ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第三十五話 アグリッサの正体

「申し訳ありません。アバンを仕留めるどころか彼らの侵入を許しました」

冥竜城内、アグリッサの私室、帰還したレッドがアグリッサに任務失敗の報告をした。

「仕方ないわ。油断していたのはヴェルザー様だけではない。私もそうだった。この冥竜城をもってすればカールを落とすことなど造作も無いと、どこかで考えていたのだから」

「アグリッサ様…」

「以前、サリーヌがこう言っていたそうだわ。『その油断こそが竜の騎士に値する大敵なのだ』とね。悔しいけどその通りだったわね…」

「……」

「で、アバンたちはどこまで進んできていますか?」

「はっ、カール水塞から戻ってきたモンスター兵共々迎撃に当たらせましたが、ことごとく駆逐されるか逃亡…。無人の野を行くごとく進んでおります。この部屋にもそろそろかと」

アグリッサは室内を見渡し

 

「ここでは不利ね。階下に島の山肌に面した広い台地がある。私たちで彼らを迎え撃ちましょう」

「た、戦うつもりですか?アグリッサ様自ら」

「変かしら?私とて呪文の使い手よ」

「何故ですか?ヴェルザー様はアグリッサ様に何もして下さいません。敵が迫る中、竜王の間に連れて行かず、ここに取り残されているのですよ。今までの功からお側で戦うことが許されても…」

「それでも…」

アグリッサは白衣を脱ぎ捨てた。髪の毛の色も群青色から金髪へと変わる。魔族の女の姿から美々しい聖女のように変わっていく。

「私はあの方のために戦うのです」

「……」

 

長い金髪が潮風にそよぎ、つりあがっていた瞳は穏やかさが宿る。科学者の白衣の代わりに純白の法衣が全身を覆う。まさにレッドが伝承上の絵巻で見た精霊そのものであった。

「この姿に戻った以上…レッドには私の本当の名前を教えましょう」

「お名前を…?」

「私は精霊カトレア」

「精霊…カトレア様」

何という美しさだろうか。精霊と言うより神々しささえ感じるレッドだった。

「ハドラーはヴェルザー様を封印した精霊の一人である私の姿を部下である女王アルビナスに模したと聞いています」

「……」

「そのハドラーを超魔生物にしたのは私の憎き夫ザボエラ。不思議な縁があるものです」

 

レッドは女王アルビナスを見たことはない。しかしハドラーのために命を賭けて戦った稀代の女傑というのは伝え聞いている。そしてその姿の元となった精霊もヴェルザーのために戦おうとしている。

「何故、そうまでしてヴェルザー様に…」

「そうね、貴方は本当に私に尽くしてくれました。この戦いだって本心は避けたかっただろうに。それでも貴方は私のために戦ってくれました。私がどうしてヴェルザー様に忠誠を尽くすか、それを聞く権利をレッドは持っていますね」

「……」

戦い前のわずかな静かさを味わうかのように、精霊カトレアは語りだした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「精霊は天界で暮らしているの。そして私は天界で罪を犯した。神から夜のお相手を求められて、それを断っただけだけど、自分が絶対と思っている神はたかが精霊の女が自分の求めに応じなかったことを許さず魔界へと落とした」

「魔界へ?」

「魔界に落とされた精霊なんて、もう終わりよ。さんざん犯された後に殺されるのがおち。精霊の血肉はパワーアップの源になるなんて馬鹿な話も信じられていたから、私もそうなる運命のはずだった」

「……」

「魔界をさまよい、気が付けば私は魔族の賊徒に捕らえられ、その夜に、そこのボスにさんざんなぶられるはずだった。しかし当時その地を治めていた冥竜ヴェリアルの長子であるヴェルザー様が、その賊徒を掃討するため攻めてきた。賊徒たちは全滅、私はヴェルザー様に捕らえられた…」

当時の思いを振り返るように、精霊カトレアは目を閉じて語った。

 

 

若き日のヴェルザーは竜の種族で言うのならば『竜戦士』と呼ばれるドラゴンのエリート戦士だった。冥竜族族長の一人息子でありながら前線の戦士でもあった。

竜、魔、人の中で、もっとも数が少ないのが竜。かつては魔界で魔族と勢力を二分していたが、元々の数の少なさが災いして領土も縮小してしまい、竜族の脆弱な勢力の中には後に大魔王となるバーンに媚を売る者も少なくなかった。

