ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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外伝 海商王ポップ

大魔道士ポップがテラン王国の占い師メルルと結婚して数年、二人で悪戦苦闘しながらも始めた交易商は成功し、今は旧アルキード王国に作られていた移民の街ソアラに本拠地を構えて、自分たちの興した交易共同体に『ソアラ・カンパニー』と名づけ、世界をまたに商売に取り組んだ。

ポップは社長に就き、そして前大戦では共に戦ったロモス武術大会の面々やニセ勇者一行、そしてパプニカの元賢者バロンもポップの配下となり、世界初の株式会社の基盤を作っていった。

このエピソードはポップが作ったソアラ・カンパニーの創成期から隆盛期に入ったころの話。

 

ニセ勇者ご一行様、ロモス武術大会六人衆、そしてバロンとこれだけでもポップは世界のどの王国よりも強力な軍団を擁していると言えるが、その他にも色々な経緯でポップの部下になった者たちもいる。

海賊である。客船や交易船が航海をさほどしていなかったので、海賊には獲物そのものがなかった当時ではあるが、それでも世に隠された宝物は多く、当時の海賊たちは略奪を主としておらず、宝物の探索、新たな大地の発見などに気持ちを向ける冒険者のようなものであった。海賊が略奪と殺戮を好む代名詞として、人々に軽蔑されるようになるのは、これよりはるか後の世のことである。

 

だが、そう上手い具合に島も宝も見つからない。金が尽きれば食えない。だからある海賊は一つの交易船に目をつけた。ここ数ヶ月で急に頭角を現してきた交易共同体の船。それを狙うことにしたのである。

「いいかい、略奪をするとはいえ殺さず犯さずだよ。海の冒険者の禁を破るんだ。せめて畜生働きはしねえでおこうや」

「「合点でさ!姐さん!」」

褐色の肌を持つ女は水平線の向こうに見える船を、船首の上に乗っかって見つめていた。双眼鏡の向こうでは青地に黄金のスライムが描かれた旗が潮風に揺れている。

「なんだ?あの旗印は…?スライムに羽が生えているって感じの絵だな」

「なんにしても、暢気な旗印だ。乗っている連中も大したことないですぜ!」

「ああ、でも油断するなよ。何人かの用心棒くらいは乗っているだろうからね!」

「「へい!」」

船員たちはすでに武器を握っている。暴れたくてウズウズしているようだ。だが頭目の女船長が戒めた『畜生働きはしない』を守り、殺傷能力のある武器は取らず、棒切れ程度しか持たなかった。

「しかし、竜骨のしっかりしたいい船乗っていやがるね。さすがは新興成金、あわゆくば船もいただくか!」

 

だが、彼らにとっては相手が悪かった。大魔導士ポップが乗っていた船である。乗り込む直前にポップが逆に乗り込んできて、船員たちは軒並み真空呪文のバギで船外に吹っ飛ばされた。

海賊の女船長はもはや棒切れでは太刀打ちできないと悟り、抜剣してポップに向かったが、ポップに軽くあしらわれてしまった。

諦めず、なおポップに立ち向かおうとした時、ポップの船から矢が二本飛んできて、彼女のイヤリングの飾りが左右同時に吹っ飛ばされたのである。ロモス武術大会六人衆の一人、狩人ヒルトが射た。警告であることはすぐにわかった。これ以上剣を向けて一歩でもポップに近づけば矢は脳天を貫くだろう。

 

「ちくしょう!好きにしろ!」

観念した女船長は武器を捨てて、甲板に座った。同時に彼女の腹の虫がグウと鳴った。もう二日、何も食べていないのだ。鳴った腹を恥じて女は赤面した。ポップは海賊たちの人数分の食料を女に与えようとした。

「なんだよ同情か!ふざけんなよ、そこまで落ちぶれちゃいない!」

「違う、お前たちではない。俺たちが去った後、お前たちは違う船を襲うだろう。その船に乗る人々のためだ」

「……」

「それにお前や、他の船員たちも俺に向かってくる時、まるで殺気を感じなかった。剣を腰に差しているのに、ただの棒切れで襲ってきた。殺す気は無かったと言うことは分かっている。だが人間と云うのは腹を空かせるとロクなことを考えない。次の船でもそうするとは限らない。だから置いていく」

