ヒムはまだアグリッサの治療の中にいた。しかし彼にもだんだん分かってきた。自分の体に新たな力が宿っていくのを。今まで正拳でしか撃てなかったオーラナックルが両手両足でも撃てる気がした。
「もう一つ、教えてほしい」
「何かしら?」
「パプニカを攻めた偽者のヒュンケルの正体は…」
「サリーヌよ」
「やはりか…!クソッタレが!」
怒りで腸が煮えくり返るようだった。まんまと騙された自分にも腹が立ったが、後の祭りである。
(この治療が終わったら何とかヒュンケルを見つけ出して、この城を出よう…)
アグリッサの研究室の扉が開いた。
「ほう、目覚しいパワーアップだな」
「これは我が君…」
アグリッサが我が君と呼んだ者を見てヒムは絶句した。
「な…!」
ヒムの治療を行っているカプセルに歩み寄り、その男は言った。
「さすがはバーンに『余と戦う資格がある者』と言わせただけはある。俺の見込んだ通りだ。気に入ったぞ」
「誰だ…貴様…」
黒髪、血のような赤い瞳と残酷な笑み。ヒムはすぐに異形と気づいた。明らかに自分の知る、あの男とは違うからである。
「…ヒュンケルだが?」
「嘘をつくな!俺はミストバーンがマァムの体を乗っ取ったのをこの眼で見ている。誰だか知らんが、ヒュンケルの体を乗っ取ったな!」
「言葉を慎みなさい!」
アグリッサはヒムを包む液体の性質を変えた。ヒムの全身に激痛が走る。
「グアッッ!」
「よい、アグリッサ。生きの良い証拠だ。では名乗ろう」
ヒムはその男を睨みすえた。
(誰だコイツ…。とんでもないパワーを秘めてやがる…)
「我が名は冥竜王ヴェルザー」
「ヴェルザーだと…!」
「お前の言うとおり、ヒュンケルの体は俺の物となった」
「なんだと…!」
「俺に仕えよ、ヒム」
「ふざけるなあ!騙し討ち同然で魔界なんぞに連れてきやがったうえに俺の戦友にその仕打ち…!誰が貴様などに仕えるかあ!」
「よく考えてみるがいい。ヒュンケルを助けるのも助けないのもお前次第なのだからな」
「どう言う意味だ?」
「バーンがかりそめの老体より、本体である若い体の方が強かったのと同様に俺も本体の竜の姿になったほうが強い。ゆえにこの姿では万が一にも地上の戦士たちに一歩及ばずに倒されることもあるかもしれん。無論、その後に竜となって逆襲するがこの体の本来の持ち主であるヒュンケルは死ぬ。仲間に殺されてな」
「卑怯な!仮にも冥竜王と名乗る者が人質作戦を取るとは恥を知れ!」
「ハッハハハハ…」
ヴェルザーはヒムの言葉を笑った。
「卑怯か。誉め言葉だなそれは」
「なんだと…」
「もう一度言おう。このかりそめの体を、ヒュンケルの体を守りたくば俺に仕えよ」
ヒムはヴェルザーとなったヒュンケルの目を静かに見つめた。自分の体を乗っ取ろうとしたミストバーンを体の中の闘気で倒したヒュンケルである。だからまだ体のどこかにヒュンケルの魂が残り、自分に何かを訴えるのではないかと信じて。いや、そう思いたくて睨むようにウェルザーの眼を見た。
しかし、ヒムが望むようなことはヴェルザーの眼には映らなかった。恐ろしいまでの赤々とした眼があるだけであった。
「選択の余地など、ハナッから無いんじゃねえか…!」
いつかヒュンケルに言った『お前の倒すはずだった敵は俺が倒してやる』と言う自分自身の言葉。それがヒムの耳に響く。男に二言はない。この気持ちはバーンを倒してから数年経っても変わらない。ヒュンケルが倒すはずの敵であろう冥竜王ヴェルザー。しかし、そのヴェルザーはヒュンケル自身でもある。
バーンパレスから落下しそうになった自分を助けるためにマキシマムの攻撃を受け続け、死をも覚悟したヒュンケル。そんなヒュンケルを見捨てることはヒムには出来なかった。
「わかった、部下になろう。だが俺も言っておく。その体に掠り傷一つつけてみろ。許さねえからな」
「ふっふふふ、結構、我が軍の切り込み隊長として地上の戦士たちと戦うのだ!」
ヴェルザーの言葉と同時にカプセル内の水が引いた。治療とヒムの強化が終わったのだ。彼の左胸に記されていた『獣王遊撃隊』の番号である12が消えてしまっている。
