『我が名は冥竜王ヴェルザー、貴公たちが戦うことになる魔界の竜王である。開戦にあたり、そちら側の総帥となりうるアバン殿に対してご挨拶と思い、鏡を通して戦書をお送りした次第。我々は地上を欲し、ハドラーとバーン同様に近い将来そちらに攻め込む予定である。戦いを挑んでくるのも逃げるもよし。なお開戦前の抜け駆けで恐縮だが戦士ヒュンケルと兵士ヒムはこちらの陣営に招かせていただいた。厚遇を約束するので心配ご無用。それでは後に戦場で合間見えんことを』
「以上だ」
鏡のメッセージをロンは書きとめ、それを改めて一同を揃えた会議の前で読み聞かせた。ポップは乱暴にテーブルを叩いた。
「何が逃げるもよしだ!逃がす気なんぞねえくせに!」
「ロン・ベルク殿」
「何かな王妃」
「貴方はヴェルザーのことを知っているようですが、差し支えなくば彼と何があったのか聞かせていただけませんか」
アバン、フローラとテーブルを囲む者、全員がロンを見た。酒ビンの栓を取り、一気に飲むロン。そして語りだした。
「真竜の戦いって知っているか?」
「真竜の戦い?いえ知りませんが」
「魔界にはヴェルザーの他にもう一つ、巨大な竜の勢力があった。雷竜ボリクスと言い、俺の父はそのボリクスに仕える将軍だった。ヴェルザーは謀略をもって、父とボリクスの間が上手く行かないようにした。人間の兵法でもある『離間の計』だ。わざと修正や塗りつぶしの多い書簡を父に届けた。ボリクスはそのヴェルザーからの書簡を見せるように言うと、言ったとおり修正と塗りつぶしのあと。ボリクスは都合の悪いことを父が塗りつぶしたと思い疑った。結果、君臣の間はすぐに崩れ父は謀反と敵への内通の罪でボリクスに殺され、それを待っていたかのようにヴェルザーは大挙して攻めて来た」
「きったねえやつだ」
吐き捨てるようにポップが言った。
「いや俺はそう思わん」
「え?」
「謀り謀られるのが戦というものだ。敵の大将とその右腕の『離』を謀るのは当然だ。ボリクスは武勇こそ魔界屈指の強さであったが将として狭量だった。それだけのこと。しかしそう思えるようになったのは俺も長じてのことだ。当時まだ俺は若く、お前の言うとおりヴェルザーの姦計に激怒したものだ」
「お父さんが亡くなったあとはどうしたの?」
マァムが訊ねる。
「黙って戦況を見ていた。父の配下の将や兵も皆殺しにしてしまったボリクスはヴェルザーが絶妙なタイミングで攻めてきたのを知ると、初めてヴェルザーに踊らされたことを知り、激怒してヴェルザーに対したが副将の父が謀殺されたあとでは軍に士気はなく、将や兵士は残らずヴェルザー軍に討ち取られたが、ボリクスも剛勇をもって知られた雷竜、単身でヴェルザー軍の将と兵士のほとんどを討ち取った。やがてヴェルザーとボリクスの一騎打ちとなり、周囲には誰も立ち入れないほどの超高熱な空間が形成されるほどの戦いとなったが、結局ボリクスが敗れてヴェルザーはその戦い以後に冥竜王と名乗るようになった」
どんなことをしてでも勝つことを選ぶヴェルザーの強かさに全員息を呑んだ。卑怯を卑怯と思わず、部下の命さえ捨石にするヴェルザー。ハドラーとバーンに劣らぬ、残酷かつ奸智に長けた魔王である。
「そして戦争も終わり、ヴェルザーも軍勢をまとめ戦場を去る時、俺は父の仇としてヴェルザーを狙った。父の形見の双剣を構えて突進していった。ボリクスと戦い疲労している今がチャンスと思ったからだ。だがヴェルザー配下のダースドラゴンに阻まれてしまった。この機を逃せば永遠にヴェルザーを討ち取ることはできない。だから俺は当時、己が最大奥義の『十字剣』をダースドラゴンに放った。それによりダースドラゴンは倒すことが出来たが父の形見の双剣と俺の両腕は崩壊した。この技を使えばこうなる、ということも分からなかった未熟者だった」
そして後年、ザボエラの超魔ゾンビを倒した時に再び崩壊してしまった両腕をロンは撫でる。
「それから長い歳月を経て両腕の完治した俺は強固な自分の武器『星皇剣』を造るために鍛冶の技術を磨いた。だが肝心のヴェルザーは、ボリクスとの戦いで漁夫の利を狙っていたバーンの謀略に踊らされ、ドラゴンの騎士バランと激突することとなり、そして倒され、精霊たちにより石像にされてしまった。間の抜けた話だと思ったが同時に俺はバランに嫉妬した。やつの持つ真魔剛竜剣に…」