「カッコつけやがって…」

「だが一言いっておく。奪った物は奪われるぞ。奪わずに食べていける方法を考えるのだな。それでなければ海の冒険者は魔王軍と同じだぞ」

ポップはトベルーラで船に帰っていった。吹っ飛んだ乗組員たちもポップの部下に救われ、船に戻ってきた。ポップの置いていった食料を海に捨てたい衝動を抑え、海賊はそれを食べた。遭難せずに済んだと云う安堵と、敵に助けられたという屈辱感が合わさった涙を彼らは流した。

「ちくしょう…!このままで済ますもんか…!」

 

それから、その海賊は執拗にポップの船を狙った。船を襲う直前に逆に乗り込まれ、たった一人に倒され、しかも食料を分けてもらい海に落ちた船員は当の相手の部下たちに救助されたという屈辱を晴らさないと、もはや海賊として生きていくことはできない。この上はポップを倒すしか面目を保つ術はないが、海賊はポップに七度挑んで七度倒された。

八度目に倒された時にようやく観念した女海賊は矛先を収め、転じて部下にしてほしいと懇願したのである。間もなく、彼女の船には海賊のドクロの旗と共に、ソアラ・カンパニーの旗も潮風にゆられる事となる。海賊船から武装商船となったのである。

ポップの人物を見て『あの男と一緒にいれば海賊よりもっと面白いことできるんじゃないかな』と思い、やられた悔しさより、そちらの興味の方が勝り、女海賊オルシェは以後、忠実な部下となっていったのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

海賊団が配下に入ったものの、まだまだ船乗りが足らなかった。ポップとメルルの起こした海路交易は大いに当たった。カールを最初にパプニカとロモスの御用商人となり、多くの自治領とも契約を果たした。そのため交易の拡大のため船は作ったものの、それを扱える者がカンパニーには足らなかった。もう注文と仕事の量に人手が追いつかないのである。嬉しい悲鳴ではあるが、納期を遅らせれば顧客はつかない。水夫の養成なども始めだしたが、前線で使えるようになるには時間がかかる。だからポップは漁師を経験しているものを公募しだしたが、それでも足らない。

 

そんな時、困り果てているポップにオルシェが言った。オーザムの南の外れに小さいが漁村がある。だがバーン侵攻の時、魚は海から減り、船はフレイザードに破壊し尽され、もはや生活は漁では成り立っていないと。だが航海術と腕っぷしは確かな男たちがそこにはいる。集団で雇い入れたらどうか、そうオルシェが提案するとポップはそれを受け入れ、オルシェを伴い、造られたばかりの新型大型帆船に乗り、オーザム南外れ、漁師の集落『ヴィオラ』へ向かった。

 

オーザムは雪国である。南の外れといってもそこは寒かった。夜半で海も暗かった。

「キャプテン、そろそろ到着です」

「ああ、しかし村には明かりも見えないが…」

「明かりの燃料の魚油すらないんです…」

「じゃあ、こんな寒いのに暖も取れないのか?」

薪を取れるような森林も周りには見えなかった。海に面した雪原にポツンとあるような村だった。

「領主国のオーザムは何もしてくれません。フレイザードに滅ぼされて以来、そんなゆとりも無いのでしょうけど…」

「オルシェ、もしかして君は」

「…はい、私はヴィオラ出身なんです。すみません、キャプテンを騙すようにここへ連れて来て」

「謝る必要はない。とにかく一人でも多く船乗りがほしいんだからな」

「ありがとうございます。上陸後すぐに宿の手配をいたします。もう夜ですし村人に水夫募集の話をするのは明日に…」

「いや、まて」

「え?」

 

ポップはカバンから積荷の台帳を取り出した。ついでにオーザム王都への交易品も積んでいたからだ。

「木材…牛肉…油…酒…と」

その台帳に記されている交易品の一部の数を書き直した。それをオルシェに渡した。

「これは…」

「これを到着と同時に村に解放しろ。木材は火壇を組み燃やせ。宴をする」

「は?」

「見ろ、あの陰気な村を。ああいう雰囲気になってしまったら少なからず人々の心は歪になっている。だから酒と肉と炎で活力を入れる」

「は、はあ…」

「乗組員たちにも伝えておけ、上陸と同時に宴会だと」

「分かりました!」

乗組員にそれを伝えるべくオルシェは船室に駆けた。

「大した男だ…。私が喧嘩で負けるわけだよね」

 