ヒムは自分の左胸を見て、そして心の中で泣いた。自分自身が『好きになっちまった』と言った連中と戦わなければならなくなったことを悲しみ心の中で慟哭をあげた。
「ハドラー様、お許しを…!俺にはヒュンケルを見捨てることは出来ません…!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ポップはソアラにいる妻メルルに手紙を書いた。手紙というより指示書に近い。『カンパニーの船をすべて軍用船とせよ』という内容で、カール王国の紋章が入った書状に記してあった。ポップのサインは無論、アバン、フローラ、レオナのサインも付記されていて、後の世に貴重な歴史的遺産にもなる書状である。
そしてカール王国城のポスト台に待機している伝書鳩の足に書簡を取り付けて飛ばした。同時にカールからソアラに向けて船も出された。軍用船改修に伴うカールとパプニカからの資金が積まれている船である。カール騎士団一個師団の護衛つきで出港した。
ポスト台をあとにしようとすると、指示書を出した妻メルルの方からもポップに手紙が届いた。
「なんとまあ、ずいぶん早い返事で…んなワケねえか」
伝書鳩を使っていたので急ぎの知らせのようだ。ポップもあと数刻後にはフローラとマァムを連れてルーラの旅である。急ぎ手紙の封を開けた。
「なんだろう…」
『あなた、本日リンガイアに滞在中のバダックさんから手紙が来ました。ロモスにいるエイミさんがヒュンケルさんの件で不当な仕打ちを受けているそうです。フォブスターさんを彼女の迎えに行ってもらい、エイミさんに安全な暮らしを提供するため、私たちの家で食客として礼遇したいと思いますが許していただけますか?』
「律儀だな…。こんなこといちいち断らなくてもいいのに」
ポップはその場でメルルにOKの返事を書いて、伝書鳩の足に巻いた。
「ロモスとパプニカにもエイミさんは帰れない…。ソアラが一番いいか。さすがはバダックさんだ。いい選択するぜ」
ポップはポスト台で返事を待つ伝書鳩のお尻をポンと叩いた。鳩はソアラに向けて飛び立った。
「あとでマリンさんには言っておくか…。さて、そろそろルーラの旅の時刻かな」
約束の刻限になった。ポップはフローラとマァムの待つ城内へと走っていった。
ポップの返信を受け、すぐにメルルはバダックにエイミを食客として礼遇する旨の返書を出し、数日後にエイミはメルルの待つソアラに到着した。
エイミはレオナが自分の夫を処刑しようとしたと知ってからレオナを憎んだ。諸悪の根源はヴェルザーと云うのは彼女も分かり出した。
しかし、そんな途方もない巨悪よりも、より近くで夫を殺そうとしたレオナを憎んだ。そうしなければ彼女は心の均衡を保つことが出来なかったのだ。また処刑前に自分へ何の連絡も寄こさなかったことにも腹を立てていた。自分が何も知らない間に愛する夫が殺されていたのかもしれないのである。
だがそんな怒りや憎しみの表情は面に出さなかった。自分が話したことで怨みに思う人が出来てしまったと気に病むであろうメルルに気を使ってのことだった。メルルやポップの母スティーヌ、父ジャンク、娘ダイアに対しては笑顔の優しい女でいた。心の中に憎悪の炎が燃えていても、今その対象である人物は目の前にはいないのだから。
やがてエイミはカンパニーの業務を手伝いだした。無論メルルは遠慮を申し出たが食客と言えば聞こえはいいが居候である。何もしないのは返って苦しい。
メルルの仕事はカンパニーの内務である。経理や給与、帳簿の作成である。仕事は間断なくやってくる。それらは、でろりんを始めとする幹部たちが円滑にこなした。
社長であるポップがいなくても運営できる。一人のリーダーの才能によって成り立つ組織は脆いものであるが、ソアラ・カンパニーは違った。
これが後年に師アバンには一歩譲るものの、人使いの名人と言われたポップが作った世界初の株式会社ソアラ・カンパニーの強みである。エイミはそのメルルの仕事を手伝い出したのだ。彼女もかつてはパプニカの軍務を担っていた。仕事の上達も早かった。
