カール王国はバーン侵攻の痛手からアバンとフローラの手腕により復興を遂げた。人口はアバンとフローラの名声と人望から増え続け、今ではベンガーナに次ぐほどの大国となっていた。
善政に務め、現在ではアバンの称号は『勇者』から『賢王』に変わっていた。『賢王アバン』国民にアバンはそう呼ばれていた。しばらくは王妃と共に宰相の立場にもあったフローラであったが、その身にアバンの子が宿ると宰相の座を退き、今は王妃としてアバンの側にいた。一女の母である。
しかし、いかにアバンと言っても最初からカール王宮全員から国王として認められたわけではない。たとえ大勇者と云う称号があっても彼はカール王国では一騎士団員に過ぎなかったのであるから。女王フローラが見初めた人物と云うだけで、そう簡単にフローラ同様に忠誠を誓えるものではない。中にはフローラへの恋が破れて、単なる感情論でアバンを嫌う者もいたのである。
またアバンの生家ジニュアール家はカール王国の名家ではあるが、本家分家とも学者筋のために代々カール王室に仕えたジニュアール家の者は議論の人物が多かった。老臣の中にはアバンの祖父や父に論破された者も少なくなく、その血を引くアバンを快くは思っていない。
だがアバンがまだ一騎士に過ぎなかったころは波風も無く、アバン自身もその陽気さで騎士団の同僚やフローラの側近の幕僚たちとも仲は良かったが、国のトップとなると別問題である。
ハドラー侵攻時まで対等、後輩であったのに一転して国王である。しかも、その妻は全騎士と全幕僚の憧れフローラである。議論の家柄、そして我らのフローラ様にこの世でただ一人触れられる資格を得た者。それが君主となったのである。拒否反応は自然であったろう。戦後の混乱期に乗じて国を乗っ取った。フローラ様を悪知恵でたぶらかした。などなど王室や城下の庶民に至るまで、アバンの不評を並べた。
そして、それをフローラが庇うから余計に拍車がかかる。普段は温和でもの静かなフローラであるが、夫の噂、特に根拠のない悪口が耳に入ると烈火のごとく怒ったのである。アバン自身はそんな不評を歯牙にもかけず、怒るフローラに『まあまあ』と言うだけで陽気に笑っていた。
そんなある日、アバンを新王と認めない一派は、フローラから正式に王位を譲られたばかりのアバンに『カール王国復興・再生案十八条』を作り、これを会議にて一斉にアバンへぶつけたのである。答えられなければ笑ってやるつもりだった。
アバンを新王と認めない一派の長ホルス。彼は前大戦にて竜騎将バランに殺されたカール騎士団長ホルキンスの父親である。そしてアバンがカール騎士だったころには、アバンのはるか上役にいた人物でもある。
魔王ハドラー台頭の時代のころは、国防に頭を悩ませていた彼であるが、あのアバンの『ジタバタしましょう』でずいぶんと救われた気がした。彼自身ジニュアール家の者は好まなかったが、今までの議論だけの男とは違うと、アバンを認めて買っていたのである。
しかし魔王軍六大団長バラン率いる超竜軍団の侵攻にてカールが滅亡した時、その気持ちは変わった。
(生きていたのなら、どうしてカールを助けにこなかった。お前はカール騎士であろう。お前がいれば、あるいは息子は命を落とさなかったかもしれない…)
この感情が彼をして、新王アバンの誕生に反対を唱えさせたのかもしれない。しかし、これは私怨。息子は騎士団長という職責を全うして戦死を遂げた。アバンの加勢があれば助かったかもしれないと思うのは息子の霊を返って辱めることとなる。それを認識していたホルスはアバンの器量が自分の納得いくものであるのならば忠誠を誓うつもりでいた。そして彼はアバンに書面に記した復興案と再生案をアバンに叩きつけた。
「まず一条目ですが…と云う具合ですが、この件、いかがお考えでしょう?」
「……」
アバンは答えない。だまってホルスを見ていた。ホルスもアバンをにらむ。腹の中で答えられない愚か者と思っていた。
アバンは「次は?」と言った。ホルスは二条目を言う。アバンはまた答えない。「次」三条「次」四条と繰り返し、そのまま十八条全部を聞いた。ホルスは忌々しいと思ったが仕方ない。根気強く全部語り続けた。
「他には?」
とアバンが訊いた。
「以上です」
「そうですか、では」
と言ってアバンは答え始めた。
