ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第二十一話 亡国の王女

ヴェルザーのベンガーナ王国襲撃、そして滅亡。この報は世界を瞬く間に駆け巡った。その後、海上要塞は水平線の彼方に消えていった。

ベンガーナより引き返したフローラから襲撃の知らせを聞いたカール国王アバンは、急ぎ騎士団の出陣を命じ、彼自身はノヴァとマァムを伴い、急ぎルーラでベンガーナへと駆けつけた。だが時すでに遅く、ベンガーナは焼け野原と化し、ヴェルザーは無論のこと、モンスター兵の姿も無かった。

 

マァムは王立劇場のあった場所に急いで駆けたが、見た光景は目を疑いたくなるものであった。自分の青春の舞台とも言えた劇場が焼けた廃墟だったのだ。涙を流しながら廃墟の中にマァムは入っていった。

「団長!団長!みんなぁ!」

だがマァムが尊敬していた劇団支配人のパノンも含め、建物の中に焼死体は一つもなかった。それだけがせめてもの救いだった。皮肉なことにベンガーナ王室が公演権を剥奪したことが幸いとなり劇場内は無人だったのだ。

だが悔しかった。ヴェルザーを倒して平和を勝ち取ったら、再びあの華やかな舞台に立ち、母のレイラを演じることがマァムの心の支えであった。しかし、その場所は無残にも破壊されたのだ。

 

「ちくしょう…ヴェルザー…ッ!」

「マァム…」

焼けた劇場の前で泣き崩れる弟子の後ろにアバンは静かに立っていた。

「先生…!」

マァムは涙を拭いて、師に振りかえった。

「泣きたい時は泣きなさい。私も…貴女の演じるレイラが見たかった…」

「う…うう…」

「…マァム、私は千秋楽の日に招待を受けていましたね。その招待券、私は無駄にする気はありませんよ」

「アバン先生…!」

マァムはアバンの胸に飛び込み、そして気の済むまで泣いていた。

 

その後、カール騎士団とパプニカ騎士団合同の元、生存者の救出活動に当たったが崩れ落ちた瓦礫の下から見つかる者はほぼ息絶えていた。

火災の被害も甚大であり、性別さえ分からない死体は数え切れなかった。カールとパプニカの兵士は死体を数箇所に集め、すでに焼却の準備に着手している。放置しておくと死体の腐敗が進み、どんな伝染病が発生するか分からないからだ。

アバンは世界各国に今回のヴェルザーの侵攻を告げると共に、犠牲者の亡骸の火葬を発布し、弔いのために神職の任にある者の派遣を要請した。死者が多すぎるため、カールとパプニカの神職者だけでは足りないのである。

 

ベンガーナ城は陥落しており、国王以下、家臣たちは死んでいた。ロンの『本拠地を築き、そして無差別攻撃をする』の予言は的中した。

フローラがルーラにて飛び立った場所、城下町の北端に位置する道具屋。ここにアキームはいた。

道具を収納する棚の下敷きなっており、かつモンスター兵より受けた傷も痛々しかったが、幸運にも辛うじて息はあった。ポップの回復魔法で何とか一命を取り留めたが、心痛は大きい。彼の妻子は亡くなっていた。ベンガーナの軍人で生き残ったのは彼だけであった。城にいた兵士は全員死んだのだ。

幸か不幸か、フローラとポップと食事をするためにデパートのレストランにいたのが生き残ることができた理由であろう。

焼けた城下町の跡地に作ったカールとパプニカの野営地のテントでアキームは横になったまま、しばらく無言だった。ずっとテントの中にいた。焼け野原の母国を見たくなかったからである。しかし腹を括ってテントの外に出た。覆しようの無い現実がアキームを襲う。

「これが…七代続いたベンガーナの末路だと言うのか…」

焼け野原の焦げた土を握り、そしてアキームは拳を地面にぶつけた。誰も声はかけられない。自分の命を助けてくれたアキームの失意をフローラは見ていられず、思わず背を向けた。

 

