Monster Hunter Alive   作:魔邇鹿夜

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第3話:行方不明者達

 

ソフロニオは雨が降りしきる森の中を走り回っていた。

何分間走り続けたか定かでは無いが、既に何度も息切れを起こしかけており、泥濘んだ山道で何度も躓いた。既に服は泥に塗れている。しかし、止まるわけには行かない。

立ち止まれば最後、あの巨大な黒い鳥に殺される。

 

 

事の発端は十日前。

その日、ソフロニオは一人で街から出て巨竜森林へと向かった。特に何かがしたかったわけでも無かった。強いて云うならば、両親に心配されたかったのだ。

15歳になって少しずつ自分の将来への不安を感じるようになり、両親に悩みを打ち明けたい気持ちが湧き出てきたのだが、自分からそれを言い出せず、どうしようかと悩んで出た結論というのが、家出をして心配してもらうというものだった。

ソフロニオの住んでいるロムポルスから巨竜森林までは数時間かけて南西の村まで降り、そこにある関所を抜ける必要がある。村へ向かう途中、知人にばったりと出くわしてしまったが、その時は山菜を採りに行くと咄嗟に嘘を付いた。

ミュトガルズと巨竜森林へと繋がる道の間の関所は許可証が無ければ外には出られないが、ソフロニオは関所より少し北の所に子供一人が通れるくらいの狭い抜け道があるのを見つけ、そこから国の外に出ることに成功した。

 初めて見る野生のアプトノスに感動したり、母親の野草図鑑を頼りに食べられそうな野草を集めながら道が出来ている部分を進み、巨大な沼場で休憩していた時だった。

 

沼辺の地面に大きな削り跡のようなものがあると気付いた瞬間、沼の中から巨大なモンスターが飛び出してきたのだ。赤い体に巨大な牙、あの姿は一生忘れる事が出来ないだろう。

そのモンスターの怒号に呼応するように体が飛び跳ね、来た方とは全く別の方向に走り出した。

 

それから何時間走り続けていたのか、よく覚えていない。実際は数分間しか走っていないかも知れないが、遂に体力が限界を迎えて膝に手をつき、息を荒げる。胸が張り裂けそうなくらい苦しく、両足の筋肉は悲鳴を上げていた。

それからしばらくして呼吸が整うようになり、気が落ち着いて正気を取り戻した後に周囲を見渡した。

ソフロニオが今いるのは、見渡す限りを大小様々な木に覆われ、人の手が入っている様子の無い森の何処かだった。

 

「え…ここ、どこ…」

 

ソフロニオの言葉に応えるように何かの不気味な鳴き声が響き渡る。

 

やばい。遭難した。

 

パニックになりながらも何処かに人はいないか、ハンターの使う拠点は置いていないか、集落が存在したりはしてないか、少しの希望を持って辺りをもう一度見渡した。しかし、やはり誰もいなかった。

 

その後は村に辿り着けることを祈り、ひたすら一方向に歩き続けた。腹が減れば採ってきた山菜を口にし、喉が渇けば植物の茎から出る水を飲んだ。

 

そんな生活を続けて恐らく一週間ほど経った頃、食料は底を尽きかけていた。

森の風景はすっかり変わり、気候もジメジメとしていて雨も降ってきた。

ミュトガルズから更に遠ざかっているのではないか、一旦引き返そうと小走りで後退した時、空から巨大な黒い塊が自分の真後ろに落下してきた。落下の衝撃で吹き飛ばされ、木に体を打ち付けられる。

降ってきたその塊はモンスターだった。黒い体に赤い甲殻、そして重厚なクチバシ、名前は覚えていないが、父のモンスター図鑑で見たことがある。たしか毛に毒を持ってたとか何とか。

最初は体をぶつけた痛みと恐怖で足がくすんで動けなかったが、その鳥の甲高い雄叫びを合図に走り始めた。

 

 

 

