ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第三十八話 魂の貝殻

冥竜城に降る雨は勇士たちとダイを濡らす。

「ダイ…」

「ポップ…」

二人は数年ぶりに互いを呼び合った。現在のダイは少年の姿から立派な若者となっている。長身かつ筋骨たくましい体躯、まとう鎧は黒一色だが、そのシンプルさが返ってダイの持つ強者の雰囲気を一層に表している。懐かしい友との再会であるのにダイは微笑一つ浮かべない。

 

「ダイ…」

それはポップやアバンも同じであった。不思議なほどダイとの再会に感動が湧いてこなかった。やはり、マァムの悲劇を目の当たりにした直後であるからだろうか。

 

ダイは泣いているマァムのそばに歩んでいった。

「マァム」

「…ダイ」

腰にぶら下げていた袋をマァムに渡すダイ。

「……?」

「これは冥竜城内にある彼の私室にあったものだよ。『魂の貝殻』が入っている」

「魂の…!」

「ヒュンケルのお父さん、バルトスが残した物と同じだけれど、少し作用は違うようで存命中にメッセージを残せる貝殻らしい。とにかく君のお父さんのメッセージがこれに込められている」

ほら、と袋を差し出すダイからマァムは両手で受け取り、胸に抱いた。

 

「さて…」

ダイはポップ、アバン、レオナたちと向かい合った。再会したら思い切り抱きしめたいとポップとレオナも思っていたが、今は感動の対面を喜んでいる場合ではない。何よりポップは目の前にいるダイが本物なのかも疑っていた。前大戦ではザボエラがマァムに化けて騙し討ちを受けたこともあるポップ。油断せずダイを見た。

 

「俺は本物だよポップ。証明する術は無いけどね」

「何で俺の船を襲った?」

「ヴェルザーの存在を教えるためだよ。だからあの時は殺さなかっただろう?」

「答えになっていねえな。最初から自分はダイだと名乗れば済むことじゃねえか」

「俺にも色々と事情があるんだよ」

「そうかよ…。それでここには何のために?」

「俺は改めてこの時代の『竜の騎士』となった。この真魔剛竜剣もその使命を受けると同時に手に入れた」

 

「では…ダイくんはヴェルザーを倒すためにここへ来たのね?」

レオナの言葉にダイは首を振った。

「いや、俺にそのつもりはない」

「…え?」

「俺がこの時代の『竜の騎士』になったのはヴェルザーを倒すためではないんだよ、レオナ」

「……?」

「ここには、ただ『魂の貝殻』をマァムに渡しに来ただけだ。彼、レッドの私室は竜王の間から離れている。一直線にヴェルザーの元に向かえば見つけられない。だから届けに来たんだよ」

「ダイ…」

「なんだいポップ?」

「お前はヴェルザーについたのか?」

「…いや、ついていないよ」

「ならば何故、俺たちと共にヴェルザーと戦おうとしない。今地上を滅ぼそうとしているのは紛れもなくやつだぞッ!」

 

「苦しい時の『竜の騎士』様か」

「な、なに?」

たまらずレオナが前に出た。

「ダイくん、この数年間に何があったの?」

「……」

ダイはそれに答えようとはしなかった。そのままポップとレオナたちに背を向けて歩き出す。

「ダイくん…。私ずっと待っていたのよ、ダイくんの帰りを!どうして何も言ってくれないの!?」

「無駄な時間を過ごしたね…」

「……!?」

「俺みたいな化け物、待っている必要なんて無かったのに」

「な…」

ダイはそのまま去っていった。誰も追いかけることが出来なかった。レオナは夢にまで見たダイとの再会のあまりのあっけなさに放心状態となった。

 

「アバン」

「なんでしょうロン殿」

「まずいぞ、マァムの父の死と突如のダイの出現にみんな戸惑っている。士気も激減している。この上でヴェルザーと戦えるか?」

「……」

ロンの問いかけはアバンも感じていた。が、その時である。

 