ヴェルザーの父ヴェリアルはバーンに抵抗する冥竜族の長であった。そして偶然にもバーンの下っ端集団がヴェリアルの領土の情報収集を命じられ、その活動中に魔界の大地に倒れていた美しい少女を見つけた。それが精霊カトレアである。

 

流れるような金髪に白い肌、エメラルドのような瞳、魔界の者にとって少女は性欲と食欲の対象でしかない。自力で天界に帰ることなど不可能な少女は絶望した。魔族に捕らえられた今、自分には陵辱された挙句の死が待っているだけなのだと。その時に、若き戦士ヴェルザーが攻めてきて、その集団を一蹴したのである。そして見つけた。見たこともない美しい女が捕らわれていたのを。

逃げられないように手足を拘束されて、呪文を唱えられない魔のアイテムが腕に取り付けられていた。自決出来ないように猿ぐつわもされ、物置小屋に閉じ込められていた哀れな美少女を見たのである。敵の返り血を浴びて、吐息も荒く、そして大刀を抜刀している竜戦士を見て彼女は失禁するほどに恐怖した。

『ウーッ!ウーッ!』

歩けず、しゃべれず、彼女は恐怖に涙し体をムカデのように動かしながら竜戦士から逃れようとした。

『ウウーッッ!』

竜戦士ヴェルザーは剣を鞘に入れて、少女に歩み寄り、そのすさまじい容貌とつり合わないほどの穏やかな声で言った。

『安心なさい…』

 

竜族は知能も高く、誇り高い。無力な少女を陵辱するなどという選択など最初からなく、ヴェルザーは自分の居城に連れ帰り、魔界で負っていた怪我も治療し、食事も風呂も与えたのである。絶望していた少女にとっては、まさに救いの竜戦士だったのである。ヴェルザーは異界の少女を礼遇した上で事情を聞いた。

『そうか、神の逆鱗に触れたのか。そんなことで魔界に落とすようでは神の器も知れたものだが…やはり帰りたいか?』

『はい、故郷でございますから』

『また房事を強要されたらどうするのだ』

『受け入れます。心までは抱かれませんから』

『それも女の戦だな。気に入ったぞ』

ヴェルザーが父ヴェリアルから統治を任されていた領地は魔界でも花が咲き、緑もあれば水もあり、バーンでさえ有していなかった豊かな領地であった。そして老若男女の竜族が分け隔てなく、領主ヴェルザーを尊敬して暮らしていた。

精霊カトレアはヴェルザーの庇護を受けて暮らしていたが、時が経つにすれヴェルザーと恋に落ちた。竜族は人の姿に変わることも可能で耳が尖っていることと頭部に角が生えている以外人間や精霊と変わらない。時には二人で城の庭園などを寄り添いながら歩き、そして夜には夢中で愛を確かめ合った。精霊カトレアの人生の中で一番幸せな時であったが、それは長く続かなかった。

 

魔族の王バーンが大軍を連れて、冥竜族の領地の侵攻を開始したのである。ヴェルザーの父ヴェリアルもその攻撃で戦死した。

怒濤のように冥竜族の領地に攻め入るバーン。ヴェルザーの居城も風前の灯火であった。防ぎきれないと悟ったヴェルザーは伴侶となった精霊カトレアに言った。

『カトレア、天界に帰れ』

『嫌です。私も戦います』

『俺を困らせるな』

『帰れと言われても、私にはその術が…!』

『心配するな。俺が送り返してやる』

ヴェルザーは精霊カトレアの手を引いて城内の一室へと。その部屋の床には魔法陣が記されていた。

『我が君、これは?』

『説明している暇はない。魔法陣の真ん中に立て』

ヴェルザーは呪文の詠唱をはじめた。元々、竜戦士の彼には魔法力はわずかしかない。その彼が魔法陣を使ってまで発動させる呪文。その身に魔法力が帯びてきて、精霊カトレアにも呪文の名前が分かった。

『オメガ・ルーラ!?』

『そうだ。これで天界に返してやる』

『おっ、お止め下さい!魔法力の少ない者がこれを使えばどうなるか!』

『承知の上だ。今までよく俺に尽くしてくれた。礼を言うぞ。天界でまた神に房事を命じられたら受け入れろ。心の中で軽蔑してやればいい』

『お願いですから止めてください、オメガ・ルーラを!全部消えてしまうのですよ。私は天界に帰れますが、ヴェルザー様の心にある父君のことも、今まで生きてきたこと全ても!私のことも!ヴェルザー様の心からすべて消えてしまうのです!それが究極瞬間移動呪文オメガ・ルーラの恐ろしさなのです!天界に帰れなくてもいい!私をヴェルザー様のお側に!』

