開演当日、ベンガーナ王立劇場の入り口は長蛇の列であった。千秋楽にはアバンとフローラのカール国王夫妻やパプニカ女王レオナ、そしてマァムの母レイラも訪れる予定であるが、今日の初日はマァムの仲間たちも会場には来ていない。
ポップは現在、旧アルキード王国に作られた町におり、ヒュンケルはロモスに腰を落ち着けていた。
マァムは二人に招待状は送ったものの、行くことができない理由を記した手紙と一緒に招待状は送り返されてきた。
もっともらしい理由が書かれていたが、本当の理由をマァムには分かっていた。ポップは今さらハドラーを悪の権化として演出される芝居は見たくないのだろう。ヒュンケルは劇中において少年期の自分が登場し、父バルトスとの死別のシーンが再現されるのを見たくなかったのだ。
今までマァムの舞台はすべて初日に観に来ていたポップとヒュンケルだったが、今回は見送った。
しかし、観には行かずとも仲間の大事な舞台。ポップとヒュンケルは劇場に豪勢なフラワースタンドを送ったのであった。
マァムは僧侶レイラの装束を着て、そのフラワースタンドの前で開演の合図を待っていた。
「気持ちは分かるけど…やっぱり観に来てほしかったよ、ポップ、ヒュンケル…。奥さんと一緒にさ…」
そんな思いを巡らせている中、ロカ役のグレンがマァムの元に駆けてきた。
「マァム、オープニングセレモニーが始まるぞ!」
「はい!」
マァムは軽く自分の両頬をパンと叩き、舞台へと駆けて行った。すでに客席は満席で立ち見もいた。
舞台下のベンガーナ交響楽団が勇ましい曲を演奏する。パノン作曲の『アバンのマーチ』である。
きらびやかな照明に舞台は照らされ、アバン、ロカ、レイラ、フローラが並び勇壮な歌を一糸乱れない踊りと共に歌う。ハドラー打倒を誓う決意の歌である。観衆はその歌と踊りに酔いしれる。そしてレイラとフローラの美しさに見とれ、アバン、ロカの勇ましさに惹かれるように舞台に魅入った。
そしてシーン1『アバン、カールの王女と出会う』が始まった。
マァムとグレンは舞台袖に待機し、舞台上のアバンとフローラを見守っていた。
「すごいなあ。こんな観客の前で演技できるなんて、俺たちは幸せ者だぞマァム」
「ほんとね、ううーん!気合いが入ってくるわ!」
舞台は二部編成である。一部はカール城でのハドラー対アバン、アバンとロカの旅立ち、僧侶レイラと魔法使いマトリフが彼らの仲間となるまで。
二部は地底魔城に乗り込み、ハドラーを打倒するまでである。間に休憩時間も挟んでいるとはいえ三時間に及ぶ大劇。だが観客は飽きる様子になど見せず舞台に魅入った。
物語もクライマックスに入りだした。アバンは『凍れる時の秘法』を使うため、パーティーの解散を仲間たちに告げた。ロカが激しくそれを諌める、終盤に入る前の大事な場面である。
レイラのお腹の中に、自分の子がいると初めて知ったロカが激しく動揺するシーンに観衆から笑いが起きている。
「ち、ちがうんだ、こんな女、別に俺好きになったわけじゃ…」
「こんなあ?」
「いや…その…それはだな…」
意地悪い笑みを浮かべてアバンは言う。
「それじゃ遊びだったのですか?いけませんねえ…」
木に登り、この喧嘩の様子を見ているマトリフとブロキーナも面白がるように見ていた。シナリオではここでアバンがロカに当て身を食らわせて気絶させるシーンである。
その時だった。舞台を照らす照明がパッと消えてしまった。
舞台上にいた役者たちは無論のこと、観衆も突然の出来事に戸惑った。
「なに…どうしたの…せっかくの舞台が…」
と、その直後だった。すさまじい殺気をマァムは感じた。
「…!」
かつて戦士であったグレンもそれを察した。
「マァム…」
「何か…何かいる!」
「ぐあッ!」
「あぐッ!」
舞台の上から悲痛な叫び声が上がる。それに振り向いたマァムとグレンが見たもの。それは赤い鎧に身をつつんだ魔の武人であった。大刀を持ち、舞台にいた役者が斬られていた。
「何者だ、貴様…!」
赤い鎧は、グレンの声に呼応するかのように、鉄仮面の下にある目をキラリと光らせた。その眼力によって起こる波動がマァムとグレンを襲い、そのままその後ろにいた観客も襲った。
「うああ!」
「な、なんだこれは!」
眼力の衝撃により、数千はいた観客全てが意識を失った。マァムとグレンが気絶しなかったのは、やはり戦いを経験してきた者ゆえだろう。
「なんてことを!」
怒りに身を震わせるマァムは赤い鎧に殴りかかった。
「閃華烈光拳!」
赤い鎧はそれを手のひらで容易に受け止め、そのまま舞台に投げ落とした。
「うぐッ!」
「マァム!」
演劇用で刃のついていない摸擬刀であるか、そんなことにかまってはいられない。グレンはその剣を抜き、赤い鎧に斬りかかった。だが赤い鎧の強固な体に剣は虚しく折れてしまった。
そして鉄の塊のような拳がグレンの顔面を捕らえた。
「うあああッ!」
暗い舞台の上、そこにマァムとグレンは倒れた。
「なんて…力…」
薄れる意識の中、マァムは赤い鎧を見つめる。そして赤い鎧はマァムに歩み寄り、大刀を振りかざした。舞台の床が砕けるほどの衝撃で投げ落とされたマァムは立ち上がる力が無かった。振り上げられた大刀を見て、思わず眼を閉じる。
