激しい戦いの中で、前大戦で負った大怪我のため歩行の出来ないリンガイア国王ギリアムは輿に乗って、兵たちを指揮していた。
士気の高揚のあまり、輿を担ぐ兵たちはいつの間にか『エイトウ、エイトウ』と言う調子を取り、輿の上の国王を守りながら戦い、ギリアムは愛用の『狩人の弓』を使い、次々とモンスター兵を射抜いていた。味方の兵に当たることはない。彼は深手を負う前はノヴァと共に戦った凄腕の弓術士だ。ロモス武術大会六人衆の一人狩人ヒルトも『リンガイアのギリアム王太子には敵わない』と称賛するほどである。
リンガイアの船にはどんどんモンスターが乗り込んでいった。そして操舵室と国王であるギリアムに狙いを定めて攻撃を仕掛けていた。やがて、どんどんリンガイア勢は押されていった。
本陣でそれを見つめるノヴァは加勢に駆けつけたい気持ちを抑えていた。本陣には食料と弾薬が置かれており、医療班や軍務、神職を行う非戦闘員も多い。これらの護衛隊長をアバンから任じられたのがノヴァである。持ち場を離れることは許されない。双眼鏡からガルーダ号の甲板を見つめ、自国の騎士団の勝利を祈った。
「がんばってくれ!父さん!陛下!」
「キシャアアアアッッ!」
「クエエエエエエッッ!」
戦いに酔いしれるモンスター兵の咆哮が轟く。劣勢に陥ったリンガイア勢はどんどん押されていった。ノヴァの父バウスン将軍の脳裏に総員退避の選択肢が浮かんだ時であった。ギリアムの乗っていた輿が甲板に崩れた。担ぎ手の兵士がモンスター兵の一閃を浴びたのだ。
国王の乗っていた輿が崩れたのを見て兵たちの士気は一気に下がり、バウスンは総員撤退の指示を出す決心をした。だが国王のギリアムはすぐに甲板で座位となり、矢を射る。
「弓術奥義『魔連弩』!」
実際の弓矢を射るのではなく、魔力で作られた見えない矢がモンスター兵を次々と屠る。敵にとっては悪夢のような弓矢だ。そしてその獅子奮迅な戦いぶりはバウスンのみならず一度士気が落ちたリンガイア兵に闘志の炎を燃やしていく。そしてギリアムが弓を掲げて
「我に続け!」
「「おおおおおおおおおっ!」」
兵士の一人がギリアムの体を担ぎ、再び輿に乗せた。輿を担ぐ兵士たちは再び『エイトウ、エイトウ!』と調子を取り、全兵士を鼓舞して士気を上げた。形勢は逆転し、モンスター兵はガルーダ号から撤退した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後の歴史家の中には、リンガイア、オーザム、ロモスの軍勢は、どうしてカールを守るために、ここまで、と思う者もいた。
しかしこの場にいる各国王たちは分かっていたのだ。もしカールが落とされれば次は自分の国であると言うことを。そしてそうなった時、今回ほど陣容を整えて戦うことが不可能であることを。
特にカールと同じギルドメイン大陸にあるリンガイアにとってはカールを守るのは自国を守ると同じである。一度、旧魔王軍によって滅亡の危機を見たリンガイアとオーザム。今回のヴェルザーの侵攻にしても滅んだベンガーナ王国がどれだけ悲惨な末路を辿ったか。リンガイアとオーザムの国王と将兵は国家滅亡の悲惨さは骨身に染みている。ようやくバーンとの大戦から復興の兆しが見えだした今、絶対に退くことのできない戦いであった。
そして、それはソアラ・カンパニーも同じである。この戦いに負ければ自分の命、家族、仕事も誇りも失うのだ。戦わなければ無事に済む、ヴェルザーがそんな生易しい相手ではないことはベンガーナの滅亡を見て誰もが知っている。負ければ地上全てがベンガーナと同じ最期を迎えると分かっていた。生き残るためには戦って勝つしかないのである。
ソアラの社員は少なからず不幸な人生を歩んできた者が多い。家族をハドラーとバーンのモンスター兵に殺され、時にはわずかな食料を奪い合い同じ人間に伴侶や子供を殺され、絶望を味わってきた者もたくさんいる。身分制度も厳しい時世、権力者は何もしてくれない、与えてくれない、仕事もない。だから盗むしかない、奪うしかない、春を売るしかない。そして余計に蔑まされる。そんな苦難をずっと味わってきた者たちばかりだ。