もうオメガ・ルーラは発動されている。カトレアは魔法陣の外から出ることは出来ない。

『さらばだ。妻よ』

『我が君…!』

 

魔法陣の中で、ヴェルザーの愛妻である精霊カトレアは消えていった。それと同時にヴェルザーは地獄の苦しみを味わった。言語に絶する頭痛と体中の激痛。時間にしてほんの数時間だがヴェルザーはその苦痛を味わった。

そして、彼の心はすべてが白紙に戻った。覚えているのは自分の名がヴェルザーと言うことと、たった今自分の国を攻め込んでいる軍勢を駆逐しなければならないと言うことだけであった。

状況は彼に時間を与えない。そんなヴェルザーにバーンは容赦ない攻撃に出た。残酷、かつ勝つために手段を問わないバーンに対して、やはりヴェルザーも感化されていく。

人間で言えば騎士道、その気概を誇りにしていたヴェルザーではなくなってしまった。領民を盾にして戦局を打開することを何とも思わない非情の竜戦士と変わり果ててしまった。

 

魔王バーンの侵攻、そして竜族の覇権を争う雷竜ボリクスと戦うため、彼はいつも竜の姿でいた。いつしか人の姿に変身できることも忘れてしまい、戦いの中で強大な力を身につけた地獄の冥竜と化していった。

皮肉なことに、それがためバーンを退けることが出来た。やがて宿敵の雷竜ボリクスも討ち果たし名実共に彼は『冥竜王』となり、やがてバーンに奪われた領地も奪取するまでに至り、魔王バーンと魔界を二分する勢力となったのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

精霊カトレアは天界でそれを全て見ていた。心が引き裂かれる思いだった。自分を天界に帰すためにヴェルザーは破壊の魔竜となってしまった。もう一度神の逆鱗に触れて再度魔界に落とされようとも考えたが、それではヴェルザーが何のために自分を天界に帰してくれたのか分からなくなる。

好色な神の求めに応じ、心だけはヴェルザーに操を立てて精霊カトレアは抱かれていた。

 

だが、魔界のその二つの勢力が拮抗して幾星霜、バーンの側近ミストバーンが使者に立ちヴェルザーに話を持ちかけた。

「長年、我が主バーンとヴェルザー殿は戦ってきたが、こんな不毛な大地に押しやった神々を憎む気持ちは同じです」

と強調し、

「悠久の時ほど続けてきた無意味な消耗戦は、もうやめるべきです。矛先はもっと違うところにあると考えます。我が主バーンはヴェルザー殿との停戦を考えています」

と訴えた。停戦と言う以上、和平の口上ではない。ミストバーンは続けた。

「主バーンの意見はこうです。『各々の勢力と戦略だけで地上に攻め入り先に勝ち取った方に従おう。冥竜王が先に地上に覇を唱えたならば、余は貴方に従おう』いかがでございましょう」

と理路整然にミストバーンは停戦のメリットを説いた。普段まったく口を利かない彼が弁舌を冴えさせるゆえ、言葉に重みもあった。

ヴェルザーは考えた。ただでさえ竜族は数が少ない。地上を侵攻するために兵は一体でも惜しいのだ。確かにこれ以上バーンとの戦いでの消耗戦は避けたかった。いかに性格が残酷に変わろうと元々持っていた見識まで曇ることは無い。ヴェルザーは数日考えてバーンの申し出を受け、魔界一の山の『エビルマウンテン』で約定を交わした。

 

先に動いたのはバーンだった。ヴェルザーの耳に『バーンが黒のコアを使い、地上を消滅させる』という報が入った。仰天したヴェルザー、彼は地上の大地、そのものを吹っ飛ばす気は無かった。ただ人間を駆逐し、緑の大地と青い空と太陽と海を手に入れて竜族の楽園としたかったのである。

バーンがすべて吹き飛ばせば、爆発により生じた地上の塵が空に舞い、太陽を遮り、間違いなく氷河期が到来する。それでは今住んでいる魔界と変わらない。急ぎバーンに先んじてヴェルザーは動いた。バーンが流した偽情報『地上を爆破』にまんまと引っかかってしまったのである。これはヴェルザーが留守にした隙に彼の領地を奪うための策であった。