そして現在に至る。

泥に足がハマって転び、慌てながら後ろを見たが、黒い鳥はもう追いかけて来てはいなかった。

いつかと同じように両膝に手をついて息を荒げる。胸は張り裂けそうなほど苦しく、両足の筋肉は破裂しそうなくらい痛かった。

気付けば森を抜けており、ソフロニオは広大な沼地に一人立っていた。

感覚が無くなりそうな足で沼地を歩いていると、腹が間抜けな音を立てる。鞄を見ると、食料の山菜が底を尽きかけていた。

 

「此処に何かあんのかな…おっ、これ特産キノコか?」

 

倒木の俵に生えた白くて小さいキノコを見つけ、そこにしゃがみ込む。何も考えずに拾って食べるのは危ないと思ったため、図鑑で毒キノコじゃないかを調べていると、突然何者かに背後から抱えられ、地面を転げ回った。

 

「何だお前!?離せ!」

 

唐突に自分を捕まえてきた何者かの体を何度も殴りつける。

 

「それが助けて貰った恩人への態度か?」

 

何者かは全身を草木のような装衣で包んでおり、しゃがれた声をした男だった。

 

「恩人?何の話だよ!」

 

「お前食われかけてたぞ?アレを見ろ。」

 

何者かが指を指した方向を見ると、特産キノコ付近の泥から巨大なイモムシが長い体を伸ばしていた。

イモムシは6本の脚を広げ、再びソフロニオ達目掛けて体を振り下ろすが、すんでのところで届かず、今度は泥の中から体の残りの部分を這い出しながらゆっくりとこちら側に詰め寄って来た。

男はソフロニオを抱えたまま走り始める。

 

「何だよアレ!んでナニモンだよお前!」

 

「話ならアジトでする。分かったか?ここいらは俺達の居て良い場所じゃあないんだよ。」

 

 

 

それから数分間森の中を何者かに抱えられながら突き進み、小さな遺跡の中へと入って行った。どうやらここがそのアジトらしい。

 

「……さて、お前みてェなガキが一人こんな所で何してるんだ?」

 

男は装衣のフードを外し、その素顔を露わにした。

長く伸びた髪と髭に泥まみれの顔をしていて、その鋭い目つきはまるで獣のようだった。

男は遺跡の天井に穴が空いた所に薪を起き、火打石で火をつけた。暗かった遺跡内部がその灯りに照らされる。

続けて焚き火の上に小さな鍋を起き、そこに壺に入った油を敷いた。

 

「アンタこそ何者なんだよ?」

 

「コイツを見ても俺が何者か分からないのか?」

 

男は装衣を全て脱ぐと、その中には黄色と青の鱗をした何かしらのモンスターの防具を着ていた。背中には防具と同じ素材から作られたと思わしき太刀も背負っている。

 

「おっさん、ハンターなのか?」

 

「あぁ。グニフォス・デクシアだ。で、お前は街の人間か?顔つきはそう見えるが…。」

 

「俺は…ソフロニオ。ソフロニオ・ウルバノ・ナバレテ・ンドーラ。」

 

「なっがい名前だな。ナバレテって名前はどっかで聞いたことがあるような…え〜っと、たしかぁ…」

 

「父はゴルカ・ナバレテ。おっさんと同じでハンターだよ。」

 

「あ〜!1期隊のゴルカか!たしかに現地のお嬢さんとの間に子供がいたような気がするな!で、そんな所のお坊ちゃんがなんであんな沼地にいたんだ?ここは死沼樹海つってな、その中でもハンターすら寄り付かないような場所だぜ?俺が森で植物集めてたら人間っぽい足音がしたんで追いかけてみたら案の定だった。コイツはどういうわけだ?」

 

静かな遺跡内に、パチパチと油の跳ねる音が響き始めた。

 

「え、死沼樹海?俺は巨竜森林に行って、そこで赤いモンスターに襲われて逃げて、そこから一週間くらい歩き続けて、また黒い鳥に襲われて逃げて、気がつけばあの沼地まで来てたんだけど…」

 

「巨竜森林からずっと歩いて来たのか!?」

 

グニフォスが鍋に魚の切り身と野菜を置きながら驚く。

 

