ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第十五話 ヴェルザー降臨

報告を終えると、サリーヌは奥へと歩き出した。サイヴァも続く。彼に捕らえられているヒュンケルも。

そしてヒュンケルは見た。ヒムが傷だらけで倒れているのを。

「ヒム!」

 

ヴェルザーの左にいた側近が言った。

「そう…貴方の大切なお友達ね…」

サリーヌと同じく女の魔族だった。先の大戦におけるアルビナスの雰囲気を感じさせる女である。冷静沈着でありながら、主君のためならばとことん残酷にもなりうる、そんなアルビナスの雰囲気を漂わせていた。

そしてその魔族の後ろに控えているのは赤い鎧をまとう男。サリーヌにサイヴァがついているのなら、この女にはその赤い鎧の男がついているのだろう。そしてヒュンケルは理解した。ヒムはこの男に倒されたのだと言うことを。

「貴様がやったのか?」

「…いかにも」

「なんのために!?」

「少し聞き分けの無い坊やだったのでお仕置きをしたのだけど…それが何か?」

女が答えた。

「クッ…」

ヒムがこんな一方的に倒されるのであれば、今の自分はとても敵わない。ボロボロの状態で倒れる戦友を虚しく見つめた。そしてヴェルザーの声が響いた。

 

「サリーヌ、ヒュンケルを連れてここへ」

「御意」

ヒュンケルの身柄はサイヴァからサリーヌに。サリーヌは小声で言った。

「そそうのないようにね、坊や」

声の方向を見てヒュンケルは気づいた。玉座は空席である。誰も座っていない。

「ここだ…」

玉座の横、そこには竜の彫像があった。目が異様に赤く光る彫像。それが声の主だった。

「石像…」

「そう、俺がヴェルザーだ」

 

ヴェルザーはバーンとの戦いで見たように、まだ石像のままだった。しかし感じる。バーンに匹敵するほどの威圧感を。

「俺に何の用だ、ヴェルザー」

「…クックククク…たまらんな。その眼光。戦えぬ体になっても戦士の覇気は衰えぬと見える」

「何の用だと聞いている」

「貴様に、その玉座に座ってもらおうと思ってな」

「なに…?」

「つまり…こういうことだ…」

石像の赤い瞳が強烈に光を放つ。石像は魔と邪の波動に包まれ、そしてその光はヒュンケルめがけて飛んでいった。

 

「ぐああッッ!」

魔と邪の波動の中、ヒュンケルの耳には、さらに威圧あふれるヴェルザーの声が響いた。

「クッククク…長かった…。ようやく封印が解ける…。ここまで封印の力を弱らせるまで、どれだけ待ったことか…!そして、ここに俺の玉体に相応しい者もいる!今日は素晴らしい日だ!」

「馬鹿な!戦うことが出来なくなったこの俺に何をさせようと!」

「魂の封印から解放された余は、すぐに部下に命じ、天界に取り上げられた竜体を取り戻した…。だが竜の俺とて不死ではない。だからバーン同様にかりそめの肉体に宿り、ヒトの姿となり竜体の最盛期を保ち続けるのだ…。皮肉にも、かつての宿敵から学んだ不老の法だ」

 

「…!貴様…俺の体を乗っ取る気か!」

「悪いことばかりではないぞ。俺の竜力で貴様が負っていた全身の骨のひびは元の状態となり、再び強固な肉体となって最強の戦士となる。地上、魔界、ひいては天界の覇者となれる力も持ちうる…。そして人間では信じられぬ時間を生きていけることになる。貴様は俺を宿し竜の生命を手に入れることが出来るのだ!」

「ふ…ふざけるな…!そんなものいるか!地上を支配と言うことは人間を殺すということだろう!そんな真似…できるものか…!」

「なぜ人間をかばう…?冤罪の貴様を処刑しようとしたのは人間であろう?貴様が絞首台に引かれるまでの光景を思い出せ。貴様の書いた書に小便をかける者…。処刑に立ち会うはずの神職の者もいない。そんな人間たちをなぜかばうのだ…?」

 

「だ…黙れ!」

「一つ言っておくが、我々はこの人間たちに対して何の作為もしておらん。やつらは自分の意思で貴様を弾圧しているのだ。無論、貴様に薬を盛ったあの男もな…」

「黙れと言っている!」

「クッククク…狭量かつ、臆病で卑怯な人間たち…。それが現実だ…。貴様ほどの戦士がやつらを守り、かばう必要などない…。滅ぼせ…殺せ…やつらは地上をむしばむ寄生虫なのだ…!」

 

ヒュンケルを包む、魔と邪の波動はさらに大きくなっていく。その時ヒュンケルの脳裏にある光景が見えた。

(ロモスの俺の家…。なんだ町の人々に囲まれている…?や、やめろ、なぜ石を投げる…!家の中にはエイミが!俺の妻がいるんだ…!裏切り者…反乱者だと?俺のせいで…エイミは攻撃されているのか…!)

