読者の皆様にもイメージしていただきたく、このカメラを持ち歩いています。それでは今回私が取材を行うのは…」
「お前さ、誰に向かって喋ってんだ?」
バークから見て右斜め前の椅子に座るテツカブラの防具を着たハンターがツッコむ。
「彼はサバス・ドゥラークさん。今回私の取材に協力してくださるハンターさんで…」
「いやだからなんでずっと喋ってんのさ?自己紹介ならさっきしただろ?」
「雰囲気を壊さないでくださいよ〜!」
バークはそう言ってため息をついた。サバスは困った顔をして頭を掻く。
「雰囲気って言われても急に一人でなんか語り始めんだから。何がしたいんだ?お前さんは。」
「モノローグですよ〜。いつも現地調査に出かける前はコレをやるのがお決まりなんですってぇ。」
「一人でやる分にはただの自己満足だから良いけどよォ?ここ公共の酒場だぜ?周り見てみろよ。」
言われた通りに周囲を見回す。酒場のハンター達が冷たい目でこっちを見てきていた。興味無さそうに背中を向けているのは黒髪のハンター一人とそのオトモと思わしき白黒の虎柄のアイルーだけだった。
「あ〜私、そんなに変に見えますか〜?ハハハ…」
後ろ髪を触りながら見つめる人々に問いかける。すると彼らは何も答えずに再び各々の行動を取り始めた。
「お前が勝手に変人だと思われるのは良いけどよぉ、俺まで変な目で見られるようになったらどうすんだよ?はぁ…お前の取材受け入れたの間違いだったかなぁ…。そもそも最初の声の掛け方も変だったし。」
時は約30分前に遡る。
ドンドルマに来たバークは行ったことのないテロス密林でのクエストで尚且つ体験したことの無い毒を使うモンスターのクエストを探し求めていた。舐め回すクエストボードを見つめていると、参加者一人のあるクエストが目に付いた。
目的地はテロス密林、狩猟対象はリオレイア、というものだった。リオレイアはこのドンドルマでは雄のリオレウスと共に自然への敬意と感謝として家の屋根や旗のモチーフに使われているほど名の知れた存在だが、その尻尾から分泌される毒は体験したことが無かった。
目的のクエストは見つかったが、問題が発生した。受注者のサバスという人物が誰か分からない。分からないのであれば本人に来てもらおう。
「サバスさ〜ん!どこですか〜!?」
大衆酒場内に声が響き渡る。恐らくこの時にも白い目で見られていたのだろうが、この時のバークに周りは見えていなかった。
「ん?俺を呼んでるのか?」
赤い鎧のハンターが困惑気味に立ち上がったのを確認すると、バークはそのハンターのもとへ飛び出すように向かって行った。
「突然すみませ〜ん。あ、私はフリーの操觚者をしておりますバーク・アルリアと申します。」
「あ、あぁ。俺はお前さんが恐らく探しているサバスだ。サバス・ドゥラーク。」
「…ではサバスさん。突然で申し訳ないのですが、あなたのクエストに同行させていただけないでしょうか?」
「なんで俺なんだ?というか何が目的なんだ?」
「テロスに行ったことないのとリオレイアの毒が気になっているからです。」
サバスはテーブルに肘をつき、顎に手を添える。
「リオレイアの毒ゥ?なんでそんなのが気になるんだ?」
「毒に侵されてみたいのです。」
バークは微笑みながら答える。
「は?」
サバスがポカンとした表情でこちらを見つめる。
「もっかい言ってくれるか?」
「リオレイアの毒を体験したいのですよ。」
「あ〜ハイハイなるほどね~。リオレイアの毒がどんななのか気になるから実際にやられてみようって事かぁ。」
「その通りですッ!」
ドンと音を立て、机から身を乗り出す。
「ふ〜ん。いや何言ってんだ馬鹿野郎!?」