村はポップの言うとおり陰気だった。村の小さな港にポップの船が到着しても誰も出てはこない。窓からただ覗いているだけだ。帆にゴールデンメタルスライムを象った旗印があることから海賊ではないと理解はしていたが、こういう小さな集落は極端によそ者を嫌う。誰も出ては行かなかった。

しかし村人は不思議がった。村の中央に向けて、なにやら荷物を運び、船の乗組員たちは自分たちが忘れて久しい笑顔で喜々として船と村の中央を行き来して荷物を運んでいるからだ。村人全員が思った。何をしているのだろう…と。

「キャプテン!火壇の準備できました!」

「よーし!下がっていろ、みんな!メラ!」

 

火壇に着火された炎は赤々と空を照らし出した。降ってくる雪がまたそれを映えさせた。

「ヤッホー!」

「よーし酒だ――ッ!」

「肉焼け!肉――!」

オルシェは樽で作った太鼓を首にぶらさげて調子よく叩いた。乗組員たちは炎の周りで踊りだした。笑い声と共に。

「ヒャッホー!」

ポップは炎の真北に座った。上座だ。誰が見てもこの集団で一番偉い人間と分かる場所に陣取った。そして彼は酒を飲みながら村を見つめた。

「さあ出て来い…。ヒトはヒトの笑い声に引き寄せられるものだ」

ポップの狙い通り、村人は恐る恐る出てきた。不安そうにしながらも、うらやましそうに炎を見つめる若者、ポップと同じ歳くらいの少年である。ポップは彼を呼んだ。

「そこのにいちゃん!見たところ俺と歳同じくらいだな!一杯やらねえか!」

「え、いや…あの…その…いいんですか?」

「ああ、俺たちだけじゃ飲め切れねえ酒、食いきれねえほどの肉がある!遠慮はいらないぜ!」

「そうそう、ほーら飲んで飲んで!」

オルシェは笑ってその少年に酒が並々とつがれた杯を渡した。

「い、いただきます…」

少年は一気に杯を空けた。すると炎の周りで踊っていた乗組員たちは一斉に歓声と拍手をあげた。

「うめえ―ッ!」

「やるじゃねえかボウズ!」

「ボウズじゃない!トウヤって名前があるんだ!」

その言葉にさらに場は盛り上がる。

 

一人が輪に入っていくと、村人たちは徐々に出てきた。ポップの狙いは的中した。

「おい!太鼓一つじゃ足らないぞ。もっと太鼓を増やせ!そして歌え!アーハハハ!」

いつの間にかポップは村娘二人を両脇にはべらせて上機嫌だった。それを見たオルシェが意地悪く言った。

「ああ、いい身分!奥さんに言っちゃおうかな~」

「お、おいオルシェ!」

「えー、この人、今独身って言ったのに――!」

「ひどーい、だましていたんだ――!」

この様子に、村人も乗組員も笑い出す。

「あはは、そんなこと言ったっけ?あはは!」

 

オルシェ、他の乗組員、そしてポップも酒に酔いながらちゃんと村人たちの手を見ていた。オールを漕ぐためにできたと思えるタコがあり、投網を引き上げる時に出来る擦り傷のあとがあることを。漁と商船と云う目的は違え、船の技を知っている者たちばかりである。またここに来る前、投網がきれいに補修され、ちゃんと日ごろから整備しているのもポップたちは見ている。カンパニーに揃って入ってくれたら戦力になるだろう。

 

そして、その宴の中、ポップをずっと見ている男がいた。ポップはその視線に気づいていたが、知らぬふりをしていた。

やがて宴も終わり、ポップとオルシェは宿屋へと向かった。宿屋はさほど広くないので乗組員たちは村人の家へと案内され、そこで泊まった。

 

ポップは鍵を閉めなかった。まるで何かを待っているかのように。しばらくして宿の廊下に複数の足音が響く。隣室のオルシェも察してベランダを伝いポップの部屋へと入っていった。

「キャプテン」

「ああ、やはり来たな。思わぬ展開となったが面白くなりそうだぞ」

ポップは部屋中央のテーブルに腰掛け、ドアを見ていた。そして次の瞬間にドアは開いた。宿屋の主人、そしてトウヤも一緒である。

 