「そう。赤いモンスターから逃げて気付いたら遭難してたから歩いてたらいつか街が見えるだろって思ってて───」

 

「お前それでよく生き延びられたな!?」

 

「それで、おっさんはなんでこんな遺跡に籠もってんの?」

 

「まあ俺も大体お前と同じだ。事の始まりは七年前。あの時俺は──」

 

「七年!?おっさん七年間も遭難してるのか!?おっさんこそよく生き延びてるな!?」

 

「まあサバイバルには慣れてるからな。」

 

「なんで街に帰ろうと思わないんだ?」

 

「帰れると思うか?ここは恐らく島の北東、死沼樹海の中央にゃあでっかい湖とそこから海へ繋がる長い川があるんだが、ここはそこよりも東にある場所だ。」

 

グニフォスは鍋の中に瓶に入った透明な液体を注ぎながら話を続ける。

 

「戻るには今みてぇに乾季であっても流れが激しくて色んなモンスターが住み着いてる川を渡るか、何週間もかけて池の周りを通って街まで行くかだ。途中は必要最低限の食料と水を確保して、モンスターに出会わない事を祈りながら方位磁石を頼りに行くしか無い。俺にはそれで生き延びれる自信が無い。良いか?樹海には新種も沢山いる。お前には想像もつかないような奴らだ。」

 

「新種…?」

 

「未知のモンスターだよ。俺がこの七年間、遺跡の近くだけでも大量にいた。例えばさっきのデカい芋虫とか、紫色のデカい猿だとか、虫みたいな脚を持った竜、電気を使う黒い両生種もいたなぁ。」

 

「紫の猿…虫みたいな竜…電気の黒い両生種…?」

 

「お前さては信じてないな?」

 

「いや、どれも図鑑で見たことあるなって。」

 

「何だと!?ソイツは本当か!?」

 

「猿はたしか何とかラモナみたいな名前で、多分虫みたいなのは蛇竜の一種でアネロ何とかで、両生種は何とかロントみたいな──」

 

「うろ覚えにも程があるだろお前よ?」

 

「おっさんと違ってハンターでも何でも無いからモンスターの名前なんて覚えられるわけ無いじゃん。」

 

「まあそうか…話を戻そう。俺がこうなったのは七年前。俺は死沼樹海に現れたナルガクルガを狩猟しに向かったんだ。その時期は雨季で雨が激しかったが、クエストは順調に進んでいた。そんな時、俺が戦ってたのは川辺だったんだが、ナルガクルガが尻尾を叩きつけた時、その衝撃で地面が崩れ落ち、川に真っ逆さまだ。雨季の川の流れは激しい。こうして助かったのは奇跡だった。」

 

「どうして助かったんだ…?」

 

「すぐそこの森にある川の流木で目を覚ました。偶然引っ掛かってたんだろう。顔に当たる水滴で目が覚めたら全く知らない所に倒れててそれはまぁ混乱したよ。」

 

グニフォスが鍋の中の魚と野菜の料理の一部を皿に盛り付け、ソフロニオの方に渡す。

 

「で、近くにある遺跡を見つけて、今に至るってわけだ。川に流された事を考えると拠点に戻るのは難しいし救難信号を出す信号弾も俺は持ってなかったからな。」

 

貰った料理を口に入れる。魚の身は硬くそのままでは淡白そうだが野菜の出汁が染み込んでいて絶品だった。恐らく何も味付けをしなかったら口の中が寂しくなる味だったろう。

 

「これ初めて食べる魚だ…」

 

「アクジキピラニアっていう、ここらじゃ貴重なタンパク源だ。川に肉を放り込めば簡単に食い付く。んで、俺の宿敵だ。」

 

「宿敵?何か因縁があんの?」

 

「奴はな…俺の大事なモンを奪った……」

 

「大事な物……」

 

「そう、大事な物だ。あれは此処に来て一ヶ月くらいの時だった。体の汚れが気になった俺は、鎧を脱ぎ捨てて川に飛び込んだ。」

 

「…は?」

 

