ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第十二話 ヒュンケル、処刑台へ

パプニカの海に夕日が沈む。そろそろ女王の間でヒュンケルの裁判が始まる。パプニカ城の客室で、ポップは海に沈む太陽を見つめため息をつく。メルルはそんな夫に声をかけず、ただ後ろで椅子に座り、夫と同じく夕日を見つめていた。

レオナはポップにヒュンケルと面会することを許さなかった。ポップはヒュンケル本人がパプニカを襲ったのではないと確信している。いや、レオナもそうだろう。だからこそレオナはポップがヒュンケルに会うのを許さなかった。ポップはそれに従った。

『貴方がもしヒュンケルを逃がしたら、私は貴方も裁かなければならない…!そんな悲しいことをさせないで…』

涙ながらに訴えるレオナにポップは何もいえなかった。逃がす気はない。しかしいざヒュンケルを目の前にしたらどうか…。ポップは『絶対に逃がさない』とレオナに約束することはできなかった。

 

パプニカ城の鐘が鳴った。裁判の始まる時刻である。しかし裁判はやる前から判決は決まっている。ポップはメルルと共に重い足取りで客室を後にし、女王の間へと歩いていった。

裁判は質素だった。判決を下すレオナの両脇にアポロとマリンが控え、さらに立会いにポップとメルルがいるだけであった。

ポップがいることにヒュンケルは気づいた。だが少し目を合わせ、すぐに逸らした。ヒュンケルは縄も解かれないまま、レオナの前に座らされた。玉座に座るレオナに目を合わすことが出来ないヒュンケル。そのヒュンケルを冷徹に呼ぶレオナ。

「ヒュンケル」

「はっ」

「先日のパプニカ襲撃の意図を聞かせなさい」

「……」

「答えなさい!」

「確かに私は…かつてパプニカを襲撃しました。魔王軍の不死騎団長として…。その裁きなら甘んじて受けましょう。しかし先日の襲撃については私自身まったく身に覚えのないことです」

アポロが前に出た。

「ヒュンケル殿、貴方は先の不死騎団襲撃の同日、ロモス大学の会議に出る予定でしたね」

「そうです」

「だが貴方は実際には出席してはいない。出席しているはずの会議の時間帯にパプニカは貴方に攻められたのですぞ。それをどう説明するのですか。身に覚えがないと言うのなら、それを証明していただきたい!」

薬を盛られて眠っていた。しかし、それを証明するものは何一つない。ヒュンケルはアポロの問いかけに

「それを証明する術は何もありません」

そう答えた。マリンも、アポロも、そしてレオナも目の前にいるヒュンケルがパプニカを襲ったのではないと悟っていた。一昨日攻めて来たヒュンケルとまるで違うからだ。しかし、だからと言って無罪放免といかないのである。レオナは数千に及ぶ国民たちに責任がある。

不死騎団によって攻めてきた、あの辛く悲しい記憶が再びよみがえってしまった襲撃。国民はヒュンケルを許さない。レオナはかみ締める。かつてバーンが言った言葉。

 

『国と云う得体の知れないもの』

 

その得体の知れないもののために、今から友を殺さなくてはならない。

「このパプニカの女王、レオナが判決を下す」

ヒュンケルは静かに目を閉じた。

「死罪です。明日、公開処刑を以って執行します」

「…斬り捨てられても俺はかまわん…。あの時に私は言いました。貴女の裁きによって処刑されるのであれば受け入れます。ですが妻エイミは何の関係もありません。私の罪が妻に及ばぬよう…何とぞ寛大なご処置を」

「分かりました…。アポロ、マリン、牢へ連行しなさい」

 

ヒュンケルはアポロとマリンに牢まで連行されていった。ポップとメルルを見ようともしない。たまらずメルルが嗚咽をあげた。

「どうしてなんですか…ッ!女王も気づいているはずです。彼の仕業ではないことを…!」

「好きで死罪を言い渡したと思うの!たとえ偽者であろうと、彼の姿かたちをして、ヒュンケルと名乗った者がたくさんの国民を殺しているのよ!私は一国の女王!国民を虐殺した者は許さない!」

泣いている愛妻にハンカチを渡すポップ。彼もまたカンパニーと云う組織の長である。時に人に憎まれる判断をしなければならないことは彼も知っている。だからといって受け入れられる結末ではない。

「姫さん…。エイミさんには何て言うつもりなんだ?」

「……」

「こうして…かつての仲間同士に潰し合いをさせることがヴェルザーの謀略とは考えないのか?俺たちはヴェルザーの手のひらの上で踊らされているだけかもしれないんだぞ!」

「分かっているわよ!」

「分かってない!だいたい襲撃の翌日に捕まるなんておかしいだろうが!何らかの第三者の作為があるのは明白だ!」

「たとえそうでも!捕らえてしまった以上は見逃すわけにはいかないのよ!しかも国民がすでに捕らえたことを知ってしまっている!どうしようもないわ…。自分の偽者がパプニカを襲った報を聞き、彼が身を隠してくれていたら…どんなによかったか…!」

