ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第二十六話 風

滅亡したベンガーナから拉致してきた女たちとの房事に満足したヴェルザーは、竜王の間に戻り、玉座に座った。

「アグリッサ、そろそろカール到着か?」

「我が君…」

「どうした?」

「アバンがサミットで言っていた和睦は偽りでした」

「そうか」

「密偵がいると悟り、とっさに偽情報を流したのでしょう」

「ふむ…」

 

玉座で足を組むヴェルザー。

「まあよい、ベンガーナがあまりにもあっけなかったゆえに、カールに軍備を整えさせるため時を置いてやった。武人として雌雄を決する気はないが少しは歯ごたえが欲しかったからな。楽しめそうだ」

「さ、さらに」

「なんだ?」

「モンスター兵は…泥酔状態にございます」

「なんだと!?誰が飲酒を許可したか!」

「サリーヌでございます」

「何を考えておるか!和睦と言う話が持ち上がっていたとしても我らは敵地に向かっておるのだぞ!」

「はっ、はい」

「アグリッサ、そなた何故止めなかった!」

「レッドと共に開戦に備え、要塞砲と食料の備蓄の確認をしていました。その隙に…」

「いいわけはよい!」

「は…!」

「サリーヌを呼べ!俺が直々に問いただす!」

「我が君…」

「何をしている、サリーヌを呼べ!」

「そのサリーヌはサイヴァと共に勝手に出奔いたしました。間違いなく戦線離脱かと…」

「なに?」

アグリッサはヴェルザーが見られなかった。どんな怒りの咆哮が待っているか分からない。だが、ヴェルザーは静かに目をつぶり苦笑しただけだった。

「やはり…あの男の娘だけあるな」

「……」

「俺はおろか、母親まで平気で裏切るか」

「我が君…!」

「いや…元々サリーヌの絵図では組み込まれた予定だったのやもしれぬ。『埋伏の毒』の計か。敵陣に忍び込み、将として仕えつつ、その勢力の弱体化を図る謀略…。しかも開戦前に離脱とは、あやつ、我らとアバンらとの戦いで漁夫の利を得ようと算段しておるな。味な真似をするものよ。どうやらサリーヌは父親の血の方が濃いようだな…。母親のそなたより奸智に長けておるわ」

「すぐに追っ手を向けます…!とうに縁は切っているもののサリーヌは私の娘。連れ戻し、我が君の裁きを受けさせます!」

「捨て置け、この先サリーヌがどんな謀略を駆使するかは知らぬが、あやつの思い通りにはならん。アバンたちを掃討したのち、あやつも片付ける。ザボエラの娘ごとき、敵ではないわ。フッハハハハ」

 

玉座の間の壁にもたれ、二人のやりとりを聞いていたヒムも、あのサリーヌがザボエラの娘と聞き、さすがに驚きの色を隠せなかった。

「まさか…あの女がザボエラの娘だと…?」

「……」

「レッド、お前は知っていたのか?」

「さあな…どうでもいいことだ…」

「…まあ確かにな…。だが…」

「だが…なんだ?」

「ヴェルザーにはバーンと違い、ミストバーンのような男がいない。開戦前だってのに、ヴェルザー軍幹部のこの体たらくは見てられんな」

「……」

「この城の戦闘力、そして自分の竜としての戦闘力だけで地上を破壊しようとしているのなら、この戦いは負ける」

「よくしゃべるやつだ…」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

カール王国王都から、南に進むと沿岸に当たる。そこから伺う海がカール湾というわけであるが、カールの水塞はその沿岸に築かれた。断崖に傾斜の緩い箇所があり、その天嶮を利用してアバンとレオナの指揮の元に建造されたのである。台場が高低随所に四箇所。各二十五門ずつ配備された。

海辺は軍艦が何艘も停泊できるように堅固な港が構築され、砦のような連絡所が何箇所も置かれている。

そして水塞の頂上に部位に本陣が設置された。石造りの簡素な本陣であるが、砲弾の直撃でも受けない限り倒壊することもない。そして、そのカール本陣を守る主なる人物はフローラ、メルル、ノヴァ、へろへろ、フォルケン。そしてその護衛をすべく、屈強な騎士たち三百人が守りを固めた。

