ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第三十四話 死神、再び

「なぜ、貴方が…!生きていたの!?」

大鎌を肩に担いでキルバーンはフローラに歩み寄った。バダックが叫んだ。

「妃殿下をお守りするのじゃ!」

本陣の兵たちはキルバーンの前に立ち塞がった。バダックがフローラの前に着き、兵団の先頭にノヴァが立った。ノヴァはキルバーンの肩にピロロと言う『一つ目ピエロ』が乗っていないことを見て、周囲にキルバーンを操っている者を探した。だが見つからない。

 

「ノヴァくんでしたか?探し者はたぶん見つからないと思いますよ」

「なに?」

「ザボエラの言葉でしたね…。前回の課題をクリアして初めて『改良』と言うと」

「まさか…」

「そう、正真正銘、僕自身が本体ですよ」

 

「今更何しに来たのですか。もう戦局はこちらの優位です。貴方一人でどうすると言うのですか?」

フローラの気丈な言葉にキルバーンは笑った。

「まあ僕一人で十分と思いますが…」

大鎌を担いだまま、彼はゆっくりと腕を組んだ。

「それから、僕の名前はキルバーンではありませんよ」

貴婦人を敬う紳士のように、彼はフローラに対して名乗った。

「僕の名前はヘルヴェルザー、以後よしなに。ヘルと呼んで下さい。ああ、それとお返しするものがございまして…」

ヘルヴェルザーは懐から魔法の筒を取り出した。

「デルパッ!と」

 

「……!」

本陣にいた者たちは、たまらず魔法の筒から出てきたものから目を背けた。

「何と言う、なんと言う非道な!」

フローラの怒りにヘルヴェルザーは笑った。

「よして下さい。僕が殺したわけじゃないですよ。ですが優しい僕の上司が死体ぐらい返してやれと言うのでねえ。使い走りの僕に言われても困りますねぇ…」

魔法の筒から出てきたもの。それは全裸の少女の死体である。だが皮膚は干からびて、痩せこけ、さながらミイラである。無念だったのか目を開けたまま死んでいた。ノヴァがその瞳を閉じさせた。

「キャサリン殿…!」

それは、ずっと行方知れずだったベンガーナの王女キャサリンだった。

 

裸体をさらすキャサリンを哀れみ、マントをかぶせるノヴァ、大鎌の柄を指先で一つ二つと叩き、その様を見るヘルヴェルザー。そして大鎌の一閃!

ノヴァもすぐに反応して、辛うじて剣で受け止めた。だが鎌の刃は弧を描いている。先端がノヴァの肩に突き刺さった。

「くっ…」

それを見た各国の騎士たちがノヴァに加勢すべく一斉にヘルヴェルザーにかかっていった。彼は鎌をノヴァから離し、ノヴァの腹に蹴りを叩き込むと上段に鎌を構えた。

「ふっ」

「「グアアアアッッ!」」

円の軌跡をもって、うなりを上げて大鎌は振られた。一瞬で十人以上が吹っ飛び絶命した。装備していた鋼の鎧も見事に切り裂かれていたのだ。非戦闘員である医師や神職にあるものは、もうこれだけで腰が抜けてしまった。

いかに一人とはいえ、一斉に切りかかれる人数は限られる。同じことを繰り返しては犠牲者が増えるのは明らかである。再び切りかかろうとした騎士たちをフローラは止めた。

 

「アバンが要塞に飛んだのを見越して、乗り込んできたのね…」

「その通りです、妃殿下。なにしろキルバーン、いえピロロはマァムくんに討たれましたが、人形の方を戦闘不能にしたのはアバンくんですからねえ…。戦いを避けるのは当然です。僕にはつまらない騎士道精神はありませんから」

「今、本陣にいるものを全員殺しても、ヴェルザーの抱える戦況不利は変わらないわ」

「かまいませんよ、僕はヴェルザー様のために働く義務はあっても義理はないので」

「な…!?」

「僕がここに来たのは、ほんのご挨拶です。今ここで皆殺しにしろと言う指示は受けていませんが、お望みならお相手いたします」

 