「第一条、二条は私がなんとかします。三条はフローラの職務に当たりますので彼女に一任します。四条は私の一存ではどうにもなりませんので、後日に再びそれについて皆さんと話し合いましょう。五条、六条は皆さんの判断に一任します」
と、理路整然と答えた。ホルスや他の一派の者はあっけにとられた。アバンはただ「次は?」と聞いていたわけではなかった。全部覚えていたのだ。そして一度にまとめて答えたのである。なんて頭の鋭い男かとホルスは一驚した。『頭のよさ』の模範試合を見せられたようだった。しかしアバンは別段それを誇る色も見せない。
「ですが第九条の『王城の改修』は却下です」
「な、なぜですか。恐れながら王城は魔王軍の超竜軍団の攻撃により破損著しく、一番に着手すべきと愚考しますが」
「ホルス殿の言うとおりです。白鶴城とも呼ばれたカール城が雨漏りしていては他国の笑いものでございます」
ホルスと同じ一派のものが同意見を出すが、アバンは言った。
「その通り、まだバーンが残した傷も多く、言ってみれば今は世界中が雨漏りしています。幸いにしてカールが大戦後も復興できたのはフローラや皆さんたちの尽力も無論のこと、カールを慕う国民あればこそ。先の大戦で家族を失った者、手負いを受けて寝たきりになってしまった者、そしてそれを介護する者もいます。ですが我ら王室は彼らに何の報いもしておりません。このうえは1ゴールドでも蓄え、産業を興して国を潤し、国民に報いたいと思っています。我らの城など一番の後回しで結構です。笑いたい者には笑わせておけばいいのです。城づくりより人づくりに心がけてください」
この言葉にホルス一派は何も言い返せなかった。穏やか、かつ丁寧に言ってはいるがアバンの言は威厳に溢れていた。
「第九条を除けば全体的に良い復興案、再生案です。しかし第十条と第十七条は矛盾していますね。整合を願います」
そして静かにアバンは席を立ち、微笑んで
「本日は城下の視察があるので、これにて失礼。明日の朝議にて会いましょう」
会議室から出て行ってしまった。ホルスは完全にしてやられたと思った。だが気持ちのいいやられ方だった。一派の者は顔を見合わせ自分たちの狭量と人を見る目の無さを苦笑した。
「父さん…」
テーブルの末席にいた若者がホルスに歩み寄った。
「アモスか」
アモスはホルスの次男であり、ホルキンスの弟である。バランとの戦いで討ち死にした兄の埋葬を負傷で動けない自分に代わってヒュンケルへ懇願した若者である。
彼もまた、アバンがいてくれたなら兄は助かったかもしれないと思っていた。故郷が襲われている間に破邪の洞窟で自分の戦闘力をあげていたアバンをカール騎士の使命放棄と考え、新王アバンの戴冠を快く思っていなかった。
破邪の洞窟はカール領にある。超竜軍団が攻め込んできた時、アバンは暗い地底の中とはいえ、カールにいたのである。
アバンはハドラー討伐後に姿を消した。それはハドラーを倒すような強大な力は返ってカールに混乱をもたらすと考え、王女フローラの引き止めも聞かず野に下った。戦士ロカも同様の理由で退役を望み、アバンと同様にフローラに引き止められはしたが、彼も野に下った。
だがフローラや幕僚、そして騎士団もアバンとロカを騎士団の名簿から削除しようとしなかった。つまりアバンはカール滅亡時もカール騎士団員として登録されたままだったのである。知らぬ事とは云え、使命放棄と非難されても文句は言えず、アバンも受け入れている過ちでもある。その気持ちが彼を仁徳の王として歩ませたのかもしれない。
だが、今のアバンを見て、アモスは気が変わった。智者であるには言うに及ばず、まず民を第一に考えるアバンの姿勢に感動したのだ。
「父さん、俺気が変わったよ。前大戦にてアバン様はカールに来なかったんじゃない。来られなかったんだ。冷静に考えれば地層百階以下にいて、地上の凶変なんて神様でもない限り察知なんてできないよ。カールを見捨ててじゃないんだ。アバン様は、もっと大きな、世界の平和を勝ち取るために、大勇者のプライドも捨てて命がけの修行をしていたんだ。そして今、アバン様は民第一の政治を行おうとしている。助けに来ることができなかった自分を責めているのかもしれない。民たちに尽くそうとしている。俺たちも手伝おうよ。きっと兄さんも…」
「みなまで言うな」
「父さん…」
「分かっておるわ。いつまでも昔のことを根に持っていたら、あの世のホルキンスにブン殴られてしまうわ!『クソ親父!』とな!」
以降、ホルスを初め、一派の者はアバンの忠実な臣下となっていったのである。