「マァム!!」
グレンが叫んだ、その瞬間だった。赤い鎧が大刀を構えたまま、動きを止めた。時間にしてほんの数秒であるが、確かに止まった。だがグレンもマァムもそんなことには気づかない。
赤い鎧は大刀の柄を改めて握り、力を込め、再びマァムに剣を振り下ろす。だが、その赤い鎧の後ろから、パノンがしがみつき、腕を押さえた。
「よくも、うちの団員を…ッ!」
「いけない!団長離れて!」
「そうはいかない…!いい役者たちに恵まれ、やっとこの芝居ができると思ったのに!それをこいつは壊しやがった。お前たちに暴力を振るった。あいつらを斬った!団長として許せるものか!」
赤い鎧は腕にしがみつくパノンを振り払った。だがパノンは何度でもしがみついてきた。
「マァム!逃げなさい!」
「団長…」
動けない体を自ら叱咤し、マァムは起きはじめる。
赤い鎧は大刀の切っ先をパノンに向けた。しかしパノンはひるまない。必死の形相で赤い鎧を睨んだ。そしてこの時も赤い鎧は切っ先を止めた。パノンと眼が会った瞬間、確かに彼は切っ先を止めたのだ。だがそれも数秒の事、大刀の切っ先はパノンに降りた。
「団長―――ッッ!!」
「くそおおッッ!」
グレンがパノンを突き飛ばし、その刃先の前に立った。
「ウアアアッッ!」
「グレン!」
「いけねえよ団長…死んじゃ駄目だ…。まだバーンの侵攻の傷跡は世界中の人々の心にあるんだ…。その人たちに笑いと感動を与えるのが団長と…俺たちの仕事じゃないか…」
急ぎマァムはグレンにベホイミを唱えた。辛うじて間に合った。
「サンキュ…だがマァム…お前はここから逃げろ…」
「グレン…」
「グレンの言うとおりだ。逃げなさい…」
「…そうはいきません!私は守られるだけの女になんかならない!こいつを倒してやる!」
自分にベホイミを唱え、またマァムも立ち上がった。マァム、グレン、パノンが赤い鎧を睨む。だが赤い鎧は大刀を鞘に収め、三人を無視してその場を去りだした。
「どこへ行く!せっかくの舞台を台無しにしておいて、私たちの仲間を殺しておいて!それで帰るのを黙って見ていると思うの!」
マァムが赤い鎧を一喝した。赤い鎧は歩みを止め、振り向き、こう言った。
「ヴェルザー…」
「………!!」
そして姿を消した。
「ヴェ…ヴェルザーだって?」
「知っているのかね?」
パノンが訊ねた。
「大魔王バーンと魔界を二分する勢力を持っている…冥竜王…それがヴェルザー…」
「なんだって?」
「伝え聞いた話では、ヴェルザーはダイのお父さんであるバランに倒され、精霊たちの手により封印されているらしいの…。しかし、今現れたのは、そのヴェルザーの配下…まさか…復活したの…?」
暗い舞台の上で、三人は新たに迫る恐怖の事実に立ち尽くした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
残念ながら『勇者アバン冒険記』の再演は無期限の延期となり、そして数千もの観客が意識を失ったと云う事実はベンガーナ国も無視できず、王立劇場は一時閉場となった。
自分の夢の城を失いつつあるパノンの落胆は筆舌しがたいものであった。だが生き残った団員たちには気丈に振る舞い、故郷に帰るまでの路銀と最後の給金を笑って手渡した。
劇場前に団員を並べて、別れを惜しむように路銀を渡すと同時に団員たちの手を強く握った。団員たちも団長パノンの無念が分かるのか、彼らもまた握り返した。
「さあ、マァムも」
「いりません、団長。今まで十分すぎる給金をいただいていたのですから」
「マァム…」
「あの赤い鎧は…もしかしたら私を狙ってきたのかもしれません。ヴェルザーにしてみればバーンと戦ったアバンの使徒は目ざわり以外の何者でも…私のせいで…」
マァムの瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「マァム、お前は私たちにとりアバンの使徒ではない。同じ釜の飯を食べた仲間だ。自分を責めて泣いちゃダメだ。今後、二度とそんなことを考えちゃいけないよ」
「団長…」
「さ、涙をお拭き。美人が台無しだよ」
パノンはマァムの手にゴールドを渡し、強くマァムの手を握り、別れを惜しんだ。
「私、まだあきらめません。また、あのスポットライトの下で僧侶レイラを演じます」
「その時は、俺がまたロカやっていいかな?」
「もちろんよ、グレン」
「そうか」
グレンはオーザムの戦士である。大戦後に剣は捨てたものの、もしヴェルザーが復活したとなればオーザムにも危機が訪れるかもしれない。マァムと共に行きたい気を抑えて彼はオーザムに戻る決意をしたのである。
「で、マァム、お前はこれから?」
「カールに行こうと思う。先生と今後のことを話してみたいから」
「そうか、前大戦のように世界連合軍を結成するのであれば、オーザムはいつでも参戦に応じると伝えておいてくれ」
「分かったわ」
マァムは劇場とパノン、グレンに別れを告げてカールへと向かった。再び魔甲拳を装備する日も近いかもしれないと胸に思いながら。