そんな自分たちを認めて過去も問わずに手厚く迎えて重用してくれる男が現れた。それがポップである。不遇の時を過ごしてきた者たちから見れば、勇者アバンと勇者ダイよりも『勇者』であった。
彼の手により、生きがいと誇りを取り戻した者がどれだけいるだろう。だから彼らは、彼女たちは退かない。やっと掴んだ誇りある仕事と家族を守るため。そして自分たちの大将と共に歩み続けるために。
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この海戦で取られている艦隊の陣形は横陣で、最右翼を任されているのがソアラ艦隊である。船の数はどの王国よりも多く、乗っている船員たちは猛者ばかりであった。
その最右翼には多勢のモンスター兵が大挙して押し寄せた。最前線の指揮官であるレッドはマホカトールで力の落ちたモンスター兵では分散してはやられると考え、一艘に絞って撃破するよう部下に命じた。水面から顔を出し、一艘一艘見ていくレッド。
そして見つけた。若い娘が指揮を取っている船を。容貌から呪文を使うタイプでも、戦士の女でもない。レッドはその船に眼をつけた。
海中の爆発により、ほとんどのモンスターは聴力を失っている。さすがのレッドも命令系統を持続することはできず、ほとんどのモンスター兵は好き勝手に各船に襲いかかっているが、何とかレッドはソアラ艦隊の一艘に向けて命令を発することのできるモンスター兵を一定数確保できた。
自軍は今混乱している。まずは前線で船を一艘奪い、前線拠点にして兵の再編成を行う。その後にマホカトールを構築している大柱五本のうち、一本でも破壊すること。そうすればカール水塞は裸同然。
それがすべて上手く行けば、まさに電撃作戦であるが現時点ではそこまでは無理とレッドの予想にあった。まず前線拠点の船を奪う。これが第一に行うべき作戦である。レッドから見て一番に脆弱と思える船がある。彼の指が静かにその船を指した。
その時、マホカトールの中の海上、一斉にモンスター兵がその船目掛けて襲いかかった。
「来たわ!全員、二人一組で敵に当たりなさい!」
「ディーネ、お前は船室に退け!」
「ダメよ、トウヤ!ここは私たちが死守しなくては!船長の私が逃げるわけにはいかない!」
「キシャアアアアッッ!」
モンスター兵が銛をディーネに突き下ろす。ディーネの専用武器『二連魔弾銃』が炎を吹いた。
「グギャァァァッッ!」
(この船を落とさせてなるもんか!)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ソアラからカールに出航中、ポップの旗船マトリフにディーネはいた。そして船団長室にいるポップから魔弾丸を入れた木箱を渡された。
「ほら、すべての弾丸に魔法詰めておいたぞ」
「ありがとうございます」
「ディーネ」
「はい」
「いいか、決して無理はするなよ。万一のことがあったら、俺は君の父ダンクに合わす顔がないからな」
「はい」
「ダンクには言ったのか?今回の戦いのことを」
「いえ、言えば父は止めるでしょうから」
「まあ、そうだな。娘を前にして言うのも何だが彼は古風な男だ。『女が戦場に立つなんて』なんて言いそうだし、まして相手が相手だからな」
「今だから言えますが」
「ん?」
「私、社長がヴィオラに来なかったら今ごろオーザムの王都で娼婦をしていました。城下の金貸しに村人はずいぶんとお金を借りて借金の返済期限も近づきつつありました。返せない場合は村の娘たちは売られていたんです」
「ひどい話だな」
しかし、この当時はそういう状況に迫られ、心ならずも娼婦になった女は多い。ハドラーとバーンの侵攻で夫を失い、家や財産を失った女は枚挙に暇がない。