「ようこそ」

「ふん、来るのは分かっていたと言うことか、若僧」

ずっとポップを見つめていた男が前に出た。

「お前の部下の乗組員も全員捕らえさせてもらった。各々の家で縛られている」

「だから何だ?」

「一飯と一杯の酒の義理だ。出来れば危害を加えたくはない。おとなしく私たちにお前の船と積荷を渡してほしい」

「断ったら…?」

「力づくでも…」

「では聞いておきたい。お前たちはあの船を手に入れたあとに何をする?」

「…漁だ、俺たちにはそれしかできない」

「…落第の答えだ。それじゃ渡せないな」

「ならば力づくで奪う」

 

オルシェがポップの前に出て剣を抜いた。

「ふん、変わっちまったね。この村は。集団でないと何も出来ない糞みたいな大人ばかりになっちまった」

「なに?」

「あたしゃこの村の生まれさ。漁に出て遭難して、海賊船に助けられたのさ。あの頃の村はみんな生き生きとしていた。それがなんだい。みんな腐った魚みたいな目になりさがった。情けないったらないね」

「まあ、そういうな。フレイザードとバーンにきっと骨抜きにされたのさ。オーザム、そしてこの村の男はな」

 

「貴様っ!」

強烈な侮辱に先頭の男が持っていた銛をポップに向けた。だがオルシェの剣に弾き飛ばされた。

「まだ怒りを忘れてなかったか。ならば賭けをしよう」

「賭けだと?」

「明日、いやもう今日か。今日の夜明けにお前たちに船を渡す。そして漁に出てみろ。期限は夕刻。大漁で帰ってこい。少なくとも村人全員の胃の腑を満足させるくらいにな。それが出来たら渡す」

トウヤがたまらず訴えた。

「アンタは漁を知らなさすぎる!昔ならともかく、いまだ魔王軍の傷跡の残る海なんだぞ。たった半日で村人全員の腹を一杯するほど獲ってこいなんて無理だ!不可能な条件を出すなんて卑怯だぞ!」

「いや、こいつが言っているのは、この村の男たちに対する挑戦だ」

先頭に立つ男が言った。トウヤは食って掛かる。

「だけど無理だ!魚のいない海からどうやって魚を獲るんだ!」

「あの帆船ならばもっと沖合まで行ける。魚場を見つけられれば何とかなる。それに今、俺たちはこの男に漁と言う名の喧嘩を売られたんだ。漁師として引き下がれるか!」

無茶な条件に戸惑う村の男たちの顔が、この言葉で引き締まった。

「分かった。その条件でいい」

「俺の名前はポップ、あんた…名前は?」

「ダンク」

「楽しみにしている。オルシェ、船明け渡しの準備をしてやれ」

「分かりました」

 

ダンクを先頭に男たちは宿を出た。トウヤがダンクに詰め寄る。

「どうしてあんな賭けを?力づくで奪ってしまえば!」

一緒にいた村の老人が言った。

「無理じゃな。あの若いの、武器を持った男が目の前に何人もいると言うのに顔色一つ変えなんだ。その気になれば儂らを倒すこともできたはずじゃ。それに乗組員たちは別として、親玉の若いのと側近の女は宴の後だというのに酒のにおいをさせていなかった。飲んだふりをしていただけだったんじゃ。微塵の油断もない」

ダンクもそれは感じていた。力づくでは奪えないことを。ならば賭けに勝つしかない。ダンクは村の家々で捕らえられている乗組員たちを解き放ち、事情を話して詫びた。そして改めて村の家で乗組員たちは眠りに着いた。

 

村の住民は全員総動員で漁の準備をはじめた。すっかり酔いもさめてしまった。ポップとの賭けに勝つこと。これが村に残された希望である。この大型帆船を手に入れることが出来たなら村は蘇る。誰もがそれを願い準備に励んだ。

 

そしてダンクを船長として即席の漁船はヴィオラを出港した。宿の窓からそれを見つめるポップ。その後ろでは不安そうな乗組員たちがポップの背中を見つめる。

「船を渡したら俺たちはどうやって帰るんですかい、キャプテン」

「オルシェ、見せてやれ」

オルシェは伝書鳩によって送られてきたメルルのメモを見せた。明後日の朝、ヴィオラに迎えの船が到着、オーザム王都への交易もそのまま続けると言うことであった。安心した乗組員たち。