メルルにはカールにいるポップから指示書が届いていた。『ソアラ・カンパニーの船を軍事用に仕上げよ』と云うアバンとフローラのサインも添えられての手紙であった。その手紙の翌日にはカールとパプニカからゴールドが送られてきた。
メルルとエイミはカンパニーの造船用資金と両国から送られてきたゴールドを合わせ、カンパニーの船を軍船にする額を計上した。
「これでいいわ。全部の船をこれで軍事用に出来る」
算盤を弾き終えて、一息つくメルル。
「でもいいの?ヴェルザーが攻め込んでこなければ大損じゃない」
「いいんです。どのみち木造の帆船による交易はそろそろ限界の時代が来ました。遅かれ早かれ船は鉄製にする必要がありましたから。それに…ヴェルザーが攻め込んでこなければそれに越したことはありません。何も無いのが一番ですもの」
「確かにそうね」
「造船所の長が今こちらに向かっています。彼とのお話が終わったらひとまず私たちの仕事は終わりです。お茶にいたしましょう」
その造船所の長がカンパニーの社屋に来た。メルルの部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
「お召しと聞き、まいりました」
「忙しいところ、呼び出してすみません。所長も来たるヴェルザーとの戦いのため、全船を軍事用に改修することは聞いていると思います。今日はそれに伴う資金について所長とお話したいと思います。どうぞ座ってください」
「分かりました」
メルルの示すソファーに座りかけた青年、彼は水色の長髪の青年だった。エイミはその青年を見て、思わず息を飲んだ。
「バロン…!」
「エ…エイミ!?」
「彼を知っているのですか?エイミさん」
「知っているも何も…」
『彼は元パプニカの臣である』という言葉はあえて言わなかったエイミだった。
「……」
バロン、彼はダイの戦記の第二章に登場して歴史に名を残す人物である。まだ勇者ダイがドラゴンの騎士の力に覚醒する前、当時十四歳のパプニカ王女レオナは地の神の恩恵をこうむるためデルムリン島へとやってきた。これが勇者ダイとレオナの出会いでもあるわけだが、そのレオナに随伴してきた司教テムジンと賢者バロンはパプニカの実権を握るためレオナの殺害を謀った。
しかしドラゴンの紋章の力を初めて発動させたダイによってそれは阻止され、テムジンとバロンは捕らえられ、レオナは無事に洗礼の儀式を済ませた。
ダイの戦記は聖書に継ぐベストセラーでもあるので、この第二章に登場するバロンは、自分の野心を阻止した相手がダイであるがゆえに、不幸にも前半生においては裏切り者、暗殺者、邪賢者として汚名を残すことになった。
バロンの過去のことをメルルは知らないようだとエイミは悟り、その場ではバロンのことを詳しく語らず、メルルと共に計算した算盤の内容をバロンと話しただけであった。
「分かりました。これだけの額を使わせていただけるのならば良い軍船ができるでしょう。敵は待ってくれませんから、急ぎはじめます」
バロンは船の改修計画書と資金明細書を持って、その場を後にした。やはりエイミは自国パプニカで大罪を犯したバロンがソアラにいることが気になってバロンを追いかけた。書類を眺めながらバロンは社屋の出口へと歩いている。そこでエイミは追いついた。
「バロン!」
「…やはり来たか…」
「どうしてあなたが…ソアラに…」
「まあ話せば長くなるのだけど…」
二人は社屋の屋上に上がった。
「知っての通り、俺は姫の殺害を謀って失敗して投獄された。裁判の判決は死罪。当たり前だな、一国の王女を自分の欲望のために殺そうとしたのだから。だが処刑執行の前日、パプニカは…コホン…魔王軍の不死騎団によって壊滅となった…」
「……」
パプニカに連行されたテムジンとバロンは王女殺害未遂の罪で死罪と判決された。パプニカ先王、つまりレオナの父の代においては国家反逆罪に裁判の適用は無かったからである。
テムジンもバロンも覚悟を決めたが、その処刑執行の前日にヒュンケル率いる不死騎団がパプニカに攻め入り、城も町もほぼ壊滅状態となった。