「安全対策はし。ギルドの許可も取れました。あなたに一切の責任は負わせません。ただリオレイアの棘が欲しいので、ご協力のほど、よろしくお願いします。」
「まぁ良いけどよ…どうなっても知らんぞ。」
その後の食事の際にいくつかサバスに対して行った質問から彼の情報についてをまとめた。
サバス・ドゥラーク、25歳。ハンター歴は4年で使用武器はハンマー。たった一人でデデ砂漠に出現したハプルボッカを討伐したこともあるらしく、今まで取材したことのあるハンターの中でも腕前はかなりある方だった。
普段は狩猟に赴く仲間が2人いるらしいが、今回はどちらも各々の事情で狩りに行けず、一人での狩猟になるらしい。
その後ドンドルマを発ち、飛行船でテロス密林へと出発した。移動中は次のネタ構想や、執筆途中だった「ビシュテンゴの柿の食べ比べ」の記事の書き上げに追われ、会話をする暇は殆ど無かった。
テロス密林に到着したのは、約2週間後の昼過ぎだった。
また、密林のベースキャンプへは中型の舟に乗って池を渡って来た。
「行くぞ。」
サバスはそう言うとキャンプの真正面にある高い崖を蔦で登り始めた。バークもそれに続いて崖を登る。
崖はかなりの高度で鍛えていないような人間ならここを登るだけで疲れ果てるだろう。崖を登り終え、後ろを振り返る。
そこには舟に乗って池を渡った時にも見かけた景色がより鮮明に写っていた。
連なる岩山からはいくつもの滝が流れ、飛沫は霧となり、そこには虹が架かっていた。カメラを構え、この絶景を収める。
この景色を撮影していると、ふとテロス密林のキャンプ上空を、あの浮岳龍が通り過ぎたという噂話を思い出した。実物は当然、写真すら見たことが無かったため噂に対しては半信半疑だが、この際それが真実かどうかこの目で確かめてみるのも悪くない。古龍が現れるとなるととてつもない幸運だが、この話についてはやけに目撃者を名乗る者が多い気がする…
「お〜い置いていくぞ?」
サバスの声で我に返る。そうだ。今回
「すみません。景色に見見惚れてしまって。ここに来るのが初めてなのもあって色んなところを見て回りたいという気持ちが先行してしまいました…」
「しっかりしろよ?」
ハチミツが滴る蜂の巣の左隣を通り、広場のようになっている場所へ出た。するとその直線上にある洞窟に緑色の影が動くのが見えた。影は直ぐに洞窟の奥の方へと消えていった。
「今、洞窟に…」
「あぁ、いたな。」
サバスにもそれが見えたようだった。すぐさま後を追い、洞窟に入る。
洞窟の天井には大きな穴が空いており、そこからは一筋の光が差し込んでいた。
「あ、そうそう。」
サバスが思い出したかのようにそう呟くと、小さな光の灯った玉をバークに手渡した。閃光玉だ。
「自衛のためにも持っとけ。使い方は?」
「ありがとうございます。使い方は知ってます。」
そうして洞窟の奥地へと突き進んでいく。
奥へと繋がる道を進んだ先には湧き水が流れており、左手側の岩壁を流れるいくつかの小さな滝の影響もあってか、少しひんやりとした空気感だった。そして、その湧き水の小川をグビグビと音を立てて飲む、一頭の飛竜がいた。
全身を緑のギザギザとした甲殻に包み、背中や尻尾の先端には鋭い焦げ茶色の棘がびっしりと並んでいる。
雌火竜リオレイア。今回のターゲット御本人だ。
「いやがったか…!お前さんは隠れてろ。」
サバスはバークにそう告げると、背中に背負っていた大きなハンマーを取り出した。たしか武器の名前はウォーメイスだったか。
直後、洞窟内に轟音が響き渡った。陸の女王から発せられるけたたましい雄叫びに思わず耳を塞ぎ、反射的に目を閉じる。
目を開くと、サバスとリオレイアは既に戦闘を開始していた。