「大自然を感じながら泳ぎ回るのは気持ち良かった。だが、体中に傷があったりしたのが奴らに嗅ぎつけられたのだろう。体の一部に激痛を感じ、慌てて陸に上がったさ。奴らは俺からアレを奪った……」

 

「アレっていうのは……」

 

「俺の右の玉袋だ。」

 

「は?」

 

「お前信じてないだろ。見るか?」

 

「見ねぇよ!てかなんで無事なんだよ!」

 

「あれは本当に痛かったぞ?本気で死を覚悟した。血が止まらなくて周囲の水は真っ赤に染まって──」

 

「食欲失せる話すんな!」

 

しばらくの沈黙が流れる。さっきの話のせいで箸があまり進まず、時間をかけてアクジキピラニアを完食した。

 

「はぁ…俺、このままここで暮らすことになんのかな…」

 

「帰りたいなら好きに出て行っても構わんぞ。生きて帰れる保証は無いが。そもそもお前はなんで街から出たんだ?」

 

「何でって……」

 

言葉に詰まった。家族に心配されたくて自分から遭難しに行ったなんて理由を、仲間を失っている人間の前で言えるはずが無かった。

 

「し、死にたくなったんだよ。人生嫌になっちゃって。アンタが余計なことしなかったら俺は目的達成出来たのにな!」

 

突発的に嘘をついた直後、自分の言った事を後悔する。こんな環境で足掻いて七年も生き延びてきたグニフォスにとって“死にたくて家出した”という理由は本音を言うより彼を怒らせるのでは無いかと思ったが、それを聞いた彼の言動は意外なものだった。

 

「ガッハッハ!お前は嘘が下手だな!」

 

グニフォスは手を叩きながら笑い、そう言った。本心を見抜かれているような気がして、悔しい気持ちになり、彼に言い返した。

 

「う、嘘じゃねーし!」

 

「さっき巨竜森林から街を目指して歩き続けてたって自分で言ってたじゃねぇか!!!」

 

「ッ…!!それはいざ死を目の前にしたら怖くなったからで──」

 

「お前の顔は生きたいと思ってる奴等と同じ顔をしてる。」

 

「何か根拠でもあんの?」

 

「長年ハンターしてりゃだいたい分かるんだよ。で、本当の理由は?」

 

「思春期特有の悩みって奴。だから言いたくない。」

 

「なるほどな。…で、家に帰りたいのか?」

 

「当たり前だろ…」

 

「じゃあコンパスと地図やるから出ていきな。」

 

「え、俺一人で!?」

 

「あ?当然だろ。俺は森ん中でくたばって連中の餌になるくらいならここで天寿を全うしたいね。じゃ、おやすみ。」

 

グニフォスはそう言うと藁や枝で作ったベッドを床に敷き、上からモンスターの毛皮で作った布団を被って眠りに就いてしまった。

 

 

数分後、方位磁石と地図を手に持って遺跡から出た。

地図の内容は島の北東を大きく写っているもので、中央部には大きな湖と川があり、川よりも少し西の場所にバツ印が付けられていた。おそらくこの辺りが現在位置なのだろう。

ロムポルスへは南西に向かって降りていく必要がある。

ソフロニオはコンパスをポケットに入れて地図を握りしめ、南西の方角に向かって歩き始めた。

 

 

それから数時間、南西に向かっているのかを何度も確認しながら、食べられる植物を採取しながら歩き続けていた。

 

日が沈み始め、そろそろ寝床を確保しなければと思って地面にある人一人が入れるくらいの穴に入ろうとするも、穴の中から細長い顔をした中型のモンスターが飛び出し、ソフロニオにのしかかってきた。

 

「グッ…!」

 

押さえつけられた肋骨に痛みが走る。まさか先客がいたとは。今まで適当な倒木の空洞や隙間と洞窟を寝床や休憩所にしてきたのだが、考えてみればこれまでモンスターに襲われて来なかったのが不思議なくらいだった。

 

「離せよッ…」

 