不死騎団の攻撃は城の地下にある牢獄にまで及び、囚人も大半犠牲になったが賢者として確かな力を持つバロンは辛うじて逃げ延びた。しかしテムジンはこの不死騎団の攻撃で亡くなったのである。野望に狂った司教の哀れな最期であった。
死刑囚の彼が、その後にパプニカが本拠地としたバルジ島にも行けるはずも無く、焼けたパプニカの城下町から必要なゴールドと食料を出来るだけ持ち、パプニカのあるホルキア大陸を出て、その後はギルドメイン大陸のベンガーナに流れ着いた。
「その後にパプニカから火事場泥棒してきたゴールドはすぐに底を尽いた。ベンガーナに仕官しようとしても断られた」
「なぜ?」
「パプニカ先王は国家反逆罪には本当に容赦なかった。死刑が確定した日の翌日には俺とテムジンの人相画を世界に発布したんだ。死しても世界中の人間が裏切り者と蔑むように。添え書きも『レオナ姫と未来の勇者ダイ少年、その養父ブラス老を殺害せんと企んだ者たち』とな」
「……」
「みじめだった…。どこにいっても顔を隠さなくてはならず…いっそまたパプニカに捕まり死罪を受けようと思った。だが幸か不幸か、勇者ダイがフレイザードからパプニカを奪還したのを祝い、恩赦が出た。死罪を望んでいたのにパプニカの王城で門前払いさ。どうせ恩赦が出たのならば、俺の罪を許すと記したパプニカの公文書を世界に発布してくれと頼んだが聞き入れられなかった。なんでも王女と三賢者がバーンとの戦いで忙しいからだったそうだ」
「サミット開催のために動いていた時ね…」
当時を振り返り、バロンは自虐的に笑う。
「やがてサミットにおいて死の大地の攻略をすることが決定された。俺は当時物乞いも同然だったが、その戦いで自分の汚名を払拭しようと思い、ダイを旗頭とするカール陣に赴き、参戦を申し出た。だが駄目だった。戦うことすら許されなかったんだ」
「……」
「バーンが倒され、世界には平和が到来した。しかし俺の境遇は変わらなかった。いつまで経っても許されない罪を呪い…宿無し金なしの暮らし…。そんな中、あの大魔道士ポップが商売で成功したのを聞いた。ねたましかった…。俺より年下の少年が英雄として崇められ、商人としても成功しているという。俺はポップの殺害を決めた。どうせ一生裏切り者ならば、それらしく生きてやると自棄になって…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ポップがソアラにカンパニーを設立し、ようやく商売も軌道に乗り始めたころだった。
ある日、港にあるカンパニーの小屋から自宅に戻る途中、人通りの少なくなったのを見計らい、ポップとメルルにバロンはいきなり襲い掛かった。
「きゃあ!」
「な、なんだ」
「死ね!」
バロンの両手に火球が上がる。
「メラミか!馬鹿なことをするな!この町を火の海にする気か!」
「…そんなつもりはない…貴様を殺せれば…!」
「俺を?馬鹿な、俺はお前に会ったこともないぞ!」
「だろうな、俺も初対面だ。だが貴様の名前、そのものが我慢ならん。貴様みたいな小僧が英雄と呼ばれ、商人として頭角を現し、順風満帆に世の中を渡っていることが許せん!」
「な、何を言っているんだ!?」
「分からなければ分からないでいい!わかるまい、戦うことさえ許されなかった男の気持ちなど!だが安心しろ。貴様の女房にゃ手は出さん」
本気だ。ポップは悟った。だがこの火球を避ければ、町の火災は免れない。移民の町としてまだ創造期だったソアラの家屋の大半は掘っ立て小屋のようなものばかりであった。メラ一発の火種でも軽視できない。マホカンタで跳ね返すことも危険である。相殺するしかない。
「やむをえない…メルル、下がっていろ」
「あなた!」
「焼け死ね!」
ポップはヒャドの魔法を両手の中で粒子状にして、そのまま火球に突っ込んでいった。
「ハハハッッ!馬鹿が自分でメラミに飛び込むとはな」
ヒャドとメラミが激突している蒸気の中、そこから稲妻のようにポップは飛び出して来た。
この時に彼は重圧呪文ベタンを手のひらの上に圧縮していた。呪文により生まれた圧力がポップの手の上で渦を巻く。
「なに!?」
「肋骨くらいは覚悟しろ!」
強烈な重圧がバロンの胸を直撃した。