「ヴェルザーはヒュンケルがそれをできないように仕向けたのが分からないのか!それとも分からないふりをしているのか!」

たまらずメルルが間に入った。

「あなた…もうやめて…」

涙顔でポップを睨むレオナ、その視線から目を逸らさずレオナを見据えるポップ。そして重苦しくため息を出した。

 

「…すまなかった姫さん…」

「ポップくん…」

「分かったことは一つ。ヴェルザーはハドラーとバーンよりも狡猾だということだ…。キルバーンの主君だっただけはあるな…」

「あなた…」

「すまないが姫さん…。俺は処刑には立ち会わない…。あいつの死など見たくない…。面会もしない。間違いなく逃がしちまう…」

「分かったわ…」

 

ポップとメルルはそのまま城を出た。そしてしばらくすると先を歩いていたポップがメルルに振り向いた。

「意外か?俺がヒュンケルを逃がそうとしないのが」

正直メルルはそれを感じていた。ダイと同じくヒュンケルもポップにとっては苦楽を共にした仲間である。たとえカンパニーとパプニカが交戦状態になるのも辞さずに助けるのではないかと思っていたのだ。

「どちらを取っても結果は同じだ」

「どちら?」

「逃がす、逃がさないどっちを取っても…ということだ」

「……」

「ヒュンケルは逃げない」

「え…?」

「こと、ここに至って逃げることを選ぶ男じゃない…」

「で、でも、あのカール北部山脈での戦いのおり、あえて彼はミストバーンの卑劣な要求を受けても生き延びることを選びました。そして今はエイミさんと言う妻もいます。エイミさんのために逃亡者の汚名を受けても生き延びることを選ぶと思いますが…」

悲しそうにポップは笑った。

「今回の襲撃が不死騎団でさえなければな…」

「不死騎団…」

「何だかんだ言ってもな…。あいつはずっと負い目にしていたんだ。この国を不死騎団によって一度滅ぼしたことを。だが姫さんによって許され正義の使徒として生まれ変わった。いわば姫さんから自分の命を預けられたと同じだ。パプニカをフレイザードから奪取し初めてあいつが姫さんと会った時と今回の状況はほとんど同じなんだ。たとえ自分の手でやらずとも、ヒュンケルと名乗った者が不死騎団を率いてパプニカに攻め込んだのだからな。だからあの男は姫さんに斬られることを望む。かつて預かった命を姫さんに返すために…」

メルルの頬に一筋の涙が落ちた。

「そんな…そんな男の滅びの美学など、エイミさん、いえ私たち女には関係ありません…。ただ生きていてそばにいてくれればそれで…」

泣いて立ち尽くす愛妻の肩を抱き、ポップは港に泊めている自分の船へと歩いていった。

 

そしてこの夜、ポップはメルルを求めた。メルルには夫の吐息と体温からポップの心の慟哭が聞こえてくるようだった。いつもは優しい夫の愛撫が今日は乱暴だった。

城の前でメルルに言ったこと、おそらくは自分自身にも言い聞かせている言葉なのだろう。また一人、また一人、ポップの元から戦友が消えていく。その悲しさを埋めるべく、ポップは妻の肌に溺れた。

 

牢の中、ヒュンケルは壁にもたれていた。色々な事を思い出していた。父バルトスのこと、師アバン、マァム、ダイ、ポップ仲間たち。ヒム、ラーハルト、かつての好敵手たち。そして最後にヒュンケルの頭の中を一杯にしたのは妻のエイミだった。

「ああ、そういえば…旅行の約束していたのだったな」

研究に追われ、そして留守がちの自分に愚痴一つこぼさずに尽くしてくれた妻。もっと優しくするのだった。きれいだ、愛しているだの、そんな気の利いた言葉など言ったことはなかった。もう一度抱きしめたい、妻の笑顔が見たい。だが…それは無理な望みだった。

「エイミ…愛している…」

人生最後の睡眠にヒュンケルは落ちていった。明日の今ごろはあの世だ。

「俺の行くところは…やはり地獄…だろうな」

 

時は残酷に過ぎていく。翌日の早朝、城門前に作られた絞首台。皮肉なことにこの絞首台もソアラ・カンパニーから提供された木材で作ったものだった。絞首台は柵で囲まれている。憎き男の処刑を見るために、絞首台の周りには国民たちが殺到していた。

