ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第二十四話 埋伏の毒

アバンが各国王に言ったこと、それはヴェルザーとの共存だった。議事録を書く役目のマリンはアバンの言葉に驚いて記録が出来なかった。

「……?」

国王たちは唖然としてアバンを見た。フローラ、レオナ、アキームも絶句していた。しかし、ポップ、マァム、ノヴァは顔色を変えておらず、フォルケンは黙ってアバンの言葉を聞いている。

「現有戦力ではヴェルザーと戦うことは、あまりに無謀、このサミットは和睦に向けて話し合い、犠牲を出さずに戦いの終結を…」

 

ロモス国王レンドルがテーブルを叩いた。

「これは賢王アバンの言葉とは思えぬ!気は確かか!」

「正気です。我ら指導者の務めは国民に一人の犠牲も出さぬことです」

「アバン殿、何をもって和睦の条件とするのですか。それに和睦をするために何故あのような大掛かりな台場を築かれたのか」

リンガイア王ギリアムが訊ねた。

「台場は有事に備えてのこと。出番が無くなるに越したことはありません。和睦の条件は地上にて彼らの自治領を持つことを許すことです」

レンドルは席を立った。

「どうやら私たちは話す相手を間違えたらしい。そんなことを認めれば地上で人間とモンスターとの領土の奪い合いが起こるのは必定。賢王ではなく愚王アバンだ。失礼いたす」

 

レンドルのあとにギリアムも車椅子を動かし、テーブルから離れていった。すぐにバウスンが車椅子を押す。失望した表情でバウスンはアバンに軽く会釈し、そして主君と共に会議室の入り口へと歩いた。オーザムの王ライドはアバンに言った。

「アバン殿、国民を思うのは分かるが、それは理想論であると思う。共存は無理ですよ。こんなサミットとなり残念です」

本心から失望したのだろう。大好きなマァムを見るゆとりもなく、ライドは会議室の出口へと歩いた。

 

「先生!いや陛下!どうしてあんなことを!」

「陛下、共存についてはこの戦時中はお忘れ下さいと言ったではないですか!どうして今ここで言うのです。国王たちが怒るのも当然です!」

「我が国を滅ぼした者と、どうして共存など出来ますか!アバン公が戦わぬであれば私は一人でも戦います!」

「分かりませんか?女王、妃殿下、アキーム殿」

「「え?」」

ポップ、マァム、ノヴァは腕を組んだまま押し黙っていた。レオナ、フローラ、アキームはポップの言葉の意味が分からない。レオナが

「どう言うこと?ポップくん」

ポップが席を立った。

「陛下、私が」

「いや、私がやりましょう」

出口のドアに手をかけていたレンドルをアバンは呼び止めた。

「レンドル殿、待たれよ」

「まだ何か…?」

と、忌々しそうにレンドルが振り向くと、アバンは剣を抜き、一瞬でレンドルの側に飛んだ。

「な…!」

「乱心されたか!アバン殿!」

ギリアムの車椅子を押していたバウスンが思わず叫んだ。だがアバンの剣はレンドルではなく、その影に突き刺さった。

 

「グアッ!」

真っ黒な影がレンドルの影から浮かんできた。

「妖しい影!」

全身が漆黒の影系モンスターだ。レオナは思わずナイフを構えた。

「ググ…」

妖しい影の眼はアバンを睨んだ。

「たとえ、どんなに邪気を消しても私の目はごまかせない。君たち『妖しい影』が二体、この会議に潜んでいたのは分かっていた」

「グ…ク、グフフ、馬鹿なことを言う。和睦などと世迷言を抜かしよって、ヴェルザー様がそんなことを受けると思っているのか?」

「さあ、どうでしょう。貴方たち密偵がいたことは私たちに取って幸いだった」

「なに…?」

「空烈斬!」

「グアアアアッッ!」

 

