ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第十三話 冥竜将サリーヌ

絞首台の壇上で、ヒムはレオナを睨む。今のレオナはヒムにとって親友を害す悪女に過ぎない。レオナはヒムの裂帛に気圧された。

「世界を平和に導いた男を、仲間を、無実の罪で殺す…!絶対に許さん!」

「好きで…」

(処刑していると思うの)と言葉がそのまま続かなかった。今のヒムに何を言っても理解はしてくれない。

一緒にいた魔道士の男がヒムの肩に触れた。

「おしゃべりはもう良いでしょう。行きますよ」

「ああ」

ヒムは言葉に詰まっているレオナに背を向けた。

「ヒム…!」

「…処刑を続けたければ、俺から奪いに来るのだな。その時は女といえども容赦しない」

魔道士はルーラを唱えた。ヒムとヒュンケルも上空に飛んでいく。まさに一瞬のヒュンケルの奪取であった。

 

「アーハハハハハッッ!!」

残った一人が、マントを脱ぎ捨てた。そこにいたのはヒュンケルの姿をした者だった。二日前パプニカを襲ったヒュンケルである。

「な…!」

絞首台の周りにいたもの、すべてが言葉を失った。

「作戦大成功!いいように踊ってくれたな!パプニカの能無し女王!」

「貴様…!」

偽のヒュンケルが煙に包まれ、そして本当の姿を現した。それは桃色の戦闘服に身を包み、不気味なほどの鮮やかな黒い翼をなびかせる魔族の少女であった。

「我が名はサリーヌ、以後お見知りおきを。ウフフフ」

 

「弓を!」

将軍のアポロより早く、レオナが騎士団に命令を出した。あっけに取られていた騎士団はその命令で急ぎ背中に背負っていた弓を持ち、射手の体制に入った。

「放て――ッッ!」

無数の弓矢が壇上のサリーヌ目掛けて放たれた。

だが、全ての弓がサリーヌの黒い羽が起こした爆風に跳ね返された。その強風で絞首台の周りにいた国民たちも吹っ飛んでいく。

「おのれ!」

マリンとアポロ、そしてレオナが同時に呪文を放った。メラゾーマとヒャダインがサリーヌを襲う。

だがサリーヌの周囲には魔法の防御壁が作られていた。

「覚えておくんだね。これがマホカンタよ」

「跳ね返ってくるわ!相殺を!」

自分たちに跳ね返ってくる呪文を相殺すべく、同じ呪文の詠唱を始めた三人にサリーヌは笑った。

「その必要は無いわよ。私のマホカンタは少しノーコンでさ」

 

「ぐあああッッ!」

「キャアアアアッッ!」

 

サリーヌはレオナたちではなく、国民たちめがけて呪文を跳ね返したのである。

「アーハハハハハッッッ!自国の君主の攻撃魔法で攻撃される国民て哀れねえ!」

自分たちの放った呪文で凍傷と火傷を負う国民がいる。アポロは愕然としてその光景を見つめ、マリンはヘナヘナと座り込んだ。

「私たちが…国民たちを…?」

「ちくしょう!」

「女王様がそんなお下品な言葉を言うものではないよ…ウフフフ」

レオナはトベルーラでサリーヌに殴りかかっていった。サリーヌは爆風で弾き返さず、自分の間合いにレオナを入れた。

怒り狂い、渾身の力を込めてサリーヌに殴りかかるレオナ。だがすべてサリーヌの片手に弾かれた。そして魔の右手がレオナの首を押さえた。

「ふふ…私ほどではないけれど、中々の美人ね」

レオナの顔を強引に自分の唇に近づけ、その頬を舐めた。

「く…汚らわしい!」

「ウフフフ、嫌われたものね」

壊れた人形を投げ捨てるように、サリーヌはレオナを放った。

「さてと、改めて名乗りをあげさせてもらおうかしら」

 

「しゃ、社長!大変だ!」

事の知らせを聞いたでろりんは、ポップの眠る部屋へと駆けた。急いでいたためか、その船室をノックもせずに開けてしまった。目の前に入ってきた光景、それは城下の異変に気づいたメルルがベッドから起きていた瞬間だった。昨日の房事のため、彼女は裸だった。