さらに光景は家の外ではなく、家の中に及んだ。

(泣いている…エイミが…あんなに寂しそうに…辛そうに…泣いている。俺を呼んでいる…助けてと…助けてと…)

 

必死に自分の良心と戦い続けるヒュンケル。しかし妻エイミの泣き顔を見た途端に、どんどん表情が憎悪の顔となっていく。

もはや消し去ったと思っていた『暗黒』の心がヒュンケルを支配していく。ミストバーンの姦計を逆用し、自分の暗黒闘気を消した彼であるが元々人間の心には悪の心はある。それを完全に消滅させるのは不可能である。

バーンの手から救い、食糧難からも救おうともしていた人間に殺されかけた自分。不死騎団の軍団長としてパプニカを滅ぼしたのであるから受け入れようとも覚悟をした。

だがそれは間違っていた。自分が死ぬことによって妻がどれだけ悲しむか。そして今死んだら、エイミは永遠に『裏切り者の妻』として歴史に名を残す。耐え切れない。許せない。

また何より、エイミの悲しむ姿を見て血が逆流するほどに怒りを覚えた。

「ヤメ…ロ…ニンゲンドモ…コロス…コロスゾ…」

 

暗黒闘気ではない、元々人間が持っている悪の心、これがエイミを攻撃する者たちへの怒りで増幅していく。

どんどんそれに拍車がかかる。無実の罪で処刑されるという理不尽、その処刑の際、レオナにエイミを罪に問わないでくれと懇願したにも関わらず、目の前の光景ではエイミは不当な攻撃にさらされている。

愉快そうに一人の女を攻撃する人間たちの顔を一人一人ヒュンケルは見た。

(これが…ダイやポップ…マァム…。そして俺が懸命に守ろうとした者たちなのか…。農学をもって救おうとした者たちなのか!これが人間の本性なのか…!俺の妻を…エイミを攻撃するこいつらの顔が…人間の本性なのか!ハドラーとバーンの方がよほどいい顔をしている…!許さん…許さない…)

 

「ググ…」

波動の乱気流により、着ているシャツとズボンが破け散る。全身から脂汗が流れ出ていた。

(改めて今なら分かる…バラン…お前の気持ちが…。俺は今…バランと同じ道を辿ろうとしているのだな…。歴史は繰り返すというが、どうやらその業に俺が選ばれたらしい…。だがこの怒り…押さえられん…エイミ…!)

ヒュンケルの瞳が憎悪に満ちた瞬間、ヴェルザーの石像から金色の光が放たれ、ヒュンケルに直撃した。

「ぐっ…」

彼の体を包んでいた波動は消えた。だが次に放たれた金色の光がヒュンケルの体に入っていった。

 

「うおおおおッッ!!」

ヒュンケルの体が金色に包まれる。ヒュンケルの銀髪が黒に変わっていく。

(ヴェルザー…なぜ…俺を選んだ…)

(目だな…。ミストバーンが自分の体に選んだのも、バーンが人間の貴様を六大軍団長の一人に据えたのも同じ理由だろう…。だが俺は貴様をそんな小さな遇し方はしない…。すべての覇者にしてやる『冥竜王ヴェルザー』としてな!フッハハハ…)

金色の光はすべてヒュンケルの体に吸収された。

体の所々が痙攣し、骨がギシギシと軋む音がする。おそらくこの音はヒュンケルの全身の骨にあった微細のヒビがすべて塞がった音であろう。

 

服が破けた今ヒュンケルは身に何もつけていない。裸のままヒュンケルは邪の波動と金色の光に苦しみ、床に這いつくばっていた。だがゆっくりと立ち上がった。そして眼を開いた。血のような真っ赤な眼球だった。

 

「俺は…冥竜王ヴェルザーなり…」

 