妖しい影は消滅した。だがアバンはもう一体いると言っていた。国王たちは恐る恐る自分の影を見つめていた。剣を鞘に収めながらアバンは言った。

「心配いりません。もう一体はすでに逃走しています。もう海上要塞に帰っているでしょう」

「な、なぜ逃がしたのですか?」

ギリアムの問いにアバンは笑って答えた。

「先の私の言葉をヴェルザーに伝えてくれれば何かと便利なのです。各国王たちは私から離れたことも知り、アバンは事なかれ主義の腰抜けとヴェルザーに思わせることが出来ます」

「では、さきほどの会議は囮…?」

「そうです、ギリアム殿。なにしろ咄嗟のことでしたから、ついつい田舎芝居となりました。まあ、さほどの効果は期待出来ませんが少しの油断を誘えるかもしれません」

「いや…まことに申し訳ございません。とんでもない暴言を…」

レンドルは素直に頭を下げた。

「良いのですよ。では皆さん、再び席についてもらえますか」

「いや~。敵を欺くには、まず味方から。お見事です。さすがはマァム殿のお師匠様ですな。私もそんなことではないかと」

ライドは調子の良いことを言いながら、さっきの着順とは違う場所であるマァムの隣にちゃっかり座った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「和睦だと!」

冥竜城、ヴェルザーの間。玉座に座るヴェルザーの元に生き残った『妖しい影』の報告がもたらされた。ヴェルザーはその報告を聞いても顔色一つ変えなかったが、傍らにいるヒムは驚いた。

「和睦とはどう言うことなんだ!」

同じくヴェルザーの間に控えるサリーヌは笑った。

「和睦とは戦いを止めて仲良くすることよ。そんなことも知らないの?脳みそも鉄屑で出来ているようね」

「ふざけるな!この女!」

「おうおう、怖い怖い」

「サリーヌ、ヴェルザー様の御前なるぞ、控えなさい」

緊張感の無いサリーヌにアグリッサは釘を刺した。

「…ふん」

しばらくすると、ヴェルザーは笑い出した。

「昔、勇者で、今はただの平和主義の国王か…。ベンガーナの攻撃から間を空けてやったのが裏目に出たようだ。小人なりに考えたらしいな」

「我が君…」

「いささか拍子抜けだが…まあよいわ。どこかの三流魔王のように俺は武人として勇者一行と雌雄を決する気はない。戦う気がないのならそれも良し。ただ潰すのみだ」

「しかし我が君、敵の総帥はアバンです。こちらの密偵を逆用して偽りの情報をこちらに流しているのかもしれません」

玉座からヴェルザーは立ち上がり、漆黒のドラゴンローブをなびかせた。

「どちらでも良いわ。アグリッサ、当初の予定通りカールに向けて冥竜城を出せ。ベンガーナと同じくカールも劫火の炎で焼き尽くしてくれる!ハーハハハハハッッ!!」

ヴェルザーは水平線の向こうに在るカール王国を見て笑った。冥竜城は波しぶきと立ててカール王国へと進んでいった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「こ、これから間もなく戦闘状態に?」

「そうです」

レンドルは驚きのあまり、思わず立ち上がった。他の国王たちも驚きの色は隠せない。

「アバン殿!急にそのようなことを言われても兵たちの心の準備もありましょう!開戦を予想していたのであれば何故一言…」

バウスンの言葉をギリアムが制した。

「先ほどライド殿が言った通り、敵を欺くには、まず味方から。それに前もって我らに知らせていたら、決戦を挑むことをヴェルザー側に洩れた恐れもある。また我らもこの国までやってこなかったかもしれない。それほどの敵に挑むのであれば世界の国々が一つになって立ち向かうべきだ。どのみち我らは海のモンスターや獣、ヴェルザーの襲撃に備え全軍を連れてここに来ているんだ。ちょうどいいではないか。招致の方法などどうでもいい。私はアバン殿の考えは誤っていないと思う」

