Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第1話:海難

 

「うぅ…うぁ…」

 

バークは頭痛で目を覚ました。さっきまで船にいたはずだが、今は岩まみれの海岸にいる。もう島に着いたのか?

その割には様子がおかしい。辺りには生きているのか死んでいるのか分からない人々と、粉砕された船の破片が散らばっている。空は夕暮れだ。さっきまでは真昼だった気がするが…。

 

「うぅん……カメラ!カメラは!?」

 

カメラが無事かを確認する。

本体もフィルムも傷付いていない。どうやら問題は無いようだった。

カメラの無事を確認した所で何故今この状況に陥っているのかを振り返る。

 

「何が起きたんだっけ…?えぇと…たしかぁ……」

 

曖昧な記憶を頼りにあの時何があったかを必死に思い出す。

時は真昼、およそ4時間前まで遡る。

 

約4時間前

 

バークは仕事前お決まりのモノローグを終え、船内に戻る。

突如語りを始めた事をよほど奇妙に思ったのか、戻ってきた瞬間沢山の視線が彼に向けられた。

 

「あぁ〜…すいません…仕事前にこれやるのが染み付いていまして…どうかお気になさらず…」

 

そう言うと、船内の人々は彼から視線を外し、各々の行動を取り始めた。バークも近くの椅子に腰掛け手帳を取り出す。これには事前に調べたユデグエンド島で初めて発見されたモンスターや、島では多く目撃例のある現大陸の珍しいモンスターの情報等がまとめられている。

モンスターだけでなく、例えば自然発酵を行い、酒の原料にもなる島の特産品でもある特殊な果物等の情報も書き留めておいた。ユデグエンドのハンターズギルドに類似した組織であるエフィナリティの紋章にもモデルとして使われている斬酔竜ザウルヴァリエと言う牙竜は、この果物が好物で、これを食べて酔っ払いながら戦うという珍しい特性のモンスターらしい。

手帳を見返していると、二人の女性がこちらに近付いてきた。二人で近付いてきたというよりかは一人がもう一人を引っ張って来ていた。

二人共防具を着ており、背中に武器を担いでいるためハンターなのだろう。

 

「あの〜、少しお話…良いですか?」

 

二人のうち引っ張られていた方が話しかけて来た。茶色で肩まで届く髪をしており、輝竜石のように綺麗な緑色の目をしている。防具はザボアザギルのものだろうか?武器も同じくザボアザギルのランスだろう。そして手にはバークが過去に執筆した書籍「モンスター毒され日記」を持っていた。

 

「彼女、あなたのファンらしくてねぇ。ずーっと気にかけてたのに緊張して話しかけようとしなかったからここまで引っ張ってきたのよ。」

 

引っ張って来ていたもう一人の女性は短いブロンドヘアで真っ青な目が鋭く、体格が大柄なのもあってか迫力があった。武具はショウグンギザミの防具と太刀だと思われる。

 

「私のファン…ですか?これは驚いた。」

 

「は、はい!特に毒され日記が気に入ってます!ハンターですら嫌がるモンスターの毒を嫌うどころか積極的に自分に打ち込んで、その効果や対策がぎっしり書かれていて、表現の生々しさや私自身が毒に当たったことのあるモンスターなら実体験と比べて共感できることも多くて…。本当にその毒をたっぷり体験したんだなっていうのがよく分かりますし…私の知らない対策法なんかも載ってて勉強にもなりました!」 

 

バークは興奮しながらの早口で語られる感想に圧倒された。まさか自分の書いたものにそこまで熱中してくれる人がいるとは思ってもいなかった。

 

「リエルったら自分の好きなものの話になるとすーぐ早口になるのよねぇ。いつもは超大人しいしさっきまでも“迷惑になるかもしれないからやめとこようよぉ”なんて言ってたのにさ。」

 

「か、からかわないでよミヒル!あ…そ、そのぉ、よければなんですが、サ…サイン…いただいても…良いですか?め、迷惑ならすぐに消えますので!」

 