そのモンスターは長い舌で舌舐めずりし、口から涎を垂らしながらソフロニオを太い爪で引っ掻こうとした。

その直後、グニフォスがそのモンスターに体当たりして突き飛ばした。

 

「やっぱり死にかけてるじゃねぇか小僧!」

 

「おっさん!?なんでここに!」

 

「話は後だ。コイツを追っ払う。」

 

グニフォスは背負っていた太刀を引き抜き、モンスターに向けた。

その刀身は彼が七年間ずっと欠かさず手入れをしているからなのか、新品かと思う程に美しく、夕日の光を反射して輝いていた。

 

「コイツぁリグアスつってよく見かける小型の牙竜だ。普通は群れてるんだが、コイツはひとりぼっちか?」

 

グニフォスがリグアスに斬りかかる。

リグアスは素早く横にステップして斬撃を回避し、後ろ足で立ち上がってからグニフォスを爪で切りつけようとするが、それと同時にグニフォスが後方に身を翻して攻撃を避け、直後に反撃を与えてからの回転斬りという連携でリグアスの腹部を切り裂いた。リグアスの腹部から血が漏れ出る。

毛むくじゃらの竜はうめき声をあげてからバックジャンプでグニフォスと距離を開けてから長い舌を口から伸ばし、鞭のように振り回し始めた。

一発目はグニフォスの顔面を直撃し、彼を怯ませるが、舌を地面に叩き付けるように放った二発目は避けられ、更に足で舌を踏んで押さえつけられてしまった。

リグアスは拘束を解こうと顔を引くが、グニフォスは全く動じずに踏みつけてる舌を刀で突き刺した。

長い舌がブチッという音を立てて切断され、リグアスが叫び声を出す。舌は元の半分くらいの長さになり、切断面からは血が滴り落ちていた。

グニフォスは再び太刀を構えたが、リグアスは戦意が喪失したのか血を流しながら小走りで逃げて行った。

 

「おっさん強ぇ…」

 

「そりゃあハンターだからな。あんなのなら複数体相手にすることもあるさ。」

 

「それは心強いや。で、なんで追っかけてきたんだ?」

 

「なんというか、お前の話を聞いてから過去の記憶をたどってたら十年くらい前にお前を見たことを思い出して、何故か居ても立っても居られなくなった。」

 

「あ〜…そうなんだ…」

 

「なんだよその微妙な反応は。」

 

「だって十年前におっさんと会ってた事とか全く憶えてないしさ。」

 

「俺だってうろ覚えだ。だがよ、あんなちっこかった坊主が一人で森の中に行ったって考えると放っておけなくてな。それにお前くらいの歳の頃の息子のことも思い出したんだよ。」

 

「おっさんにも、子供がいるのか?」

 

「あぁ…()()。」

 

「………悪い。」

 

「気にすんな。もうずっと昔の話だ。」

 

彼が街に帰ろうとしなかった、帰る気にならなかった本当の理由が、少し分かった気がした。

 

それからソフロニオとグニフォスは、一言も話す事なく南西に歩いていった。

日はすっかり沈み、辺りは真っ暗で静寂に包まれている。

 

「眠たくなってきた…」

 

「疲れたか?そこの木の陰で眠ると良い。俺は周りを見張っておく。」

 

グニフォスの指した巨木にもたれ掛かる。

 

「ありがとう。おやす──」

 

言い終わる前に気絶するように眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

ザッザッザッザッ

 

 

激しく体が揺れ動く感覚で飛び起きる。どうやらグニフォスに担がれているようだった。

 

「んぇ?どうしたの?」

 

「やっと起きやがったか寝坊助め!」

 

グニフォスの声は微かに震えており、苛立っているように聞こえる。

 

「え、俺そんなずっと寝てた?」

 

周りを見るが、まだ辺りは暗闇に覆われている。

 

「まだ夜じゃん?」

 

「何言ってんだバカ野郎!今襲われてるって言うのが分からんのかッ!!」

 

「えぇ?」

 

徐々に目が慣れていき、周囲を少し見渡せるようになってきてから首を捻って後ろを見る。しかし何かが追いかけて来ている様子は無かった。

 