玉座の間にいたヴェルザーの側近たちは一斉にひざまずいた。そのうち一人がヴェルザーに近づき、漆黒のドラゴンローブを着付ける。さきほどヒュンケルにヒムを倒したことを告げた女であった。

「お似合いでございます、我が君」

「うむ…これが人間の体か…。気に入ったぞ…フッハハハ…!」

ドラゴンローブを翻し、ヴェルザーは玉座に座った。

 

「太陽を我が手に…地上侵攻作戦を開始する!」

「「ハッ」」

部下の忠誠を見て、ヴェルザーは窓から魔界の空を見つめ笑った。

「ハドラー、そしてバーンよ…。貴様ら果たせなかった地上への野望、このヴェルザーが叶えてくれるわ!そして貴様たちを倒した人間の戦士どもをまとめて、あの世に送ってやる。そちらでもう一度勇者様と魔王様ゴッコでもするが良い!フッハハハハハハ!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

カール城、昼食を取っていたアバン、フローラ、マァムの元に知らせが入った。

「申し上げます」

「なにかね?」

「パプニカ女王レオナ様、同じく女王補佐官マリン様、ソアラ・カンパニー代表ポップ殿、以上お三方、カール城にご到着しました」

「うむ、丁重にお通ししなさい」

「ハッ」

カール城の長い廊下、兵士の案内の元、レオナ、ポップ、マリンは会食場へと歩いた。久しぶりの恩師と友との再会だと云うのに三人に笑顔はない。

メイドたちがレオナたちをテーブルに着かせるとアバンは人払いをした。真剣な面持ちの三人、アバン、フローラ、マァムが彼らの用向きが重大であることを察知するのに時間は要さなかった。

 

「パプニカに何かあったの?レオナ」

と、マァム。ポップが答えた。

「ヴェルザーの攻撃を受けた」

「なんですって!?」

「補佐官マリンにより、順序良く説明させます。マリン」

「はっ、まずソアラからパプニカに交易で向かっていた船が黒い鎧を纏った男に襲われ…」

マリンの報告はアバン、フローラ、マァムにとって驚愕的なことだった。ヴェルザーに関することでアバンの耳に入っていたのは、マァムの舞台を襲った赤い鎧のみだったのである。ここ数年、騒乱らしきものは世界には勃発していないのに、マァムの舞台襲撃を皮切りに立続けに発生していた。

何よりヒュンケルに関する報告にマァムは衝撃を隠せなかった。ヴェルザーに拉致されてしまった。

何を目的としてかは分からない。戦えないヒュンケルをさらって何に利用するのか分からない。だがとてつもなく嫌な予感がマァムを襲う。

「以上が、パプニカで起きたヴェルザーに関する全てでございます」

「なんてことだ…。私は少し事態を甘く見ていたようだ。まだまだ軍備を固める必要がありますね…」

 

「ポップ、貴方は今までのヴェルザーの動きをどう見ますか?」

フローラが訊ねた。

「我々を戦場に引きずり出すことではないでしょうか」

「戦場に?」

「そうです。私がヴェルザーならば真っ先にバーンを倒した者たちを狙います。自分の存在を知らせることにより、我々を一箇所に集め、そして駆逐する。バーンを倒した者たちを討ってしまえば残る人間たちの希望はなくなり、戦意も消失。生殺与奪も思いのままでございましょう」

「しかし、ポップ。赤い鎧は私を殺せたのに殺さなかったわ」

「黒騎士も俺を殺せたのに殺さなかった。どうしてかは分からないがやつらはヴェルザーの存在を伝えに来ただけで、その時点で殺すつもりはなかったと考えるしかない。何にせよ、俺たちは見逃してもらった。そう思うべきだろう」

会食場に沈黙が走る。ポップの言った『見逃してもらった…そう思うべきだろう』が重く響いた。そしてようやくアバンが口を開いた。

「フローラ」

「はい」

「サミットをやろう。対ヴェルザーに備えて」

「先生…」

「姫、これはかつて君が対バーンに備えて考え付いたことだが、今回もまた、それに匹敵する世界の脅威。一部の人間が備えているだけじゃどうにもならない。各国王協力の元に備え、ヴェルザーに立ち向かう。これしかない。そしてポップ」

「はい」

「カンパニーの船を有事の際に」

「承知いたしました」

ポップは師アバンに最後まで言わせなかった。

「大魔道士ポップは無論のこと、我らソアラ・カンパニーも対ヴェルザーに全面協力するつもりです。早速軍船に様式を変えるよう指示いたします」

「ん、助かります。それに伴う資金はカールからも出させてもらいます」

 