リエルというらしい女性は震える手で本を差し出して来る。

 

「サイン?あぁ全然良いですよ。」

 

笑顔でそう返し、ペンで表紙にサインを書いた。

 

「あ、ありがとうございます!本当にありがとうございます!ずっと大事にします!」

 

バークはサインなんて読者に対して出来るほんの小さな感謝のお返し程度だと思っているが、それすらそんなに大切そうにしてくれるファンがいる、ということはバークにとって喜ばしいことであった。

 

「良かったねぇリエルゥ。え?尊敬してる人にサインなんか貰っちゃってェ。」

 

「だから、恥ずかしいからそれやめてよぉ…」

 

ミヒルがリエルの頭を撫で、それに対しリエルは本を抱き締めながら顔を赤らめていた。

 

「では私は景色を撮って来るので外へ…」

 

気まずいし、この状況では自分が邪魔者になっているような気がしたのでその場を離れた。

船外へ出ると、何やら船乗り達が騒いでいるようだった。

 

「艦魚竜だ!」

 

「今は繁殖期じゃない筈だろ!?」

 

「様子が変だぞ!?」

 

船乗り達の指差す方角に目をやると、海の中に巨大な影があり、猛スピードでこちらに向かってきているのが見えた。艦魚竜、ヤミァ・オゴプムは四肢が退化した完全水棲の細長い魚竜だ。大型モンスターに分類される存在であるのは確かだが、大きくてもラギアクルスの平均的なサイズに並ぶかどうかであって、海一面を染めるかのように大きい個体など、見たことも聞いたこともない。

しかし、影との距離が縮まるにつれ、それが一つの大きな影ではなく、複数の影が大量に集まって出来ているものであることが分かった。海面からは背鰭のようなものが幾つも飛び出しており、軽く数えるだけで50頭以上はいた。

 

「一体何事ですか?なんで艦魚竜があんなに?」

 

この状況を近くにいた船乗りに聞く。すると船乗りは頭を左右に振りながら答えた。

 

「彼等は繁殖期になると大規模な群れを作るのですが、今は繁殖期ではありません。こんな群れを作るなんてあり得ないのです。」

 

真っ直ぐ向かって来る艦隊に恐れながらも、こんな状況滅多に巡り合わないだろうと言うことで写真を撮った。

 

「迎撃体制!」

 

ヒゲ面大男の船長がそう叫ぶと、船員たちは船の横に並んだ大砲やバリスタの準備を始めた。ハンター達も甲板へぞろぞろと出始めた。

鐘が鳴り、後続の船たちに非常事態を知らせている。

これは…とんでもない状況に出会えてしまった。

 

「ハンターでない人は中に戻ってください!」

 

感激しているところだったが、船員の一人に腕を掴まれ、船の地下室の入口まで引っ張られた。

 

「そんな!群れの写真をもっと撮りたいのに!」

 

「危険です!」

 

そう言われるとバークは押し込まれるような形で地下室に避難させられた。しかし迎撃を始める頃には群れはかなりの至近距離まで近付いてきていた。それに向かってくる際の速度を考えると、もうすぐぶつかり合うだろう。

そう思っていると、船内が激しく揺れた。艦魚竜の群れが船まで到達してきたのだろう。とてつもない衝撃が船を襲った。

それから3分ほどが経過した時、今までのものとは比べ物にならない衝撃が船を襲い、船内がひっくり返った。

バークは身を投げ出されて壁に頭を打ち、そのまま気を失ってしまった。

 

現在

 

今までの出来事を思い出し、バークはゆっくりと立ち上がった。おそらく艦魚竜の群れに攻撃された船はそのまま航路を外れ、この岩石海岸に座礁、大破したのだろう。他の船は無事なのだろうか?見たところバークらが乗ってきた船以外の残骸は無い。

 

「うっ…おぇ…」

 