また、元パプニカ軍人で、現ロモス大学工学教授バダックもこの戦いに参加をしている。彼はロモス大学の工学教授の椅子もかなぐり捨ててカールへとやってきた。高齢のためパプニカ軍人を退役したといえども、レオナに対する忠誠心に変わりはない。

だが、バーンを倒してようやく得られた平穏な日々。子供も巣立ち、やっと夫婦水入らずの生活。そして安定した大学教授と言う仕事。また愛妻もそれほど体が丈夫ではない。ヴェルザーとの戦いが時間の問題となるころ、彼は参陣すべきか否かを悩み、時々考えことをすることが多くなった。

そんなある朝、バダックが起きた時、枕元には彼が魔王軍との戦いにて着用していた鎧と軍服がきちんと繕われて置いてあった。彼の愛妻が置いたのである。そして何も言わずに笑った。

バダックは再び軍服を着て、大学教授を辞し、カールへとやってきた。老いて体力も衰え、かつ、しばらくも剣を握っていないが、気迫はなおも盛んの彼である。前衛の将がアバンとするならば、フローラは後陣の将。バダックはそれを守護する重要な任務についた。

 

アバンは総大将でありながら前線に立ち、他の国王も安全な場所で戦いを見送らず、自ら前線に立った。この点が兵の士気が天井知らずであった理由だろう。これより以前の時代でも、後の時代でも、君主が前線に立つことはなかった。だが、この戦いでは国王という国王は全員が前線に立った。後世、この海戦に立ち向かった王はすべて傑出した国王たちと称賛されている。

本陣の任務は、情報収集。高台からの戦況の分析。その情報を前線部隊への伝達。武器、弾薬、兵糧の輸送。負傷兵の治療。五芒星魔法陣の守備。総司令官アバンの指示を伝令兵で円滑に各船に伝達すること。総司令官が前線にいるため本陣というより指揮本部に近いだろう。その全権はフローラが任され、フォルケンがその補佐に当たった。

 

カール水塞はヴェルザーの要塞に備え、海岸の地形をうまく利用し築いた要害である。アームストロング砲が百門も完備され、決してヴェルザーの要塞に引けはとらない。アバンとポップが唱えたマホカトールは、水塞もカール王国、そして前線の船団も全て覆ってしまう魔法のドームであった。出来る防備は可能な限り施した。

 

だが遠めに見ても、やはり海上要塞の規模は圧巻である。徐々に近づきつつある海上要塞をまだ静かに迎えるカール水塞。この時、本陣はすでに動いていた。

メルルを始めとして、世界から集められた屈指の占い師たちが水晶玉でヴェルザーの海上要塞の随所を拡大して投影する。そしてそれをソアラの船大工たちが急ぎスケッチをし、簡単な略図を描き続けた。

水平線からヴェルザーの要塞が姿を現して、わずか三十分後には要塞の大まかな立面図は出来上がり、本陣および各船、そして台場の砲撃手たちの手に渡された。

砲台手たちを指揮するのは、元ベンガーナ将軍アキームである。アキームは図面を見て言った。

「要塞の砲撃台場は五箇所、配備されているのは各台場に八門。まず我らの役目は、その台場を無力化することにある。今から照準を合わせるのだ!」

「「ははッ」」

砲撃手たちは図面に則り、急ぎ照準を合わせた。

 

「魔界の砲学の技術がどれだけ進んでいるのかは知らないが、このアームストロングはアバン殿が図面を引き、ベンガーナとソアラの職人たちが作り上げたもの!射程距離は勝るはず。わずか五メートルでいい。こちらの方が長ければ、あの要塞の台場の無力化は可能なはず!」

だがアキームの気持ちは少し晴れない。主君である王女キャサリンが行方不明であるからだ。あの時、アバンに悪態をついた後、キャサリンはベンガーナの野営地から忽然と姿を消した。できれば今回の戦いでもベンガーナの代表として世界連合軍の陣にいてほしかった。でもキャサリンは姿を消していた。

(キャサリン様…今どこにおられるのですか…)

アキームは、ずいぶん探し回ったがとうとう発見には至らなかった。彼は主君の身を案じながらも目の前の任務を遂行するため、水平線から徐々に迫る要塞を見つめた。そして総司令官の旗艦、アバンが乗る船、カール王国一の軍艦、鉄甲船ポセイドンの合図を待った。