「やり遂げられると思うか?オルシェ」

「無理でしょう…。あの若者が言ったとおり、まだオーザムの海は魔王軍襲撃の傷跡が残っています。とても大漁とは…」

「うん、大漁は無理だろうな」

 

時は残酷に過ぎていく。やがて太陽に西に落ちだした。そして水平線から帆船が姿を見せた。村人たちは期待を込め、祈るように船影を見つめる。

船に乗る男たちの顔が海岸にいる者たちの目に見える距離に入ってきたが、船上の男たちの顔は沈んでいた。村人たちにもそれは伝わった。賭けは負けだということが。

ポップとオルシェも海岸で到着を待った。船の男たちは釣果を示す木箱を持ってポップに見せた。木箱には大なり小なりの魚を合わせて十数匹の魚しかなかった。

 

「…これで全部なのか?」

「ああ、これしか獲れなかった…」

ダンクは無念極まる声でポップにありのままを伝えた。若者トウヤがポップに詰め寄った。

「笑うなら笑えよ!どうせ口だけの男たちとお前思っているんだろ!」

正直、ポップとオルシェの予想も下回る釣果だった。これほどオーザムの海には魔王軍襲撃の傷跡が著しいのかと驚いた。

「ダンクと言ったな。魔王軍襲撃の傷跡と言うが具体的にはどういう現象が起きて、これほどに魚が獲れなくなったんだ?」

「勇者ダイ様の養父ブラス老がハドラー復活と共にモンスターの血に支配されそうになったと言う話は聞いたことがあるか?」

村人はポップが、そのダイと共に大魔王バーンを倒した大魔道士ポップとは知らない。

「まあ一応は知っている」

「それが海棲モンスターに起きたと思えばいい。ブラス老はハドラーの意思を跳ね返す精神力はあったかもしれないが海棲モンスターはそうもいかない。大王イカ、マーマンらの海棲モンスターがハドラー復活と共に暴れだした。ヴィオラの漁は魚をはじめ、鯨や蟹、貝も獲る。しかし、そのすべてが海棲モンスターの餌となり、我々の船はそれらに大破させられた。大魔王バーンが倒されて邪気が海棲モンスターから失せても一度狂った海の自然形態は戻らない。他の海域は海流によって時間もかからずに戻るだろうが、オーザムのこの海域は多くの潮の流れから外れている海域だ。それゆえに獲れる海の恵みはヴィオラならではの名産品ともなったが、それはもう昔の話だ」

「なるほど、そういうことか」

「だが、それを言い訳にする気はない。この賭けは俺たちの負けだ」

 

「私、もうお腹いっぱい…」

一人の小さい女の子が言った。

「だっておじちゃんたちが、一生懸命に獲ってきたお魚でしょ!」

その言葉と同時に村人たちもダンクたちに言った。

「そうとも!たいした釣果じゃないか!」

「お前たちの姿を見れば、どれだけ苦労してこの魚を獲ってきたか分かる!もう俺も腹一杯だ!」

村人たちは、この十数匹だけで腹一杯だと言い出したのである。

「みんな…」

 

「ハハハハハッッ!」

賭けの相手であるポップが笑った。

「そういえば俺は数の指定はしていなかった。いやぁ迂闊だったな!」

「あ、あんた」

「お前の勝ちだ。村人全員を腹いっぱいにするほどに獲ってこい、これが条件だったが、どうやらお前は成し遂げたらしい」

村人は、このポップの言葉に歓声をあげた。

「ホ、ホントか!この船くれるのか、にいちゃん!」

「いい男だねえ~。年甲斐もなく惚れ惚れしちゃうよ~」

 

