ダイの大冒険-天道-冥竜王ヴェルザー編   作:越路遼介

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第三十九話 父の死の真実、マァムの涙

ロカが目覚めると、そこには見たことのない天井があった。今までの丸太小屋ではなく岩肌の強固な壁。まるで地底魔城のようである。そして聞き慣れない機械の音。それを操作している白衣を着た群青の髪の女。

 

「ここは…」

そのロカの声に女は振り向いた。

「お目覚め?戦士ロカ」

魔族の女だった。

「…ここはどこだ。貴女は誰だ?」

この時ロカは自分が考えることが出来て、かつ喋られることに気付いた。そして四肢の自由が利くことも。

「貴方を迎えにいった時に言っていなかった?貴方に協力してもらいたいことがあると」

確かにそれは聞いた覚えがあった。

 

「俺に何をせよと?」

「もう済んでいるわ。我が軍の兵たちの間で厄介な疫病が蔓延したの。貴方と同じ皮膚の病。それで調べた結果、同じ病を持つ人間の血から血清を精製すれば特効薬になると分かったのよ。それで貴方を迎えに行ったわけ」

「…血が?」

「そう、もう血は抜かせてもらったわ。悪いけれどこちらも色々と急ぎでね」

「…そうか…。で、ここは?」

「魔界よ、貴方が勇者アバンと共に倒した魔王ハドラーの出身地と言うことになるかしら」

「ま、魔界…!?」

 

窓の外を見てみれば、おどろおどろとした空の色、荒涼とした大地が見えた。地上の青い空や緑の大地と大違いの光景である。

しかし俄かには信じられないことばかりである。川原で倒れたと思えば、いきなり魔界に連れて来られている。

 

「俺をどうしようというのか。血を抜かれたことは今更どうしようもないが、まさかハドラーの意趣返しとして俺を殺そうとでも?」

「それなら、貴方を治療するわけないでしょう」

「治療?」

「突然、魔界に連れてこられて動転しているのも無理ないけれど、貴方の病気はもう治っているのよ。人間の血清が魔族に効果あるように魔族の血清が人間の貴方には効くのよ。ことのついでに治してあげたわ」

「……」

ロカはもう体にかゆみも痛みも感じない。あれほど爛れていた皮膚も若々しく健康的なものへと戻っていた。無論、自らの体が放っていた腐臭も全く感じなかった。そして何より、皮膚病で全身が爛れ、悪臭著しい自分に触れて水を飲ませてくれた言いようのない歓喜は忘れていない。

「…河原で俺に触れて水を飲ませてくれたのは貴女か?」

「アグリッサでいいわ」

「ではアグリッサ、貴女なのか?」

「ああしなければ、貴方に水を与えられなかったでしょう?」

「そうか…。ありがとう、礼を言う。水を飲ませてくれたこと、そして体を治してくれたこと心より感謝する」

「どういたしまして」

 

 

 

『理由はどうあれ嬉しかった。レイラに罪は無いとは言え、皮膚一枚が剥げただけで人間の心はこうも醜くなるのかと残酷に味わった直後に私に触れ、抱き上げて水を飲ませてくれた彼女の優しさが…。そして何より地獄の苦しみだった病から救ってくれたことが…』

「父さん…」

『だから、私は彼女に報いなければならない。たとえ彼女が後にお前たちと戦うことになるヴェルザーの配下の将だと分かっても』

 

 

 

「俺にどうしろと?」

「きたる大戦に備え、貴方を最強の武人に生まれ変わらせる」

「誰と戦えと?」

「わからない。現時点ではね」

「……?」

「それともネイル村に戻る?貴方を化け物と石を投げた村人の元に。醜くなってしまった貴方を庇うこともしなかった妻の元に?」

「……」

「村人は貴方を見るたびに、辛い負い目を感じるかもねえ…。奥さんもずっと貴方を見るたびに庇えなかったことを悔いて、その過失に押しつぶされそうになるかも…」

「……」

「『弔い』とは便利なものね。故人を偲ぶだけで自分の負債を完済した気になれる」

「……」

「故人の生前、しかも死に際に対して、決して許されない所業をしてしまった村人と貴方を庇えなかった妻。『生きていた』と現れるのが必ずしも良い選択になるとは限らない」

「人間は弱い生き物だ…。村人や妻に罪はない…!」

 