「きゃああああああッッ!!」

すさまじいメルルの叫び声にポップはベッドから転がり落ちた。

「な、なんだ?」

でろりんはすぐにドアを閉めた。

「す、すみません!」

「ノッ、ノックくらいして下さい!!」

「す、すみません!(…純真そうに見えて何たる見事なバストで…て、何言っているんだ俺は!)」

「城下に何があったのです!?」

ドア越しにでろりんは言った。

「ヒュンケルの処刑に乱入者が三名!ヒュンケルを連れ去ったそうです!」

いそいそと服を着ていたポップとメルルの手が止まった。

「なんだと?」

「それは本当ですか?」

「待っていろ、すぐ行く!」

やっと服を着た二人が船室から出てきた。

「三名って言ったな、誰だ!」

「二人の魔族、そしてあともう一人は全身が金属の…」

「金属…ヒムか!」

同時に呪文の炸裂音と人々の叫び声がポップたちの耳に入った。メルルが急ぎ水晶玉にそれを投影させた。映し出されたそれはレオナ、アポロ、マリンの放った呪文をマホカンタで国民たちに跳ね返した黒い翼の少女の姿だった。

「この女…」

「あなた?」

「まずい…!この女、桁違いの強さだ!パプニカが、姫さんがあぶない!」

 

勝ち誇ったような笑い声が絞首台に響いた。皮肉にも絞首台がサリーヌにとっては絶好の名乗りの場となった。

「パプニカ女王レオナよ、アンタたち人間がヒュンケルを必要としないなら私たちが頂戴する!そして立派な冥竜将として仕込み、ふたたびパプニカを滅ぼす魔将としてお返しするわ!アーハハハハハッッ!!」

「冥竜将?まさか…!」

「あらためて名乗らせていただくわ。私は冥竜王ヴェルザーが配下、冥竜将サリーヌ!パプニカの人間どもよ!今再び暗黒の世がくる!私たちの王はバーンのように生易しい侵略はしない!勇者ダイのいない今、地上の征服など赤子の手をひねるより簡単なもの、首を洗って待っているがいいわ!アーハハハハッッ!」

衝撃的なサリーヌの言葉、呆然とするパプニカの国民と女王と幕僚たち。サリーヌはルーラを唱え、上空へと飛んでいった。だがサリーヌはすぐに空中に止まった。

「土産よ…」

サリーヌの両手がまばゆいばかりに光を放つ。それが何かレオナは分かった。

「……!イオナズン!?」

魔法力を右手の指先に集中するサリーヌ。やがて、その光は直径五メートルの光の球体となった。

「フフフッ…運が良ければ助かるかもね…」

 

港からトベルーラで城下に向かっていたポップにも呪文の発射体制に入っているサリーヌが見えた。

「撃たせるか!」

ポップは飛びながら、メドローアの体制に入った。しかしポップにも見えるということはサリーヌからも見える。

だがバーンさえ畏怖させたメドローアの発射体制を見てもサリーヌに慌てた様子は無い。ポップはかまわず発射しようとしたとき、メルルからの交信がポップの脳裏に届いた。

(あなた!彼女はマホカンタを!)

メルルはでろりん、ずるぼん、そして医師数名と共に馬車で城下に向かっていた。馬車の中で水晶玉にサリーヌの姿を押さえていたメルルは見た。イオナズンを放とうとしながらも、マホカンタの呪文を詠唱していた姿を。

このままメドローアを放てば、サリーヌはポップではなく、城下に跳ね返す。そうなったらレオナたちが放った呪文を弾き返したときとは比べ物にならないほどの破壊が城下を襲う。

メルルは前大戦にてバーンパレスにいるポップに思念を送ったように、今またパプニカ上空にいる夫にそれを教えたのである。

「ク…ッ!」

空に止まり、歯軋りをしてサリーヌを見るポップ。

「ちきしょう!やつも師匠や俺と同じく同時に二つの呪文を操れるのか…!」

ハドラーさえ不可能で、かつバーンが『器用だ』と認めた二つの呪文同時発動。メドローアの使い手である自分と師しかできないことと思っていた。しかし、それはとんでもない思い上がりだった。