 

アバンは冷静だった。ポップの部下であるソアラの船大工たちが書いた立面図を双眼鏡片手に照らし合わせていた。

「見事…!ほとんど狂いがない」

すべての船は、マホカトールの内側にある。まず中級レベルのモンスターや、イオラ、ベギラマ程度の魔法相手なら安全圏である。だがカール水塞の砲台射程距離まで、およそ時間にして二分。戦場の緊張は高まった。

旗船マトリフに乗る、ポップ、でろりん、ずるぼん、そしてエイミやバロンの額にも汗がにじんだ。だが要塞からモンスター兵が出てこないことに、でろりんは疑問だった。

「社長、モンスター兵が出てこないのはどうしてでしょうかね」

「並みのモンスター相手なら、マホカトールの外壁に触った時点で蒸気と化すからな。それを危惧してだと思うが、いささか静か過ぎるな。さっきの偽和睦が効いているのか、いずれにしても静かだ」

「敵さんにも色々と事情があるのかもねえ」

ずるぼんが脳天気に言うと、ポップとでろりんは苦笑した。

「だといいんだけどな」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

冥竜城台場からアグリッサはアバンの作った水塞を双眼鏡で見ていた。彼女が海戦の指揮を取ることになったのであるが、すぐ兵たちに突出を命じなかった。全員に酔いを醒ますように命じたあと、浮島の速度を落として様子を伺っていた。傍らには側近のレッドもいる。

「さすがはアバン…。本陣、水塞、船の配置…。すべて法にかなっている」

「彼は知恵者ですからな」

「レッド、貴方どちらの味方なの!」

「……」

「…ごめんなさい、少し気が立っていて…」

「いえ、私こそ軽率な言葉でした」

「でも認めざるを得ないわね。知恵者と言うことを。人類がこれだけ規模の大きい海戦を行うのは初めてのはずなのに独創だけでよくあそこまでの陣立てを…」

「……」

アグリッサは双眼鏡をレッドに渡しながら笑った。

 

「さっきは変なところを見せたわね。あんなに取り乱した姿…レッドに見せたくなかったのに…」

「いえ…」

「そう、私はザボエラの妻だった…。ザムザとサリーヌは私とザボエラの子。あの男の子供。だから愛情なんて湧いたこともない。忌まわしいあの男の血を引くもの。愛せるはずがない!」

レッドはザボエラと面識がない。だが、その人となりは伝え聞いている。容貌はとても女性に好意をもたれる様なものでなく、かつ、その奸智は外道極まりないと。

魔界の貴族とでも釣り合うほどの美貌のアグリッサがどうして、そのザボエラの妻となったか、レッドならずとも疑問に思った。しかし、そんなことは部下が訊いて良いことではない。だがアグリッサは語った。

語ることによって海戦の緊張をほぐしたかったのか、たった今ヴェルザーに叱責されたのを忘れるためか、それとも、ただレッドに聞いてもらいたかったのか、アグリッサは語った。

「何年生きたのか、数えるのも面倒になるほど女をやっているとね。男の容貌や性格なんてどうでもよくなってくる。欲しいのは、その男の持つ力。私はザボエラの能力が欲しかった。あの頭脳と魔力、それが欲しくて私自身の身につけたかった。そのために妻となった」

「その習得した頭脳と魔力によって作られたのが私ということですか?」

「そうなるわね…」

アグリッサは苦笑を浮かべた。

「最低の男だった。今まで魔法で操ることでしか女にありつけなかった男だから、私が妻になりたいと言ったら飛び上がって喜んで…。毎日、まるで猿みたいに私の体を欲しがった。あの男に触れられるたび寒気がしたものよ」

「どうして、そこまでしてザボエラの能力を会得しようと?」

「性格は最低でも、あの男の持つ魔科学の知識は魔界最高レベルだった。その魔科学を会得したかったのよ。ヴェルザー様復活のためにね」

「復活のため?」

「ヴェルザー様が食らった封印の厄介さは、術者である精霊自身にも解けないということにあるの。しかし魔法であることには変わらない。問題はその魔法の性質、それを解析すれば良いのだけれど私一人でどんなに調べても分からなかった。だからサボエラの持つ魔科学の頭脳を会得して、さらにそれを私が研究して高めればあるいはと思ったのよ。結果、成功したわ」