「だからあの時、ダイがヒュンケルの魔剣で真魔剛竜剣を折ったと聞き、あれほどに喜んだのか」
ポップの言葉にロンは苦笑いを浮かべた。
「まあそうだな。あんなに嬉しかったことはなかった」
残っていたウイスキーを飲み干した。まるでダイからその朗報を聞いた時の自分の歓喜ぶりに乾杯するかのように。
「ロン殿、ヴェルザーはどのような方法を取って地上を侵攻すると考えますか?」
と、アバン。
「バーンの時と違い、六大団長やハドラー親衛騎団との前哨戦のようなものはほとんどあるまい。言ってみれば六大団長や親衛騎団との戦いによって、ダイはドラゴンの騎士の力に覚醒し、ポップはメドローアを習得、マァムは武神流を体得するになりえた。バーンは自分で相手の力をレベルアップさせてしまったんだ。絶対に勝てるとお前たちを甘く見ていたからだ。だがヴェルザーはそのバーンの失敗を見ている。絶対に油断はない。俺がヴェルザーならば、本拠地を地上に構え、すぐに無差別攻撃を開始し、お前たちに刺客を送る。総力戦がのっけから始まると思っていいだろう」
総力戦、バーンとの戦いでなぞるなら、カール北部山脈のクロコダインとヒュンケル処刑執行から端を発した戦いであろう。まさに死闘と言っていいあの戦い。それが再び始まる。当時は全員が心の支えにして頼りにしてきたダイやヒュンケルも今はいない。バランのような強力な助っ人もいない。しかもそれから数年が経過している。レベルダウンはあってもレベルアップはしていない。
明日の朝からフローラが各国に行き、サミットの開催とその趣旨を伝えに行く。ポップがルーラで連れて行くのと同時にボディーガードとしてフローラに随伴していくことになった。
少しの話し合いで決まったことは、そのサミットにおいて『世界連合軍』を結成することを各国王に可決してもらい、同時に軍事同盟を結ぶことのみである。まずは世界がヴェルザーと云う敵にて対して一つにならなければ話にならない。
そしてマァムが翌日デルムリン島に出向くことになった。誰もが獣王クロコダインとチウの参陣要請かと思った。だがアバンの意図は違った。
「クロコダインとチウにヴェルザーが現れたことを伝えるだけ…ですか?」
「そうです」
マァムの質問にアバンは答えた。
「ヴェルザーが地上に降り立った時、ハドラーが復活した時と同様にデルムリン島のモンスターたちは再び邪悪に支配されるでしょう。しかしモンスターは自分より強い者に臣従する本能があります。獣王殿の咆哮と、チウくんの『獣王の笛』があれば島のモンスターを御しえるはず。それのみをマァム、君に彼らに依頼してきてほしいのです。ヴェルザーが島のモンスターを尖兵として接収せぬうちに」
「それはそうかもしれませんが、今回の戦いに彼らの参陣を請うてはいかがでしょうか?」
アバンは首を振った。
「そんなことを頼める義理ではありません」
「は?」
「マァム、彼らはバーン討伐後、何の不満も述べずにデルムリン島に行きましたね。反面、我らは地上の大陸で平和を謳歌してきました。デルムリン島はモンスターの楽園と勝手に位置づけて共存の道を選ばなかったのです。バーンが地上を狙ったのも太古の神に不毛の地と呼ばれる魔界に魔族が押しやられたゆえです。私が魔界の王でも地上の肥沃な大地と青い海、そして太陽を欲して攻め込むでしょう。我ら人類は自分たちのみの繁栄と平和のために、モンスターとの共存の道から目を背けた。言わば我らは太古の神の不公平な処置をそのまま実行したのです。『強大な敵が出てきたから、島から出てきて私たちに加勢してくれ』とはいささか虫が良すぎるでしょう」
「お言葉ですが先生、それは考えすぎかと思います。クロコダインとチウは仲間です。種族の垣根を越えても我らに危機が迫っているのであれば加勢に来るかと…」
「だからこそ頼めないのです。獣王殿もチウくんも、今では同種族の女性とかの地で幸せに暮らしていると聞きます。その平和な彼らの暮らしを、どうして我らが取り上げられますか」