「すまん…アキーム殿。俺が一人走りして海上要塞に行かなければ…」

「過ぎたことは仕方ありません。それにモンスター兵たちは多勢で、ベンガーナ自慢の大砲も使う前に砲兵自体殺されてしまいました。地震と津波の後の大奇襲攻撃…。ポップ殿と私が共に戦ったとて結果は同じでした。気になされるな…」

「アキーム殿…」

「心ならずも生き残ってしまいました。この上は陛下や国民たちを弔いたいと思います」

死体を焼く煙が夕焼けの空に伸びていく。人々の無念が詰まった煙であった。

 

このヴェルザーの攻撃により死んだ者はベンガーナの全国民の六割もの犠牲者を出した大惨劇であった。かたや、モンスター兵の死体は一体も見つからなかった。

バーンが死んで数年経ち、平和に慣れた人々はいつしか自己を守る術を忘れてしまったのかもしれない。前大戦でもオーザム、カール、リンガイア、パプニカは魔王軍の攻撃の前に滅亡の憂き目に遭っている。

だがベンガーナとロモス、テランは甚大な被害を受けることなく終わっている。ベンガーナが魔王軍の本腰を入れた攻撃を受けなかったとはいえ、それを退けられたのは、ある意味、前大戦のサミットにてクルテマッカ七世が言ったように、充実した武器一連によるものかもしれない。

しかし今回、その武器である自慢の戦車隊も艦隊も準備することさえ出来ず船員や砲兵、そして騎士たちは根こそぎ殺されてしまった。しかも圧倒的な兵力をもっての奇襲。戦いに充分に備えたモンスター兵の大軍、それが平和慣れしてしまった脆弱な人間の国を奇襲したのである。ベンガーナに限らず勝算は無かったであろう。

 

救出活動から合同葬儀への準備へと作業が移行したころ、一つの朗報が届いた。クルテマッカ七世の娘、つまりベンガーナ王女が城の瓦礫の下から見つかったのである。あと一日発見が遅れていたら死亡していたと思えるくらい王女は衰弱していた。アキームは感涙し、王女に付きっきりで看病に当たった。

あまりにも悲惨なベンガーナの滅亡。ただ一つの希望が王女の生還だった。

 

野営地で手当てを受けた王女は眠り続けた。衰弱しきっていたため回復魔法を唱えることはできない。自然に回復するのを待つしかない。アキームは水差しからミルクを王女に飲ませる日々を送っていた。

そこにマァムがやってきた。日に一度か二度回復魔法を受け付けられるくらい回復したか確認するためである。

「アキーム殿、少し休んだら?ほとんど付きっ切りでしょ?」

「いやなんの、王女様の看病と思えば疲れなど感じません。ところで今日はどうでしょう。ホイミをかけられそうですか?」

王女の閉じているまぶたを開けて、瞳孔を確認し脈拍を測るマァム。さすがは僧侶レイラの血を引くだけあって医術も専門家とまでいかなくても、堂に入ったものだった。

「そうね。今日の夕方あたりかけてみましょう。ベホイミじゃ効きすぎて返ってショックを起こすかもしれないから、軽めのホイミをかけてみるわ」

「そうですか!よかった…」

「それにしても…」

「は?」

「母親似で良かったわね、この王女様」

滅多に冗談を言わないマァムなので、アキームは一瞬面食らったが、すぐに笑った。

「きっと今ごろ陛下はあの世でクシャミをされているでしょう」

王女の名前はキャサリン。クルテマッカ七世が掌中の玉のように愛した一人娘である。

 

「ところで…マァム殿…」

「え?」

「劇場が廃墟になったことについては…私は何と言って良いか…」

「…アキームさん、私は諦めていないわよ。女優の道をね。平和になったらね、どんな粗末な芝居小屋でもいい。このベンガーナで母レイラを演じるの!その時はアキームさんも観に来てくれますか?」

「もちろんです」

アキームにとり、ベンガーナ復興のための強力な仲間を得たようで思わず目頭が熱くなったしまった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ヴェルザー軍はベンガーナを攻撃した後、軍事行動には出なかった。海上要塞は島にあり、そしてその島は移動する。今、海上要塞がどこにあるのかは誰も知らなかった。