「では、あのヴェルザー様の彫像から発して、ヒュンケルを襲った怪光線は…」

「そう私が作った。そのために…私は何度ザボエラにこの身をくれてやったことか…ッ!」

「……」

「狭量な小男のくせに性欲だけは三人前…ッ!出来ることなら私が殺してやりたかったわ!」

レッドは黙ってアグリッサを見ていた。心の中にあった怒りを口に出したアグリッサはため息を吐いた。その時、報告が入った。モンスター兵の体から、完全とは行かずとも戦闘に支障がない程度に酒が抜けたと言う知らせだ。また逆に酒が入った方が勇武絶倫になるモンスターもいる。戦闘準備は整った。

 

「さて、おしゃべりはここまでね」

「……」

「レッド、兵の指揮をお願い」

「承知いたしました」

レッドはその場を去る。

「レッド…」

「…は」

「聞いてくれて…ありがとう」

「…いえ」

「貴方がまだレッドと言う名前でない時に、私に聞いたことがあったわね、『お前は何者だ』と」

「昔のことです。アグリッサ様が何者であろうと、もはや私には関係ありません」

ぶっきらぼうに答える部下に、アグリッサは笑った。

「その質問に答えておくわ。今回の戦いはそれほど熾烈になりそうだから」

「……」

「私は魔族でもなければ竜族でもない。そして貴方と同じ人間でもない…」

「は…?」

「私は精霊よ」

「な…?」

「竜の騎士バランに倒された直後にヴェルザー様を封印した三人の精霊…。私はその中の一人」

冷静沈着なレッドもさすがに言葉を無くした。

「三人の精霊のうち、二人は封印の時に生命力を使い果たして絶命したけれど、私は生き残った」

「い、意味が分かりません。ならば、なぜ今ヴェルザー様の配下に?」

「恩がある…。まだ冥竜王と名乗っていなかった若竜の頃のあの方にね…。それだけよ」

「……」

「さ、兵をまとめて出撃の体制を取らせて。敵兵全て皆殺しにしなさい!」

「……」

「何しているの、早く!」

「ははっ」

 

 

晴天、波穏やか、北北西の風、気温十二度、これが開戦当時のカール湾の状態である。アームストロング砲は海上要塞の台場にピタリと向けられているが、唯一の不安要素は風向である。大砲により生じた要塞の火災が、そのまま船団やカール水塞に飛び火しかねない。だが、それもポップの計算の中にあった。これが開戦直前におけるアバン陣営最後の作戦であった。実行者はたった二人である。

「でろりん、本陣の大砲の射程距離に要塞が入ってくるまでの時間は?」

「およそ一分かと」

「よし!エイミさん!バロン!」

二人はポップの指示が下ると、マトリフ号の船首に飛び移った。

「本当に実行することになるなんてね。バロンに言われて、ずっとあの日から修行していて良かった」

「それはお互い様だ。さ、始めるぞ!」

アバンも二人を見守った。そしてレオナも。開戦において最後の作戦がマトリフ号から発動されると聞いていたからである。双眼鏡でマトリフ号の船首を見つめるレオナ。

「マリン…。エイミの横にいる賢者…まさか…」

「は?」

レオナの横にいたマリンも双眼鏡を覗いた。想像もしていなかった人物が妹の横にいたので、さすがのマリンも驚きの声をあげた。

「か、彼は?」

「髪こそ長くないけれど間違いない。バロンだわ」

「どうして彼がマトリフ号に…」

レオナはその言葉に答えず、ただ微笑を浮かべた。かつて自分を殺そうとした家臣であるバロン。だが発想を変えれば、あの時にバロンが反逆を起こさなければダイと自分の出会いも密度が薄いもので終わってしまったはずである。

そう考えると、過去のしこりも不思議なめぐり合わせとして消えうせていた。凛々しい横顔で海上要塞を見つめるバロンにもはや邪気はない。戦う賢者の顔である。

「もはや、彼は反逆者ではないのですね」

「は?」

「マリン、邪な気を持つ者を、ポップくんがこんな重要な局面に用いるわけがない。エイミも信じるはずがない。いまや彼は一人の賢者バロンなのです。私たちも彼を信じましょう」