「どうした?撃たないのかい?メドローアを」

「ク…」

「うふふ、お師匠様と自分だけの専売特許とでも思っていたの?めでたいわね」

「…やめろ!撃つな!」

「丁重にお断りするわ」

「貴様ァッッ!」

ポップの一喝をあざ笑うかのように、イオナズンはさらに大きくなっていった。直径十メートル、二十メートルの破壊の球体となっていった。

 

「いけない!全員急いで逃げて!!」

レオナが叫んだ。国民たちや騎士団もパニックになって逃げ出した。そしてこれだけの球体ならば、今このときに城下に向かっているメルルの馬車も吹っ飛ぶ。ポップもまたメルルに思念を送った。

(いかんメルル!すぐに引き返せ!)

サリーヌの姿を水晶玉で見ていたメルルも、その破壊力を推し量り、馬車の御者を務めていたでろりんに言った。

「でろりんさん!すぐに引き返してください!」

「メルルさん…!しかし!」

「もう…間に合いません!」

 

「アーハハハハハハッッ!イオナズン!!」

 

大爆発をもたらすであろう球体がパプニカに降ってきた。もう逃げ場はない。レオナは観念したかのように目をつぶった。

アポロは妻のマリンに自分たちの子供を助けに行くことを指示し、自分はレオナを救うべく駆けた。だがもう間に合わない。

「女王――ッッ!」

両の拳をギュッと握り、レオナは自分に訪れるであろう死を待った。

「ダイくん…!」

 

この時、サリーヌはあえてイオナズンの落下速度を遅くして放った。あまりに一瞬に落ちては人間の逃げ惑う姿を見られず、彼女にとって興がないからだが、この遅さがパプニカに幸運をもたらした。

ポップはすぐに地上に降りた。

「ポップくん!」

「姫さん伏せていろ!」

「あなたも逃げ…!」

レオナに振り向いてポップは笑った。

「姫さんを侮辱したこと、これで清算してもらう」

「そんなのどうでもいいわ!逃げて!私と一緒に死ぬ気なの!」

「死なねえさ」

ポップは上空から降り注ぐイオナズンを見つめた。

「おやおや、何をする気?その女王様と一緒にくたばる気なのかい?」

サリーヌの言葉をポップは笑う。

「こんなもん、バーンのカイザーフェニックスに比べれば、ただの温風にすぎねえ」

「減らず口を…?」

ポップはメドローアの構えを執った。

「ねえちゃん、確かにお前はマホカンタをまとってはいるがな、放った呪文そのものはどうなんだ。メドローアは『極大消滅呪文』なんだ!」

「小僧!」

「おまえに小僧よばわりされる覚えはねえぞ小娘!」

ポップの全身に魔法力が帯び、そして両の手のひらに炎と氷のエネルギーが集中した。

「メドローア!」

 

サリーヌのイオナズンとポップのメドローアが激突した。魔法力はサリーヌの方が上であろうが、呪文の性質があまりにもイオナズンには分が悪かった。

イオナズンの球体は風船が破裂したような音を立てて消滅した。

「チッ」

嘲笑を浮かべていたサリーヌの顔から笑みが消えた。その次の瞬間、剛槍!それは噴煙を潜り抜け、うなりをあげてサリーヌの顔面めがけて伸びてくるブラックロッドの穂先だった。

「な…!」

 

サリーヌは辛うじて、それを掴んだ。それを見たポップはブラックロッドを瞬時に縮め、棒の伸縮の作用とトベルーラをあわせ、一瞬でサリーヌの目の前に来た。もう指先には圧縮した魔法力を備え、その指先をサリーヌの眉間にピタリとくっつけた。密着されてはマホカンタも意味がない。

「……!」

サリーヌの眉間に指先をつけて、同じイオナズンを撃とうとした、わずか一秒に満たない刹那。サリーヌは大気に姿を消した。

「なに…!」

どこからともなく声が聞こえた。

(アッハハハ、やるもんだね坊や。ここは退いておくよ。だが覚えときな。もう私はお前に対して油断はない。それなりの敵手と認めてやる。さすがはバーンにその名を覚えさせただけはあるってことだね。これからの戦いが楽しみだよ、アッハハハハッッ!)