「ギリアム様…」

「確かにギリアム殿の言うとおりだ。我らも国防の策を持って来てはいるが、突き詰めれば世界の軍が連合して、どうヴェルザーに対するかで集約されている」

レンドルの言葉にライドも頷いた。

「この上は、大勇者と呼ばれるアバン殿の指揮下に加わり、世界一丸となってヴェルザーに対するまでですな。ところでアバン殿、我らを会議と称し呼び出した、その裏の真実はヴェルザーとの戦い。その戦いに我らの参加を請うからには勝算はおありなのでしょうな。勝てずと分かって戦いを挑むのは三流の美談にすぎない。それをお聞かせ願いたい」

アバンは首を振った。

「いや、ここからはカールとパプニカ、そしてソアラ・カンパニーで戦います。他の国王たちを巻き込む気はございません。このままお退きください」

「「は?」」

ギリアム、レンドル、ライドは顔を見合わせた。

「ど、どういうことですか?アバン殿」

レンドルが訊ねた。

「ヴェルザーは、かつて我々が戦った大魔王バーンと魔界を二分したほどの竜です。バーンの力を考慮するとヴェルザー自身がどれだけの力量なのか推察するのは容易です。ベンガーナをわずか半日で壊滅させるほどの力…。失礼な言い方ですが、諸侯たちの力では生き残ることはかなわないでしょう」

ライド以外の王は騎士出身である。レンドルとギリアムはアバンの言葉に不快を覚えた。

 

「今回のサミット、それは前大戦においてミストバーンが鬼岩城をもって、サミット開催中のパプニカに攻めたという故事をそのままヴェルザーにやらせるためです。今までの彼の動向を見るに、かつてのミストバーンの侵攻を皮肉る可能性は高い。そして、それは的中しました」

「では、そのために我らの呼応を…?」

「その通りです、レンドル殿。利用するような真似をして申し訳なく思います。この戦いに勝ち、生き残ったら改めてお詫びいたします」

「アバン殿…」

「私の計算では海上要塞がこのカール沖に現れるのは約五時間後、充分にカール湾から抜け出られるでしょう。早く退避して下さい」

 

会議室に静寂が流れた。だがフォルケンの声がそれを破った。

「困りましたな…」

「フォルケン老?」

「アバン殿は三国の王を国民たちの笑い者にしたいと見える」

「は?」

「フォルケン老の言うとおりですな。開戦直前の陣から逃げ帰ったなんて知られたら、私たちは後の人に何と言われるでしょうかねえ…。何と言われようとオーザムは残って戦いますよ」

「ライド殿…」

「ライド殿の言うとおりです。リンガイアも残ります」

「ロモスもです。さあアバン殿、時間がない!この議論はこれでおしまいにして、貴方が立てられた作戦と陣立てをお聞かせ下さい。そのあとは世界の国々が一体となり、海上要塞、いやヴェルザーに挑むのみです!」

アバンとフォルケンの、何か意図を含める視線があった。リンガイア、ロモス、オーザムの参戦は最初からアバンとフォルケンの作戦にあったようだ。

三国の方から参戦を希望したと言うのが重要な意味を持つ。つまり国王の戦意そのものが将兵の士気に繋がるからである。

 

開戦予定時刻まで、およそ五時間。アバンは一つ一つの升目を埋めるがごとく、理路整然と作戦を出した。リンガイア、ロモス、オーザムの持ち場も決まっていたことから、アバンは三国の王たちが帰らないことを見越していたのだと感じたが、不思議と『してやられた』とは思わなかった。世界がどうかなる瀬戸際の戦いに参加できるなど、そうあるものではない。その高揚感に勝るものは何も無い。

 

人類史上初と言っていい『大海戦』である。手本となるような海の兵法書なども存在しない。だが海の知識ならポップは一流である。開戦時の天候、潮流、風向きなども、すべて彼の頭では予想されていた。

そして、ポップが見越した五時間後の戦場の状況にそって、各国の陣立ては決められた。兵士や騎士たちは、主君からこれからヴェルザーとの戦いが始まると聞き、最初は戸惑い、恐怖を感じたものの、世界が一つになって巨悪に挑むと言う事実が彼らの士気を上げるのに、さほどの時間は要さなかった。