そして要塞のテラスから晴れ渡った水平線を見つめて、自慢の青髪を潮風に流す女がいた。ヴェルザー軍の幹部、魔科学者アグリッサである。その後ろには彼女のボディーガードである、赤い鎧の男、レッドがいた。

「やっぱり素晴らしいものね、太陽とは…。ヴェルザー様が地上を欲しがる理由がよく分かる…」

「……」

「もっともレッドは元々地上にいたものね。そんな感慨は受けないわね」

「は…」

レッドも感慨は抱いていた。こんな晴れ渡った大海原を見つめるのは久しぶりだからである。上の空で返事をする部下にアグリッサは苦笑して言った。

「…後悔しているのかしら。私の部下になったことを」

「なぜそんなことを聞かれます?」

「貴方にとっては、これから辛い戦いのはずよ」

「そんな気持ちは捨てました。私はアグリッサ様の部下、それ以上でもそれ以下でもありません」

「そう、ありがとう」

しばらく主従に沈黙が流れる。海上要塞はパプニカのあるホルキア大陸が肉眼でも見える位置くらいを南下していた。ふとレッドはかつて魔王ハドラーの拠点であった地底魔城の場所を見た。

「……」

「なつかしいの?レッド」

「別に…」

「そう…。ところで私が雑兵にソアラの商船を襲わせた時、それを妨害した黒い騎士。こいつの情報は何か掴んだのかしら?」

「正体までは分かりません。だがその者は『真魔剛竜剣』を装備していたと聞き及んでいます」

「『真魔剛竜剣』をねえ…。それじゃあ雑兵の手に負える相手ではないわね。引き続き調査を続けなさい。ヴェルザー様に楯突く気ならば早いうちに殺さなければなりません」

「かしこまいりました。では早速」

レッドがテラスから去ろうとした時、アグリッサは呼び止めた。

「レッド」

「なにか」

「私の部下になったのを後悔していないというのならば、何故マァムを殺さなかったのかしら?私は殺せと言ったはずよ。彼女の武術は少なからず我が軍にとって脅威となるかもしれないのだから」

「……」

「だがバーンとの大戦から数年、女優などにかまけている女には雑兵に任せても良かったマァムの抹殺。それを貴方が是非にと云うから命じた。だが貴方は殺さずに帰ってきた。貴女は自分が思っているほどに心を捨ててはいない。中途半端な騎士道精神は身を滅ぼすわ。この戦いに勝てば栄華も名誉も思うがまま。豪勢な居城に世界中から選りすぐりの美女を集めて侍らすと言う快楽も手に入る。それが欲しければ早いうちに捨て去りなさい」

「……」

「人間の心をね…」

「お言葉ですが、そのような栄華も快楽もいりません。私はこの戦いが終われば鎧を脱ぎ、どこかの山奥で大地を耕し、農民として一人で生きていくつもりです」

「おかしなことを言うのね、貴方はこれから、後に耕すであろう大地を破壊する戦いに身を投じるのよ」

「別におかしいことではございませぬ。人間は『破壊』と『創造』を交互に行う者ですから」

「なるほど…。それが人間の業なわけね?」

「……」

レッドはその言葉には答えずに、その場を後にした。アグリッサはそんなレッドの態度に再び苦笑し、また水平線を見つめた。

「…そして魔族と竜族の業でもある」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「こんな食事は嫌じゃ!コーンスープとバタートーストを持て!」

アキームの差し出した食事を王女キャサリンは叩き返した。キャサリンはマァムのホイミにより徐々に体力を回復し、食事を摂れるまでとなった。だが王宮の贅沢さが染み付いている彼女には野営地の食事に耐えられなかった。ベッドに座る自分に出されたのは白湯とパン切れだったのだ。

「姫様、わがままを言われては困ります」

「わがままとはなんじゃアキーム!」

「みんなこの食事で我慢しているのですよ。国民の上に立つべき姫様がそんなわがままでどうするのですか」

 

