ここはデルムリン島、あの勇者ダイの故郷であり、彼の育ての親ブラスが天寿を全うした島である。
島の様相は勇者ダイが少年期を過ごした当時と変わらず、モンスターの楽園である。そのモンスターたちのリーダー的な存在はブラスであったが、現在はチウとクロコダインがその役割を継いでいるようだ。
チウの住み家は昔、ブラスとダイが過ごした家である。家の中にはブラスの祭壇もあり、チウは毎日祈りを欠かさない。同種族の妻を娶り、可愛い子供たちにも恵まれた。
そんな静かな日々を送っている頃、チウに珍客が来た。
「チウ!チウ―ッ!」
庭の畑を耕していたチウは懐かしい声を聞いた。すぐに誰かと分かった。
「マァムさん!」
マァムも懐かしい弟弟子の姿を見て嬉しかったのか、チウに走り寄った。バーンとの大戦後から久しぶりの再会である。
「チウ!久しぶり!元気そうね!」
「マァムさんも!」
マァムは泥だらけのチウの手を嬉しそうに握った。
「まあ~すっかり畑仕事が板について!」
「え、そう?あははは!」
チウの家からエプロン姿の大ねずみが出てきた。それに続いて小さなねずみが何人も一緒に出てきた。どうやらチウの奥さんと子供たちらしい。
「あ、マァムさん紹介するよ、ボクのお嫁さんのラミに、子供たちだよ。右からトビー、リン、ポノン、ペコ、ほらみんな、前に話したことあるだろ?父ちゃんの姉弟子のマァムさんだ。挨拶して!」
チウと同じ大ねずみの家族である。妻のラミはチウと違いスマートであり、瞳は澄んでいた。ねずみと言うよりうさぎに近い容貌で、体毛は白く、人間のマァムから見ても素朴な愛らしさを感じさせた。無論、ラミと子供たちはチウと違い人間の言葉は話せない。最初は人間のマァムに警戒したが、輝聖石を輝かせる力の源が『慈愛』であったマァムである。すぐに心を開き、子供たちはマァムに懐くように、体を摺り寄せていく。
「かわいいわあ、お父さんに似ないことを祈っているわね」
「ひどいなあ、とにかく入ってよ。お茶にしよう」
畑仕事をいったん終えて、チウは家の中にマァムを招きいれた。マァムはブラスの祭壇に祈りを捧げる。
「クロコダインのロモス襲撃以来からお会いしていなかったけれど、もっとダイのこと、お聞きしたかったわ。お亡くなりになってからそう思うなんて、私も駄目ね…」
「最後までダイくんのこと心配していたんだ…。確かバーンに言ったんだよね。『お前を倒してこの地上を去る』と…」
「ええ、そう聞いているわ…」
「だから、いつも言っていたんだ…。『ならばこの島に戻ってこい』と」
「そう…親不孝ね。ダイ…」
祭壇にはチウの描いたブラスの肖像画がある。思いやりにあふれた笑顔のブラスである。チウにはマァムも知らなかった画才があったようだ。
マァムへの茶を用意していたラミであるが、火にかけていたポットを落とした。ブラスの肖像画を見ていたマァムとチウがその音に振り向くと、ラミは苦しそうに頭を押さえていた。
『う…ううう…』
『ど、どうした?ラミ?』
『分からない…。急に体の中から…』
『え?』
『ドス黒い…邪悪の血が逆流してくるようで…!』
チウの四人の子供たちも、すでに尋常ではなく、ついさっきまで体を摺り寄せていたマァムにも敵意むき出しの眼をしている。
『い、いけない…!お父さん、マァムさんを島の外に…!』
『どうしたんだ!しっかりしろラミ!』
『この…捨て去ったはずの邪気の血…!それがどんどん湧き出てくる…!ハドラーが復活した時と同じ…!』
『なんだって!?』
『魔王がまた復活を…!はやく!このままじゃ私と子供たちはマァムさんに危害を加えてしまう…!』
ラミの危惧は的中した。『魔王の意思』に対して抵抗力がゼロに等しいチウの子供たちはマァムに襲い掛かった。
「きゃあッ!」
『なにをしている、お前たち!マァムさんが分からないのか!』
四つの子ネズミを振り払うことはマァムには容易なことであるが、さすがにそれはできない。マァムの力では、軽く振り払うだけでも打ち所悪ければ子ネズミは死んでしまう。
「なんてことなの!先生の危惧がこんなに早く訪れるなんて!」
「アバン先生の危惧?マァムさん、それって…ぐあっ!」
台所にあった包丁でラミはチウに切りつけた。
『ラミ…!』