「それは俺の役目だ」

本陣にモンスターの巨漢が入ってきた。まさにフローラたちにとっては強力な助っ人である。バダックが親しみを込めて叫んだ。

「クロコダイン!」

クロコダインはヘルヴェルザーではなく、フローラたちに歩みだした。

「どうしたのですか…クロ…」

それを見てメルルは弾かれたように思い出した。

「妃殿下、マァムさんの報告!」

クロコダイン、チウは海上要塞浮上と同時にデルムリン島でヴェルザーの邪心の洗礼を受けた。必死に邪心と戦い苦悶していたクロコダインとチウのことをマァムはアバンに報告している。

「そんな、貴方が敵に…」

クロコダインはフローラを守る兵士たちとヘルヴェルザーの間に立った。そのクロコダインをヘルヴェルザーは冷めた眼で見た。

「獣王、マホカトールのドームが解除されてはいないようですが?僕の指示に従わず五芒星魔法陣の柱を倒さず、ここに来たのですか?」

「……」

「いつから正気に戻っていた!」

大鎌がクロコダインの頭上に振り下ろされた。その一閃をクロコダインはグレイトアックスで弾き返した。

「くっ…」

すさまじい衝撃に、ヘルヴェルザーは右手を押さえた。

「貴様…!」

グレイトアックスをヘルヴェルザーに突きつけた。

「ふん、貴様に魔法の筒から出された時、すでに俺は正気だった。知らないのか?マホカトールの中に入れば正しい心を持つモンスターは我に返ると」

「馬鹿な…。ハドラー復活時の邪気など比較にならない冥竜の意思だぞ!そんな魔法の作用が効くほどヴェルザー様の竜力は甘くないはずだ!」

「それほど、アバン殿とポップが作ったマホカトールは威力があったと言うことだろう。さあ、どうする?俺と戦うか、ヘルヴェルザー!」

しばらくクロコダインを睨んでいたが、ヘルヴェルザーは落ち着きを取り戻して静かに笑った。

「ふっ、冗談ではありません。勇猛と名高い貴方と真正面から戦えませんよ。さっき妃殿下に言いましたが、ここには挨拶に訪れただけですよ」

「…それもよかろう、とっとと立ち去れ!」

「ふっ、まあ待ってくれたまえ」

ヘルヴェルザーは懐から小さなメモ紙を取り出してフローラに手渡した。

 

「……?」

「妃殿下、アバンくんとポップくんが帰還したら、そのメモを見せてあげて下さい。きっと素晴らしい反応を示すと思いますよ」

「どういうこと?」

「その素晴らしい反応をしている時の二人に、その答えを聞いてください。おそらく、この地上でその記号の恐ろしさを分かるのはお二人だけですから。それから、そのメモの内容を我々に教えてくれたのは、そこのお嬢さんですよ」

「キャサリン嬢が?馬鹿な、死者を貶めるのも大概に!」

「本当ですよ妃殿下、こちらの陣営に房中術に長けた男がいましてね。彼が望むままに、そりゃもう親切に教えて下さったそうです。人類が滅亡しかねないことをペラペラと…。くっくくくくく…」

「よくしゃべるやつだ。これ以上俺に雑音を聞かせるなら斬るぞ!」

クロコダインはグレイトアックスの石突を床に叩きつけた。

「おう、怖い怖い、さすがは獣王の咆哮ですね。では僕はこれにて…」

 

ヘルヴェルザーは風のように消えていった。ノヴァはメルルにホイミを受けながら、フローラの手にあるメモを覗いた。しかし記されている内容の意味が分からない。フローラも同様だった。

「『XL5845―YR6988』何これは?」

「何かの暗号かな…。メルル、ポップがこれを知っていると言うことは君ももしかして…。お、おい、どうした?」

ノヴァの問いかけも耳に入って来なかった。メルルの顔は青ざめて全身を震わせていた。

「人類が滅亡…。そしてアバン様と主人にしか分からないことと言えば…っ!」

「……っ!」

フローラの顔から血の気が引いた。絶対に夫アバンが自分に言わなかったこと。そしてポップも絶対にメルルに言わなかったこと。そして、その秘密を話してもらえないことをフローラとメルルが納得できること。それは一つしかない。