「何もいないじゃんよ。」

 

「あぁ?そりゃ後ろにはいねぇだろうな!相手は──」

 

それと同時に空から巨大な塊が降ってきた。その塊には見覚えがあった。黒い体に赤い甲殻と分厚いクチバシ。

アイツだ、あの鳥だ。かつて襲われた時にも感じた恐怖心が急に込み上げてきた。

 

「うわぁあああああ!!!アイツだ!あの鳥だぁああ!!」

 

「何がだ!」

 

「沼地まで行く前に俺を襲った黒い鳥だよ!アイツに襲われたんだ!!」

 

「ランジコルコ、空から降ってきてクチバシで獲物に風穴を開ける突砲鳥だッ!!」

 

「どこまで追いかけて来るんだよぉ!」 

 

「知るかッ!オメェを担いでるせいでノロマな奴だと思われたのかずっと付いて来やがる!」

 

突然グニフォスが右方向に体を動かす。直後に左腕をドロっとした液体のようなものが掠めた。

 

「なんだ今の変なの!?って、なんか腕がおかしいッ!」

 

あの液体に当たった左腕が痙攣を始め、次第に体も震えるようになって止まらなくなる。

 

「うわぁあああああ!!何だよコレェエエエエエ!?」

 

「奴の毒だ!体が麻痺する!」

 

「毒ゥ!?死にたく、死にたくねぇよォォォ!!」

 

「死なねぇよ!ちょっとの間痺れるだけだ!畜生、あの野郎まだ────」

 

そこからはグニフォスの言葉があまり聞き取れなかった。

死なないとは言われたが、体の痙攣が止まらないという状況がこの上なく恐ろしかった。

反対の腕で患部を強く握ったりしても何の効果も無い。耳鳴りがする。視界も歪んできた。本当に生き延びれるのだろうか…?

 

 

 

「──僧!小僧!聞こえてるか!」

 

グニフォスの声で意識が少しずつはっきりしてきた。体の震えもかなり落ち着いている。

 

「良かった。治まったみたいだ。」

 

「え、あ、意外と早く治るもんなんだね。」

 

「ちょびっとしか浴びてないだろ?それも理由だろうな。」

 

巨大な倒木の上を走っていた時、ランジコルコが再び空からクチバシを突き立てて突撃してくる。クチバシの刺さった所から倒木にヒビが入っていく。

 

「おい冗談だろ!?」

 

「うわぁああああああ!!!!死ぬうううううう!!!!」

 

衝撃で倒木が砕け、二人は急傾斜を滑落する。

 

 

落ちた先は深度がソフロニオの身長よりも深い池だった。

急いで水面まで浮上して息を吸う。ほどなくしてグニフォスも水面から顔を出してきた。

グニフォスはソフロニオの顔を見ると、顎で陸の方を指すと陸に向かって泳ぎ始めた。

彼の行動をよく理解できずにいると足に何かが触れる感覚がした。自分の周囲を見ると落下時に何処かを怪我したのか水がほんのり赤く染まっており、こちらに向かってくる複数の影が水面に写っていることに気付いた。昨日のグニフォスの話が脳裏をよぎる。

アクジキピラニア。そう気付いた瞬間足に激痛が走る。

 

「うわぁあああ!イヤだ!!タマ失いたく無ェよォ!!!」

 

叫びながら必死に陸に向かって泳ぐ。

 

「クソッ!離れろッ!」

 

足を激しくばたつかせ、アクジキピラニアを振り払おうとするが、足の痛みは一向に引かない。

 

「ッ……!もう少し…!」

 

岸までもう少し。しかし、足の痛みが増した。

 

「畜生!うおおおおおお!!!」

 

残った力を振り絞って岸まで辿り着き、右足に食い付いていたアクジキピラニアを引き剥がす。

右足は皮膚が引き裂かれて血が噴き出し、筋肉がブチブチと千切れているのがよく分かった。

 

「いってぇ……」

 

