「レンドル様、モンスター兵の攻撃は退けました」
戦い終えて、ようやく安堵して甲板の椅子に腰掛けたロモス国王レンドル。
「そうか、みなもご苦労だった。特に」
レンドルは平均十四歳くらいの少年たちを見た。
「ブーメラン使いの少年たちよ、そなたたちの働きは大きいぞ。望みどおり、これより正式に我が王室の兵士として迎えよう」
「ホ、ホントですか!やったあ!」
少年たちは王の前というのも忘れて大喜びだった。貧民街生まれの彼らにとって王室の兵士になるのは夢だった。
今回の戦いに居合わせたのも、カールにて開催されるサミットに向かうロモス船団の下働きの、そのまた下働きでやってきたのだが彼らは常に自分たちの武器であるブーメランは所持していた。
そして突入した冥竜王ヴェルザーとの戦いでは、そのブーメランでロモスの旗艦ソーディアンと国王レンドルを守るために獅子奮迅の戦いぶりを見せた。それをレンドルに認められたのだ。『ほうびは何がよい?』との問いに彼らは揃えて『お城の兵士に』と願い出て、それをレンドルに受け入れられた。
「しかし、我が国の武技にブーメランはないが…それほどの腕を誰に教えてもらったのだ?」
この質問に少年たちは戸惑う。
「いかがした?」
「正直にお答えしても、お怒りになりませんか?」
「もちろんだ」
少年たちのリーダー、ジージョは言った。
「ヒュンケルさんです」
今まで温かく少年たちの快挙を見ていたロモス騎士たちの顔色が変わった。
「あの裏切り者の弟子か!」
「どうりで桁違いの破壊力!魔の技ではないか!」
さっきまで、はしゃいでいた少年たちは小さくなった。
「よさんか!」
周りの騎士にレンドルが一喝した。
「家臣たちが失礼なことを言った。許せ」
「国王様…」
「そうか、ヒュンケルに教わったのか。さすがだな、やはり弟子も強い。きっとヒュンケルも誇りに思っているだろう」
その言葉に感動した少年たちはレンドルに跪いた。
「そして、そなたたちも誇りに思うがよい。遠慮して師の名前を言えぬなど、そなたたち自身も師を疑っている証拠だぞ。彼は立派な戦士であり、ロモス大学一の教授だ。今後は胸を張ってヒュンケルの弟子と言うが良い」
「「ははっ…!」」
少年たちをなじったロモス騎士たちも顔を赤らめた。大人気ないことを言ってしまったと反省した。
「さあモンスター兵の再度の突出に備えよ。持ち場に戻れ!」
「「ははっ!」」
ロモス騎士たちはその場から持ち場へと戻っていった。
「ジージョと言ったな。そなたたちは船尾部分を固めろ」
「「承知しました!」」
初めての君命に少年たちは喜び勇んで船尾に駆けていった。それを微笑んで見つめていた旗艦ソーディアン船長カデルがレンドルに歩み寄った。彼は先王シナナにも仕え、パプニカのサミットの時も王に随員していた功臣で、ミストバーンの鬼岩城が侵攻してきた時は、ベンガーナの戦車隊と共に戦った人物だ。現在の王レンドルの剣術の師でもある。
「陛下がそこまでヒュンケルを買っていたとは知りませんでした。私も少年たちがヒュンケルの弟子と聞いた時には不覚にも不愉快になったものですが」
「…大学助教授のヒュンケルが貧しい子供たちに武術の手ほどきをしていると聞いたことがあった。剣を買えない彼らには手製のブーメランで戦える武技を仕込んだと見える」
「ほう…」
「澄んだ目だった。あれほどの武技を持っているのに、それをひけらかそうともせず褒美は無欲にも『兵士にして下さい』だ。あんな弟子を育てたヒュンケルが裏切り者のはずがない。パプニカに攻めたヒュンケルは間違いなく偽者だ。アバン殿の発布する、『パプニカに攻めたヒュンケルは魔族が化けた偽者』と認める公式文書、この戦い終結後に私も調印するとしよう」
サミットの時、アバンは各国王へ海戦後にヒュンケルの冤罪を証明する公式文書に署名してくれるよう要望した。
サリーヌがパプニカにてヒュンケルを拉致した直後に、レオナは自分のサインを付記した同文書を発布したが残念なことに、その伝達は世界的にはほとんどなされなかった。ポップのサインも付記されていたが、アバンが見越したとおり、所詮は『アバンの使徒』同士で庇い、身贔屓したとしか受け取られなかった。
だから、世界各国の国王が認める公式文書が必要なのだ。それがなくては、ヒュンケルはヴェルザーの呪縛が解けても地上に居場所がない。