もう愛妻に自分の声は届かない。愛らしい瞳は攻撃色の赤を示し、敵意むき出しの表情でラミは夫チウの前にいる。
『そんな…!』
その時、勢いよくドアが開いた。
「チウ!」
「クロコダインさん…!」
「クロコダイン!」
「マァム?」
クロコダインはマァムがいたことに驚いたが、事態はそれにかまっている場合ではないらしい。
「おおおおおおおッッッッ!!」
クロコダインが一喝すると、ラミとチウの子供たちは気を失った。ラミに切りつけられたチウの傷をマァムはホイミで治した。
「ありがとうマァムさん…」
「やれやれだな…」
「クロコダイン、あなたの家族ももしや…」
「ああ、妻のリザや子供たちが突如邪気に支配されて暴れだした。間違いないな」
チウやクロコダインは『魔王の意思』を跳ね返せる。しかし他のモンスターはそうはいかない。
「クロコダイン…」
「間違いない…。魔王が復活したな」
親指でチウの家の窓を指すクロコダイン。マァムは窓から外を見た。窓の外ではデルムリン島のモンスターたちが魔の力に支配され、本能のままに他のモンスターと戦いだしていた。
「これもヴェルザー復活の影響…」
マァムの言葉にクロコダインは驚愕した。
「ヴェルザーだと?あの冥竜王ヴェルザーのことか?」
「そう…つい先日、彼の宣戦布告がカールにもたらされた」
マァムは改めてチウとクロコダインにアバンの言葉を伝えた。
「なるほど、そういうことか…」
『獣王殿の咆哮と、チウくんの獣王の笛があれば島のモンスターを邪気から解放できるはず』アバンの慧眼にクロコダインは舌を巻いた。
「さすがはアバン殿だな」
「クロコダインさん、すぐに取り掛かりましょう。いつヴェルザーがここに来るか分からない。島のみんなが魔の尖兵になるなんて僕は嫌だ!今のうちにみんなの目を覚まして一致団結して立ち向かおう!僕たちの楽園を蹂躙させるものか!」
いつも大切に首からぶら下げている獣王の笛をチウは握った。
「よし、すぐにはじめよう!」
その時だった。デルムリン島は激しい地震に襲われた。
「地震!大きいわ!」
「こんな時に!」
クロコダインとマァムはチウの子供を、チウは妻を抱いて外へ出た。縦ゆれ、横ゆれ著しく土壁でできたチウの家は崩れ落ちた。
「ああ!じいさんの祭壇が!」
チウは土壁を掘り、祭壇を探した。しかし地震はまだ止まない。
「珍しいな…。デルムリン島は地震がさほどない島なのに…!?」
「本当だ。ここに住んで初めてだ…!?」
すると今度はクロコダインとチウが頭を抱えて苦しみだした。
「どうしたの?チウ!クロコダイン!」
「分からん…。今度は俺にチウや島のモンスターと同じような症状が…!」
「そんな!貴方たちに魔の力が及ぶなんて!」
「…これは『魔』の力だけじゃない…」
「え?」
ついに苦痛のあまり膝をついたクロコダイン。
「マァム…。こ、こいつは『竜』の力…まさに邪竜の…!」
その時マァムは思った。クロコダインはモンスターのリザードマン。人間や魔族より竜に近い存在である。
「だがこれほどとは…!俺の理性が奪われかけるほどの邪心とは…!」
「クロコダイン!」
マァムがクロコダインに駆け寄る。するとマァムの伸ばした手を強く叩き返した。
「去れ…マァム…!」
「クロコダイン!」
「俺とチウに理性があるうちに早く!」
地震はおさまった。しかし、マァムは悟った。地震の発動と共にクロコダインは様子が変わった。この地震はヴェルザーの何がしの仕業であろう。ヴェルザーは邪竜であり、その配下にはレオナからも伝え聞いたように強力な魔族がいる。彼らの邪悪な意思がデルムリン島のモンスター、そして世界中で山や海に住んでいるモンスターたちにも異常をもたらしていると。
マァムに小さな羽根が差しだされた。必死に自分の邪気と戦うチウがブラスの肖像画と位牌を抱きかかえながらも差し出している。
「キメラのつばさ…!」
「これでカールなり、パプニカに帰って!」
「チウ!」
「は、早く!僕はマァムさんに拳を向けたくない!」
「チウ!」
「チウの言うとおりにしろ!そしてマァム…」
右目から涙を落とすクロコダイン。
「もし…俺が破壊に酔いしれるモンスターへと落ちたなら…遠慮なく殺せ!」
「クロコダイン…チウ…!」