「グホオッッ!」
血反吐を吐き、バロンはその場に崩れた。
「グ…」
立てなかった。たとえ賢者の力を持っていてもバロンは長年の宿無し生活。体は少なからず弱っていた。
「ちくしょう…ちくしょう…」
「なんで、俺を殺そうとした…」
「うるさい、殺せ!」
メルルがバロンに歩み寄った。
「貴方は…もしかしてバロンさんでは?」
「……」
「バロン…?聞いたことがあるぞ。確か姫さんとダイを殺そうとした…」
改めて自分の名前と罪をあげられ、バロンは逆上した。
「ああそうだ…!俺はバロン…。世界各国にいまだ裏切り者として蔑まされ、仕事さえ見つからない!バーンとの戦いに参加さえ許されなかった糞賢者バロンだ!」
「思い出しました…。あの時、カール陣に来て涙を流して参戦を懇願していた…」
メルルの脳裏にその時のバロンの訴えが蘇る。
『お願いします!私は心を入れ替えたのです!魔王軍との戦いに参加させてください!私に賢者としての死に場所を与えてください!汚名返上の好機を与えてください!命にかけてもレオナ様をお守りいたします!お願いします!』
だがバロンの訴えは聞き入れられなかった。カール兵士に陣に入ることさえ許されず放り出された。
その必死の懇願をメルルは遠くから見ていた。そして悲しそうに陣を離れていくのも見た。彼女なりに取り成しはしたものの、今度はパプニカ兵とアポロに反対されどうにもならなかった。バロンが挫けることなく義勇兵として参戦すれば彼の岐路と評価も変わったのかもしれない。
しかし、彼は陣に入れてもくれなかったカール王国とパプニカ王国、さらにはダイとその仲間たちを怨んだ。いっそバーンに殺されろとも思った。そう思ったことが、後にたまらなく恥ずかしくなり、みじめになった。だからポップの名声と栄達が妬ましかった。
「さあ、殺すがいい。これで楽になれる」
その時だった。メルルがバロンの頬をひっぱたいた。頬が赤く腫れ上がった。
「なんですか、さっきから!そんな自暴自棄な態度ではあの時貴方は参戦が許可されてもレオナ様を守らずに逃げ出したのではないですか!?」
「な、なんだと?」
「どうしてその若さと賢者としての力があるのを生かそうとしないのです!」
「その場が与えられないんだ!」
メルルは逆の頬をひっぱたいた。
「甘ったれるんじゃありません。自分の力を生かす場は与えられるのではなく、自分で掴み取るのです!それを掴もうとしなかった貴方はただ努力が足らないだけの怠け者です!」
たった今メルルが言った言葉。それが自分への答えだったのだ。そして一番誰かに言って欲しかった言葉であった。くだらない理由でポップを殺そうとした自分が恥ずかしくなり、そして胸に突き刺さったメルルの言葉にバロンは泣いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「その後、俺は社長と奥さんの部下になり船大工となって、その長となった。時に魔法の腕を買われ交易船の用心棒もやっているが、充実した日々だ。妻も娶り子も生まれた。すべて、あの時の奥さんの平手のおかげだよ。ある意味…キラーマシンに乗っている時にダイに喰らったベギラマより効いたなあ…。あははは」
あのダイとブラス、レオナを襲ったキラーマシンを修理して再び使用できる状態にしたのはバロンである。
目的は邪まであっても、手先の器用さは一流だったのだ。その腕を生かして船を作る彼をちゃんとポップは見ていた。彼を造船の責任者にしたのはポップの人事の匠さと言える。
また、ポップとバロンにはこんな逸話もある。ポップの部下に障害により言語不明瞭な女がいた。特に魔法が使えるわけでもなし、剣の腕もない。だが傑出した能力を持っていた。彼女は建築の名手だったのだ。
新天地を求めて彼女は移民の町であるソアラに来た。だが女の大工など考えられなかった時代である。誰も彼女の相手をしなかった。言葉も不自由でその腕のアピールも出来ない。途方にくれて歩く彼女が持つ大工道具を見逃さなかった男がいた。使い込まれ、手入れの行き届いた大工道具を。
「使い込んだ道具ですね。船を作ることはできますか?」