だがダンクは釈然としないものがある。賭けで負けたのにお情けで船をもらうのが屈辱に思えた。だが村人は喜んでいる。受け入れるしかないと思っていた、その時だった。

「船の代金として一匹もらうぞ」

ポップは魚一匹を手に取った。そして

「メラ」

焼き魚にして一口食べた。

「美味いな」

「おいおい、なんて食べ方をするんだよ!」

「ん?」

ダンクにとって見てられない食べ方だった。

「その魚は刺身にした方が美味いんだぞ!せっかく新鮮だってのに焼いちまうなんて!」

「サシミ?なんだそれ?」

「え?」

村人たちは唖然としてポップを見た。

「お前、刺身を知らないのか?」

「知らん、魚は焼いて食うモンだろ?」

オルシェが村人に説明した。

「キャプテンの生まれた村は、山間にある森の村なのよ。だから魚を生で食べる習慣はないのよ」

「生?魚って生で食べられるのか?」

村人はその言葉に苦笑した。

「まあ知らないんじゃ仕方ないか…。よし!では船のお礼にヴィオラの漁師料理を馳走しよう!宴の準備だ!」

「おお!」

村人たちは料理にかかった。ひさしぶりの『大漁』を祝うかのように。

 

 

「だから騙されたと思って食ってみろ、美味いから」

ポップは刺身を目の前に固まっていた。そんな様子が面白いのか、ダンクは目の前で食べてみて、いかにも美味いと云う顔を見せる。

「し、しかし…」

「仕方ないなあ…」

村娘ディーネが箸で刺身をつまんで、ポップに差し出した。

「キャプテン、はい、アーン」

「あ、ああ。アーン」

「現金なやつだな、男のすすめには応じないで」

観念したかのように食べたポップ、そして

「…どう?キャプテン」

「…美味い、美味いぞこれ!」

村人たちはポップの新境地の開眼を祝うように笑った。

「ほんとに美味い!さあ、もう一口、アーン」

大口をあけて、娘の運ぶ刺身を待つポップ。

「え、ええ」

ディーネが箸で刺身をつまむと

「おいおい、美味いのだったら自分で刺身を取れよ。気安く俺の娘を使うな」

「娘?君はダンクの娘さんだったのか」

「はい」

「お母さん似のようで」

「コノヤロ!どういう意味だ!」

久しぶりの大漁の宴は笑い声がたえず、楽しいものとなった。そしてポップはようやく本題に入りだした。宴会でちょうど村人は村の中央に集まってきている。

 

「ソアラ・カンパニー?」

と、ダンク。

「ああ、俺は一応そこの社長、まあ船団長みたいなもんをやっている」

「その船団長がヴィオラに何の用で?」

「うん、船を扱えるものを探している。海路交易が仕事なのに、業務が拡大してしまって、肝心の船を操れる人間が足らないんだ。だからなるべく多くの船乗りを雇いたいんだ。ここに来ればたくさんいると部下から聞いたんだ。そして、その通りだった」

「なるほど、そういうことか。しかし…」

「分かっている。いきなり部下になれったって無理な話しだし、村を出てソアラに来いというのも、また無理だろう」

「まあな、船も手に入ったし、村はこれから蘇る。離れられんよ」

 

「いや!俺は行く!」

トウヤが立ち上がり、ポップの元に歩み寄った。

「トウヤ…」

「両親は死んじまって身よりもない。前々から村を出ていこうとも思っていた。ソアラは南国、暖かいのだろう?寒いのもそろそろ飽きた。それにアンタの下ならば是非働いてみたい。俺を使ってくれないか?」

「何ができる?」

「船の操作は無論のこと、天気図と海図の作成と解読、大工仕事、そしてアンタほどではないけど喧嘩も強いと自負している」

「よし採用!頼りにしているぜ!」

「おう!いや、はい!」

「まず一人、他にいないか?言っておくが何も航海術オールマイティーに出来なければ雇わないと言っているわけじゃない。一つでもいい、航海に役立つ能力があれば採用する。一芸を自負し、俺の元で働いてもいいと思うやつだけ名乗りをあげてくれ」

 

「パパ、ごめんね」

「お、おいディーネ」

ダンクの横にいた娘のディーネも立ち上がった。

「私も行きます。オルシェさんを見て、キャプテンが女性でも能力があれば重く用いてくれる方と分かりました。父より学びました操舵の技と、亡き母より学びました船の料理をキャプテンの元で振るいたいと思います」

「よし採用!他にはいないか?言い忘れたが年齢も関係ない。年寄りでも昔は漁師でブイブイ言わせていたのもいるだろう。ソアラには水夫見習いも多い。それに海の技を仕込めると自負する年寄りも採用する。今まで培ってきた経験と知識を後に続く若者に教えたいと思うものはいないか!」

 