そして、それはバーンが勇者ダイによって倒されても元に戻ることはないのである。アバンに見出されたマグダレーナやポップの計らいで廃村を免れたヴィオラの村娘などは、ずっと幸運な方なのである。
不運で、そして力のない女はみんな娼婦になった。それでしか生きる術がなかったからだ。
そのヴィオラの村娘だったディーネは幸運を理解していた。『体を売らずに済んだ』幸運を分かっていた。だからこそ彼女はカンパニーの仕事にそれこそ身を粉にして働いて取り組んだ。一日が二十四時間で足らないくらいに我武者羅に働き、そしてその働きが認められて船長となった。
だが、世の中は何が起こるか分からない。ソアラ・カンパニー二人目の女船長になり、順調に業績も上げていたが突如に冥竜王ヴェルザーとの戦いが勃発した。
実戦経験が無いディーネは戸惑った。だが引くことは出来ない。ヴェルザーに世界が屈したら、自分は生きがいとも言える仕事を失い死ぬことになる。今もバーンの侵攻の傷跡に泣く女は多いのに、ヴェルザーのおかげで、またそんな悲劇を味わう女が増える。抗うことができず、ただ己にかかった悲劇を嘆き悲しむしかない女が増える。
しかし自分は戦える。バーンとの戦いでは何も出来ずに、ただ願うしかできなかったのに今度は一翼の将として戦えるのである。
初めてと言っていい実戦が、世界の運命を賭けた大海戦。怖かった。だが逃げられない。自分は船長。そしてヴェルザーに立ち向かえる『無力な女たちの代表』なのだ。
そして、それは彼女の部下たちにも伝わった。かつて同じ村の幼馴染のトウヤはディーネの船専属の船大工であり航海士である。ディーネが船長になると彼女の部下になりたいと上司のバロンに頼み込んだのである。
ヴェルザーと戦うか否か、それをポップに告げられた時、戦うべきか、退くべきかを考えていたディーネ。船長である以上、船員の命を預かる。自分一人で決めていいことではない。そして彼女は戦うことを決めて家を出た。船員たちが否と言えばポップと同様に無理強いはせず、ポップの船に一船員として乗せてもらおう。そう思い家を出た時、船員全てをまとめてディーネの家の前で彼女を待っていたトウヤがいたのである。
ポップは黙ってディーネの話しを聞き、そして微笑んだ。
「『無力な女たちの代表』か。いつまでも下を向いていると思ったら大間違いだ、てことか」
「はい、そう思うと逃げてはいけないと感じました。戦う機会を与えられているだけ、私は幸せなのだと」
「だが生きて帰るぞ。ディーネ、死ぬ気で戦って死ぬな。トウヤにもそう伝えておけ」
「はい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
銃声と共に空となった薬きょうが飛ぶ。新型の二連魔弾銃。撃鉄を引くと使い果たした魔弾を自動的に放出して、新たな弾を銃身に込めるのである。製造が難しくソアラ・カンパニーでもまだ二挺しか製造されておらず、メルルとディーネしか所持していない。そのディーネの二連魔弾銃が炎を、氷魔法ヒャダルコを噴く。
トウヤと、他の船員たちも船長の守りを固めた。しかし、あまりにも敵は多勢である。
本陣から状況を見ているフローラが急ぎ指示を出した。
「ソアラの一船が集中攻撃を受けている!周りの軍船に加勢を命じなさい!」
「ハハッ!」
伝令兵が本陣から駆けて行く。緊急を要する場合のため、伝令兵の大半はトベルーラを使える者たちである。フローラからの指示を受けた数人の伝令兵は本陣から出ると同時に空へと舞った。
「しかし、他の船もすべて攻撃を受けている。加勢などに行ける船がどれだけあるか…。水塞からの弓も届くはずがないし…本陣から兵を割くしかないかしら…」
「いやフローラ殿、それは危険でございましょう。五芒星陣図、台場、本陣の守りでも今の人数でギリギリです。それではこちらが兵力分散の愚を犯すことになりますぞ」
「フォルケン老…」