ハンマーを構えながら頭部に近付き、大きく振りかぶる。派手な打撃音が鳴り響いたがリオレイアは怯む様子を見せない。強固な甲殻が攻撃を弾いたようだ。
直後にリオレイアが尻尾を振りかぶり、サバスは横方向に転がって尻尾を回避する。
その後間髪入れずに頭に横振りを直撃させ、溜めの構えを取った。
リオレイアが耳元まで避けた口を開き、ズラリと並んだ鋭い牙が露出する。直後にその顎でサバスに噛み付こうとするが、ハンマーの鉄塊を盾としてその攻撃を防ぐ。
しかしリオレイアは構わず咥えたハンマーもろともサバスを持ち上げて頭を激しく振り回し始めた。サバスは耐え切れずにハンマーから手が離れ、そのまま吹き飛ばされてしまった。
「イテテ…」
壁に叩き付けられ頭を押さえながら立ち上がろうとしたところにリオレイアが咥えているハンマーを投げつけ、サバスは飛び込みでそれを回避した。
「ッ!危ねぇなぁ!」
サバスが体を起こしつつハンマーを手に取り、体制を立て直す。続けざまに放たれた炎ブレスを前転で避け、溜めの構えを取りながら距離を詰め始める。
「喰らえェ!」
リオレイアの頭部めがけてハンマーを振り下ろし、叩きつける。大きな衝撃音が響き渡り、リオレイアは立ち眩みを起こしてそのまま倒れ込んだ。
サバスが間髪入れずに倒れているリオレイアの頭目掛けてハンマーを三度振り下ろし、流れるような動きでアッパーを喰らわせた。
飛竜は悲鳴のような雄叫びをあげ、翼で体を支えてよろめきながらも立ちがった。
リオレイアがサバスを睨みつけて咆哮を上げる。先程のものを超える声量の爆音は洞窟を震わせ、水溜まりには波が生じた。口元からは火炎が溢れ出ている。相当お怒りのようだ。
サバスは雌火竜の様子の変化を見ると、再び溜めの姿勢で頭部に近づき始めた。
リオレイアが真正面に放った火球をサバスは左方向に避け、続けて発射されたブレスを更に回避、ハンマーを頭部目掛けて振りかぶったが、リオレイアは飛翔してそれを避け、隙を突くように体を宙返りさせた。リオレイアの最も危険と言われる攻撃、サマーソルトである。
尻尾による一撃はサバスの右脇腹を直撃し、彼の体を後方に突き飛ばした。
サマーソルトを実際に見たのは初めてだった。無駄な予備動作がほとんど無くあれほど綺麗な回転を行えるとは、あの巨体を一回転するには地上からでもかなりの脚力が必要となるが、陸の女王と呼ばれるだけあってそれは当然のように行えるはずだ。しかし、さっきはそれを空中からやってみせた。流石は飛行に特化した竜と言ったところか。
そう言えばリオレウスがサマーソルトを行ったという話は聞いたことが無いが、やはり彼らにもあれは可能なのだろうか?飛行能力ではリオレイアを上回っているだろうから空中からなら出来るのだろうか。しかしリオレウスの尻尾に毒は無いため、行うメリットがほとんど無いのだろう。
自分だけの世界に熱中しすぎていたが、遠くから聞こえるサバスの咳き込む声を聞いてふと我に返った。
そうだ彼は今サマーソルトに直撃した。かなりの怪我をしているはずだ。そしてリオレイアの毒に身を侵されているはずだ。自分で先入観無しに感想を書くのも良いが、多角的な感想も欲しいと思っていたので、経験者の意見は是非聞き入れたいところだった。
草陰からすっと顔を出し、洞窟の様子を確認する。サバスは背中にハンマーを納め、患部を抑えながら攻撃を避け続けていた。ふらつきながら歩いていたり、時々咳き込んでは吐血したりとかなりの重症だった。
「サバスさん!!」
大声を出し、リオレイアの気をこちらへ向けさせる。
「目ェ瞑ってください!!!」
そう叫びながら閃光玉を投擲する。洞窟内部が一瞬外よりも明るくなった。リオレイアはくらくらしながら誰もいない所に対して攻撃し始めた。