苦悶する二人に目をそむけるように、マァムは海岸へと走り、キメラの翼に念じた。翼に込められた移動の魔力がマァムを包む。マァムはカールへと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、ここは海上要塞。トベルーラで上空に舞い、要塞東塔上にいる主従二人と対峙するポップ。サリーヌ配下のサイヴァとのメラゾーマの打ち合いに破れ、そのメラゾーマは巨岩をも砕く鉄砲水のような火流となりポップを襲った。しかし
「へえ」
感心したように笑うサリーヌ、その巨大なメラゾーマは虚空に消滅した。
「やるもんだ。前大戦、バーンのカイザーフェニックスをかき消したと聞くが本当だったようだね」
「つまり彼にはメラゾーマが効かないわけですねえ…」
メラゾーマをかき消したポップの姿は無い。すでにポップは二人の背後に回った。右腕にはロン・ベルクが作ったポップ専用の武器『ブラック・ロッド』があった。
「その強さへの自信が命取りだ…!」
ロッドの穂先はポップの魔法力に呼応するかのように空気を裂き、うなりを上げてサリーヌの首へと伸びていった。
だがこの攻撃はポップの期待する展開とはならなかった。サリーヌはゆっくりと振り向き、指の二本だけでブラック・ロッドの穂先を挟み取った。
「たとえ女だろうと、敵であれば殺すに迷わない。やっぱり坊や、アンタ中々見所あるわね…」
「貴様に褒められたって嬉しくはない」
「だろうね」
ポップをあざ笑うサリーヌ。そして余裕を見せるかのようにロッドを離し、腕を組む。ロッドを腰に戻すと同時にポップは左腕に真空の渦を作り、サリーヌとサイヴァに炸裂させた。
「バギクロス!」
「ほう、真空の上級呪文かい。名乗りは大魔道士と聞くが潜在能力は傑出した賢者そのものと見えるわね」
サリーヌは避けるしぐささえ見せない。だが彼女の黒い羽が剛風を吹き起こし、アッという間にバギクロスの真空の刃をかき消した。
「な…!?」
すさまじい風に一瞬気を取られた時、サリーヌの横にいたサイヴァがいつの間に消えていた。東塔の上にいるのはサリーヌだけ。腕をくみ、上目遣いで、そして残酷な笑みを浮かべる魔女のみである。
「後ろですよ」
「ハッ…!」
「凍てつく波動」
ポップのトベルーラがかき消された。さらに
「マホトーン」
追い打ちに魔法使用不可の呪文まで。落下中、再びトベルーラを使うことが出来ないように。
本来、ポップほどの魔法使いならば効かない魔法封じであるが、サイヴァのそれは効力が絶大であった。
「うあああ!」
ポップは地上百メートル近い場所から落とされた。
「ふははは…地上に叩きつけられてザクロのような姿となって死ぬがいい!」
「…ちくしょう!ちくしょおお―!」
『こんなところで死ぬのかよ…!ダイア…!メルル!』
どんどん落下する速度が増す。ポップはだんだん意識が遠のき始めた。
その時、落下するポップを空中で受け止めた男がいた。スカイドラゴンに乗り、そして武装をして現れた銀髪の男。
「ラーハルト…!」
「久しぶりだな」
そしてポップを抱きかかえたまま、スカイドラゴンから飛び降り、サリーヌ、サイヴァのいる塔の上へと降り立った。サイヴァがサリーヌに耳打ちをした。
「あの男、竜騎将バランの部下、陸戦騎ラーハルトです」
「そうか…」
ラーハルトもポップと気持ちは同じである。主君ダイが命がけで掴み取った今の平和な世。それを踏みにじる者は許さない。そんな彼の戦意をあざ笑うかのようにサリーヌは言葉を発した。
「なるほど…お前…あの女の息子か」
「なに?」
「お前、魔族と人間の合いの子だろう?人間の母親の名前は確か『マチルダ』」
「な…」
「お前の母親はな、魔族の間じゃダイやアバンと同じくらいに有名な人間なんだよ。だからつまり人間の女じゃ魔族に知名度一番てことだね。ふふふ…」
一方このころ、海上要塞から出撃したモンスター兵たちがベンガーナ王国に襲いかかっていた。さきほどのサイヴァのメラゾーマが攻撃開始の合図だった。
玉座の間にも、宝物庫にも、大挙してモンスター兵は雪崩れ込んだ。国王クルテマッカ七世は全身を焼かれたうえ、バラバラに切り刻まれた。