冷静になってくるととてつもない血と肉の悪臭が鼻を突いていることに気付いた。まあ当然の事だろう。周囲には何人もの人間が倒れている。いや、倒れているというより転がっている、と言った方が良いかもしれない。なぜならそこに人の形を保っているものの方が少ないからだ。

船が大破したときの衝撃か、岩に叩きつけられたのかは分からないが、船員の多くが見るも無残な姿になっていた。

頭が潰れ、脳も原型が無い者、ハラワタが飛び出たまま死んでいる者、真っ赤な血と肉と骨の塊になっている者までいた。これらを見るとバークがほぼ無傷で生還しているのは奇跡に等しいことだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

近くにいた体が原型を保っているうつ伏せの船乗りに声をかけてみるが、反応は無い。体を返すと、その船乗りは叩きつけられた衝撃で顔面が平らになっており、既に死んでいた。

 

「ッ…!」

 

ここまで生々しい状況に遭ったことは当然一度も無かった。心の奥底には「人の死体ってこんな感じなのかぁ」という感情もあるにはあったが、流石にこんなものを一々写真に撮ろうとは思わなかった。それどころか、1秒でも早く生存者を全員見つけ出してここから離れたいと思っていた。

しかし、ここまでの事故で自分以外の生存者なんているのだろうかと辺りを見回す。すると右手奥に一人、左手奥に二人の立ち上がっている人影が、真正面の奥側には膝立ちしている人影が見えた。

立っている人影は手を大きく振るなどして存在を知らせているため、手を振り返すことで互いに存在を認識し合った。しかし正面の人影だけはずっと膝立ちのままだったので心配して駆け寄ってみた。

 

「ミヒル…ミヒル!…」

 

真正面で膝立ちをしていたのは、船内で会話を交わしたリエルだった。そしてその傍らにはミヒルが倒れている。ミヒルは原型こそ保っているが、全身から多量に出血しており、ブロンドの髪の毛は赤黒く染まっていた。

 

「…リ……ル…」

 

辛うじて息はあったが、今にも途切れそうだった。

 

「ミヒル…無事なのね!?」

 

リエルがミヒルの手を握る。リエルの目からは大粒の涙が流ていた。

 

「怪我の手当てをしないと…!これ!」

 

リエルは回復薬の瓶を取り出してミヒルに飲ませる。

 

「これで良くなるよね?…お願い、ミヒル…」

 

しかしミヒルの状態は一向に良くならなかった。息はさっきまでよりも荒くなっており、全身にある傷口からはダラダラと血が流れ出た。

 

「ゆっくり呼吸してください。ゆっくりです。」

 

バークはしゃがみ、ミヒルにそう声をかけた。しかし相変わらず息は荒いままで、出血も止まりそうになかった。

 

「どうして私なんかを…!」

 

「アンタが無事で…良かったよ……本当に…」

 

ミヒルは今にも消え入りそうな声でそう言うとリエルの涙を手で拭った。そしてその直後、上げていた腕がだらりと垂れた。瞳から光が抜けていく。荒々しかった息もピタリと止まっていた。

 

「…ごめん……ごめんなさい…。」

 

謝るリエルの声は微かに震えていた。

 

「ここは直に屍肉喰い(スカベンジャー)が現れるわ。奴らは傷付いた存在も獲物として襲うことがあるし、さっさと離れましょう。」

 

女性の声に反応して振り返ると2人の男性と一人の女性が立っていた。さっき確認した生存者達だ。

リエルはよろめきながら立ち上がった。

 

「あっちに洞窟があったから早く行こう。モンスターに食われるのも嫌だし皆が食われるのを見届けるのも嫌だ。」

 

左側を指差す男性の言葉に頷き、5人はゆっくりと歩き始めた。

 

夜間、洞穴内で情報交換と軽い自己紹介を交わした。

船の事故はヤミァ・オゴプムの群れとの交戦中に突如起きた水蒸気爆発によるものらしく、それで船はボロボロになった上に軽く上空に吹き飛ばされ、航路から外れたらしい。そしてこの岩石海岸に激突、船は完全に崩壊したようだった。