前大戦では世界の一握りの者しか前線に赴かない戦いであったのが、今回は世界の総力をあげて戦うのである。兵士たちの迷いと恐怖は、この高揚感によって徐々に消えていった。カール王国の南岸に建てられた台場、これを『カール水塞』と呼ぶことになるが、この水塞を中心に兵士たちは指示された持ち場へと駆けていく。士気は天を突かんばかりであった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

海上要塞の東塔の最上階、ここにサリーヌとサイヴァはいた。サイヴァは主君サリーヌに聞いた。

「本当にアバンは和睦を切り出してくるのでしょうか」

「策だよ。こちらを油断させるためにね。おそらくは『怪しい影』の存在に気づいて咄嗟に思いついたのだろうさ」

「油断…と言っても実際にこちらの戦闘力に軽減は図れないでしょう。どのみちヴェルザー様はカールを滅ぼすつもりなのですから」

「そうかしら?」

「え?」

「ヴェルザーは、アバンの和睦の話を聞いたら、とっとと女たちを抱きに行った。人間の体になって以来毎日、まるで猿みたいに女を抱いている。モンスター兵たちもベンガーナのような楽勝を見越して酒を飲んでいる。とても戦闘前の雰囲気じゃない。これだけでもアバンの策は成功と言っていいわね」

「ですが、ヴェルザー様に性の快楽を教えたのはサリーヌ様では?」

「そうだっけ?」

サリーヌは鼻で笑った。

「まあ、確かにベンガーナで拉致って来た女たちをヴェルザーにくれてやったのは私だけれど快楽に溺れるのは、やつ自身の気の問題さ。しょせん、その程度のやつということ」

「モンスター兵たちに酒を飲ませたのも…?」

「ま、飲酒を禁じなかっただけだけどね。大将が酒色に溺れているのだから、兵が軍律を守るわけもない。ベンガーナを容易に滅亡させたのが転じて命取りとなる。愚かなトカゲ。その油断こそが竜の騎士に値するほどの大敵なのにね」

「その通りです」

「その油断のせいで、バランにやられた直後に脆弱な精霊たちに封印されるなんて大失態を犯したというのに何の反省もしていない。この冥竜城の戦闘力だけでカールを落とせると考えているのなら、つける薬はないね」

「この要塞では落ちませんか?」

「前大戦、パプニカで行われたサミットを襲ったミストバーン、あいつが持っていったデカいオモチャはパプニカ落とせたかい?」

「…確かに」

「ましてや、冥竜城の戦闘力はポップやフローラ王妃がベンガーナで見ている。何らかの防備の手立ても講じているだろう。この戦いは負ける」

 

サリーヌの顔が紅潮してきた。そして残酷な笑みを浮かべる。

「クックククク…。聞けばロン・ベルクは『ヴェルザーはアバン側に対して一切の油断は無いだろう』と言ったらしい。しかし、それはロン・ベルクともあろう者の、とんだ見込み違いだ。ベンガーナに大勝したことと拉致ってきた女たちとの酒池肉林で、あっさりそれは瓦解した。女と酒と、そして安易に得られた勝ち戦、竜と言っても男、堕落させるには簡単だったよ。ずっと石像のまんまでいたから、かなり溜まっていたのかもね…。アッハハハハッ!」

自分の思うように事が運ぶサリーヌは自らの高揚を抑えきれない。

「では…」

サイヴァを見てサリーヌは笑った。

「分かっているだろう?私たちは元々ヴェルザーを地上の覇者にするため従ってきたのではない。人間の兵法でもある『埋伏の毒』。つまりは陣営の中に潜み、弱体化を図り、かつ他の敵と戦わせ『二虎狂食の計』で漁夫の利を得ることさ!竜族ヴェルザー、人間の強者たちの集大成であるアバン陣営、これらが潰し合ってくれれば言うことない!魔族台頭の世の到来さあ!アーハハハハハハハッ!」

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