「では陛下、私は早速各国王の招集に動きます」

フローラが席を立った。

「あとポップ、ご足労だが一つ使いを頼みたいのです」

「何でしょう?」

「ロン・ベルク殿をここにお連れしてほしいのです」

「分かりました。では…」

ポップも席を立った。

 

「姫…」

「はい」

「辛かったでしょう…。ヒュンケルに死罪を言い渡すのは…」

「先生…!」

慈しみにあふれるアバンの言葉に、こらえていた感情が一斉に出てしまった。

「今回のサミットにおいて…各国王から認めてもらいましょう。彼本人の襲撃ではないことを。そしてそれを世界中に発布するのです。冤罪と証明されたものの一度植えてしまった疑惑の念を払拭するのは困難でしょう。しかし、そうしなければ彼はヴェルザーの元から帰ってきたとしても地上に居場所はない。私や姫だけの伝達では身びいきと受け取られ効果が薄い。ベンガーナ王やオーザム王の承認がなければね…」

「先生…私…処刑場に乱入者が襲来した時は正直ホッとしたのです…。ヒュンケルの首にロープが巻かれた瞬間…私一生その光景を忘れないと思うのです。そして想像してしまう…。執行された場合の光景を…。縊首により死んだヒュンケルの顔を…頭から離れなくて…う…うう…」

「マァム、姫をあなたの隣の部屋に連れて行って下さい。マリンさんも少なからずお疲れの様子、その部屋で休まれるが良いでしょう」

辛い光景が脳裏に浮かび、苦しむレオナを支えるようにマァムとマリンは彼女を立ち上がらせた。

マリンとポップが思っていた以上にレオナはヒュンケルに死罪を言い渡し、執行寸前にまで至ったことを自分の負い目とし彼女自身の深い心の傷としていた。

「ありがとうございます陛下…。お言葉に甘え休ませていただきます」

マリンとマァムがレオナを連れて席を立った。三人の後ろ姿をしばらく見つめるアバン。そして窓まで歩き、城下の光景を見る。

「もう一度…私は勇者にならなければならないようですよ…。ダイくん」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ヴェルザーだと!」

ポップはロン・ベルクの私宅に到着し、事の詳細を話した。そしてその内容は冷静なロンを愕然とさせた。そのロンと同居し鍛冶技術を叩き込まれているノヴァもまたポップの知らせを愕然として聞いた。

「知らなかった…。そんなことがパプニカに起きていたなんて…で、レオナ様は?」

「やはり自ら出したヒュンケルへの死刑宣告に苦しんでいる。一生苦しむ覚悟で出した決断だろうが、まだ姫さんは若い。容易に気持ちの転換など無理だろう。俺のベホマも心のダメージには無力だからな」

「なんてこった…。ああ…レオナ様…」

「なんだお前?姫さんに惚れているのか?」

「…悪いか?」

「いや別に悪くはないけどよ。ところでノヴァ」

「なんだよ」

「あんたら師弟は何か?客に茶も出さんのか?」

「そこの樽に水が入っているから好きなだけ飲め!」

「水かよ…」

ブツブツ言いながらポップは樽の中の水を飲む。

(ふう、美味い。久しぶりのランカークスの水だな)

 

そんな会話を他所にロンは考え込んでいた。

「やつが…ヴェルザーが…」

「先生、我々もカールに行きましょう。アバン様は先生がヴェルザーのことを知っているのではないかと思い、その話を伺いたいのだと思います」

「そうだろうな…」

自分の両腕をふと見つめるロン。まだ剣を使える状態ではない。カール北部山脈での戦いの時、超魔生物となったザボエラに叩き込んだ星皇十字剣により、まだ回復まで長き年月を要するのである。

(クッ…こんな時に)

「先生!我々もカールに」

「ああ…」

 

ポップはロン、ノヴァを伴い、ルーラですぐに戻ってきた。そして国王の間へと二人を連れて歩いている時だった。女の悲鳴が城に響いた。ノヴァが

「あれはフローラ様の声だぞポップ!」

「敵襲か?とにかく急ごう!」

 

悲鳴を聞いて、アバンやマァム、マリン、そしてレオナ。ポップとノヴァもフローラの部屋に入っていった。

「どうしたフローラ!」

「あなた、ハドラーの時と同様に私の鏡に呪法の文字が…!」

「ヴェルザーからか…」

アバンは解読しはじめた。

 