王室のアバンへの不評はこれで消えたものの、次はそれよりも手ごわい国民である。
領民たちも美しい女王フローラを敬愛していた。領民に取り、自国の君主が美しいのは何よりの誇りであるのだ。それが夫アバンに王位を譲ると、やはり不平不満があがった。たとえ大勇者であれ為政者としての資質はどうなのかと。
しかし、さすがはアバン、民心掌握も見事に成し遂げる。やり方は極めてシンプルで治癒魔法が並みの僧侶よりはるかに長けた彼は前大戦で負傷し、寝たきりになったものや、体や顔に傷を受けた女たちを一人一人回って治したのである。
これで人望が得られない方がおかしい。アバンは国民に恩も着せずゴールドも取らなかった。『自国の民の傷を治す術を王が心得ているのであれば、それを施すのが当たり前』と彼は笑って言った。後の歴史家には『領民への点数稼ぎ』と云う辛らつな者もいる。
しかし治療を受けた国民たちは、それこそアバンをかけがえのない君主と認め、敬愛した。娘たちなどはアバンが城下を通ると『アバン様ーッ!』と黄色い声をあげたと云う。
そんな名声を慕い、人口が増えるのは無論のこと、王室に仕官を希望するものも多かったが、一人、変り種の者がいた。このエピソードこそが、アバンを後に『人使いの名手』と言わせた由縁であり、彼の元に優秀な人材が集まった理由である。
その変り種の者、それは大女であり、そして醜女。両親や兄弟はバーンの侵攻により他界しており、その容貌から嫁のもらい手もない。天涯孤独な女だった。食べていくためには働かなくてはならない。
復興中ならば職もあるだろうと思い、カール中の街や村に行ったが、彼女を雇うものはいなかった。
覚悟を決めて妓館にも行ったが、そこにも相手にされない。もう1ゴールドも無かった。どうせなら、もっとも雇ってくれそうにないところに行って直談判してやると半ば自棄になってカール城に行った。
だが反応はやはり冷たかった。まるで犬を追い返すように『帰れ帰れ!』と云う門番。その態度に憤慨したが、彼女は堪えて『そういわずに、この城で働かせてください』と頼み込んだ。ついに根負けした門番は城に通した。
城中に入ったものの、考えてみれば誰に自分の雇用を頼んでいいか分からない。城内は広い。迷っているうちに彼女はカール城の中庭に入り込んだ。そこでは騎士たちの錬兵が行われており、身分の高そうな騎士もいた。その騎士に女は言った。
「私をこの城で働かせて下さい」
見当違いの頼みに、その騎士もまた彼女を邪険に扱った。
「いきなり何だね。そんなことを私に言ってもどうにもならないぞ」
錬兵していた騎士たちも、彼女の見当違いの頼みに笑い出した。
「おいおい、ここは人事の窓口じゃないぞ」
「それにしても大きい女だなあ。百八十センチはあるのじゃないか?」
「それじゃもらい手もないだろうなあ」
嘲笑の中、女は耐えた。その時である。後に女が『神の声に聞こえた』の述懐した言葉が彼女にかけられた。
「やめなさい。レディーに対して失礼ですよ」
生まれてこの方、レディーなんて言われたことはなかった女は声の主を見た。それは眼鏡の奥の瞳が優しい男だった。
「いいでしょう。お雇いたします。で、貴女は何ができますか?」
「ち、力仕事ならば…!」
「ほほう、ならば今、貴女を笑った不心得者を投げてごらんなさい」
「へ、陛下、そんなあ!」
笑った騎士たちは青ざめたが、同時に女も青ざめた。
「へ、陛下って…。もしかして国王様?」
「はい」
「あの…その…」
「何をしているのです?遠慮はいりません。貴女を笑った者を投げ飛ばしてみてください。あなたの力が見たい意味もあるのですよ」
「勘弁してくださいよ、陛下~」
「覚悟を決めなさい。私の前でレディーを笑ったものはペナルティあるのみです」
歓喜に震えた女は、今までの不遇を払うかのように、笑った騎士たちを投げ飛ばした。だがちゃんと受身を取れるように投げたのである。
国王は無邪気に笑い、拍手していた。思う存分に暴れた女は国王にひれ伏した。
「嬉しゅうございます…!国王様のような殿方は初めてで…」
もうその後は声にならなかった。ひれ伏する女の手をとり、国王は言った。
「私はアバン。よろしく」
「ア…アバン?まさか魔王ハドラーを倒したという…?」
「アハハハ、そんなこともありましたね。で、あなたのお名前は?」
「は、はい!マグダレーナといいます!」