「妃殿下…。そ、それはもしや…あの忌まわしい“あれ”がある場所を指す数字では!しかもそれが敵の手にあると…っ!?」

「そ、そんな…そんな…っ!」

 

フローラは全身に鳥肌を立たせ、気を失って倒れた。ノヴァが咄嗟にフローラを支えた。

「妃殿下!医療班、フローラ様をベッドに!…あ!」

メルルもまた気を失って倒れた。

「メ、メルル!医療班!メルルにも早く!どうなっているんだ。あの数字にどんな秘密があるってんだ!」

メモは床に落ち、クロコダインが拾った。

「……?」

「クロコダイン、おぬしにも心当たりはないのか?その数字…」

「じいさんか、いや残念だが…」

「ふむ…。あの二人がショックで倒れると言うことは、よほど秘密の込められた暗号と見るべきじゃろうが…」

 

ノヴァのマントの下で横たわる少女の亡骸にフォルケンが祈りを捧げていた。それを見て落ち着きを取り戻した神職者たちが祈りの言葉を唱えた。バダックとクロコダインも胸に手を置き、祈った。

「じいさん、彼女は?」

「儂も会ったことはないがノヴァ殿が『キャサリン殿』と言っていたじゃろ?たぶんベンガーナの姫御じゃ」

「一国の姫がなぜあんな哀れな姿に…」

「わからん、とにかく台場のアキーム殿に知らせなくては…。つらい役目じゃの…」

 

知らせを受けてアキームが本陣へやってきた。騎士たちから見ない方がいいと言われたがアキームは見た。主君の姫の変わり果てた姿を。

「ひ、姫様…」

百歳以上の老婆の手とも思えるキャサリンの手を握り、アキームは大粒の涙を流した。

「なんと言うお姿に…。う、うううう…」

「アキーム殿…」

戦友アキームの泣き崩れる姿にクロコダインは何も言えなかった。

「これで…ベンガーナの血は絶えた…。なんてことだ…!」

 

だが戦況の時は止まらない。一時、フローラに代わり元テラン国王フォルケンが指揮を取ることとなった。フォルケンは新たな伝令兵にアバンからの命令書を持たせ、

「頼みましたぞ。また、先の本陣の混乱は各船には口外無用に願います。前線に心配をかけますからな」

と指示した。

「「承知しました!」」

伝令兵は本陣から出て行った。

「それからノヴァ殿」

「なんでしょう、フォルケン老」

「本陣の守りは、もはや獣王殿で十分じゃ。前線の方に赴かれよ。この本陣より戦士が必要なのは前線であろうからの。それに見たところ海上要塞に張られていた呪文封じの結界はポップ殿たちが操舵室を占拠した時点で消えているようじゃ。今ならトベルーラで要塞に乗り込めよう」

「よろしいのですか?ここの死守を私は命じられていますが…」

「かまわんよ、いちいち総司令官に許可をもらっていては時間がいくらあっても足りぬでな。本陣の将代行として命じさせていただこう。北の勇者ノヴァよ、前線の加勢に向かわれよ」

「承知しました!」

ノヴァは自分が作った愛刀『ふぶきのつるぎ』を握り、本陣から出て行った。

「本陣が前線に出来るのは、もうこれくらいかの…。皆の武運を祈る!」

 

キャサリンの亡骸は棺桶に入れられ、後日に丁重に弔われることとなった。アキームは再び持ち場の台場に戻ろうとするが…

「アキーム殿、アバン殿の命令書では砲撃隊の任は待機じゃ。砲兵だけで大丈夫じゃろう。そなたは少し休まれては…」

「ありがとうございますバダック殿。ですが私もベンガーナの将軍です。交戦状態中に持ち場をそう空けるわけにはまいりません。それに休むより台場で潮風に当たっていた方がまだましでございます」