「ありゃあ…ダイの偽者だな」

ポップが笑って言った。

「偽者?」

と、レオナ。

「だってよ、姫さん。パプニカの岬の『ダイの剣』の宝珠の輝き、あれが消えているんだぞ。残念だがダイはもう死んでいるんだ」

「ポップくん…」

「ヴェルザーもよほど苦しいらしいな。あんなダイの偽者で俺たちの士気を乱そうとしてくる。こんな下策を用いてくるやつなんか怖くない。勝てるぞ」

「そ、そうよね。本当のダイくんがあんなこと言うわけがないし…。私もどうかしていたわ。こんな二流の策などに引っかかるなんて」

 

アバンには分かっていた。二人が無理をして言っていることを。彼らも最終決戦前に士気が落ちるのを危惧して、今のダイを偽者と言い切った。正確に言えば偽者と思いたいのだろう。そしてアバンも今はこれに乗るしかない。

「しかし、ダイくんの姿を借りて我らを惑わせるのは卑怯千万。思い知らせてやりましょう」

アバンは胸をなでおろした。ポップが言った『ダイの偽者を用いて惑わすつもりだ』と言う言葉が救いとなった。マァムの心痛は推し量って余りあるが、ヴェルザーへの戦意は衰えない。

アバンもロンも、そしておそらくはポップもレオナも、黒騎士の正体の真意は一旦頭の隅に置いてヴェルザーだけに集中することに。

 

まだ父ロカの死のショックから立ち直れないマァムの元にアバンは歩み寄った。

「マァムは、ここに残りなさい」

「え…?」

「酷な言いようですが、今のマァムにはヴェルザーとの戦いは無理でしょう」

マァムの心の傷を察するかのように、アバンは言った。

「…先生」

「あの男が持ってきた『魂の貝殻』が本当であるのかは分からないが、わざわざ偽物を持って来る理由も見当たらない。聞いてみるといい」

「…はい」

「ここで、その魂の貝殻に込められたロカの言葉を聴いていなさい。聴き終わるころには決着もついていますよ」

「…うん、今の私じゃ足手まといになるだけですね…。ありがとう、先生…。さっきはあんなこと言ってごめんなさい…」

アバンはニコリと笑い、マァムの肩をポンと叩いた。

 

そして、その場にマァムだけを残し、一行は冥竜城の竜王の間を目指して駆けていった。今はさっきのダイが本物か偽者であるかなど考えている余裕はない。この冥竜城に乗り込んできた理由、それは冥竜王ヴェルザーの打倒、それだけなのだ。

 

マァムは抜け殻となった赤い鎧を運びつつ城内へと入っていった。ここなら雨はしのげる。荷物袋からタオルを取り出し、濡れた体を拭うが、涙はまだ止まらない。

「ぐしゅ…」

ひとつ鼻をすすり、壁にもたれるように腰をかけ、マァムは貝殻に耳を向けた。

 

 

『…愛する娘マァムよ、これを聞いていると言うことは、おそらく私はお前かアバンに倒されて、もうこの世にいないのだろう。もしお前に討たれたのなら、私にとって無上の幸せであるが、さぞや身勝手な父と恨まれていることだろう。本当にすまないと思う。

私はお前がアバンの弟子となり、やがて大魔王バーンを倒した使徒の一人となったと聞いた時、そりゃあ嬉しかった。心の中で『さすが俺の娘だ』と誇りに思った。そしてその時から、いつかお前が私を倒してくれることを望み、生きてきた。私は故あって魔に手を染めた。だからこそ私はお前に討たれたかった。それだけが心の支えでもあった。今から私に起きたことを話そう』

「父さん…」

『あれはまだお前が小さいころだ…』

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ハドラー討伐後、ロカとレイラは結婚した。フローラに騎士団長の現職復帰を要望されたが、ロカは辞退した。