暴君になってしまったとはいえ、それは頭の病の後遺症。前大戦ではダイたちの後方支援も担い、仁政の名君であった彼であるのに悲惨な最期であった。
欲深な臣下たちも残らず惨殺された。懐にはゴールドや宝石が溢れるほどに入れられていた。その重さで逃げることも出来ずに殺されたのだ。そして、そのゴールドも宝石もモンスターによって全部奪い取られた。惨めな死に様であった。
城は集中攻撃を受け、そして要塞からは次々とモンスター兵が押し寄せる。アキームは城に行くどころか、一緒にいるフローラを守るだけで精一杯であった。
アキームはフローラの手を取り、必死に活路を開いた。そして半壊していた道具屋に逃げ込み、持っていたゴールドをカウンターに置いた。そしてカウンターの奥に大事そうに置かれている小箱を取った。
「ハアハア…」
慌てる手つきで、その小箱を開け、その中身をフローラに渡した。
「キメラのつばさ…!」
「そのとおり、さあここはお引き下さい」
「しかしアキーム殿!」
「不意を衝かれ…ベンガーナはモンスター兵たちによりほぼ壊滅状態…!このうえ妃殿下に万一のことがあれば、私はアバン殿に合わせる顔が…!」
そのとき、道具屋にモンスター兵数体が侵入してきた。
「「キシャアアアッッ!」」
「おのれぃ!」
アキームは必死に剣をとって戦う。
「アキーム殿!」
「さあ妃殿下、行きなされ!」
「くっ…!」
何も出来ない自分を呪いながら、フローラはキメラのつばさを握り、祈った。そして移動の魔力がフローラを包む。フローラはカールへと飛んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、ここは海上要塞。玉座の間のテラスに立ち、眼下の恐怖に狂う人間たちを楽しそうに見つめるヴェルザー。その横にはヒムがいる。
「ふふ…絶景だ」
「ふん…あまりいい趣味とは言えんな」
ヒムの皮肉を聞き流すヴェルザー。
「お前も行ってきたらどうだ?主君の側に張り付いているだけが部下ではないぞ」
「ごめんだ。俺はお前を、いやお前が使っているヒュンケルの体を守るためだけにここにいる。お前を害そうとするやつがいれば戦うが、それ以外で戦う気はない」
「そうか…」
いきなりヒムが玉座の間の壁まで吹っ飛ばされた。
「ぐあッッ!」
「俺はハドラーとバーンほど寛大ではない。口を慎め」
「クッ…」
東塔屋上、ここではサリーヌとサイヴァ。そしてラーハルトとポップが対峙していた。ポップのマホトーンも時が経過し自動的に解除されたが戦闘状態には入っていない。
海の風にさらされ、塔の上には寒風が吹く。ラーハルトが乗ってきたスカイドラゴンは要塞の上を旋回していた。
「貴様が俺の母を知っているだと?」
「そうだよ。有名さ、毒婦マチルダってね!」
「なに…?」
「フッハハハハハ!」
サリーヌの高笑いが響く。
「聞かせてやるさ。どうせ暇なんだから」
「ラーハルト、聞く必要はない」
ラーハルトは動揺していた。今まで母のことを第三者から聞いたことはない。物心付いたころには母と小さな山小屋で暮していた。
そして魔王ハドラー台頭の時、母は人間に陵辱された上に惨殺された。魔族と契ったと云う理由だけで。
無論その時、まだ幼かったラーハルトも殺されかけたが間一髪でバランに助けられた。
それゆえにラーハルトは人間を憎悪し、やがてバランの元で陸戦騎として人間と戦うこととなるわけだが、サリーヌの言った『毒婦』と云う言葉が頭から離れない。魔槍を握り、かまえたまま、ラーハルトは動かなかった。
「あれは何十年前かね、魔界にバーンとヴェルザーには及ばずとも一つの勢力を持った魔族の名家があった。その頭首がラーハルト、お前の父親さ」
「……」
「で、その頭首が地上である女を見初めた。それがお前の母のマチルダさ。その場で犯されて魔界に拉致られたんだと」
「……」
「女は妾に迎えられ、しばらくしてお前が生まれた。その男にとっては三番目の男児だった。現金なモンだ。自分を犯した相手が、その世界で実力者と知るや、素直に妾になってさあ…クッククク…」
「聞くなラーハルト!」
後ろからポップが叫ぶが、ラーハルトは耳を傾けていた。今まで知らなかった母の人生を知る者が目の前にいる。