『我が名は冥竜王ヴェルザー…そなたたちが戦うことになる魔界の竜神である…』

だが文面が進むにつれ、アバンは解読して他に聞かせることを忘れ、愕然として文面に見入った。

「あなた…ヴェルザーは何と?」

信じられない、そんな顔をしてフローラを見つめるアバン。

「ど、どうしたの?」

「…ヒュンケルと…ヒムがヴェルザーに寝返った…」

「「……!」」

マァムは膝から崩れ落ちた。他の者も耳を疑うようなことであった。

「そ…そんな…ヒュンケルが…」

「私のせいだ…」

「女王?」

「私が無実の彼に死罪などを言い渡したから…!」

 

「それは違うなパプニカ女王」

遅れてフローラの部屋に入ってきた男が言った。

「ロン・ベルク殿…来て下されたか」

「カール国王に来いと言われれば拒否も出来まい」

ロンは鏡の前に立った。

「ヒュンケルはヴェルザーに寝返ったのではないだろう…。確かに文面はそう書かれているがな」

「え…」

 

「ヒュンケルはヴェルザーになったのだ…」

 

その場にいた者はロンの言っている意味が分からなかった。

「やつのやりそうなことだ」

「先生…言っている意味が分からないのですが…」

「ノヴァ、戦うことが出来なくなった戦士を連れ去る理由…これはどうしてだと思う」

「…ヴェルザーにとってヒュンケルの身柄を押さえることにメリットがあるからでしょう。下手に人質のように彼の命をさらされ、何かの交換条件を出されればこちらも飲まざるをえないでしょうから」

「違うな。それならフローラ王妃や女王レオナを誘拐した方が効果はある。それにヒュンケルなら虜囚の辱めを受け、人質となり仲間の枷となるなら死を選ぶ可能性もある。考えられることは一つ。人質としても戦士としても使える道だ」

「そんな方法…」

 

ロンはポップを見た。

「ポップ、かつてミストバーンは自分の体としてヒュンケルを選んだな…」

「…え?ああそうだが…て、まさか!」

「そうだ」

「ヒュンケルの体は戦える状態じゃない、あいつらそれを知らないのか!?」

「ヴェルザーの力があれば、乗っ取ったと同時にヒュンケルの体を再び鋼鉄の肉体にすることも可能だ。そして…」

マァムを指すロン。

「かつて、そのお嬢ちゃんからミストバーンを引きずり出した虚空閃とやらも効かん。精神体の状態でもやつは桁違いの防御力を持っているからだ…」

「それじゃ何か?ヴェルザーを倒すにはヒュンケルを殺せと言うのか!?」

ポップの問いに頷くロン

「そうなる。しかもその戦いに勝ったとしてもヒュンケルは死に、直後にヴェルザー本体との戦いが待っている。とても勝負にならん」

 

レオナがロンに詰め寄った。

「なら、ヒムはどうして?」

「わからん。だがヒュンケルを処刑から助け出した理由は分かる。やつにとっちゃヒュンケルは宿敵であり、友であり命の恩人…。ヒュンケルが処刑されると知れば必ず助けるだろう。まして無実ならなおのことだ」

最後の『無実ならなおのこと』の言葉がレオナの胸に突き刺さる。マリンが怒鳴る。

「ロン・ベルク殿!そんな言い方はないでしょう!」

「分かっている。ここにいるすべての者は女王がどんな気持ちでヒュンケルに死刑を言い渡したか知っている。ヒュンケルも怨んではおるまい。だがヒュンケルが殺されると知れば、ヒムは必ず阻止する。今回のヒュンケルの拉致。それは自軍に兵士ヒムも引き入れる一石二鳥の策と見るべきだろう」

 

「ロン・ベルク殿、ヴェルザーとなったヒュンケルの強さ…どう判断しますか?」

眼鏡の位置を直しつつ、アバンは訊ねた。

「何とも言えんな。竜の騎士バランに遅れを取ったとはいえ、ヴェルザーの力はほぼバーンに拮抗する。人の姿になったとはいえ、それが減少しているとは思えん」

「そうですか…」

言語に絶する戦いが始まることをそれぞれが理解していた。そして何よりヴェルザーとなったヒュンケルを倒さなければならないと言う、つらい戦いが待っていることを。

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