だが国王の署名はそんなに安価ではない。各国王は自分自身の目で彼が冤罪と分からない限り署名は出来ないと言ったのだ。そして、レンドルはヒュンケルが冤罪と確信したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オーザムの旗艦『氷の女王』に乗る国王ライドとグレンも、兵と力を合わせ、魔物を退けるに至った。
「ふむ、なんとか退けたな、グレン。そなた負傷兵を本陣に行かせて治療を受けさせるよう部下に指示いたせ。余の魔法力はもう底を尽きよったわ」
「承知しました。しかしオーザムに僧侶をもう少し回していただくわけにはいかないのでしょうか。陛下の負担が大きすぎます」
「無理を言うでない。戦闘の出来る僧侶と医者、薬師は各船に公平に割り振られている。どの船もそれで戦っているのだ。我が国だけ特別に回復担当者の増員を願い出ることなど出来るはずがない」
そしてライドは文官に
「余とオーザムの船に乗ってくれた僧侶諸君の魔法力を回復させねばならん。『エルフの飲み薬』を持て」
と指示した。回復魔法を使える者は剣技を尊ぶオーザムには少なく、国王自らが一兵卒に至るまで回復魔法を唱えた。元破戒僧だったライドだが回復魔法だけは日々の糧を得るため真面目に修行し魔法力の量に至っては熟練した僧侶級に備えていた。
そして『エルフの飲み薬』は貴重な薬品で、魔法力を回復させる作用がある。ポップ、アバンほどの魔法力の持ち主には全回復は無理なものの、ライドほどならば一本で全回復する。だが無論のこと高価であるので、オーザムの文官たちは渋々薬剤箱から『エルフの飲み薬』を取り出しライドと他の僧侶たちに渡した。
「陛下、一本が八千ゴールドの薬です。これは戦いの終結後にカールに弁済していただく必要がございますぞ」
「サミットと思えば、まんまと我らを海戦に引きずり込んだアバン公、その意味でもきちんと弁済していただく必要がありますぞ!」
その場にいた文官たちも同意して頷いた。最後の一滴まで惜しまず飲み尽くした国王ライドは静かに言った。
「弁済だと…?」
文官たちは一瞬凍りついた。温厚なライドが凄まじい形相をしていたのだ。
「愚か者!状況を知れ!」
戦士のグレンもその声に圧倒された。
「世界が一つになって巨悪に挑んでいるこの時に、ゴールドの損得を考えるとは何たる不義!この戦いに負ければ次はオーザムかもしれんのだぞ!このギルドメイン大陸とオーザムのマルノーラ大陸は南北で隣!何よりカールがオーザム復興に際し、どれだけ援助してくれたか卿らは忘れたと言うのか!武技を尊ぶのがオーザムの気風ならば、その武技をもってカールに報いるのが筋であろう!カールを守るのはオーザムを守るも同じなのだ!それが分からんのか!」
文官たちは圧倒され、そして平伏した。
「「おっ、愚かなことを申しました」」
「…分かればいい。ボサッとしていないで、そなたらも負傷兵の治療に当たれ」
「「御意」」
ライドは自分の魔法力が回復するのを確認すると、椅子から立ち上がり、空に覆いかぶさるマホカトールを見た。
「しかし、グレンよ。マホカトールの中ではモンスターの力は半減されるというが、半分以下の力であの圧倒的なパワーか。マホカトールがなければ全滅していたな」
「確かに…」
ふう、とライドはため息を出した。
「油断をするな。まだ二波三波と襲ってくるやもしれぬ」
「御意」
しばらくして、ライドの元にオーザム領内にある漁村ヴィオラの武装漁師団がソアラの加勢に来たと言う報告が届けられた。文官が憤ってライドに言った。
「けしからんですな、ヴィオラの者たちは。今回のカールへの同行を断っておいて他国の加勢に回るとは」
「そう言うな、我らオーザム王室は漁村ヴィオラが困窮していたのに何の助けもしてやれなかった。城下町の復興だけで精一杯だったなんて言い訳にもならぬ。漁村の村人からすれば国に見捨てられたと思われても仕方がない。彼らを助けたのは海商王ポップ殿だった。我らの加勢より、あちらに加勢するのが理に叶っているではないか」
「はあ…」
「それにヴィオラを中心に、オーザムは漁業にて、どんどん栄えてきている。彼らの功績は大きい。ポップ殿にも、いずれ国王として改めて礼を言わねばならぬと思っていた。ヴィオラ漁師団の者には今回の戦いの武勲もふくめて、後日あらためて恩賞を取らせ労おう。けして我らの加勢に来なかったことを責めてはならぬ。良いな」