加えてバーンは知っていたのである。氏名は知らないが、この時代の地上には竜の騎士がいることを。先に地上侵攻をすれば、その刃は自分に向けられることを読んでいた。神が作ったと言う最強の戦士である竜の騎士とは正面から戦いたくはなかった。だからヴェルザーを利用した。バーンにとっては約定一つも敵勢力を駆逐する方便に過ぎない。そして、バーンの思惑は的中した。

 

『バーンより先に地上の覇を』と、全軍を率いて地上に向かうヴェルザーの前に竜の騎士バランが立ちはだかった。

人間ほどの身長しかないバランなのに、その力は強大で、部下のドラゴンたちはことごとく、バランの真魔剛竜剣の前に倒れていった。やむなく『黒のコア』を使いバランを討つことを図ったが、それも失敗。その黒のコア使用のためヴェルザーは領地の大半を失う結果となり、バーンは漁夫の利を得た。そしてついに長き戦いの結果ヴェルザーはバランに倒され、魂だけが魔界にさまよった。

 

神はヴェルザーの竜体を回収し、精霊カトレアと他の精霊二名にヴェルザーの魂の封印を命令した。ドラゴンの神である神竜の指示でもあった。慈悲によりヴェルザーを助けるのかと思えばそうではなかった。神竜にとってヴェルザーは魔界に置いた自分の分身に過ぎない。

そして同時に竜、魔、人の神同士で繰り広げている『どの種族が地上の覇権を握るか』と言う興味の代行者でもあった。再びゼロから自分の分身を作るには手間がかかる。たったそれだけの理由で人間の神とドラゴンの神にヴェルザーの魂の封印を命じられたのである。今は無理でも後にまた自分の趣味の一つとして使うために。

自分の愛した夫が神々にとってはチェスの駒も同然だったと知った時、精霊カトレアは腸が煮えくり返るほどの思いだった。だがどうしようもない。逆らえば殺され、再び夫と会うこともできなくなる。

このまま魔界にさまようヴェルザーの魂は、いずれバーンに発見され消滅させられてしまうぞとまで言われてしまっては、もはやその命令に従う他なかった。

 

このころ精霊として確かな力を持っていたカトレアは二人の精霊を連れて魔界に再び下りた。今度は神の使いである。誰も三人には近づけず、そしてオメガ・ルーラ無しでも自力で天界に帰ることも出来る。

 

だが、いざ封印を始めれば、ヴェルザーの魂の断末魔とも言える抵抗はすさまじかった。眼球が表面に見えるのであれば、ヴェルザーは憎悪の眼差しを精霊カトレアに向けただろう。かつての愛妻と全く気づかない。しかし、それも空しい抵抗だった。精霊二人は力尽きてしまったが精霊カトレアは生き残り、ヴェルザーの封印に成功し、神が指定した場所に石像として封印したのである。

石像に封印されたばかりのヴェルザーはまだ自分で話す力も考えることもできない。外から見れば何の魂も入れられていないただの石像である。精霊カトレアはその石像を愛しそうに撫でた。

そして神々の言葉を思い出す。

『封印しなければバーンがヴェルザーの魂を見つけて消滅させるかもしれないぞ。そうなったら、おぬしはもう二度とあやつには会えぬ。どうするのだ?』

カトレアがかつてヴェルザーの妻だったことを知ったうえで理不尽な命令、選ぶことの出来ない二択を迫られ、ついに心ならずも夫を永遠とも言える牢獄に入れた自分。もう彼女は許せなかった。神々が。自分の体を玩具にし、さらには愛する夫を封印させると言うことを命じた神が。はるか天空にいる神を彼女は罵倒した。

 

『もう、貴様の玩具はまっぴらだわゼニス!そして、いつまでも我が夫がお前の駒に甘んじていると思うな神竜!』

精霊カトレアは天界に戻らず、変化の呪文で魔族の女へ変身して名をアグリッサと改めた。そして模索するのである。たった今、自分が施した封印の解除方法を。少し時がかかるであろうことは彼女にも分かったが、どのみちバーンがヴェルザーに対して警戒を解くには時間がいる。

ヴェルザーの肉体が天界にある以上、無防備な魂のままではいずれバーンに発見され消されてしまう。ゆえに一時は封印して時を待つしかないことは確かである。この時を利用して確実にヴェルザーを復活させる方法を見つけて魔界と地上、天界の覇者とすべく準備を整えよう、彼女はそう決めて魔界の空へと飛びたった。

そして彼女は生涯憎悪し、嫌悪するザボエラの妻となる道を選ぶのであった。もはや自分を覚えていない夫ヴェルザーのために。

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