「ほう、よいお名前です。あなたに相応しい」
今まで言われたこともない言葉。世辞であることはわかっている。だが歓喜の涙が止まらなかった。これまで力仕事ができると自分を売り込んでも、さんざん力技をさせておいて笑い者にして『やはり、おまえのような醜女は雇えない』といわれた。
だがアバンは最初に雇うと約束して、それを見たのである。彼女自身に仕返しをさせると云う計らいも兼ねて。
マグダレーナは最初下女として雇われた。台所仕事や人の嫌がるトイレ掃除も率先してやった。『怠けては国王様に申し訳ない』と、とにかくよく働いた。そして、しばらくすると台所の経理を担当していたので、アバンは家臣に聞いた。
「どういうことです?」
「はい、実は彼女の算術能力は大したものでして、下女にしとくにゃもったいないと思いまして…」
「ほほう~」
アバンはニヤリとして、その家臣を見た。その家臣はかつて新王アバンの即位に反対した一派に属していた文官である。
「な、なんですか?」
「いえ、マグダレーナを採用する時、あんなに彼女を馬鹿にしていたのに才能があると分かれば経理という重要な仕事に就ける君たちの器量に感心したのですよ」
「陛下のお人柄がうつったのですよ」
文官は笑った。
カールの城の改修はバーンの討伐から四年後に施工された。その費用の捻出もマグダレーナのやりくりによるところも大きかった。
落成後もカール城は、外観も城内も『白鶴城』の別名に相応しいものとなった。廊下や各部屋の掃除も行き届き、道具や武具なども、ちゃんと納まるところに収まっている。それはマグダレーナが使用人に指示して片付けさせたものであった。
「マグダレーナは人を使うのがうまいですね」
アバンが云うと、マグダレーナは微笑み、
「陛下の方がお上手です。その私を使いこなしておいでですから」
「そうですかね?私はなーんにもしていませんが」
照れくさそうに笑うアバンの顔を見るのがマグダレーナは好きだった。そのマグダレーナも今では王妃フローラや筆頭大臣ホルスの信任も厚く、そして二人はそれを見出したアバンの眼力に感嘆した。
そして、こういう話は人から人に伝わるものである。駄馬と蔑まされていた雌馬を麒麟に変えたアバンの下には、今まで俗世を離れて隠遁していた知恵者や内政家たちもアバン様の下でならとカール城に訪れるのであった。その麒麟たちを使いこなし、アバンはカールをいっそう発展させていった。
新たなカール城が落成のころには、もう一つ嬉しいニュースがカール王国を歓喜の声で湧き立たせた。 アバンとフローラの間に待望の男児が生まれたのである。彼らにとって二人目の子供である。最初に出来た子は女の子であり、フレデリカと名づけられ、今は生意気盛りの三歳であり、弟の誕生を心から喜んだ。王子である長男はアルフレッドと名づけられた。待望の王子誕生に国中が祝いの美酒に酔いしれた。
弟子たち、ポップ、マァム、ヒュンケルから祝いの品々と手紙が届き、ロモス、パプニカ、オーザム、リンガイアも贈り物と祝辞を述べる使者をカールに送った。まさにカールは幸せの絶頂にあった。
しかし、南東の隣国であるベンガーナは少し違った。国王のクルテマッカ七世は最近まで頭痛に悩まされていた。時に心臓の鼓動と共鳴して頭痛はクルテマッカを襲う。
だが養生の甲斐あって、ようやくその頭痛から解放されたが問題が残った。性格が変わってしまったのだ。しかも時に激しく、時に温和にと、頭の病の後遺症と王室は考えていた。後の歴史家もそう位置づけている。
温和なときは、かつて前大戦においてダイや諸侯たちに対して見せた寛大さや思慮深さが垣間見えたが、時に一転して暴君さながらになる。部下たちは腫れ物にさわるように主君に対した。
世継ぎである長男ハンクが大戦の二年後に病死した事も、クルテマッカの病に拍車をかけたのかもしれない。
そして、クルテマッカは怯えていた。実体の無いものに。部下が自分にとって代わり、ベンガーナの王になるのではと。さらにいえば北西の隣国カール王国に。
彼から見て、アバンは脅威だった。即位してわずか数年で名君、賢王と呼ばれ、どんどん国が発展して人口が増え、優れた臣下も多く、騎士団は再び世界最強と呼ばれるほどの武勇を誇っている。
また、極端なことを言えば、アバンの戦闘力ならば彼一人でベンガーナの全将兵を撃破できてしまうかもしれない。これは大勇者と呼ばれるアバンの戦闘力を考えれば不可能なことではない。アバンはそんなことを考えたこともないが、その事実がクルテマッカを一層怯えさせたのだ。