「かしこまいりました」
見事な裁きだ。戦士肌で論功行賞や人事に疎いグレンでも、それは強く感じた。そのグレンをライドが呼んだ。
「ところでグレン、未発表ではあるが、ヒュンケルがロモスの大学会議で発表する予定だった論文の内容を知っておるか?」
「ヒュンケルの論文ですか?いえ私は存じませんが」
「オーザムの極寒に負けない麦の品種改良成功の論文らしい」
「なんですと!」
ライドは傍らに置いてある文箱から二十枚ほどのレジュメを取り出した。
「開戦前にヒュンケルの奥方であるエイミ殿が余にこのレジュメを渡してきてな。その論文の写しだが『オーザム王国の農業に役立ててください』と言っておられた」
「そんな麦が…」
「ざっと読んだが、机上の空論の麦では無いことが素人の余にもよく分かった。文官たちも舌を巻いておったわ。だから何としても、この戦いには勝ってヒュンケルを救出して最上の待遇をもってオーザムに招くつもりだ」
「陛下…」
「そうだろう?理論だけでは心もとない。具体的な方法を彼に指導してもらわねばならん。それにこんな素晴らしい麦を作る者だ。世間で言うような裏切り者のわけがない。パプニカを攻めたヒュンケルは絶対に偽者だ。全くヴェルザーとやら、卑怯な奸計を用いよる」
「全くですな」
「と、言うわけで余も彼を冤罪と認める書に喜んで署名しよう」
さっきの文官への一喝といい、負傷兵に対する適切な指示、勝ちに驕らず次の攻撃への備え、他の加勢に回った漁師団を責めずに認める態度、そしてヒュンケルの研究を対する姿勢。その主君を見て単なる熱狂マァムファンのミーハー国王とは違うと改めてグレンは認識した。この戦いが終わったら舞台役者に戻らずに、この主君に粉骨砕身仕えるのも悪くないと考えていると…。
「だが…」
「は?」
「マァム殿のためとはいえ、しんどいなあ」
グレンは思わずよろけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そのマァムはアバンの船に乗っていた。アバンと共にある戦士はマァムとロン・ベルクである。アバンの船にも乗りこんできたモンスター兵はいたが、この三人によって一蹴された。
「ふう」
ロンは武装を解いて船室の壁にもたれた。アバンがロンに尋ねた。
「見事なものですね。それが魔界の無刀の戦い方ですか」
「そんな上等なものじゃない。仕方ないから身につけた戦い方で、そしてこの武具もそれに伴い必要だったからな」
ロンは鎧化を解き、その武具を傍らに置いた。マァムも興味深そうに見つめた。
「私の『魔甲拳』と同じようなものなのかしら?」
「そうだな、さしずめ『魔甲蹴』とでも名づけるか」
ロンは船に乗り込んできた魔物たちを蹴り技のみで仕留めたのである。そしてその蹴りの威力を増すために、鎧を身に纏った。ヒュンケルやラーハルトの鎧と同じように、主人の『鎧化!』の言葉で全身を守ってくれる攻防一体の鎧である。
ロンの二本の足が、まるで研ぎ澄まされた大刀のように敵のモンスター兵を退けたのだ。傍らに置いてある、たった今『魔甲蹴』と名づけた鎧をロンは苦笑して触れた。
「昔、星皇十字剣を繰り出して剣を握れない腕となった俺は蹴り技だけで魔界の敵を退ける技を磨いた。この鎧はその時に魔界の職人に作ってもらったものだ。もはや故人だが鍛冶職人として俺の師にあたる魔族だ。俺が後に作る鎧も、その時に師が作ってくれたこいつが基本となっている。かなり古いタイプだからヒュンケルやラーハルトが使う鎧と違い呪文を完全には無効化しないが…」
「無効化はしないけれど…?」
「その分攻撃力はある」
マァムに答えるロン。
「だが、まさかもう一度纏うとは思わなかった。戦いが終わると良い弓は蔵にしまわれるというが、こいつもそうだった。身勝手な主人と今頃ぶつくさ言って…!!」
ロンの言葉の途中、アバン、マァム、ロンは海上要塞にすさまじいエネルギーを感じた。
「…先生!」
「さきほどの『輝く息』だろうか…」
「違う!」
ロンは船から身を乗り出した。
「ヴェルザーの目的はマホカトールの消去だ!」
「消去…ヴェルザーは、あの技を?」
「そうだ…」
ロンの魔族の目にはヴェルザーが見えた。ヒュンケルの姿をしたヴェルザーの体は青白い光に包まれている。ヴェルザーの黒髪が逆立ち、そして残酷な笑みを浮かべ、両の手をカールの水塞に向けた。
「凍てつく波動…!」