戦士であったロカは、こと剣術においてはアバンよりは上の腕前であった。後に残る記録では、アバンはロカより剣が長け、レイラやマトリフよりも呪文に長け、組み打ち術においてもブロキーナを凌駕すると記されていることが多い。しかしそれはカール国王に即位してからの仁君ぶりがアバンの評判を高め、ハドラー討伐時においても仲間の誰よりも優れていたと人々に誇張されているにすぎない。

アバンはオールマイティーであるが、見方を変えれば器用貧乏でもあったのだ。戦士のロカよりは剣術に長けていなかったのである。アバンストラッシュは、カール城内でアバンがハドラーに無我夢中で放った斬撃が元となっているが、あの技をアバンより先に自分の必殺技としたのは、横で見ていたロカであった。

 

そして二人で各々の剣術を磨き上げ『大地斬』『海波斬』『空裂斬』そして『アバンストラッシュ』と進化させていき、ロカも同様の技でレイラが命名した『ドラゴンバスター』と言う必殺の斬撃も使いこなす。

その他にも『ゾンビ斬り』『真空斬り』『メタル斬り』『さみだれ剣』と云う強烈な必殺剣を会得しており、彼は単騎でハドラーのモンスター兵八十体以上を撃破したとも言われている。剣の戦いならばアバンよりロカの方がはるかに強かったのである。

 

そしてカール騎士団長に現職復帰しなかった理由は、やはりロカ自身がハドラーを倒す旅で桁違いの強さとなってしまったからである。ハドラーの脅威が無い世では、逆に恐れられることになる。

よってアバンとロカはフローラの強い引止めがあったにも関わらず野に下った。二人はフローラにハドラーを倒したことだけを報告し、その日のうちには姿を消していた。

アバンはその後に地獄の騎士バルトスから託されたヒュンケルを養育するため野に下り、ロカはレイラの生まれ故郷であるネイル村へと行き、田畑に励み、狩りや木こりをし、レイラとの間に生まれたマァムを掌中の玉のように愛した。

 

ハドラーを倒して、平凡だが愛する妻と娘との幸せな日々を手に入れたロカ。だが運命はあまりにも残酷だった。

ロカは病魔に冒されたのだ。いかに戦士の彼でも病にはかなわなかった。その病は重度の皮膚病であった。皮膚は爛れ、肉も削げ落ち、膿で体は気が狂うような痒みと激痛に襲われる。生きながら体が腐り、その腐臭たるや鼻が曲がりそうなほどだった。レイラの回復呪文も病には効果がなかった。

 

村社会では、こういう病人になったものは隔離される。村からかなり離れた小さな家にロカは隔離された。村人はレイラとマァムがその場所に行くのを防ぐために軟禁した。伝染性があるか否か不明だからだ。

これを後に非道と罵る歴史家もいる。しかし村人全員も苦しんだ。そして神に願う。食を断ち、冬の川に飛び込み、ハドラー侵攻時にロカに孫の命を助けられた老婆は『老い先短い私の魂魄の代わりに、あの若者を』と自決さえしてロカの快癒を神に祈った。

 

泣いて夫のところに行かせてくれと懇願するレイラの叫びを村人は泣きながら聞いていた。行かせてやりたい。しかしレイラやマァムにも病が移るのはロカの本意ではない。村人がただの差別で自分を軟禁しているのではなくロカの快癒を心から願っていることを知っていたレイラは、得意の真空呪文で軟禁を突破しようとはしなかった。

 

ことの状況を理解出来る年齢ではなかったマァムの無邪気な笑顔が村人の心により突き刺さった。ロカに水と食料を運んだのは、あの勇者ダイにメラを教えたネイル村の長老であるが、それでも小屋近くに行くと羊に持たせたのである。完全にロカは隔離され、そして回復することなく世を去った。

 

父の死の真実、これはマァムも初めて知ったことである。マァムは母のレイラから病で亡くなったと聞かされていたが、そんな惨めな最期だとは知らなかったのだ。

貝殻を耳に当てながら、マァムは嗚咽をあげる。

 