「先生…」
「カール国王はモンスターと人間の共存が実現可能と?」
「きれいごとですか、ロン殿?いつか獣王殿やチウくんとダイくん達が分かり合えたように、人間とモンスターが分かり合える日がくると願うことは…」
「残念だが…お前たち、いや俺の生きている間にも無理だろう。ハドラーとバーンと立て続けに人類は魔族とモンスターに苦しめられたからな。しかも今度はヴェルザーときている」
「…確かに。ですが、共存の道からずっと目を背ければ第二第三のバーンとヴェルザーが出てくることでしょう。長い目で見れば共存こそが人類の恒久平和への道であると私は思います」
アバン自身、ヒュンケルの養父バルトスと理解し合えた経験を持つ。そして前大戦では宿敵ハドラーとさえ、さながら戦友のように分かり合えた。
「ですが陛下」
フローラが厳しい顔で夫を見た。
「なにかね?」
「その理想はひとまずヴェルザーとの戦いではお忘れ下さい。士気に関わります」
「そうですね。ありがとう、フローラ」
「いえ、私も出すぎたことを申しました」
(ごめんね、アバン…)
こうして明日からアバンを中心にサミットの準備に入ることとなった。ヴェルザーに対し、明るい材料が何一つ見出せないまま、この夜はふけていった。
その夜、ちょうど日付が変わった頃だった。マァムは眠れない夜を過ごしていた。ヴェルザーがヒュンケルの体を乗っ取っていると云う事実は衝撃だった。いざとなったらヒュンケルの体に閃華烈光拳を叩き込まなくてはならないのだろうか、そう思うと眠れなかった。
確か厨房にお酒があった。今日だけそれをちょっと拝借して眠ろうと思い厨房に向かった。マァムの居室から厨房までの間、海に面してのテラスがある。そこに人影があった。
「ポップ…」
「マァム…どうした?」
「いえ…眠れなくて…」
ポップの手には酒ビンがあった。
「俺もだよ…。どうだ、付き合わないか?」
酒ビンを見せて笑った。ちゃっかり厨房から三本も持ち出していた。
「いいわよ。私もちょっと飲みたかったし…」
酒瓶を渡され、栓を指で弾く。ラッパ飲みのマァムだった。
「ぷはっ、こいつは効くわね~」
「そういえば再会の乾杯していなかったな。やるか」
「ええ、再会を祝して」
二つの酒瓶が重なりカチャンと鳴った。
「あと…すまなかったな…」
「何が?」
「おまえがレイラさん演じると云う舞台に行かなくて…」
「ああ、そのこと」
「商用で行けない、なんてもっともらしいこと言ったけど実は…」
「分かっている。今さらハドラーを悪の権化として演じられる芝居が見たくなかったのでしょう?」
「ああ…。ハドラーは出会った時こそ嫌なやつだったけど、最終決戦当時は尊敬に値する武人だった。今でも俺はハドラーを尊敬している」
「私もよ。彼の死に様は一生忘れない」
「でも行かなくても、お祝いのフラワースタンドは大奮発したんだぜ!マァムの好きな花をこれでもかーって言うくらいによ!一番の大きさだっただろ?」
「ううん、それ以上のフラワースタンドがあったわよ」
「なに?誰だ。そんな見栄っ張りは」
「ヒュンケル…」
マァムは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「え…?」
「ヒュンケルも舞台には来てくれなかったの。劇中には幼年期の彼が登場してお父さんとの悲しい別れのシーンがあるから、それを見たくなかったんだと思う。でも彼も大きくて美しいフラワースタンド贈ってくれたわ。私の好きな花を彼が知っていたことに驚いたけれど」
嬉しそうに話すうちに、ヒュンケル=ヴェルザーと云うロンの言葉が頭をかすめ、思わず涙ぐんでしまう。
「そうか…。ヒュンケルがマァムにフラワースタンドをなぁ。エイミさんと結婚して女の子に対して丸くなったのかな。あはは」
「ポップ、私たちヒュンケルと戦わなきゃならないの?」
「ヒュンケルじゃない、ヴェルザーだろう」
「そうだけど体はヒュンケルじゃない」
「その時その時で最良と思える方法を取るしかない。もっとも、最良の方法が最高の結果をもたらすとは限らないけどな」