今バーク達がいるのは本来の目的地であるユデグエンド島の調査拠点「ロムポルス」からは離れた場所なのは間違いない。洞穴に入る前、周囲を確認したが、海岸より奥は森林だった。恐らくここは「巨竜森林」と呼ばれる、ロムポルスに最も近いフィールドだろう。

生存者はバークを含めた5人。

まずトレイドル・シャイン、小太りの商人でユデグエンドへは交易のために来たのだそう。バークと同じく地下室にいたらしく、奇跡的に軽傷だった。

次にアーシア・グライオス、高身長の女性で役職は地質学者。ユデグエンド調査隊として来たようだ。こちらも事故の際は地下室におり、左腕を負傷しているが包帯で応急処置をしており、それ以外は無事のようだ。

そしてヴァーン・ゴーマー、船員の大男。彼が唯一拳銃を装備している。彼は艦魚竜対処のため船外にいたが、船が座礁する寸前に海へ飛び込み、助かったのだという。

最後にリエル・ミシェリア、船内でも少し会話したハンターだ。水蒸気爆発の際に防具は破損、武器は紛失してしまったらしく今は無装備。ミヒルに庇われ、座礁の衝撃から守られたのだと言う。

 

「水蒸気爆発…か。」

 

隠れていたバーク達には何が何だか分からないが、リエルやヴァーンが言うには確かに突然大規模の水蒸気爆発が起きたらしい。

 

「あのクソ魚共が起こしたものだろう。恐ろしい奴らだ。」

 

そんなヴァーンの意見にリエルが反論する。

 

「でもヤミァ・オゴプムが水蒸気爆発を引き起こすなんて聞いたことありません。」

 

「じゃあ誰が爆発を起こしたんだ?」

 

「カクサンデメキンやその近縁種は絶命時に爆発したりしますが…あんな大規模な爆発は不可能です。」

 

「そもそも…アイツらは繁殖期じゃないと群れを作らないんだろ?船乗りのやつが言ってたけど…やはり何か良からぬモノがいたんだ!ソイツが俺達を殺そうとアイツらを操って海を爆発させて…もしかしたら、今も生き残った俺たちを狙って…!!」

 

「落ち着いてトレイドル。そんな魔法使いみたいな奴がいるわけ無いじゃない。」

 

「あぁそうだよこの間抜けが!!そんな海の神様みてぇなのが実在するわけねぇだろ!!事故で頭打って馬鹿になったのか!?それとも商品の売れ行き悪くなった時に脳ミソでも売っちまったのか!?」

 

ヴァーンが笑いながらトレイドルに煽る。しかし魔法使いや海の神様という単語で一つの可能性が脳に浮かんだ。

 

「古龍がいた…?」

 

4人の視線がバークに向けられる。直後にヴァーンは爆笑した。

 

「古龍だぁ!?そいつはおめでたい!滅多に巡り会えねぇのに出会っちまったなぁ!えぇ?古龍にも会えて生き延びれて俺らは幸運だなぁ!」

 

「幸運だって!?頭がどうかしたのは君の方なんじゃないか!?目の前であんな死体見せつけられて、死への恐怖が高まって、そしてこの大自然の中モンスターに貪られて死んで行くんだぞ!?あの時さっさとくたばった方が幸せだったに決まってる!」

 

「あんたら黙りな!あの子なんて目の前で友達亡くしてんだよ!?よくもまぁそんな事が言えるね!?」

 

「友達死んだのが彼女だけだと思わないでくれ!俺だって一緒に物売りしてるやつが死んだんだぞ!?壊れた船の破片が首に突き刺さって…!アイツはきっと生き残った俺のことを恨みながら死んだに違いない…!!」 

 

「俺だって仲間全員亡くしたぞ。何年も一緒に船乗ってた奴らだ。それなのにあの小娘はウジウジしやがって、悲劇のヒロイン面してやがんだよ!全く腹立たしいぜクソが!元はと言えばお前らハンターがろくに対処できなかったからだろうが!今からでも死んで償うか!?俺らがこんな所にいるのも、ここの奴ら以外全員死んだのもテメェの責任だ!それによぉ、今から死んだらお友達にも会えるじゃねぇか!ギャハハハハハハハ!」