「大丈夫か小僧。今手当する。」

 

グニフォスが回復薬を手渡し、ソフロニオの足に包帯を巻き付けた。

回復薬を一気飲みし、深呼吸をする。グニフォスの方を見ると、彼が右脇腹を押さえている事に気付いた。

 

「おっさん、腹、どうかしたのか?」

 

「落っこちた時にアバラをやっちまったかもな。あと右腕も折れたし左足首も挫けた。まあ大した怪我じゃねぇから気にすんな。」

 

「いや大した怪我だろ……」

 

「俺はこういうのには慣れてる。今はお前の手当てが先だ。」

 

突然、池に巨大な物体が落下する。音の主はランジコルコだった。

突砲鳥は陸に上がり、体を振って水を落としている。

 

「あの野郎、いい加減しつこいぞ。」

 

「どうする…?」

 

グニフォスは何も言わずに太刀を引き抜き、ランジコルコに向けた。それを見た黒い鳥はグニフォスを睨みつけ、ジリジリとにじり寄ってきた。

 

「小僧、下がれ。」

 

「おっさん…怪我してるんだろ?逃げた方が──」

 

「奴はまた追って来るかもしれねぇ。ここで追っ払ってやる。」

 

グニフォスの方も左足を引きずりながらランジコルコに近付く。その足取りは不安定で今にも倒れそうだった。

 

「アンタ死にたいのか!?」

 

「俺はハンターとして三十年以上狩りを続け、その内の七年間一人でサバイバル生活を続けていた男だ。」

 

グニフォスは太刀を構え、言葉を続ける。

 

「小僧、お前にハンターの本気っちゅうのを見せてやる。」

 

ランジコルコが毒液を吐くが、グニフォスはそれを避けて反撃を与える。

次にランジコルコは、クチバシで啄むようにグニフォス目掛けて頭を振り下ろす。彼はその攻撃を前転で回避し、その紫色をした眼球に刃を突き立てた。

鳥は悲鳴をあげながらよろめくが、そこにグニフォスは容赦ない連撃を食らわせ、最後は頭を踏み台に空高く飛び上がり、上空から首筋を斬り下ろした。ランジコルコの首元から鮮血が噴き出す。

 

突砲鳥が甲高い声を響かせる。相当頭に来たらしい。

続けて後方に飛び退き、空中から右足を突き出して強烈な急襲蹴りを繰り出した。グニフォスがそれを間一髪で避けて安心したのも束の間、ランジコルコは後方から再び急襲蹴りを仕掛けてきた。

 

「おっさん後ろだ!」

 

そう忠告すると同時にグニフォスは回転斬りで後ろからの攻撃をいなした。そして首筋を狙って刀を突き、再び上空に飛び跳ねて首を斬り下ろした。怯んだランジコルコに追撃を与えようとするが、ランジコルコが翼でグニフォスを薙ぎ払ってそれを妨害し、体勢を立て直した。

 

「お次はどう来る?」 

 

ランジコルコは雄叫びをあげて空を飛び、大量の毒液を周囲に撒き散らした。グニフォスは一発目と二発目を避けるが、避けた先に降ってきた三発目に当たってしまった。

 

「クソッ…!」

 

グニフォスの体は一瞬で卒倒し、痙攣を始める。一方のランジコルコはとどめを刺そうと彼の方を向いている。

 

「まずい…」

 

居ても立ってもいられなくなり、ソフロニオはグニフォスの元へと駆け出した。ランジコルコが体を捻って空中から突進を繰り出す。

ソフロニオはグニフォスを抱え、地面を転げ回ってそれを避けた。

 

「小僧…!テメェ…何して…」

 

「それが助けて貰った恩人への態度?」

 

「……あんがとよ。」

 

グニフォスがよろめきながら立ち上がり、太刀を拾い上げる。

 

「さて、ブチかましてやる。」

 