処刑前、どんなに悪人であろうと神父、もしくはシスターが罪人の冥福を祈るために処刑に立ち会うが、パプニカの神職にあるもの全てがこれを拒否した。パプニカ国民の抱くヒュンケルへの憎悪がうかがい知れる。

レオナは罪人への罵声と投石は一切禁じた。しかし、その勅命は意味を成さなかった。ヒュンケルが城門から出てくると同時にすさまじい罵声が飛んだ。

 

「人殺し――ッッ!」

「娘を返せ――ッッ!」

「この悪魔めえ――ッッ!」

 

捕縛された状態でヒュンケルはそれを聞きながら絞首台に黙って歩いた。アポロとマリンがヒュンケルの前後にいるため、さすがに投石はなかったものの、怨嗟の罵声はすさまじいものだった。

ヒュンケルの書いた果樹栽培の指導書や、開墾要領の本がズタズタに引き裂かれてヒュンケルに放られた。表紙に『悪書』と恨みを込めた落書きまで記して。

先の襲撃について自分は無実、だがかつてこの国を滅ぼしかけたのは事実。しかし自分の著書は人々の食糧難を打破するための書である。それが今、悪書と呼ばれ引き裂かれている。自分に見せ付けるように破く者。破いた上に小便をかける者。ヒュンケルの胸に絶望にも似た感情が湧いてくる。

「俺は今まで…何をやっていたんだ…」

 

ポップは船室でメルルの胸の間で眠っていた。城下の方から怒鳴り声が聞こえてくる。メルルは思う。

(ああ…処刑が始まってしまった…)

夫を起こす気にはならなかった。メルルもまた、夫を抱きしめた。

 

レオナも処刑に立ち会いたくはなかった。しかし最後まで見届けることがせめてヒュンケルに対しての礼儀と思い、絞首台正面の椅子に座り、ヒュンケルの到着を待った。ヒュンケルへの罵声はレオナの心さえ切り刻んだ。

国民は暴徒となってヒュンケルを惨殺しても不思議ではない。しかし絞首台前にレオナが座り、ヒュンケルの前後にアポロとマリンがいる。パプニカ兵が国民たちの前に横隊で並び、乱入も阻止している。処刑を妨害した者は厳罰を以て処すると発布が出されていたので、辛うじて暴徒となるのを押さえていた。

 

港ではソアラ・カンパニーが帰途に着くべく準備をしている。国民の救出や治療も終えた。パプニカ王室から充分な報酬も得た今、パプニカにいる理由はない。また自分たちのリーダーであるポップの友の公開処刑を見に行く気にもならず、社員たちはみな、港にいた。あとはポップの引き上げ命令を待つだけだ。

そのポップはまだ寝ていると云う。だが社員たちもまた、起こす気にはなれなかった。ポップの旗船マトリフの船長代行でろりんは船上から絞首台の方角を見ていた。隣には妻のずるぼんもいる。

「ヒュンケル…無念だろうね…。こんな形で死ぬなんて…」

「歴史上で永遠に『裏切り者』『反乱者』と彼は記されるだろう。こんなことがあっていいのか。彼は無罪なんだぞ…くそッ」

「女王の立場は分かるけど…どうにかなんないの、あんた。こんなの悲しすぎるよ…」

「…せめてソアラで丁重に弔おう。ソアラは国じゃない。自由な町だ。裏切り者も反乱者も関係ない」

 

レオナ立ち合いの元、ヒュンケルは絞首台の階段を上がる。いよいよ絞首刑が始まる。周りを囲んでいた国民たちもだんだん静まり返ってきた。ヒュンケルは自分の首を吊るロープの前に来た。絞首台の正面に座っていたレオナが静かに立ち上がった。

「ヒュンケル、最後に言い残すことはありますか」

「…くどいようですが」

「……」

「エイミを罪に問わないで下さい」

「……約束します」

 

ヒュンケルはロープの輪に首を入れた。執行官が足場の床を外すロープを握る。

その瞬間だった。三つの影が突如空から降りて絞首台上に現れた。ロープを握っていた執行官はメラの炎に襲われた。そして降り立った三人のうち一人はヒュンケルもレオナも知っている顔であった。

「ヒ…」

ヒュンケルもその三体に振り向いた。

「ヒム…!」

ヒムは無言でヒュンケルのみぞおちに拳を入れた。

「グアッ」

ヒムは気絶したヒュンケルを肩に担いだ。そしてレオナをジロリと睨んだ。

「ヒム…!あなたには関係ないことです!ヒュンケルを元に戻しなさい!」

「断る」

怒りのあまり、銀髪が逆立つヒム。

「これがアンタのやり方か…これが人間のやり方か!」

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