 

洞穴内に鈍い音が走った。

右手の拳がジンジンと痛む。殴り倒されたヴァーンはこちらを睨み付けていた。

 

「いってェなぁ…なんだテメェ調子乗りやがって。」

 

「仲間が全滅して船も壊れて、こんな状況になって不安なのも分かるし怒りが沸き上がってくるのも分かる。だが彼女は関係ないだろう?あなたの感情を他人にぶつけるのはやめろ。それにもう夜です。きっとしばらくしたら救助が来てくれるはずです。疲れてるでしょうし、休みましょう。それで落ち着くはずだ。」

 

「チッ…」

 

ヴァーンは舌打ちすると横になった。他の3人も各自くつろぎ始める。

バークは軽く洞穴の外を見る。暗くてよく見えないが、死体のある所にはいっそう暗いモヤがかかっているように見えた。そしてその側には黒い大きな影が見える。

 

「屍肉を漁ってるのかな?」

 

一人で呟いていると隣に気配を感じ、視線を戻す。すると隣にリエルが座っていた。

 

「あの…すみません…先程はありがとうございました…」

 

「気にしないでください…ただ読者の人が目の前で悪く言われたからイラついただけですよ。」

 

翌日の早朝、眩しい日差しに起こされた。洞穴は決して広くは無かったが、野宿をするには十分いい場所だった。

目覚めてすぐで寝ぼけていたが、左肩にリエルがもたれかかって眠っていたのを見て一瞬で目が覚めた。

 

「ピャァウ!?」

 

情けない悲鳴を出し、体が飛び跳ねてその場を離れる。その声で全員が目を覚ます。

まさか、寝てる時ずっとこの状態だったのか!?

頭がクラクラするし汗が止まらない。異性がもたれかかった状態で寝ているという状況は人生で初めてだった。リエルに対して恋愛感情等は一切持っていないが、それでも異性とこんな至近距離で寝るというのは緊張するものだ。

 

「んぁ?おはようございますぅ〜。」

 

当の本人は全く気にしていないか気付いていないようだった。

バークは毎朝日光を浴びる事が日課になっていた。

日光浴をしようと洞穴から出ると、光景に大きな違和感を覚えた。

 

「死体が…無い…」

 

船の残骸はほぼ昨日のままで、そこに小さな鳥が止まったりしている。しかし、衣服を残して、死体が一切無いのだ。食われたにしては余りにも綺麗に消えすぎている。流されたのなら衣服や装備も一緒に無くなっているはずだ。しかし小さな木片すらもほぼ昨日のままである。死体だけが綺麗サッパリ無くなっていた。

他の4人もぞろぞろと外に出てはその光景に唖然とする。

 

「こんなにすぐ消えて無くなるのは余りにも奇妙ね。」

 

「きっと昨日の古龍が全部食べたんだよ…次は俺たちだ。」

 

「お前まだそんな事言ってるのか?此処は海岸だ。全部流されたんだろ。」

 

「では何故服や防具は残っているのですか?」

 

不可解な状況に頭を悩ませていると、5人に大きな影が覆いかぶさった。

ゆっくりと後ろを振り返る。

背後には巨大な蛙がいた。茶色いヌメヌメとした皮膚、頭の左右には赤いヒレのようなモノが付いている。

たしか名前は…鰓蛙ギルゲッコウ。聞いた話では東にある湿地帯や熱帯を主な生息源としていたが、どうやら巨竜森林の辺りにも出現するようだ。

ブクブクと太ったその大蛙は威嚇のためにヒレを開き、独特な鳴き声を出した。

 

「刺激しないように離れ」

 

「嫌だぁあああああああああああ!!!!」

 