「ご案じなさるなフローラ殿、我らの思うより、ポップ殿の作られたカンパニーの方々の仲間意識は強いようですぞ」
「え?」
「右舷旋廻!ディーネ隊の加勢に入るよ!」
「合点でさ!アネさん!」
「ディーネ隊の船に突き進め!乗り込むよ!」
「「オオッ!」」
ディーネの船に真っ先に加勢に行ったのは元海賊オルシェ率いる武装商船であった。他のソアラ艦隊の船は現在交戦状態中で加勢はできない。比較的攻撃が手薄だったオルシェの船は、乗り込んできたモンスターを蹴散らし、すぐにディーネの船に加勢へと向かった。
ソアラ・カンパニーでは女船長はまだ二人しかいない。オルシェとディーネだけである。歳もそんなに離れていないので、二人はヴィオラで出会って以来の親友である。
「急ぎな!」
「「ヘイ!」」
ディーネの二連魔弾銃は休む間もなく呪文を撃っている。
「ハァハァ…」
攻撃力がある分、その反動もすさまじい二連魔弾銃。もはやディーネの右肩は腫れ上がっていた。だが攻撃の手を緩めるわけにもいかない。
「ディーネ!オルシェ隊がこっちに向かっているぞ!援軍だ!」
「トウヤ!みんな!援軍が来るまで持ちこたえるのよ!ソアラ艦隊に敗北の二文字はない!」
「「おおおおおっっ!」」
ディーネの鼓舞と援軍の船影でディーネ隊の士気は上がる。だがモンスター波状攻撃は止まらない。
「しつこいわねっ!これでも食らいなさい、バギマ弾!」
銃口から呪文が飛び出すと同時だった。ディーネの肩に鈍い音が発した。
「あぐっ!」
ディーネの右肩が脱臼した。
「ディーネ!」
「ううう…」
あまりの激痛にディーネは甲板に膝をついた。トウヤは急ぎディーネを守ろうとするが、モンスターに阻まれそれができない。
「くそったれ!」
トウヤの武器はトンファーであるが、もはやボロボロの状態である。鋼で作られたトンファーがもう湾曲していた。
ディーネの船を加勢に向かっているオルシェが叫ぶ。
「間に合わない、誰か弓を!」
モンスター兵がディーネに銛を突き立てる、その瞬間だった。モンスター兵の顔面に銛が突き刺さった。ディーネは右肩を押さえながら銛の飛んできた方向を見ると、三艘の漁船が一直線にディーネの船へ向かって来ているのが見えた。先頭の船は村の旗と、そして『大漁』とデカデカと書かれた大きな旗がなびいていた。
「大漁船ヴィオラソアラ号…パパ!?」
ヴィオラソアラ号の見張り台から、本陣に向けて手旗信号が送られた。メルルがそれを読み
「『我ら、オーザム王国のヴィオラ村に暮らす武装漁師団。義によってソアラ艦隊に助太刀いたします…』妃殿下、味方です!武装漁師団の援軍です!」
「武装漁師団…」
メルルは、かつて廃村直前だった漁師町ヴィオラをポップが救ったことをフローラに伝えた。するとフローラは微笑み
「さすが我が夫アバンの弟子ね。ふふっ」
ディーネを襲うオクトパスに銛を投擲したのは彼女の父、漁師団長ダンクであった。船首に堂々と立ち、号令を出した。
「いくぞ野郎ども、漁師の戦い方を天下に示す時ぞ!腹を括れ、俺っちの娘に喧嘩売ったことをモンスターどもに後悔させてやる!」
「「「おおおおおおっっ!」」」
「どうしてパパがここに…。オーザム王国から出撃要請を受けても断ったと聞いたけれど…」
「オーザム王国の要請を断ったとしても、カール湾で海戦が始まるかもしれないと言う情報は得られるだろう。それで駆けつけてきたんじゃないか」
「トウヤ…。うん、そうだよね」
離れて暮らす父親が駆けつけて来てくれた。ディーネは嬉しそうだ。ヴィオラのダンク率いる漁師団の加勢にオルシェ隊も加わり、ディーネの船からモンスター兵は後退した。
「大丈夫かい?ディーネ」
右肩を痛々しく押さえるディーネにオルシェが手を差し伸べた。
「ええ、ありがとう」
「しかし、アンタの親父さん。いいツラになっていやがったね。廃村直前のヴィオラに行った時は死んだ魚のような目をしていたけれど、変われば変わるもんだ」
「私のパパだもの」