テントの中にあるキャサリンの部屋。とはいえカーテン一枚で敷居がされている粗末なものである。そのキャサリンの部屋の横ではポップ、マァム、ノヴァ、アポロが食事を取っていた。あまりのわがままに憤慨したマァムは席を立とうとしたが、

「よせよマァム、病人は昔からわがままと決まっているんだ。ほっておけよ」

「うるさいわね!黙ってられないわよ!」

とポップの制止も怒鳴り飛ばしてキャサリンの部屋に入っていった。

 

「ちょっとアンタ!」

「な、なんじゃ無礼者!アキーム、こやつを追い出せ!」

どちらにも良い態度ができずに困り果てているアキームを他所にマァムはキャサリンの胸倉を掴んだ。まだキャサリンが見ていない焼け野原のベンガーナ城下を見せるつもりなのだ。キャサリンを引きずり、テントの出入り口にズカズカと歩くマァム。アキームは真っ青になって止めようとするが遅かった。マァムはキャサリンと一緒にテントの外に出た。

「離せ無礼者!わらわにこんなことして…!」

キャサリンは目の前の光景を疑った。

「…ここはどこじゃ?」

「ベンガーナ城下」

「嘘を言うな!貴様、わらわを愚弄するか!」

キャサリンはマァムの言うことを信じようとはしなかった。ベンガーナの城下町はバーンとの大戦後にさらに発展が進み豊かで平和だった。夕暮れ時などはベンガーナ城が夕日に映えて城下町をいっそう美しい情景とさせた。

だが、今キャサリンの目の前にある光景はまるで地獄絵図だった。ベンガーナ城は焼失のうえ倒壊しており、城下の家々はなぎ倒され、あるいは焼け落ちている。あちらこちらから死者を焼く煙が上がり、僧侶たちの祈りの声と人々のすすり泣く声が悲しく響いていた。

 

ふらふらと夢遊病患者のように歩きながら城下の光景を見るキャサリン。そして膝をついた。涙が頬をつたう。

「これがわらわのベンガーナなのか…」

アキームが歩み寄る。

「姫様…」

「誰じゃ…」

「……」

「どこの誰がわらわの国を蹂躙したのじゃ!カールか!パプニカか!それともロモスか!」

自慢の長い金髪を狂ったように振り乱し、キャサリンはアキームに詰め寄った。

「許さぬ、絶対に許さぬぞ!アキーム、兵を整えよ!何十倍にしてこの怨みを晴らしてくれる!」

「兵は…おりませぬ。ベンガーナの軍人で生きているのは私一人です」

「なんじゃと!そなたいつも騎士道精神吹かせておいて、何をおめおめと生き延びておるのじゃ!それでも我が国の将軍なのか、恥を知れ!」

アキームは黙って聞いていた。しかしあまりの暴言にマァムが詰め寄ろうとする。だがポップに腕を掴まれた。

「離してよポップ!ひっぱたいてやる!」

「言わせておいてやれ。今、あのお嬢ちゃんが悪態つけるのは世界広しと言えどアキーム殿だけだ。アキーム殿もそれを分かっているから受け入れている。母国が滅ぼされたんだ。お嬢ちゃんに冷静な判断や思慮を求めるのは、まだ無理だろう」

「だけどあんな言い方!」

「マァム、俺は彼女の気持ち分かるよ」

ノヴァも悲しそうにキャサリンを見る。

「ノヴァ…」

「俺もバランにリンガイアを滅ぼされた時、あんな状態だった。バランを撃退できなかった父バウスンを罵った。俺がいたとしてもバランの攻撃を防ぐことなどできやしなかったのにな…。最低の息子だった」

「そういえば、我々が初めてノヴァ殿と会った時、貴方は実に嫌な男でしたな」

アポロの言葉にノヴァは苦笑いを浮かべる。

「そういうことです。しばらくは外から見ていましょう」

「みながそう言うのなら…。あの子がレオナやフローラ様のように、国を立て直そうとする気概を持ってくれることを祈るしかないわね」

マァムはテントに入っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「久しぶりだな。バーンパレス以来か」