「そうですね、女王」

 

レオナは顎で船尾の方向をマリンに示した。船尾にはマトリフ号の船首を見て涙ぐんでいるアポロがいた。

「嬉しいでしょうね。懐かしい兄弟子、いえ友との再会なんだから…」

「そうですね。あんな嬉しそうな顔、見たことないです。少し妻として妬けますね」

「男同士の絆には、時に女の入る余地が無いからね~」

レオナもマリンも、かつて裏切り者の反逆者と罵られた男の参戦を心から喜んでいた。中でも弟弟子であり友であったアポロには格別であった。

アポロはじっと見ていた。潮風に賢者のローブをなびかせて、要塞を凛々しく見つめる、かつての友を。

前大戦で、バロンの参戦をメルルが取りなしても、アポロは頑として首を縦に降ろさなかった。まだ反逆罪を許していなかったのも確かだが、その時のバロンにはバーンとの戦いで賢者として返り咲くという邪な気持ちがアポロには見えたからである。『死に場所を与えてほしい』と言う言葉もアポロには信じられなかった。

だが、今のバロンは違う。功名を望むような顔はしておらず、まるで風を流す柳のように静かな顔をしていた。それこそがアポロが見たかった顔なのだ。

同じ師に学び、共に泣いて笑った、同門の友。だからバロンが反逆を起こしたことは許せなかった。自分を裏切るならまだしも、師とレオナを裏切ったのだから。しかしマトリフ号の船首に立つバロンの顔は、そんな過去のしこりを瞬時に消してしまうものだった。

「バロン…」

アポロの顔は涙で濡れていた。

 

バロンとエイミは海上要塞を見つめ、やがて呪文の詠唱を始めた。二人が『海戦において必要となるかもしれない』と見込んだものはイオナズンやベギラゴンと言った強力な攻撃呪文ではなかった。だが絶対に必要となると確信し、この日まで練習を重ねてきた。

魔力の乱気流が二人を包む。詠唱にわずかなズレもなかった。こうすることで、二人の呪文がかけ合わさり、相乗効果を生み絶大な効力を発揮できるからである。詠唱が終わった。そして発動される呪文はエイミ自身のシンボルだった。まるで夫ヒュンケルにメッセージを届けるかのように。

彼女自身の賢者としてのシンボル『風』を

 

「「天候呪文!」」

二人は両の腕を天空に掲げた。

 

「「ラナ・ウインド!」」

 

カール水塞、そして各々の船に掲げられた旗が一斉に今までの逆の方向になびきだした。北北西の風が瞬時に南南東に向きを変えたのだ。カール陣には追い風となる。『ラナ・ウインド』はマホカトールの中で発動されたゆえに、フォルケンが五芒星の形に配置した輝聖石にも連動されて魔力が増幅された。海面の波さえ、沖に一瞬逆流したのである。

 

そしてそれは、海上要塞の砲台でカール陣を見つめるアグリッサには向かい風として吹き出した。

「南南東の風!?しまった、ラナの呪文で!」

要塞下で出撃準備をしていたレッドもそれに気づいた。

「風向きが変わった…」

人が飛ばされるような強風ではない。だが要塞側でこの風の向きを変えようと同様の呪文を放ったとしても、元に戻せないと悟らせるには十分ほどの魔力が込められた風であった。

自分たちに課せられた最大の任務を無事に終えた、バロンとエイミは額の汗をぬぐい、そして手を叩き合った。

「やったわね」

「ああ、だがこれからだ。油断するなよ!」

「もちろんよ!」

 

向かい風になったとはいえ、海上要塞の進行は止まらない。やがてカール水塞に備えられたアームストロング砲の射程距離に入った。

 

そしてカール艦隊の旗艦ポセイドンに乗るアバンは右手を空に掲げた。ポップとアキームも続けて右腕をあげた。そしてアバンの右手が海上要塞を指す。アバンの号令が大海原に轟いた。

「撃て―ッッ!」

台場にいるアキーム、船上のポップも海上要塞を指し号令一喝。

「撃て―ッッ!」

「撃て―ッッ!」

水塞のアームストロング砲百門は一斉に火を吹いた。後の世に『カール湾海戦』と伝えられる人類史上初の大海戦が、いま幕を開けた。

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