アグリッサは水晶玉をロカに放った。

「…?」

「見てごらん、自分の葬式なんてそうは見られるものじゃないわ」

「なに?」

水晶玉に浮かぶ光景、それはネイル村に間違いなかった。そして村のしきたりに沿った葬式が静かに行われていた。

「馬鹿な!俺は生きているのに!」

 

アグリッサが水晶玉にさらに呪術を施すと、弔われている棺の中が透視された。

「な…ッ!あれは俺?」

「遺体が見つからなければ貴方の奥さんは毎日貴方を探すでしょう?だから精巧な人形を作り、遺体に見せているのよ。皮膚病の爛れ具合も再現してね」

改めて健康体になって初めて理解した。自分の皮膚病の醜さを。アグリッサは皮膚病の爛れを一切誇張していない。自分が鏡で見たままの姿である。

 

「貴方の奥さんは僧侶よね?」

「そうだ…」

「ザオリク、もしくはザオラルは使えるの?」

「ザオラルなら使えたはずだが…」

「成功率五十パーセント以下とはいえ、彼女はそれを使わなかったようね」

「何故そんなことが分かる」

「簡単よ、私はあの人形に回復呪文や蘇生呪文を使った場合、爛れが少し治癒するようにあの人形を作った。だけど何の変化もない」

 

ザオラルを使わなかった理由は蘇生しても再び病の苦しみを夫に味あわせるくらいなら…と言う思いからである。この判断を誰に責められようか。

 

マァムはこの事実を知って涙が止まらなかった。そして決めた。一生母に真実は言うまい。責めまい。そしてこの真実を知ったからこそ平和になったら母レイラを熱演しよう。舞台の上で蘇る父ロカに恥ずかしくないように。父ロカは妻のレイラを許し、そして愛していたのであるから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「しばらく考えさせて欲しい…」

ロカは自分の岐路を見失った。もう村では葬式が行われ、何よりアグリッサの意見にも一理あった。戻ることで村人は自分を見て毎日、罪の意識に苛まれる。妻のレイラも。

そして古風な彼は思った。経緯はどうあれ、たとえ自分を利用するためとはいえ、アグリッサは皮膚病重く、腐臭著しい自分に触れて水を飲ませてくれ、そして病すら治してくれた。

報いなければならない。アグリッサが『悪』としても、後に…朋友アバンと戦うことになろうとも。おそらくアグリッサは、こういうロカの性格も理解したうえで彼を助けたのだろう。

「そうね…。しばらく考えなさい。だけどあまり待てないわよ。今の我々は雌伏の時だけれども、決起まで時間が有り余っているわけではない」

「分かった…」

 

ロカは翌日にはアグリッサに返事を出した。

「貴女の部下となろう」

洗脳も何も受けてはいない。ロカは自分からアグリッサの部下になることを選んだ。アグリッサにとってロカ自らが部下になることを決めなくては意味がない。

魔科学者を自負する彼女にとっては、その気になれば洗脳と言う手段もあったかもしれないが、その洗脳が解けてしまった場合、ロカの刃は自分に向かってくる。彼女にとり、ロカから希望することに意味がある。

 

何故ならばアグリッサはロカをただの兵卒で使うつもりはない。呪文以外で戦う術を持たない彼女に取っては盾となり、剣ともなる最強の武人が必要だったからである。

裏切らずに心から忠誠を誓ってくれる者。バーンにとり、ミストバーンのような存在の側近を得たいと思う彼女は洗脳と言う安易な手段を用いるべきではないと考えていた。

 

「歓迎するわ。ではこちらに」

アグリッサの研究室の隣、それは彼女の寝室だった。淫靡な香も焚かれていた。

「…俺はそんなつもりでは」

「いいのよ、地上と違い部下への報酬をゴールドで出さないのが魔界。ゴールドの概念が無いのだから。魔界で部下を使うには力を示し、食べるに困らせないこと。後者は保証するけれど、これからじき貴方は私など比較にならないほどに強くなる。だから貴方の忠誠を求める代わりに一度だけ、私を好きなようにしていいわ」