その隙にサバスに肩を貸し、右奥の穴から洞窟の外部へと出た。
壁にある登れそうな蔦を見つけ、サバスを背負いながら登ろうとすると、サバスが背中から降り、一人で蔦を登り始めた。
「自分で登れる。大丈夫だ。」
「あ、そうですか…。流石はハンター…。」
蔦を登り、密林の中央に鎮座する巨大樹の根元でサバスが治療を始める。
「怪我は大丈夫なんですか?私が手伝ったほうが…」
「一人で狩りに行くことなんてザラだ。一人での治療なんて訓練で習う。」
サバスが鎧を脱ぎ、右脇腹に包帯を巻く。そして解毒薬と回復薬を一瓶ずつ一気飲みすると、もう立ち上がって歩き始めた。
「え?は、早くないですか?もう少し安静にした方が」
「これで大丈夫だ。回復薬ってすげぇんだぜ?」
サバスは笑いながらそう言うと再び歩みを進めた。
「は、はぁ…ところで!どうでしたか?」
「あ?何が?」
「毒ですよ、リオレイアの。」
「お前、まさかそれを知りたいがために俺をここに来させたのか?」
「はい!それで、どう痛いとかはありますか?痛みは解毒薬飲んでも続きますか?今の様子はどうでしょうか?帰りではその後の経過も是非教えてください!」
「痛みかぁ。傷口に焼いた鉄押し付けられた感じかなぁ。解毒薬飲んで大分楽になったが、今も患部がジンジンしてる。」
「なるほど。自分の感想を書いた後に比べたくて他の人の感想も気になっていたので、実は毒を食らってくれないかなぁとか正直思っていたのですが…ありがとうございます!」
メモをしながら感謝を伝える。サバスは困惑気味だった。
「あ〜俺の不幸をさり気なく望んでたってことはとりあえず置いといてよォ、経験者の実体験を聞けたらそれで良いんじゃないのか?お前自身が痛い思いする必要ってあるのか?モンスターの毒の対策法だって飛竜種の書だとかに載ってるぜ?」
「私はリアルこそが何よりも大切だと考えているのです。たしかにリオレイアの毒を経験した人は多く存在するでしょう。あらゆる地域で狩られているモンスターですし、多くのハンターがその対策について知っていることでしょう。しかし!他人から聞いた情報ほど曖昧で当てにならないモノはありません!」
「そこまで体験にこだわるのは何故なんだ?」
「分かりきっている情報をわざわざ自分で体験するよりも、既出の情報をまとめたほうが時間も掛からないし効率も良い。それは確かです。私も記事を書く時には他人の意見を積極的に取り入れています。ですが、私はそういった話を聞くと、自分で経験したくてたまらなくなってしまうのですよ。何より、“体験”は話よりもリアリティを感じられます。例えそれが、どんなに知られ尽くした情報だとしてもです。」
足元の岩を手のひらに乗るほどの大きさをした青い甲虫が歩いている。薬品の素材として扱われることの多いにが虫だ。
「にが虫のエキスは名前の通りとてつもなく苦いと言われています。しかし、どう苦いのか。これよりはマシだ、これよりも苦い。そういった意見は自分で味わわなければ分かりません。」
にが虫を捕まえ、口に入れる。噛み潰すとグチャッという音と共にその苦い体液が口の中に溢れて来た。あまりの苦さに口から吐き出しそうになるが、そのままそれを咀嚼し、全て飲み込んだ。