その言葉を発したのはソアラ・カンパニー社長のポップである。彼女は二つ返事で引き受けた。そしてポップはけして彼女の聞きづらい言葉をしかめ顔で聞くことはなかった。
しかし、船を作れるかと云う勧誘であったが、彼女の初仕事は社屋の建築だった。城にも匹敵しようと言うソアラ・カンパニー社屋の建築の総責任者を町で拾った流れ者の女大工にポップは任せたのである。
当然、造船所の船大工たちは面目をつぶされ反対したが、彼女の引く図面と腕の良さを見てスゴスゴと引き下がった。
そんなある日のことだった。ポップとバロンは港に停泊してある船の上でチェスに興じていた。そこに彼女がやってきて何かを訊ねた。バロンには何を言っているかさっぱり分からない。するとポップは
「材木は山から切り出さずに、材木屋から買うといい」
と言った。彼女はニコリと笑ってペコリと頭を下げてその場から去った。バロンが訊ねた。
「彼女が何を言ったか分かったのですか?」
ポップは笑って頷いた。
「たとえ言葉が不自由な者でも、親しい付き合いをしているから分かるものだよ。さっき彼女は材木を山から切り出して良いですか、材木屋から買いますかと訊ねたんだ」
バロンは感嘆した。そして同時に情けなかった。聞き苦しい言葉に最初から聞く耳をもたなかったことを。
自分も造船所長として人の上に立つ者。そんな狭い了見でどうするのかと反省した。やがて社屋が完成したあと彼女はバロンが長となっている造船所に来た。やはり言葉が不自由だと、同僚とのコミュニケーションがとりづらい。
だがバロンはちゃんと彼女の言葉が理解できた。バロンは彼女の言葉を理解する二人目の人間となり、やがて夫となったのだ。バロンの経歴は彼女も知りえた。だが関係なかった。自分の言葉を暖かい気持ちで理解して認めてくれる男なのだから。彼女の名前はネネ。バロンの愛妻である。
話はもどり、ソアラ・カンパニー社屋の屋上にいるバロンとエイミ。そしてバロンの少し長い話も終わった。
「メルル、知っていたんだ。バロンの過去を」
「ああ、他人の過ちを過ぎたことと言うのは難しいことだ。だが社長と奥さんはそれを自然にやっている。年上なんだから俺も見習わないと。ははは」
「他人の過ち…」
「ん?どうした?」
「ううん、なんでもない…」
(それとこれとは別、女王は私の夫を殺そうとした…。許すわけにはいかない…)
「エイミ」
「え?」
「ヒュンケルのことは聞いている…。助けないとな」
「バロン…」
「今回、カンパニーの船を軍船に変えるんだ。もしかすると海戦もあるかもしれない。君も実戦を離れて久しいのだろうから、有事に備えて瞑想くらいは毎日やったほうがいいぞ。お互い再び賢者のサークレットを頭にいただく日はそう遠くないかもしれない」
「…賢者のサークレット…。パロン、確か貴方は」
反逆罪で没収されたはずではないか、あのサークレットはパプニカ三賢者とバロンがレオナから贈られた誇りの証だ。バロンはそのレオナの気持ちを踏みにじったわけだが…。
「ダイとの戦闘中に紛失したと言い張った。実は今でも持っている」
三賢者を辞してパプニカから出たエイミもまだ持っている。たとえレオナへの忠誠が憎悪へと変わっても、それだけは捨てられないのだ。
「おかしな話だ。姫を害そうとしたくせに…いまだ、あれだけは捨てられない」
「そうね、私も捨てられない」
「そんなわけだ。実戦から離れて久しいのは俺も同じ。開戦に備えて稽古に付き合ってくれないか」
バロンも見つめるソアラの海をエイミも見つめた。それは戦う賢者の目だった。
「分かった。私もヴェルザーと戦う。再び賢者となって、そして愛するあの人を助けるの!」
その日から、エイミはカンパニーの仕事のあと、バロンと共に魔法の修行に励んだ。海戦に必要と想定される呪文の契約も行った。賢者としての力を再び自分に宿すために。
(ヒュンケル…私も戦う…!死ぬ時は一緒よ、あなた…!)
ダイの大冒険の二次創作小説は多かろうと思います。ただバロンを登場させた作品を書いたのは自分くらいだろう、とホームページに連載中は思っていましたね~。