バークが落ち着いて行動しようと言おうとした瞬間、トレイドルが泣き叫びながら森の方へと走り出した。ギルゲッコウはそれに反応するとこちら側に襲い掛かってきた。

 

「あのモス野郎!逃げ足だけは一丁前かよ!」

 

ヴァーンが毒づき、トレイドルを追いかけるように走り出す。バークらもそれを追いかけた。森に入る際、木にギルゲッコウのものと思われる粘液が吐きかけたかのように付着しているのが見えた。

息を切らしているトレイドルに追いついた頃には洞穴から離れ、森の奥へと入って行ってしまっていた。

 

「無我夢中で走り続けてたから、洞穴がどこだか…」

 

「洞穴に戻る!?嫌だね!あんなのに丸呑みにされるのはゴメンだ!」

 

「刺激せずに茂みに隠れるなりすれば良かっただろうが!」

 

「あっ…それは…ゴメンよ…でも怖かったんだよぉ!」

 

「あそこで救助を待ち続けていれば良かったのに…」

 

「いえ、どうやらあの辺りが縄張りだったようなので仕方ありません。影の向きを元にロムポルスを目指しましょう。」

 

バークは島の地図を取り出し、北西の中央辺りにある建物のマークを指差した。

 

「此処がロムポルス、私達がいるのは…」

 

北西の上辺りの、森のマークを指でなぞる。

 

「ここいらの巨竜森林です。影の向きを頼るしかありませんね。」

 

「コンパスなら持ってるよ。南を目指せば良いんだね?」

 

そうして数時間、アーシアのコンパスを頼りに巨竜森林をあるき続けた。そして森の中にあった広場に辿り着き、そこでヴァーンは休憩を取ろうと言ったが、バークとリエルが辺りを見回すと、ヴァーンが囓っていた黄緑色の果実、果物が成っている木々に大きな切り傷があるのを目撃した。

 

「これは恐らくモンスターが縄張りを主張しているものです。休憩はよそにしましょう。あとその辺のものを無闇に食べるのは危険ですよ。」

 

「あぁ〜ん?何時間歩いてきたと思ってんだ!こんな完璧にくつろげる場所中々無ェんだぞ!?」

 

ヴァーンの顔が赤くなっている。怒っているのだろうか?いや、この辺りに漂う酵母臭から、果物が発酵していて、ヴァーンは酔っ払っているのだろうと推測した。

 

()()()()()()()()からダメなんだ。」

 

「はァ?ヒック」

 

「安心してくつろげるような場所は、多くの生物が真っ先に住処にしようとする。ここなんて木に覆われていないから日光を沢山浴びれて、すぐ近くには水場もあった。生き物が住むには絶好の場所だ。そしてこの切り傷。明らかにここは何かの巣だ。早く行こう。」

 

「ヒック…誰もいねぇしもう誰も使ってない場所だろ?」

 

「今はいないだけかもしれない。」

 

「かもしれないって…お前なァ、ヒック、確定じゃねぇなら偉そうな口叩くなァ!」

 

「ここは人間が安全に暮らせるような領域じゃない!大型のモンスターに比べれば、私達は余りにも非力だ。」

 

「チッ…誰かさんが装備持ってたらなぁ〜」

 

「だから彼女を責めるのはよせって」

 

「たかが操觚者如きが俺に指図するなァ!」

 

突然ヴァーンは腰に付けていた拳銃を取り出し、それを発砲する。

大きな衝撃音と共にバークはリエルに押されて倒れた。

 

「ッ…ウゥ…!」

 

リエルが太腿を押さえてうずくまる。バークはリエルに守られ、怪我をすることは無かった。

 

「ヒッヒッヒ…ざまーみろ。俺らを巻き込んだ罰だ。」

 

「何やってんのさヴァーン!」

 

「どうして撃ったんだよぉ!?」

 

「うるッせぇぞテメェら!?俺はよぉ、もう我慢の限界なんだよ。ウヒヒヒヒヒ…」

 

拳銃をリエルに向けて構え、足元の果物を拾って貪りながらヴァーンは話を続けた。

 