 

アグリッサは白衣を脱ぎ、鮮やかな裸体をロカに見せてベッドに寝た。

「どうしたの、女は奥さんしか知らない?」

「ああ」

「そう、でも遠慮はいらないわ。ただで最強の武人を部下にしようとは思わない。それとこれだけ言っておくわ」

「……?」

「貴方が人間の男の体で女を抱けるのは、これが最後。だから悔いのないよう堪能しなさい」

「…妻に申し訳が立たない。すまんが抱くことは出来ない。それに十分な代価はすでにもらっている。醜く体が崩れ腐臭著しい俺に触れて水を飲ませてくれたこと。病を治してくれたこと。これで十分だ。俺がどんな戦いに身を投じることになるのかは知らないが…だからと言って、そう体を安売りするものじゃない。服を着てくれ」

「……」

「腹が立ったならば詫びるが…」

「いえ、詫びるのは私ね…。男には女を与えた時に一番本性が出るものでしょう?試すわけではなかったけれども貴方がどんな男なのか知っておきたかったのよ。でも今の貴方の言葉で十分ね…」

 

ベッドから起き上がり、アグリッサは再び白衣を着て研究室にロカを連れて行った。

「では、始めるわ。貴方を最強の武人にする」

「具体的には?」

「『超魔生物』貴方はそれになるの」

「超魔生物?」

「貴方の体を魔獣にするの」

「魔獣、動物になるのか?」

「心配はいらないわ。人型であるし体毛が全身を覆うわけでもない、今の貴方の記憶もそのまま。無論、女だって抱ける。ただ今より体が筋肉で大きくなり、桁違いの膂力が身につく。皮膚の色も肌色のままよ」

「……」

「怖い?」

「怖くないと言えば嘘になるが、一度死んだ身だ。覚悟は出来ている」

「そう、ではその液体を張り詰めたカプセルに入り、マスクを口に当てなさい」

ロカは言われるままにカプセルに入った。

 

「もう一度言うわ。貴方がその体で女を抱けるのはこれが最後よ。本当に私を抱かなくていいのね?」

「くどい、始めてくれ。それから…」

「それから?」

「部下になったあと、俺は何と貴女を呼べばいい?」

「お好きなように」

「では…」

「では?」

「アグリッサ様、ご隋意に」

 

アグリッサは美しい微笑をロカに見せ

「ありがとう、貴方の名前も決めてあるわ」

「名前?」

「真紅の鎧の武人レッド、とね」

 

そしてロカは液体の中で眠りに入った。

「ふう…」

一息ついたアグリッサの背後に立つ者がいた。

 

「くっくくくく…」

アグリッサは声の主に振り返った。

「何だ、いたの?」

「据え膳食わぬは男の恥、据え膳食われぬは女の恥と言いますが…初めてじゃないですか?アグリッサ様の色香に顔色を変えなかった男は?」

「…そうね、正直な話、女の屈辱だわ。でもああでなければ役に立たない」

「ですね…。あのままアグリッサ様を抱いていたら…僕が首をコロリと…」

「まさか初めての合格者が人間とはね…。さすがは魔王ハドラーを倒した勇者アバンの仲間と認めるしかない。魔族のめぼしい男はみんな落第で死をくれてやった。しかも偶然にも我が兵たちを助ける血清の持ち主であり、そして武人としても申し分ない。良いこともたまには重なるものね。我が軍にとっては幸先いいわ」

「あとは彼が最強の武将になって、天界からヴェルザー様の肉体を奪取するのみですね」

「そうね…それと…」

「え?」

「ピロロ、貴方も人形を使う腕前もだいぶ上がったようね」

「ひゃははははははっ!わーいっ!アグリッサ様に褒められた~!」

「もう少し、更に練度を上げておきなさい。新たな同志レッドの訓練相手になるのは貴方なのよ、キル」

「ふっふふふふ…。かしこまいりました」

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