「思わず吐きそうになりました。飲み込みましたが、未だに舌、いえ口の中全体に苦味が残っています。舌に残る感覚は苦いを超えて痛いに片足を突っ込んでいますね。さっきからこの苦みを止めようとしているのか唾液の分泌が止まりません。そしてその唾液も苦味を吸って苦くなっています。コイツは食用として出回っている貝類や魚の内臓なんかより余裕で苦いです。しかしこの前食べたビシュテンゴのドクドク柿よりかはマシですね。あれは本当に気分が悪くなったし命を落としかけました。あ〜あと、苦味とは無関係になりますが、にが虫の甲殻は硬いですね。奥歯に力を込めてようやく噛み切れました。しかし歯の隙間に挟まってしまいました。それに爪が鋭く、口に入れた際に口内を引っかかれてしまいました。にが虫には解毒作用があったり、狂った方向感覚を戻させる事が出来ると言いますが、食べる際は脚を取ったほうが良いですね。激しい苦味と血の味と口内を切った痛みに口を襲われたくなければ。といった苦味以外の情報は、中々見かけませんし聞きません。自分で体験しないと分からないことです。」
一通り話終えてサバスの方を見ると、彼は困惑とも納得とも取れるような、複雑な表情をしていた。
「まあお前さんのこだわりの理由は大体分かったよ。だが急ににが虫を食い始めたのはビビったぞ?色々と大丈夫なのかよ?」
「私は平気ですよ。」
そうしてバークは歩き始めた。腹に微かな違和感を覚えながら。
「リオレイアがどこに行ったかは逃げる前にペイントボールを付けておいたから分かるはずだ。」
「そ、そうですか。いつの間に?き、きき…気付きませんでしたよ。」
おかしい。腹の調子が。
バークは腹を抑え、中腰になりながらすり足で歩く。
「お前さんが閃光玉投げる前さ。あれはナイスだったなぁ。今でこそ全然平気だけどよ、あん時は結構ヤバかったから…」
冷や汗が止まらず、サバスの話が頭に入ってこない。そんな調子で先程登ってきた蔦の前にたどり着いた時点でバークの身に限界が訪れた。
「痛…!腹がァ!ッ…!すみません…用を…」
「あ〜にが虫の寄生虫にでもやられたんじゃねぇの?バカヤロー、むやみにその辺のものを食うんじゃねぇよ。胃腸を鍛えてるハンターですら腹下すことあるんだぜ?先に行ってるから用済んだらキャンプまで行っとけ。そこで落ち合おう。」
「分ッ…かりました……」
そこからバークはずっと茂みで腹痛に悶えながら用を足していた。
どうしてこんなことに…いや、思い当たる節しか無いのだが。
胃袋を内側から針で刺されるような痛みだ。腹部からは時々ギュルルという間抜けな音が鳴っていた。
これが、リアリティのために急にその辺のにが虫を体験した
三十分経ったか、一時間経ったか、それ以上経ったかもしれない。ようやく腹の調子が治まった。出し切った排泄物を土で埋め、バークはベースキャンプまで戻った。するとそこには既にサバスが帰っていた。
「ようやく治ったのか?」
「はい。そちらは?」
「リオレイアか?もう討伐したよ。はいこれ。」
サバスは焦げ茶色の細長い物体をバークに手渡した。リオレイアの棘だ。
「わざわざありがとうございます!では早速…」
「オイオイオイオイ。お前さんさっきの体験から反省してないだろ。」
そんなサバスの言葉を無視し、右腕に棘を差し込んだ。布に針が入るように棘は皮膚を貫通し、そのまま筋肉まで到達した。少し遅れて挿入口から出血が始まる。これは毒によるものではなく腕に棘を刺したことによるものだろう。毒が体に入る前からとてつもない激痛が腕を襲っている。
そして直ぐにそれと別の、毒特有の痛みが腕を襲った。たしかにサバスの言っていた通りだ。まるで傷口に熱した鉄を押し付けたような痛みだ。
腕を見ると、傷口周りが爛れていた。細胞が次々と破壊されていっているのだろう。これは想像以上だ。少し気を抜けば意識を失いそうになる。これ以上の体験は命に関わるだろう。最も、この瞬間が最も生を実感するのだが。
棘を引き抜き、サバスが手渡してくれた解毒薬を速攻で飲み干す。続けて回復薬も喉に流し込み、カメラで怪我を撮影してから右腕に包帯を巻きつけた。