そして、彼はあることを思い出した。バーンがこの地上に残していった物。それを使えばカールを倒せる。そして自分の身も安泰。カールを倒した後は、このベンガーナを目に入れても痛くない愛する娘に継がせよう。
構想というより願望と言っていい独りよがりな未来図であった。そしてバーンの残した、そのある物。民から集めた税金を湯水のように使い、世界中に人を派遣し、とうとうクルテマッカに発見の報告がもたらされた。
歓喜のあまり、こんな大切なことまで、絶対の秘密としなければならないこの事さえ、クルテマッカは愛する娘に話してしまった。それが後にどれだけの悲劇となるかも知らずに。
待望の発見の報告を聞いた日、クルテマッカにもう一つの知らせが入った。それはアバンとフローラに王子が生まれたと云う知らせであった。クルテマッカはその報告を聞いた時、何と思ったろうか。独り言のようにこう言ったのだ。
「短命な王子様になるだろう…。今のうちにせいぜいご両親に甘えておくがいい…」
城下の王立劇場で『勇者アバンの冒険記』を公演されると聞いたときも、彼は頑強にその中止を命じたが、すでにチケットは完売しており、観客の中には世界のVIPが揃っていた。その芝居がもたらすベンガーナの利益は甚大で、中止にした場合どれだけ損害が出るか。中止のデメリットを知る家臣たちは王を諌めた。
バーンが残していった物を探すためにクルテマッカは臣下の諌めも聞かず使用目的さえ言わず公金を多大に使った。それを埋めるには王立劇場の利益は不可欠と家臣たちは訴えた。王室で自分以外の者すべてが反対しているので、クルテマッカも飲まざるをえなかったが、公演を観に行こうとはしなかった。
だがベンガーナの王立劇場は何者かによって攻撃を受けた。クルテマッカは根拠も無く、カールの攻撃と言い張るが、何の証拠も無く、また弟子マァムの舞台であるのを師のアバンがどうして攻撃するのかと矛盾もあり、地団太を踏むもクルテマッカの手元には、まだ『バーンの置いていった物』そのものは無かったために旧魔王軍の生き残りのモンスターが襲撃したということで、この件は落ち着けた。
だがクルテマッカはその劇場が襲われた理由をこういったのである。
「アバンなどの冒険記を演目にするからだ!自業自得だ!」
だが、これ以上は云わなかった。それは余裕が彼にはまだあった。バーンの残していった物。 それさえ手に入れればカールの生殺与奪は思うままである。
「ふむ、まだ焦ることはないか。まずは正確にあれを余の手に入れるまでは隣国として適当に付き合おう。発見はされたのだ。あとは完全な確保をするだけだ…」
バーンの残していった物を発見したはいいが、それは何重にも隠されている。そして、その幾重の封印を解くには時間がかかる。クルテマッカは待つことにした。すべて秘密裏に行っているため、彼の側近である将軍アキームも王が隠れてやっていたことをまるで知らない。後日に知って、アキームは愕然とすることになる。それほどにクルテマッカのやろうとすることは驚愕的なことだったのである。
「あれが手に入ったら…クックククク…。たとえ大勇者であろうとどうにもならん。ついでにカールの至宝と呼ばれるフローラ殿を手に入れてやろうか…クックククク」
だが、クルテマッカの企みなどより、はるかに深刻な事態がこの世界に覆いつつあるのであった。
そのベンガーナからカールに訪れた武闘家マァム。それが師のアバンを訪ねてきた。今や大女優である弟子の来訪を心より喜び、歓待しようとしたらマァムがそれを辞退した。何かあると察したアバンとフローラは人払いをして、マァムに聞いた。
「さあ、マァム遠慮はいりません。何があったのですか?」
彼女からもたらされた知らせは冷静なアバンを驚愕とさせるものであった。フローラには分からないものであったが、夫アバンがマァムの知らせを聞いたと同時に玉座から立ち上がり、そしてフローラが見たことも無いような驚きの顔をしていた。
「マァム…今、なんと?」
「あなた…どうなさったの?」
額から冷や汗が落ちるアバン。ただごとじゃない。フローラは感じた。そしてマァムはもう一度言った。
「私の舞台を襲った赤い鎧の男がこう言いました…」
玉座の間が沈黙に包まれる。マァムは続けた。
「『ヴェルザー』と」