これはポップ自身意識していなかったが、きわめて異例のことであった。口減らしで、山奥に捨てられてしまう年寄りが少なくなかった時代である。それを採用しようというのである。ポップが訪れなければ、数日後に捨てられてしまう運命であった老人が立ち上がった。すでに腰が弱り立てなかったのに、凛として立ち上がったのである。

「お若いの!この老骨を使ってくだされ。船の改修方法や帆の操り方を、おぬしの下にいる若者にお教えしよう!」

「おおしっ、教え子には若い娘もいるからな。きっと若返るぜ。でも変な気起こすなよ!」

 

こんな調子で四人、五人、六人、増えていき、最終的には十二人となった。

「まいったな…。大した人たらしだよ」

ダンクは苦笑した。

「ところで、村長さんは誰なんだ?一応十二人もの村人を連れて行くんだ挨拶をしておかないと」

「俺が村長だよ」

「ダンクが?」

「ああ、村人を飢えされた駄目村長だったがな」

ダンクは立ち上がり、ポップに深々と頭を下げた。

「お、おい」

「船、ありがたくいただきます。貴方が来なければ村は遠からず滅んだことでしょう。心よりお礼を言います。貴方からいただいた船を使い、新たな漁場を開拓し、再び魚が鈴なりの村にしてごらんにいれます」

他の村人も採用された十二人も、ダンクにならい頭を下げた。

「そして、あなたの部下になった十二人、村にとっては必要な者たちですが貴方にならば仕方ない。大事に使ってください。お願いいたします」

「分かりました。それと…」

「は?」

「まだこの船には名前をつけていなかった。いいのが浮かんだのだけれども使ってくれませんか?」

「なんでしょう?」

「『ヴィオラソアラ』というのはどうです?」

この漁師町ヴィオラとソアラの町の懸け橋となる船と言うことだ。

「そりゃあいい、大漁船ヴィオラソアラ!俺たちの船にふさわしい!」

「そうよそうよ!その名前にしましょう!」

ダンクにも異存はなかった。

「喜んで、その名をいただきます!ありがとう!」

ポップの両手をダンクは熱く握った。

 

翌日、迎えに来た船にポップたちは乗り込んだ。村人たちは全員港まで見送りに来ている。

「ディーネ、お仕事が辛かったらいつでも帰って来るんだぞ」

愛娘とのしばしの別れをダンクは惜しみ、涙ぐんでいる。

「もうパパ、やめてよ、みんな笑っているじゃない!」

 

迎えの船に乗っていたポップの妻メルルを見て、トウヤは見とれてしまった。自分はポップと歳が同じなのに、片や一つの組織の長で、嫁さんは美人、その落差に戸惑いを感じたが、

「なに、キャプテンと自分を比べても仕方ない。キャプテンもあそこまでなるには並みの努力じゃなかったはず。俺は今までしていなかった。この落差は当然だ。だから今からだ。キャプテンのようになるのは無理でも、あのくらいの美人を女房にしてやる!」

と心に誓った。

 

こうして、ヴィオラで採用した十二人は以後、ソアラ・カンパニーの中で活躍し、ディーネはオルシェの次に女性船長になり、トウヤは天気予想に長け、造船にもその手腕を発揮した。

 

漁師町ヴィオラはダンクの言うとおりに新しい漁場をどんどん開拓し、やがて定期的にオーザム地方で獲れた魚をソアラに届けて利益も得ている。その資金で新たな船もソアラ・カンパニーに発注してヴィオラは活気溢れる漁師町となった。

 

これより数年後に発生する、あの冥竜王ヴェルザーとの戦い。ヴィオラの漁師団は自国のオーザムの出撃要請は断ったが、ソアラ・カンパニーの助勢にはポップからの要請がなくても駆けつけている。

それはソアラ・カンパニーに漁師団の長の娘がいるからという理由ではなかった。あの男ポップだから駆けつけたのである。ポップとダンクは親子ほど歳が違うが、その友情は後の歴史にも美談として語り継がれた。




このお話は、実を言うと『外伝』を目的として書いたのではなく、本編に入れるつもりでしたが、あまりにもオリジナルキャラクターが多くなってしまい、ボツにしたのです。しかし、完全にポイするのには忍びなくて、こういう形で発表いたします。この後の本編で、今回の外伝のキャラクターが出るのか出ないのかはここでは述べませんが、必要とあらば出していきたいと思います。
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