「良いか?この役立たずのクソアマ!お前がよォ、ハンターのくせによォ、何もできなかったからこうなってんだぜ?お前のせいで皆死んじまったんだからお前が死んで償うのが当然だよなァ!?」

 

ヴァーンは果汁塗れの口から涎を垂らしながらニタニタと笑った。そしてその時、ヴァーンの背後の木々が揺れたのが分かった。風によるものではない何かがいる。

 

「酔っ払って訳わかんないこと言ってんじゃないよ!その銃を置きな!」

 

「いいや置かないねェ。悪いことしたら必ず罰を受けるんだァ。コイツは悪いやつだから罰を受けるんだァ!」

 

ヴァーンがゆっくりとリエルに近付く。リエルは足を引きずりながら後退した。バークが駆け寄ろうとすると、ヴァーンはバークに一瞬銃口を向けた。

 

「裁きを受けろォ。イヒヒヒヒヒヒ!!」

 

すると後ろの揺れていた木々から一頭のモンスターが姿を現した。全身を銀色の甲殻に包まれ、頭には剣のような角の生えたた牙竜だった。例の果物を好物とし、巨竜森林を統べる牙竜、斬酔竜ザウルヴァリエ。その鋭利な角で木々に縄張りを示す傷を付ける姿が容易に想像できた。

 

「ヴァーン…後ろ…」

 

ザウルヴァリエは今にもヴァーンを切り裂かんとばかりに彼を見つめている。

 

「後ろォ?そんな子供騙しで俺を騙せると思ってんのかァ!?舐めやがってェ!」

 

ヴァーンはバークに向けて再び発砲したが、酔っ払って狙いが定まっておらず、全く違う方向に弾丸は射出されていった。その音に反応してザウルヴァリエはけたたましい咆哮を上げた。それでようやくヴァーンも後ろを振り向いた。

 

「おい、嘘だろ…何だよ…」

 

バークはリエルに肩を貸し、アーシアとトレイドルに逃げるよう促す。

 

「来るな…来るなァ!!!!」

 

ヴァーンの叫びも虚しく、彼はザウルヴァリエの角で体を切断されてしまった。銀色の角は鮮血に染まり、ヴァーンの下半身からは血が噴水のように噴き出ていた。

 

「早く逃げないと…!」

 

しかし斬酔竜が次はお前たちだとでも言うように、バークに目線を移す。

もうここまでか。と思ったその時だった。

 

「目を瞑れ!」

 

突然の声に驚きつつも言われた通り目を瞑ると、周囲には激しい光が発せられた。

目を開いた時には既にバークは一人のハンターによって手を引かれていた。リエルもまた、別のハンターに担がれており、他の二人もそれぞれハンター達に手を引かれ走っていた。

 

 

数分後、一行は巨竜森林のベースキャンプに辿り着いた。

バークは食事用の椅子に座り、他のメンバーの様子を見ていた。トレイドルは何事も無く、地べたに座り込んでいた。アーシアはハンターから腕の治療を、リエルは足の治療を受けていた。

すると、バークの向かい側の椅子に一人のハンターが腰掛けた。閃光玉を使ってザウルヴァリエの目を眩まし、バークの手を引いていたハンターだ。全身をアグナコトルの装備に包み、大剣を背負っている。

 

「ウィル・レイヴンだ。君達が事故の生存者だね?」

 

「はい。そうです。」

 

それからしばらくはウィルから質問責めに遭い、ロムポルスへ到着したのはその日の夕暮れだった。

 

「やれやれ全く、恐ろしい目に遭ったものだ…」

 

ウィルに案内された建物には幾つもの部屋が並んでおり、その中の一室がバークの家だと言われた。

室内に入り、荷物をベッドに向けて放り投げる。いつもなら外から帰って来た直後は着替えるのも忘れて机に直進し、執筆を始めていたが、今回ばかりはさっさと眠りに就き、一刻も早くこの疲れを取りたいと考えていた。

 

第1話:End

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