「ああ」

「で、なんだ?話とは」

カールにいるロンの元に客が来た。ラーハルトである。ロンは魔族であると言う自分を考えて、あえてベンガーナの救出活動には参加しなかった。ラーハルトも同様で救出活動には加わらず、ベンガーナでポップと別れてカールへと来た。

ロンはカールに建設中である砲台の陣営にいた。ヴェルザーのベンガーナ襲撃を脅威として台場は現在突貫工事でレオナの指揮のもと進んでいる。建造中の台場から海を見ていたロンに歩み寄ってきた者。それがラーハルトだった。しばらく無言だったがラーハルトは重い口を開いた。

 

「…マチルダって女…知っているか?」

「…知っている。ザナッハの妻だな」

「ザナッハ?」

「かつて魔界で小なりとはいえ、勢力を持った家の当主の名前だ。マチルダはその妻…と言うより愛妾だな」

「どんな女だったんだ?」

「…そんなことを聞いてどうする?」

「いいから知っているなら教えてくれ」

「稀代の毒婦、魔界ではそう言われている…」

「……」

「そうか…お前、マチルダの息子か」

「事実なのか…?母がそのザナッハとやらの新しい愛妾たちを殺し、彼女たちが生んだ子供を殺したと言うのは…」

「事実だ」

ロンは酒瓶を開けた。

「そうか…」

「だがな、ラーハルト。善と悪の理というものはお前が考えているほど単純なものではない。極端な話だが、ハドラーとバーン側に立っていた者たちにすればアバンやダイは悪となるだろう」

「何が言いたい?」

「マチルダは人間。魔族の女より老いるのが数倍も早い。一方、男のザナッハは若いままで情欲は尽きない。人間との混血である子供と共に魔界の荒野に放り出されるのは目に見えている。だからマチルダはそれに対して手を打った。それだけだ。マチルダは毒婦というが元はと言えばザナッハが彼女を強姦したことが発端となっている。それについてザナッハは何の非難もされていない。彼女にとって自分の人生を狂わせ、そして性の玩具として使い捨てにしようとするザナッハこそが悪だった。頭首を息子に継がせ、共に安泰に生きていくことを望んでいたのだろう。それこそ未来永劫毒婦と呼ばれることも覚悟してな」

酒ビンをラーハルトに放るロン。

「飲め、カールのワインだが十六年ものの白だ。美味いぞ」

ラーハルト渡されたワインを飲んだ。苦い酒だった。

「つまり善悪の観点はそれぞれと言うことか」

「そういうことだな。魔族にとっては稀代の毒婦でも、お前にとっては優しい母親だった。それで十分ではないのか。言いたいやつには言わせておけばいい」

「そうはいかない。言いたいやつには言わせておくというのはな、その対象が自分である場合だ」

酒瓶をロンに投げ返した。

「俺のことならいくらでも罵るがいい。笑って聞いてやる。だが母のことを悪し様に罵ったやつは許さない。今回の戦いは…もう俺の戦いともなった」

「そうか」

ラーハルトは台場を去る。そしてしばらく行って歩を止めロンに振り向いた。

「母をかばってくれて感謝する。酒、美味かった」

「どこへ行く?」

「海上要塞を探す。あと、もう一つ聞かせてくれ」

「なんだ?」

「どうして俺の母が『優しい人』と分かった?」

「お前を見れば分かる」

「ありがとう」

ロンは台場の城壁にもたれながら、ラーハルトの背中が消えるまで見つめていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ベンガーナ王国城下跡地に作られたパプニカとカールの野営地。その中央、アバンのテントに主だった者が召集された。対ヴェルザーに備え、今後の岐路を決める会議のためである。ベンガーナからはアキームが出席の予定だったが、キャサリンは強引に出席した。そしてアバンが会議の始まりを述べ、フローラが最初の議題である『サミット開催』について口を開いた時であった。