もう一つの酒ビンをポップは開けた。そしてふと、マァムを見て思った。
(こいつ…色っぽくなったよなあ…。ファンが多いのもわかるよ…)
「どうしたの?」
「ん?何でもない、何でもないよう~」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒムは自分を包む機械音に気づいた。
「ん…」
「お目覚め?」
「な、なんだここは!」
ヒムがいた場所、それは水の張った円筒上のカプセルの中だった。手足は鉄鎖で縛られ、首から下は生暖かい水が張ってあった。周りは地上では見た事のない精密な機械がズラリと並んでいた。
「おとなしくしているのね、治療しているのだから」
「治療…。そうか、俺はあの赤い鎧の男にやられて…」
「彼の名はレッド。私の副官にて最強の剣士よ。貴方ごときが勝てる男ではないわ」
「なんだと!あいつは卑怯にも後ろから…!」
怒りのあまり、手足を縛る鉄鎖を引きちぎろうとした瞬間、ヒムの全身に激痛が走った。
「言い忘れていたけど、その液体は金属培養水。しかしその鉄鎖を引きちぎろうとすると竜酸と云う強力な酸に性質を変えるようにしてあるの。たとえオリハルコンと言えど溶けるわよ。痛い目見たくなかったら抵抗を止めなさい。言ったでしょう治療していると」
「く…」
ヒムは鉄鎖を引きちぎるのをやめた。ヒュンケルの安否も分からないのに死ぬわけにはいかないからだ。
「…なぜこんな大掛かりな治療を?俺は金属生命体、ホイミで回復するぞ」
「貴方は我が君の配下に選ばれた者。だからついでにボディーの強化をしているのよ」
思わずまた鉄鎖を引きちぎりそうになった。
「配下だと!俺の主君はハドラー様だけだ。俺を強化するならそれもいい。だがその力でお前を殺すかもしれんぞ」
ヒムの脅しを軽く流す女。
「かの有名なハドラー親衛騎団は女に、しかも自分を治療したものにも平気で手をあげるものなの?」
「ク…」
「分かったらおとなしくしていなさい。すぐに終わるから」
少しの静寂の後、ヒムが重そうに口を開いた。ヒムはどことなく目の前の女にかつての同志、女王アルビナスの面影を感じていた。
「俺はヒム…アンタは?」
「私はヴェルザー様に仕えし魔科学者アグリッサ。アグリッサでいいわよ」
さきほどヴェルザーに黒いドラゴンローブを着付けた女である。背中まで伸びた鮮やかな青髪、魔族らしからぬ長い白衣を着て、眼光は美しさと恐ろしさを同居させた瞳であった。人間でいうのならば二十歳くらいの女性に見えるが実際は数えるのも面倒な年月を生きている魔女である。
「ではアグリッサ…」
「何かしら?」
「なぜ俺を治療する…。いやそれ以前にどうして俺を魔界に」
「我が君の命令…これだけよ。それにしても貴方、あのサリーヌやサイヴァを少しも怪しいと思わなかったの?」
「思ったさ…。しかしヒュンケルが無実の罪でレオナに処刑されると知った時、頭に血が上り…情けない話だが冷静さを失った…。あいつは俺の戦友なんだ」
話は過去へと。ヒムはこの日デルムリン島でのんびり釣りに興じていた。全然釣果がなく顔をふくらませ、そろそろ竿をしまいかけた頃だった。歴戦の戦士ヒムに感づかれることなく、彼の背後に二人の魔族が立った。
「兵士ヒムさんですね…」
「…!」
ヒムは拳をかまえた。
「警戒の必要はありません。私はサリーヌと言う者です」
「私はサイヴァと言います」
「なんの用だ…」
ヒムはまだ構えを解かない。ただ者ではないことを読取っていたからだ。
「ヒュンケル様がパプニカを攻めました」
「なに?」
「ですがそいつは真っ赤な偽者。しかし怒った女王レオナはモシャスを唱えた偽者の仕業と知りつつも本物のヒュンケル様を捕らえ、処刑しようとしているのです」
「な、なんだとお!偽者って誰だ!」
「旧大魔王軍の残党です。ヒュンケル様に復讐しようとして手の込んだ芝居をしてまでパプニカに攻めたのです」
「いつだ!いつ処刑されるってんだ!」
ヒムの反応にサリーヌはほくそ笑んだ。
「今日です、もう間もなく執行されます」
「なんだと!」