「さようか。無理をなさるなよ」

「はっ」

悲しそうな背を向けて、アキームは本陣を後にした。だがクロコダインには、もう一つの感情がアキームの背に見えた。怒り。キャサリンを殺した者を自分の手で八つ裂きにしたいであろう。その気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「しかし、クロコダイン。マァムから邪気に支配されそうになったと言う報告を受けていたので一瞬肝をつぶしたぞい」

「残念だが、一時は完全に邪気に支配されたんだ。それはデルムリン島のモンスター全てがそうだった。そして、さっきのヘルが島にやってきてモンスターすべて魔法の筒に入れたんだ。で、今さっき開放されたってわけだ」

「なるほどのう」

「正直な話、魔法の筒に入れてくれて助かった。このマホカトールの外ならば、俺は血に飢えた魔獣になっていたかもしれんからな。マァムにそうなったら殺せとは言ってはいたが、彼女に嫌な戦いをさせずに済んで良かった」

「ふむ、確かにそうじゃ」

「ヘルは殺戮を好む殺人サイボーグだ。一人で五本の柱を守る兵を殺して、その後に俺たちを筒から出した。柱と輝聖石を破壊するように我々に指示を出し、そしてやつはカール本陣へと向かった。急ぎ追いかけたのだが力及ばずに犠牲者を出してしまった…」

「ふむ…」

「こんな結果になると、いっそマァムが島に来た時に魔法の筒でカールに連れてきてもらえていたらと思う。たとえ冥竜城に乗り込めずとも本陣の守りで働けた。アバン殿なら、自分とポップのマホカトールにより、俺とチウが正常を保てることくらい分かったろうにな…。今さら言っても始まらんが」

「いや、クロコダイン、それはな」

 

バダックは開戦前にアバンがマァムに言ったことを聞かせた。そんなことを頼める義理ではない、彼らの平穏な暮らしを人間の都合で取り上げられない、そう言っていたことを。

「そんなことを…アバン殿も水くさいことを言われるものだ。…だが…」

「だが…?」

「その気持ち、嬉しくてたまらぬ…。やはり人間はいい…」

「クロコダイン…」

 

「ところで獣王殿、あの大ねずみのチウくんはどうされた?」

と、フォルケン。片目に浮かんだ涙を拭きつつ、クロコダインは答えた。

「ああ、チウならば島のモンスターを率いて、五本の柱の守備についております。それとヘルに殺された兵士たちを本陣に運んでくるよう伝えておきました」

「左様ですか、お心遣い痛み入ります。こちらからも収容に向かいます」

 

チウはカール王国に配置された輝聖石の柱を守るように立っていた。再び正義のために戦うのだというのが嬉しかったのか。自信と誇りに溢れた顔だった。

デルムリン島のモンスターたちは、兵士たちの死体を丁寧に本陣へと運び、神職にある者は死に化粧を施した。まだ弔いをやる余裕はない。また、深手ではあるが息のある者も多数いたのである。力持ちのモンスターより迅速に本陣へ運ばれたおかげで命を取り留めた者も多かった。ここには、アバンが言った『共存』がまぎれもなく存在していたのであった。

 

ヘルヴェルザーはマホカトール越しからそれを見ていた。

「フッフフフフ…。愚かな、そこまでして人間を守ったとしても、救ったとしても、どんなに武勲を立てても、お前たちは結局辺境のデルムリン島に押しやられる。使い捨て、そして盾の代わりにされても報われることはない…。おかしなものだ、逆にモンスターが人間を盾にすれば凶悪といわれ、モンスターが人間の盾となれば主人を思う美談として片付く」

チウはそんなヘルヴェルザーの言葉など聞こえない。自分の正義を信じて、輝聖石の石柱を守るために立っている。モンスターたちは何の見返りも求めずに兵士を抱きかかえて本陣に運んでいる。

「地上を人間に与えたのは神。魔族と竜族はその人間にずっと『勝ってはならない戦い』を歴史に強いられた。人間が三種族の中でもっとも微力と言う理由でね…。しかし、それもじきに終わる…。くっくくくく…」

チウとデルムリン島のモンスターをあざ笑い、そしてヘルヴェルザーは消えていった。

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