そして声は聞こえなくなった。

「瞬間移動か…。さすがは魔族だな。何でもありだ」

 

ポップは地上に降りた。

「姫さん、無事か?」

「え、ええ…」

ホッとした様子でアポロが駆け寄ってきた。

「ポップ殿…ありがとう。あなたはパプニカの恩人だ」

「いやいや、俺は一応パプニカの御用商人だからねえ。儲けをもたらす株主の国家に滅んでもらっちゃ困るのさ。ハハハハ」

「ありがとう…ポップくん…」

 

ポップとソアラの者たちによって、最初にメラを食らった処刑執行人の兵士、そしてサリーヌのマホカンタによって跳ね返された魔法で重傷を負った者たちに回復魔法が施された。死者が出なかったのは、皮肉にも三人の放った呪文がポップやサリーヌのそれよりも威力が貧弱であったがゆえだろう。不幸中の幸いであった。

そして絞首台の周りにいた国民たちに事のすべてを話した。一昨日にパプニカを襲ったヒュンケルは偽者であると。

そして、そうと知りながらも泣く泣くヒュンケルの死罪を決めた女王レオナの心の慟哭を。

サリーヌは今日のヒュンケル奪取のとき、ヒュンケルの姿で現れた。妙な話だが、それがヒュンケル無罪の決定的な証拠ともなり、そしてポップの理路整然とした説明も良かった。そしてレオナは国民に言った。『必ず仕返しはしてやる』と。

 

やがてソアラ船団にポップから引き上げの命令が出た。パプニカの人々は自分たちを救うために尽力してくれたソアラ・カンパニーの船出を見送りに来ていた。

だが船にはポップは乗っていなかった。自分の船団を港でレオナと共に見送っていた。ポップはこれから一人の士としてヴェルザーに備えることを第一と決め、カンパニーのことはメルルとでろりんたち幹部に任せた。そしてカンパニーもヴェルザーに備えることを第一と決めていた。

 

その後ポップはダイの剣が地に刺さる岬へと行った。レオナも一緒にいた。改めて思い知らされたダイはもういないと言う現実がそこにあった。剣の宝珠から輝きは微塵もない。

「なるほど、本当に消えているな」

「ええ」

「悪かった。剣がこんな有様だってのに無神経なことを言った」

「それはもういいの。お互い忘れましょう」

「ああ…そうする」

ポップはダイの剣に跪き、深く頭を垂れた。まるで冥福を祈るかのように。

 

「明日、俺はカールに発つけれども姫さんはどうする?まだ国内が少し混乱しているようだから間を置くか?」

「いえ、私もポップくん同様にヴェルザーに備えることを第一とするわ。将軍のアポロを留守に残して、補佐官のマリンと共に一緒に行くつもりよ」

気丈に振舞っているが、レオナにはヒュンケルに死罪を言い渡したと言う事実が重くのしかかっていた。そして目の前で魔の者に連れ去られたという事実。これをエイミが知ったらどう思うだろう。

エイミはレオナを許さない。そう思うと心が沈んだ。あのイオナズンの攻撃を回避できたという幸運さえも、この事実を払拭するには及ばなかった。払拭するにはすべての元凶であるヴェルザーを倒すこと。これしかないのだ。

「冷えてきたわ、夕食にしましょう。少しお酒付き合ってもらえるかな?」

「ん?妓館に泊まろうと思っていたのだけど…」

「メルルに言いつけるよ、そんなこと言っていると!」

「そりゃまずいな」

「飲もうか!そういえばポップくんと飲むのは初めてかな」

「そうだな、一杯やるか!」

二人は岬から立ち去った。ポップはこの後、レオナのすさまじい絡み酒に襲われた。

 

そして翌日、パプニカ城のテラスから、ポップのルーラでレオナとマリンはカールへと飛んで行った。激動のヴェルザーとの戦いの幕は切って落とされた。

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