「待て!」

キャサリンが挙手も無く声を発し、フローラの発言を制した。

「何か?」

「何かではない!ベンガーナにおいて催される会議なのに、王女たるわらわが何故こんな下座なのじゃ!わらわが会議の議長を務める。そこの眼鏡どきゃれ!」

「そこの眼鏡とは私のことですか?姫」

アバンは苦笑した。

「そうじゃ、そこはわらわの席じゃ!」

「もっ、申し訳ございませぬ!姫様、アバン公になんて失礼なことを!ここは公式の会議の場ですぞ!」

アバンが議長、フローラが書記、パプニカからはレオナの名代でアポロ、ソアラ・カンパニーの社長ポップ、そして戦いにおいて重要な役割を担うであろうマァムとノヴァも出席している会議である。酒の席と違う。今度はアキームもキャサリンの肩を押さえて強引に座らせようとしたが、キャサリンは引かない。

「会議なぞやらんでも結論は決まっておる。ヴェルザーとやらの首を取るのじゃ!」

「過程を無視して、結果だけ言うのなら子供でも出来ますよ、姫」

おだやかにアバンは諭す。

「だまりゃ!ええい歯がゆい!カールとパプニカの兵とソアラの軍船をわらわに貸すのじゃ。金は後日に倍にして返してやる。わらわがヴェルザーの首を取ってきてやるわ!」

 

「おい、そのお嬢ちゃんをテントから出せ。うるさくてかなわんぞ」

ポップの言葉にキャサリンは激怒した。

「なんじゃと、この成金魔法使いが!知っておるぞ、我が国の色町に貴様が社員と共に大挙して押し寄せて豪遊したことを!貴様のような低俗な男がようもわらわにそんな無礼な口を叩きよったな!」

「あいたたた…」

ポップは思わぬ秘密を暴露されてしまった。かつてパプニカの信号弾を保管してあった場所にメラを放ち、みなに責められたダイのようにポップは小さくなってしまった。アバン、ノヴァ、アポロは笑いを堪えていた。

「仕方ないわねえ…ポップ…」

フローラは笑っているが、目は笑っていなかった。

「だって…初めての社員旅行だからパーッとやりたかったし…。みんな有名なベンガーナの色町に行きたがっていたし…」

「アンタが一番に行きたがったんじゃないの、まったく!今度メルルにそれ言っておくからね!」

マァムはあからさまに軽蔑のまなざしを向けた。

「や、やめてくれよ!もうずいぶん前の話なのに!」

「かの色町は我が国で公式に認められていた歓楽街です。そして彼らの相方をつとめた踊り子や娼婦たちも成人に達した女性たち。別に我々がどうこう言うことではありますまい。一人前の男が女遊びをするくらい当たり前です。そんなことを一々持ち出して人を責めるとは人の上に立つ者として狭量でございますぞ姫様!」

「つまらぬ正論を言うでないわアキーム!そなた我が国の娘の体を金で買った男をかばうのか!」

 

「近衛兵、キャサリン嬢を退室させよ」

アバンがテント内にいた騎士に命じた。しかし、相手は一国の王女、みな取り押さえることに戸惑った。

「陛下の命令に従いなさい」

フローラが続けて命令を出すと、カールの近衛兵はキャサリンを取り押さえ、テントの外に連れて行った。

「は、離せ!無礼者!」

三人の近衛兵に取り押さえられながらも、キャサリンは暴れた。目には涙が溢れている。

「おのれ!貴様たちにわかるものか!国を理不尽に奪われた者の悔しさなど!」

「姫様…」

心配そうに自分を見るアキームにもキャサリンは罵りの言葉を放つ。

「アキーム!この屈辱は忘れんぞ、そなたもそやつらと同じでわらわを軽視する者じゃ!ヴェルザーを倒した後、貴様らにこの屈辱を倍にして返してくれるわ!」

 

そのとき、キャサリンを取り押さえていた近衛兵の一人がニヤリと笑った。その近衛兵はベンガーナ城の瓦礫の中からキャサリンを発見した者でもある。そして今、その近衛兵が微笑を浮かべたのを誰も気づかなかった。

(この娘…思ったより使えそうだ…)

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