ランジコルコが突進し、ソフロニオはダイブでそれを避け、グニフォスは翻って躱し、突砲鳥の胸部を突き刺した。

続けざまに足に回転斬りを浴びせられ、ランジコルコが倒れる。

グニフォスは鞘を前に出し、納刀すると、鞘を腰元に装備して中腰になり、摺り足でランジコルコに近付く。

そして刀を抜き、三連続でその頭部を斬り裂いた。細身の太刀とは思えない程重々しい斬撃音が鳴り響く。

それを受けたランジコルコは動かなくなっていた。頭部付近の地面がドロっとした液体まみれになっており、あたりに鉄の臭いが漂っていたため、ランジコルコがどうなっているのかはあまり考えたくなかった。

グニフォスは何も言わずに砥石で刀を研ぎ、鞘に納める。

 

「……行くぞ、小僧。」

 

「あ、うん。」

 

二人は再び南西に向かって歩き出した。

 

 

 

それから何時間が経過したのだろうか、空を見るとすっかり

夜が明け、朝日が昇っていた。

その時、グニフォスが突然大きな声を出した。

 

「おい、小僧!」

 

「どうしたんだ?」

 

「これを見ろ。」

 

グニフォスが地面を指差す。そこの泥には靴の跡のようなものがついており、すぐ横の水辺へと向かっていた。

 

「これって…」

 

「ハンターの足跡だ。つまり、この辺りにハンターがいるかもしれねぇ!」

 

それから先は比較的人の手が入ってある場所だからか、森が開けた感じになっており、所々には人の足跡が残っていた。

 

 

 

更に南西に向かって歩みを進めてからまた一時間位経った時、然程遠く無い場所から空に向かって光が発射された。

 

「信号弾だ。行くぞ、付いてこい!」

 

グニフォスがソフロニオの手を引いて走る。

 

 

信号弾の場所を追ってから約十分後、ついに信号弾を飛ばしたハンターを見つけ出した。

 

「オーイ!そこの奴ら!」

 

向かった先にいたハンターの女性が驚いたような顔で此方を見た。

 

「…知り合いかい?」

 

もう一人の顔の覆った装備を身に着けているハンターが聞いた。

 

「いえ、初めて見る方々です。」

 

ハンターはそう答え、次にソフロニオ達に質問をしてきた。   

 

「貴方がたは?そこの人はハンターさんっぽいですけど、もう一人の人はそうじゃないように見えますが…どうしてこんな所に?」

 

「え〜っと、色々あってぇ、その、俺達は行方不明者です。」

 

「行方不明者…?」

 

顔を隠したハンターが顎に手を当てる。

 

「俺ぁグニフォス・デクシアってんだ。」

 

「何年も前から捜索されてるハンターの中にそんな名前の人がいたような?」

 

「たしかノリス・ヴォネガットの親父さんだろ?」

 

「えっ、ノリスが?ここに?」

 

「なんとも不思議な話だろう?離別した親子が同じ島に訪れるとは。」

 

覆面のハンターとグニフォスの会話に違和感を覚え、グニフォスに質問をする。

 

「おっさん、息子がいたって言ってたけどあれは?」

 

「訳あって妻と離婚して離れたってだけで別に死んでねぇよ。」

 

「あ、勝手に殺してたわ…すまねぇ。」

 

「シーラさん、二人が戻って来るまでこのお二人にはキャンプの方で…」

 

「だな。私達も仲間を今探していてね。地面が崩れてはぐれてしまったんだよ。仲間達が戻って来るまではキャンプの方で待機していてくれ。リエル、案内を頼んだよ。」

 

「はい。分かりました。こ、こっちです。」

 

リエルと言うらしい女性のハンターに付いて行き、キャンプに着いてからは特に何事もなかった。

 

向かう途中、グニフォスは二人とはぐれたハンター達も7年彷徨うことになるかもしれないと冗談を言っていたが、その日の夕暮れにはその行方不明者達も戻って来たらしく、翌日にはロムポルスに帰れた。

 

十一日振りの我が家の空気は強い安心感を与えてくれた。

捜索届を街中に出すほど心配していた両親に事情を説明し、それぞれからげんこつを貰ったが、それはまた別のお話。

 

第3話:End

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