リアリティは時間が経てば経つほど風化していってしまう。この痛みを早く書き残そう。とした時に気付いてしまった。
「うわぁあああああああああああ!!!!!!」
思わず喉が張り裂けんばかりの大声を出す。
「どうした!?何があったんだ!?」
サバスは回復薬を取り出して飲ませようとしたが、それを制止する。
「違います!私は何も考えてなかった!私はバカだ!」
「そりゃこんなことすんのはバカだけだろうが!」
サバスに包帯を巻きつけた右腕を見せる。
「右利きなんですよ私はッ!!!」
「あ?あぁ…ご愁傷さま。」
サバスが半笑いでこちらを見やる。
「えっとぉ…お前さんが言った通りに俺がメモしようか?」
「はい…助かります…」
とぼとぼと歩きながら帰りの舟に乗る。一連の騒ぎを聞いていたギルドの操縦士も気の毒そうな表情でバークのことを見つめていた。
これが、後先を考えず、利き腕にリオレイアの毒を体験した
二年後
大海原を漂う巨大な船。船内の中央に鎮座する腕相撲用の樽近辺を、バークは歩いていた。黒いコートに身を包み、頭には黒の船乗りが被る帽子を、そして首からは紐を付けたカメラをぶら下げていた。バーク樽の上に座り込むと、カメラを持ちながらゆっくりと話し始めた。
「どうもこんにちは。私はバーク・アルリア。フリーの操觚者、つまり著述家や記者、あとはこちらを見ていただければ分かる通り、写真家でもあります。」
「まぁフリーなのでどこかにずっと就いたりしたりはしてません。自分の好きなように活動してます。あの狩りに生きるにも記事を出したことはあるので、自分で言うのもなんですが、記者としては結構有名でしょう。」
周りのハンター達が変なものでも見るかのような視線をバークに向けている。一人で語りを始めるというのは周りから見ても奇妙なのだろう。しかし、これをしなければ仕事に行くという実感が沸かないのだ。
「私が記事を書く上で大切にしていること、それはリアルです。私は冒険や自然観察といったものが大好きでして、記事に書く以上、それらを実際に観察し、触れ、食べて、刺す。そして感じたことをそのままに書き留めてるのです。その時の感覚を読者の皆様にもイメージしていただくためにこのカメラを持ち歩いています。」
樽から立ち上がり、扉を開いて外に出た。甲板に立ち、船首の向いている方を見る。遠方にはうっすらと巨大な島が見える。
「未踏の島が発見され、そこに調査隊が送られるようになったのは約20年前の事です。それまではギルドの重役やギルド専属のハンターだけが送られていたそうですが、およそ2年前、島の組織とギルドが合併し、島について様々な情報が集まったため、この調査についての情報が解禁され、ハンターや調査員が幅広く招待されるようになりました。と言っても行けるのはある程度の功績と実力を持った人々だけのようですが。私がその一員に選ばれたと知ったのは、テロス密林でのリオレイアの毒体験から帰還した時でした。右腕の怪我が治り、移動中に書き終えたかったのに書けなかった記事の続きを書こうとした時にその報せをして受けた時は天狗獣の柿なんてどうでもよくなりました。」
距離が近づくに連れ、徐々に島の全容が明らかになっていく。
「ここは大陸と言うには小さいですが、一つの島としてはとてつもなく巨大です。独自の生態系、独自の進化を遂げた生き物、そして独自の文化。きっと、全てが新鮮で見慣れない物です。」
島の様子を撮影し、バークは話を続ける。
「私達は、全く新たな“体験”をすることになるでしょう!この、“ユデグエンド島”で!」
序章:End
次回から第一話になります。(いつになるかは分かりませんが)