「私たちも残党たちにパプニカ急襲の誘いを受けたのですが、元々バーンに忠誠心も持っていない下っ端だったので断ったのです。それどころか私たちはヒュンケル様に対して感謝しているのです。私たちは普段は人間に化けて、この地上で平和に暮らしているのですけど貧しい農村でその日の食にも事欠く有様。ですがあの方が我らの村に来て下さり、正しい農法を教えてくれて、村はたちまちに豊作の村。たとえ前大戦では敵同士であったとはいえ私たちはヒュンケル様に大きな恩義を感じています」
純真な乙女のようにヒムに訴えるサリーヌ。たとえ女性を必要としないヒムでも信じてしまうだろう。
「それで?」
「私たちは無実の罪で処刑されようとしているヒュンケル様を助けたいのです。しかし私たちはレベルの低い魔道士系モンスター、使える魔法もルーラとメラ程度。とても我々だけではヒュンケル様をお助けできません。ヒムさんのご協力を請いたいのです」
「いいだろう」
心の中でサリーヌはニヤリと笑った。たとえ女を必要としないやつだって私にかかればこんなもの…そう笑っていた。
「あまり時間がありません。すぐに発ちますがよろしいですか?」
「かまわない」
「それでは…ルーラ!」
そして空を隼のように飛び、ヒムはデルムリン島からパプニカ城の城門前まで一気に飛んできた。飛んでいく先に見た光景、それはヒュンケルの首にロープが巻いてあり、今にも処刑が執行される瞬間だった。ヒムの全身に怒りが走った。
刑場からヒュンケルを奪取した直後、サイヴァがルーラを使った。行き先は魔界、ヒムとてハドラーに作られた魔族の一種であるが、実際に来るのは初めてのことだった。そして目の前には巨大な城があった。城壁も屋根もすべて黒く輝く、優美かつ壮大な城であった。
「おい、なんだここは!」
「魔界だ」
そう答えながらサイヴァはヒムからヒュンケルを取り上げて肩に担いだ。
「なにをする!」
サイヴァに殴りかかろうとしたその時だった。背後からヒムの首元に大刀が突きつけられた。すさまじい剣圧にヒムは背中に寒気を感じた。そして徐々に振り向く。ヒムの後ろにはマァムの舞台を襲った赤い鎧の男が立っていた。赤い鎧は顎を軽く動かし、サイヴァにこの場から立去る様に促す。
「頼んだぞ。レッド」
サイヴァはヒムを無視して城に歩き出した。
「…謀ったな!」
サイヴァはヒムに首だけ振り向いて言った。
「光栄に思うがいい。貴様もヴェルザー様の戦士、冥竜将に選ばれたのだから。ハハハ」
城の入口へとサイヴァは歩き出す。
「待て貴様!ヒュンケルをどうするつもりだ!」
「取って食ったりしないよ…」
サリーヌも魔界へと帰ってきた。そしてヒムの前に立った。
「女…!貴様…俺をだましたな!」
「だまし、だまされるのが兵法と云うものよ。オリハルコンの小僧…」
「貴様!」
サリーヌに詰め寄ろうとした瞬間、レッドの大刀がヒムの背中を袈裟懸けに切った。
「グアアッ!」
(馬鹿な!オリハルコンの俺を斬れるなんて…!)
「…隙だらけだ。話にならんな…」
「クッ…」
そしてサリーヌの前に膝から崩れた。
「今、オリハルコンの俺がどうして斬れたのか、と思ったでしょう。簡単よ、彼の大刀もオリハルコンなんだから…」
サリーヌは膝を屈しているヒムの顎を掴み、自分の顔と無理やり向き合わせる。
「友達思いの熱血人形…。アンタほどだましやすいやつも珍しかったわね。でもまあ誰でも何かの使い道があるもの。これからは同じ旗の元で働く身、仲良くしましょ。ふふふ…」
天使と悪魔が同居する笑顔をヒムに向けるサリーヌ。そして城に向かい歩き出した。
「どこへ行く!ぐああッ!」
レッドの大刀がヒムの左足と腕を切り裂いた。
「少し寝ていろ…」
「ク…」
「レッド、あとは任せたわよ」
「……」
立去るサリーヌにレッドは小さく頷いた。魔界の大地に横たわるヒム。それをレッドは担ぎ城へと歩き出した。
(敵として戦い、認め合い、そして出来た友情か…。おそらくは貴様の体であるオリハルコンのように強い絆なのであろうな。そんな心を俺も昔は持っていた…)
ちなみに言いますと、レッドとアグリッサは私のオリキャラではありません。ちゃんとダイの大冒険の原作に登場するキャラクターです。