『だが、マァム。私の死体は私自身ではなかったのだ』

貝殻を強く握り、父の声を聞くマァム。

ある夜、ロカは発狂した。皮膚病の菌が脳を侵食したのである。もうロカは正常を保てなくなった。

隔離されていた山小屋から抜け出し、ロカは村まで歩いた。ロカが村の中央に行った時だった。村人はロカの姿に驚愕し、そして病により醜くなってしまった容貌を見て恐れた。彼を見た瞬間に嘔吐した者もいたほどだ。

もはや、しゃべることも出来ないほどの末期症状だったロカ。ほとんど正常では無かったが、一つだけ感情が生きていた。それは『悲しみ』であった。

 

村人は腐臭に鼻を押さえながら『帰れ帰れ』と連呼し、ロカに石を投げた。その声に気付いたレイラはすぐに家を出て夫を助けようとした。だがレイラとて、たとえ神職者の僧侶であったとはいえ女神ではない。すべてを受け入れられる女など、人間などいるはずがない。ましてこんな状況では。

レイラは変わり果てた夫の姿を見た瞬間に愕然とし、立ち尽くしてしまった。ロカにはレイラが自分を化け物を見ているかのような目に見えた。これでロカの残されたもう一つの感情『悲しみ』は爆発した。

 

声にならない叫び声をあげて、村から飛び出てしまった。何も出来なかった自分を涙するほど悔やんだレイラは急いで追いかけて探したが見つからない。

結果、その翌日に村から離れた川原で絶命しているのが見つかった。レイラは泣いた。泣いて泣いて泣きつくした。夫の死、そしてどうして夫が村にやってきた時、抱きしめてあげられなかったのか、自分が許せずに泣きつくした。

 

『あとで分かった話ではあるが、これが私の最期であったと聞いている。しかしそうではなかった。私は焼け付くような喉の渇きを覚えて川原に行ったが、そこで力尽きた。すぐ近くに水があるのに、体が動かず、そしてそのまま死ぬはずだった』

「父さん…」

『だが…一人の女がそこにやってきた』

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「これを飲みなさい」

「……?」

もはや目も見えなかったロカ。聞きなれない女の声の方に顔をあげた。

「う、うう…」

女は水差しをロカに向けていたがロカはそれが分からない。すると女はロカを腕の中に抱き上げて、水差しをロカの口に当てたのだ。

「……!」

触れてもらっている。喉の渇きを一瞬忘れるほどにロカは驚いた。菌が脳を蝕み、ほとんど思考が出来ないロカであったが、ついさっき村人から汚物のように見られ愛妻からも奇異に見られた悲しさは忘れていない。そして喉の渇きは癒されていく。心の渇きも。

 

「うう…」

ぼんやりとしか見えないがロカに視力が戻った。そして見た。群青の長い髪を流す、美しい魔族の女がそこにいるのを。

「視力が戻ったかしら?これは『聖なる水差し』。人を治癒する力があるのよ」

だんだん思考能力も戻ってきた。飲んだ水に何らかの治癒効果があるのか。

 

(魔族の女…)

ハドラーとの戦いで、さんざんに自分が倒してきた魔族。その魔族に今自分は助けられている。

「迎えに来たわ、戦士ロカ。貴方に協力してほしいことがあるの」

「……?」

女はラリホーを使った。そしてそのままロカは眠りに落ちた。魔族の女は土で人形を作り、それを川原に放った。

それはロカの人形だった。魔法で、まさに人間とそう変わらない精巧な人形を作ったのである。

「これで歴史において戦士ロカは死んだと記される」

魔族の女はロカを連れて姿を消した。ロカの姿をした哀れな人形を置いて。ネイル村の、いや当時の世界で弔いは一般的に土葬である。これでロカの死は周知のこととなる。女がわざわざロカの亡骸を用意した理由。それはロカの帰る場所を奪うためであった。

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