「だが華落ちれば、愛渇くもの。人間の女が若く美しい姿を保つのは不可能。夫が自分より若い女に心を奪われそうになった時…マチルダは何したと思う?」
隣でサイヴァがラーハルトを見つめて笑う。
「なんと、その若い女を殺した上、自分の愛する息子ラーハルトを次期頭首とするために他の子供も殺したのさ!アーハハハハハハッッッ!!」
呆然としてサリーヌの言葉を聞くラーハルト。そして猛然と怒りが湧いてきた。
「嘘をつくな!母が…!母がそんなことをするものか!」
「嘘だと思うなら魔界にある史書見せてやろうか?全部本当のことさ!」
怒りに全身が震えるラーハルト。後ろにいるポップも声をかけられない。
「やがて、若き日の美貌は消え失せた女は魔族の男に子供ごと地上に捨てられ、ハドラー侵攻の世の時、魔族と契った女と蔑まれ、人間の男たちになぶり殺されたとさあ!チャンチャンッ!ア―ッハハハッッ!」
「キッサマアアッッ!!」
銀髪が激怒に逆立ち、ラーハルトはサリーヌに突進した。そしてバーンパレスのオリハルコン軍団さえ瞬殺した技を繰り出す。
「ハーケンディストール!」
サリーヌとサイヴァの体が縦から真っ二つになる。
「ギャアアアアッッ!」
「グアアアッッ!」
「ハアハア…フン…口ほどにもない…」
「……!!」
鎧の魔槍、かつてロン・ベルクが作った鎧が背後から何かによって貫通された。
「バ…馬鹿な…これはハドラーのヘルズクロー…?」
ハドラーと違うのは三つの爪でない点である。一本だけの爪であるが、それゆえの鋭さや攻撃力を思わせる。そして、そのヘルズクローをラーハルトの背中に突き刺したのはサリーヌである。斬ったと思ったサリーヌとサイヴァは残像だった。
「本来ならば、私とサイヴァを倒せたかもしれない大技だけれど、怒りに我を忘れた今、隙だらけなのよ。馬鹿な坊やね…」
「グッ…」
「卑怯と思って結構よ。しかし私とサイヴァはあまり肉弾戦が得意じゃないのよ。でも挑発により敵の技を鈍らせるのは立派な兵法よ、坊や」
無造作にヘルズクローを抜き取るサリーヌ。クローはサリーヌの右手にそのまま収納された。ラーハルトの胸から鮮血が吹き出る。あまりのダメージにラーハルトは膝をついた。そのラーハルトにサイヴァが追い討ちをかけるように言った。
「念のため言っておきますが…さきほどのサリーヌ様が言った貴方のお母上マチルダの話…」
「……」
「すべて事実です。貴方の母上は魔界では夫の愛人への嫉妬と息子に権力を握らせるために悪に狂った毒婦として今も語られています。名誉なことでしょう?クッハハハハ…」
「ハッハハハハ…まったく魔族顔負けの女だよ!大したママだね坊や!アーハハハハハッッ!」
怒りにより極度に興奮したラーハルトの傷から、さらに鮮血が吹き出る。もはやサリーヌとサイヴァに言い返すこともできない。
ポップは動かなかった。怒りと悔しさに苦悶するラーハルトを見ていた。バーンを倒して数年。想像以上に自分の戦闘力は落ちていた。とても今サリーヌとサイヴァ主従には勝てない。ここは撤退するしかないと考えていたからだ。ずっとラーハルトを抱きかかえ、そしてルーラで撤退できる隙を伺っていた。
そんなポップの考えをあざ笑うように、サリーヌはラーハルトを足蹴にした。深手により何の抵抗もできないラーハルトは東塔から落下しだした。彼の乗ってきたスカイドラゴンが飛んで追うが、サイヴァのバギクロスにより、全身を切り刻まれ、落下して行った。
「ラーハルト!」
ポップがトベルーラで追う。だが今度はサリーヌとサイヴァも黙って行かせた。あやうく地面に激突する寸前、ポップはラーハルトに追いつき、抱きかかえて地面に降りた。急ぎラーハルトの深手にベホマをかける。傷が塞がり、ラーハルトに意識が戻るにつれ、彼がブツブツ言っているのにポップは気づいた。
「母さんが…母さんが…」
「ラーハルト…」
眼下でポップとラーハルトが無事なことをサイヴァは確認した。
「無事のようですね」
「ああ、まだ死んでもらっちゃ困る。走狗は狡兎を捕らえるまでは生かしておくものさ」
塔の上からベンガーナ王都を見る二人。すでに滅亡寸前、大火に包まれている。
「断末魔にあえぐベンガーナ。我らの手で止めといこうか」
「御意」
二人は空へと飛び、ベンガーナ王都へと向かった。